表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1章 カゲナ 光と闇の はじまり  作者: Kagena
第1章:カゲナ 光と闇の はじまり
6/7

第6話(“守りたい”のその先へ)

カゲナの足元に、そっと風が吹いた。


 けれどその風は、ただの風ではなかった。


 昔、誰かに優しく撫でられた記憶を思い出させるような


 ――心の奥をそっとくすぐる、ぬくもりのある風だった。


 カゲナは、ふと目を伏せた。


「……守りたい、もの……?」


 浮かんできたのは、ありふれた日常の光景だった。

 笑い合うミレイナとクレアナ。

 むすっとした顔で魚をつつくリア。

 肉だけ持っていこうとするノクシア。

 そして、何も言わず、そっと背を押してくれた“母”と“父”。


 思い出したのは、力ではない。温もりだった。


 彼は拳をぎゅっと握った。


 胸の奥に、静かな光が灯る。それは怒りや憎しみではなく、「守る」という願いから生まれた小さな火だった。


「……僕は、僕の手で……あいつらを守りたいんだ!」


 その瞬間、黒く濁った空間がふるえ、世界が“色”を変えた。


 足元に広がっていた闇は、まるで生き物のように収縮し、形を変えていく。

 かつての暴走とは違い、それには確かな“意思”があった。

 意思を持ち、制御された――新たな力だった。


(制御してる? ……いや、変質させた……)


 ミレイナが、驚きをこらえながら目を細めた。


 突風のような衝撃が走り、風が爆ぜた。


 カゲナの背から、闇と光が交ざり合った一本の“牙”が現れた。

 それは剣でも槍でもない。彼の“願い”そのものが、獣の牙のような武器として形を成していた。


「目覚めたか……“願いの牙”」


 遠くでライゼンが、低くつぶやいた。


 その直後、森の外から上位魔獣たちの咆哮が響いた。

 それは威嚇ではなかった。まるで、彼を“試す”ような声。


 カゲナは、一歩前へと踏み出す。


「……来いよ」


 叫びでもなく、挑発でもない。

 ただ静かに――「逃げない」という覚悟の滲んだ言葉だった。


(カゲナ……こんな顔、初めて見る……)


 リアが、胸を締め付けられるような思いでつぶやく。


 結界を超えて、一際大きな魔獣が突進してきた。


カゲナは迎え撃つように、足を踏み出しその牙を、真正面に構えた。



  雷さえも弾き返すその巨体に、カゲナは空間の歪みと“牙”をぶつけた。


「カゲナ!! 下が――!」


 ミレイナの叫びが届く前に、雷光と爆風が一気に野原を吹き飛ばした。


 ――そして、数秒後。


 そこに立っていたのは、ふらつきながらも確かに大地を踏みしめる、ひとりの少年だった。


 その手には、鋭くも温かな“願いの牙”が握られていた。


「その“牙”……名を持つにふさわしいものだ」


 ライゼンが満足げに目を細める。


「“心牙しんが”――心に宿る願いの牙。強さの根にある、“守りたい”という意志の形だ」


 空が雷に裂かれる。


(“心牙”……それが、カゲナの力……!)


 リアが息を呑む。


 ミレイナは、ふっと口元を緩めて言った。


「やるじゃん、カゲナ」


「……へへ。けど、まだ終わりじゃないよな?」


「あんたが“牙”を持ったってんなら――こっちも本気出すしかないでしょ」


 ふたりが構える。


 その瞬間、遠くの空から“ピシッ”と何かが割れるような音が響いた。


「……まだ来る?」


「試練は、今始まったばかり。牙を持つ者たちが集い、世界はまた、ひとつ目を覚ますのだ」


 雷が咆え、風がうなる


――誰も気づかぬまま、カゲナの深奥で、ノクシアは静かに口角を上げていた。


(ノクの出番、もう少し後かな……?)


 雷の余韻が空に残る中、カゲナはふらりとよろめいた。


「……少し、休むよ。あとは――任せた」


 そう呟いた瞬間、彼の身体が揺れ、代わりに黒い影が浮かび上がる。

空気がふっと冷え、笑い声が影の奥から滲み出す。

ふふっ、ノクの番だねぇ。さーて、張り切っちゃおっかな〜



  ノクシアが現れた。


 彼女はすでにカゲナの“感覚”をいくらか引き継いでいた。空間の歪みや“牙”の動きを真似し、自由自在に闇を操り始める。


 舞うように地を駆け、笑いながら敵をなぎ倒していく。


「ふんふふ〜ん♪ このへんかな? カゲ、こう動いてた気がする!」


 リアは肩をすくめ、クレアナは警戒の目を光らせ、ミレイナは……口元に、うっすらと笑みを浮かべていた。


 ――その全部が、あたたかかった。


「えへへ、やっぱノク、この家、好きだなぁ……」


 だが、敵は次々と現れる。中には雷を帯びた亜種までいた。


 疲れが見えはじめても、ノクシアは倒れずに立ち続けた。


(……あんなにめちゃくちゃなのに、どうして……強いの?)


 リアは驚きを隠せなかった。


 最後の魔獣を倒した瞬間、ノクシアの膝が落ちた。


「……ふぇ、もうムリ〜……ノク、かっこよかった?」


 返事を聞く前に、彼女の身体は光に包まれ、再びカゲナの姿へ戻っていく。


 その顔には、満足そうな微笑が浮かんでいた。


 ――そして。


 ミレイナが前に出た。


「……やっと交代ね。待たされすぎたわ」


 弟の“牙”、ノクシアの戦い――それを見て、彼女の中の戦士が目を覚ましていた。


「ミレイナ……手加減は?」


「しない。……だって、もうあんた、“戦う理由”を手に入れたんでしょ?」


 彼女の手のひらに魔力が集まる。空間が鉄のように震えた。


 第二の戦いが、静かに始まろうとしていた。


 カゲナも構えようとする。けれど、何も起きない。


(……もう一度、あの牙を……!)


 だが、牙は現れなかった。力はある。けれど、それを形にする心の余力が、もう残っていなかった。


彼の手からは、何も生まれない。

ミレイナの気配が近づく――そのとき。

――音が、消えた。


 その隙を突くように――

カゲナの中、奥底で封じられていた“何か”が、軋むように歪んだ。


 ノクシアではない。カゲナでもない。もっと深く、もっと古い、もっと本質的な“悪魔の力”。


 それは、善悪も意志も持たぬ、ただ“在る”だけの原初の混沌だった。


「……え……まって、カゲナ?」


(これは……ノクじゃない、カゲでもない……“底の底”だ……!)


 闇が爆ぜた。


 瞳が深紅に染まり、黒い紋様が肌を走る。空間がゆがみ、大地が裂けた。


 理性を呑み込む衝動が、静寂を切り裂く――

――始まった。誰も止められない、暴走が。


跳ね上がる魔力、軋む大地。

 それは、もはや“力”という言葉では収まりきらない。

 拒絶し、破壊し、否定する。

 その魔力の奔流(ほんりゅう)は、まさに“世界を押し返す”本質だった。


 こっちの方が……削り取られてる!? こんなの、カゲの力じゃない……!


 ミレイナが叫ぶ。

 彼女の手には、構築途中の不思議なアイテムが浮かんでいた。

 それは剣でも盾でもない。光の結晶を組み上げたような、不定形の魔具だった。


 その構造は、まるで誰かの“記憶”を辿るように変化していく。

 

  指先すら触れていないのに、脳の奥に――“誰かの記憶”がささやくような声が、静かに差し込んできた。


 ――「まだ早い」

 ――「けれど、君が選んだのなら」


 ミレイナは小さく目を細める。


(……干渉してくるのはやめて。私は、あくまで“自分の手”でやる)


 魔力を込めた瞬間、アイテムは音もなく収束し、地面を滑るように空間を捻じ曲げた。

 暴走する力の方向を、逸らすための術式だった。


「制御不能です……このままでは――!」


 クレアナが鋼の羽根を展開し、闇の斬撃をすれすれで受け止めた。

 その直後、彼女の背から――異形の不思議な武具が顕現する。


 形容しがたい。刃のようでもあり、輪のようでもあるそれは、異界から漏れ出したような冷たい気配を放っていた。


 そして、その武具からも――確かに、“声”が聞こえた。


 ――「命令を。意思を伝えよ」

 ――「斬るべきものを定義せよ」


 クレアナは一瞬だけ目を閉じ、淡々と応じる。


「目標――カゲナ。対象、暴走因子。目的、封印。」


 すると武具が青白く光り、宙を切るように音を鳴らす。


 雷鳴が空を揺らし、光の翼が舞い降りる。

 雷の神獣――ライゼンが、空間を裂くように降り立った。


「“心牙”の反動……いや、これは違う。“本質”だ」


 その瞳に浮かぶのは、怒りでも焦りでもない。

 ただ、確かな“理解”。


「この力は“意志”では止められない。“絆”で封じるのだ!」


 ミレイナ、クレアナ、ライゼン。

 武器の名を口にすることはなかったが、それぞれが不思議な力を持つ“何か”と共鳴していた。


 空間が歪む。音が反響する。

 まるで、この場だけが現実から浮いているかのようだった。


(……この力、昔の“魔王”に近い。けど、もっと荒れてる……!)


 クレアナは冷静に、異形の武具を操作しながら魔力を一点に集中する。


(ダメ……これ以上、あいつに背負わせたくない……!)


 ミレイナは、武具の中から聞こえる声を無視しながら、弟の姿だけを見つめていた。


(少年よ……ここで喰われるな。“願い”を思い出せ……!)


 ライゼンの雷が空を裂く。


 そして――


 すべての想いが重なった瞬間。


 暴走の中心から、かすかな“声”が響いた。


「……まも、りたい……」


 小さく、震えるような、けれど確かな声だった。


 その言葉が、暴走の嵐に一瞬の“隙”を生む。


 ライゼンの雷がそこを貫き、クレアナの武具が風を裂いて突き刺さる。


 そして――


 爆風のような衝撃と共に、すべてが静かに止まった。

――誰も、声を出せなかった。

そこに倒れていたのは、ひとりの少年。――カゲナだった。


 身体は傷だらけで、呼吸は浅い。

 けれど、その表情には、どこか安らぎが宿っていた。


「……バカ。……もう……」


 ミレイナが歩み寄り、崩れ落ちるように膝をつく。

 不思議なアイテムは音もなく光に還り、手元から消えていった。


「生存確認……意識なし。けれど……心は、壊れていない」


 クレアナが、冷静に武具をしまいながら報告する。


 ライゼンはゆっくりと天を仰ぎ、つぶやいた。


「……越えてみせろ。おまえが選んだ“願い”を、その手で、もう一度。」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ