第6話「“守りたい”のその先へ」8分
今までの流れ
第1話『兄妹の対話』
カゲナとリアは、特別な力を持つ双子。
静かな森の家で、おたがいに修行しながら生きてきた。
カゲナは「強くなりたい」という想いを胸に、リアと本気の勝負をすることになる。
第2話『ふたりの戦い、ふたりの明日』
兄妹の戦いは、やがて精神世界へ。
カゲナの中にいる悪魔・ノクシア、リアの中にいる天使が姿をあらわし、それぞれの「存在」と向き合うことに。
その果てに、ふたりは本当の意味で、前を向いて進みだす。
第3話『姉との再会と悪魔の食卓』
ふたりの戦いを見とどけた姉・ミレイナが、家へと帰ってくる。
夜の食卓では、ノクシアが登場し、家族全員でひさしぶりの団らんをすごす。
しかし、どこかに張りつめた空気もただよっていた。
第4話『悪魔は眠り、剣は踊る』
ミレイナとクレアナが訓練で対決し、その戦いにカゲナも巻きこまれていく。
ノクシアは眠っていて、力に頼れないカゲナは、自分の力だけで立ち向かう決意をする。
第5話『かつての旅とこれからの牙』
ノクシアの力に頼らず、カゲナは一人で戦いに挑む。
「守りたい」という想いが限界を越えたとき、彼の中から新たな力――心牙が生まれる。
それは願いが形になった牙。だがその力は、彼の中に眠る本質的な悪魔の力をも呼び覚ましてしまう。
暴走を始めたカゲナを止めるため、家族と仲間たちは命を懸けて立ち上がる。
牙を持った少年の心が、いま試されようとしていた――。
カゲナの足元に、そっと風が吹いた。
けれどその風は、ただの風ではない。
まるで遠い昔、誰かに優しく撫でられたような――
記憶の奥底をくすぐる、温もりを帯びた風だった。
(カゲナ・心の声)「……守りたい、もの……?」
脳裏に浮かんだのは、いつもの食卓。
笑い合うミレイナとクレアナ。
むすっとした顔で魚をつつくリア。
勝手に出てきて肉だけ持っていこうとするノクシア。
そして――何も言わず、そっと背を押してくれた“母”と“父”。
――思い出したのは、力じゃない。温もりだ。
カゲナは拳をぎゅっと握りしめた。
胸の奥に、静かな光が灯る。
それは怒りでも、暴力でもない。
「守る」という、願いから生まれた熱だった。
(カゲナ・心の声)「……僕は、僕の手で……あいつらを守りたいんだ!」
その瞬間、黒い空間がふるえ、世界が“色”を変えた。
脚元に広がっていた“暴走の闇”が、ゆっくりと収縮し――
まるで生き物のように形を変える。
それは、かつての暴走とは違った。
裂けるような暴力ではなく、制御された意思の塊だった。
ミレイナ(心の声)「……制御してる? いや、変質させた……!」
風が一気に爆ぜた。
カゲナの背から現れたのは、闇と光が混ざりあった一本の“牙”。
剣ではない。槍でもない。
それは、カゲナ自身の“願い”が形になったもの――まるで獣の牙のような武器だった。
ライゼン(小さく):「目覚めたか……“願いの牙”」
遠くの空に、雷がひとすじ走った。
その瞬間、森の外に潜んでいた上位種たちが、一斉に吠えた。
それは威嚇ではなく、まるで――“試すような声”。
カゲナは自然と一歩、前に出た。
カゲナ:「……来いよ」
叫びでも挑発でもない。
ただ、静かに滲んだ意志――「逃げない」という、牙を向けた覚悟の言葉だった。
リア(心の声)「カゲナ……こんな顔、初めて見る……」
そのとき、地響きとともに、ひときわ大きな魔獣が結界を超えて突進してきた。
その牙は鋭く、雷をも弾き返す勢い。
だが――
カゲナは“空間の歪み”と自らの“牙”で、それを真正面から受け止めた。
ミレイナ:「カゲナ!! 下が――」
叫びかけた瞬間、闇と光が交錯する。
雷光と爆風が、野原を一気に吹き飛ばした。
そして――
数秒後。
そこに立っていたのは、ひとりの少年だった。
その背はふらつきながらも、しっかりと大地を踏みしめていた。
その手に握られていたのは、鋭くも温かな“願いの牙”。
ライゼン:「その“牙”……名を持つにふさわしいものだ」
雷の神獣は、満足げに目を細め、背に光の翼を広げた。
ライゼン:「カゲナ。今のお前に名を授けよう」
カゲナ:「……名?」
ライゼン:「“心牙”――心に宿る願いの牙。
強さの根にある、“守りたい”という意志の形だ」
その言葉とともに、雷が空を裂いた。
リア(心の声)「“心牙”……それが、カゲナの力……!」
ミレイナは、ふっと口元を緩めて、言った。
ミレイナ:「やるじゃん、カゲナ」
カゲナ:「……へへ。けど、まだ終わりじゃないよな?」
ミレイナ:「あんたが“牙”を持ったってんなら――こっちも本気出すしかないでしょ」
ふたりが、また構える。
その瞬間――
遠くの空で、「ピシッ……」と、何かが“割れる”音がした。
リア:「……まだ来る?」
ライゼン:「試練は、今始まったばかり。
牙を持つ者たちが集い、世界はまた、ひとつ目を覚ますのだ」
風がうなる。雷が咆える。
そして――
誰も気づいていなかったが、
カゲナの中にいるノクシアが、静かに微笑んでいた。
ノクシア(心の声)「ノクの出番、もう少し後かな……?」
雷の余韻がまだ空に残るなか、カゲナは、ふらりとよろめいた。
けれど、その顔には不思議な安堵の色があった。
カゲナ:「……少し、休むよ。あとは――任せた」
その言葉と同時に、カゲナの身体がふっと揺れ――
次の瞬間、黒い影が浮かび上がった。
ノクシアが、姿を現した。
ノクシア:「ふふっ、ノクの出番だねぇ」
その声はいつものように軽やかで、
けれど、目の奥に宿っているのは、どこか優しい火だった。
すでにカゲナの“感覚”をいくらか引き継いでいたノクシアは、彼の使った空間の歪みや牙の動きを真似して、自由自在に闇を操り始める。
跳ねるように地を駆け、魔獣たちの間をくぐり抜け、
冗談みたいに笑いながら、次々と敵をなぎ倒していく。
ノクシア:「ふんふふ〜ん♪ このへんかな? カゲ、こう動いてた気がする!」
彼女はまるで舞い踊るように戦いながら、心の奥でひとつのことを想像していた。
(ノクシア・心の声)
「……みんな、今どんな顔してるのかな?」
リアは呆れてるかも。クレアナは真顔で警戒してるかも。
ミレイナは……たぶん笑ってる?
そして、カゲは……少し恥ずかしがってるかも?
――その全部が、なんだかあったかい。
ノクシアの頬が、ふっとゆるんだ。
ノクシア:「えへへ、やっぱノク、この家、好きだなぁ……」
けれど敵は容赦なく襲ってくる。
中には、雷を帯びた亜種すら混ざっていた。
何体も相手をしているうちに、ノクシアの動きにも疲れが見え始める。
それでも、倒れることなく立ち続ける姿に――
リアも、クレアナも、驚きを隠せなかった。
リア(心の声)「あんなにめちゃくちゃなのに、どうしてこんなに……強いの?」
ついに、最後の魔獣を倒したそのとき。
ノクシアの膝が、がくりと落ちた。
ノクシア:「……ふぇ、もうムリ〜……ノク、かっこよかった?」
返事を聞く前に、彼女の身体が光に包まれ、ゆっくりとカゲナの姿へ戻っていく。
その顔は、うっすらと微笑んだまま――まるで満足そうに、眠る子どものようだった。
――そして、数秒後。
今度は、ミレイナが一歩前に出た。
ミレイナ:「……やっと交代ね。待たされすぎたわ」
その声は冷静で、けれどどこか火照っていた。
弟が牙を持ち、ノクシアが笑って戦ったその背を見て――
彼女の中の“戦士”が目を覚ましていた。
地面に立つカゲナの姿が、ゆっくりと起き上がる。
体はまだ重い。けれど、もう“逃げたい”とは思わない。
カゲナ:「ミレイナ……手加減は?」
ミレイナ:「しない。……だって、もうあんた、“戦う理由”を手に入れたんでしょ?」
そう言って、ミレイナは手のひらに魔力を集めた。
その周囲に、かすかに金属音のような気配が走る。
空間の一部が、まるで鉄を叩くように震えていた。
姉と弟の第二の戦いが、静かに始まろうとしていた。
ミレイナが構え、カゲナもゆっくりと立ち上がる。
まだ、身体は重い。けれど、戦える。
――そう思っていた。
カゲナは、胸の奥に宿る“あの力”――**心牙**をもう一度呼び起こそうとした。
カゲナ(心の声)「……もう一度、あの牙を……!」
だが――何も起きなかった。
たしかに、力は残っている。
けれど、牙をかたちづくるために必要な“心”――制御するための意志と感覚が、すでに摩耗しきっていた。
心牙は“願い”の力。
だが今のカゲナには、その“願い”を形にする余力が残っていなかった。
その“隙間”を埋めるように――
“カゲナの中”で、何かが大きく、歪んだ。
それはノクシアの力ではない。
もっと深く、もっと古く、もっと――本質的な“悪魔”の力だった。
暴力でも、意志でもなく、ただそこに“在る”だけの混沌。
それが、一気に溢れ出した。
リア:「……え……まって、カゲナ?」
ミレイナ(心の声)「これは……ノクじゃない、カゲでもない……“底の底”だ……!」
次の瞬間、闇が爆ぜた。
カゲナの瞳が深紅に染まり、肌の表面に黒い紋様が走る。
空間が揺れ、地が裂ける。
その魔力は、世界を“拒絶する”かのように異質だった。
暴走――始まった。
跳ね上がる魔力、唸る大気、軋む大地。
ミレイナが咄嗟に武器を展開し、衝突を防ぐ。
クレアナが横から割り込み、鋼の羽根で斬撃を逸らす。
だが――それでも、力の圧は止まらない。
ミレイナ:「こっちが削られる……!? こんなの、カゲじゃない!」
クレアナ:「制御不能です……このままでは――!」
雷雲が空を覆う。
そのとき、轟音とともに空から雷が落ち、光が降りる。
ライゼンが翼を広げて現れた。
ライゼン:「“心牙”の反動……いや、これは――“本質”だ」
雷の結界を張りながら、ライゼンが叫ぶ。
ライゼン:「この力は“意思”で止められるものではない! “絆”で封じるのだ!」
ミレイナ、クレアナ、ライゼン――三者が陣を組み、暴走するカゲナを包囲する。
闇と雷と鋼がぶつかり合い、世界が軋む。
――それでもなお、カゲナは止まらなかった。
(クレアナ・心の声)「……この力、昔の“魔王”に近い。けど――もっと荒れてる……!」
(ミレイナ・心の声)「ダメ。こんなもの、背負わせたままなんて……!」
(ライゼン・心の声)「少年よ……ここで喰われるな。“願い”を思い出せ……!」
全員の想いが、ひとつの言葉に重なる。
そのとき――
暴走の中心で、カゲナの“声”が、かすかに響いた。
カゲナ(心の声)「……まも、りたい……」
小さく、かすかな声。
その言葉が、暴走の中心にわずかな揺れを生んだ。
――そして、爆裂するような衝撃のあと。
暴走の闇が、ぱたりと消えた。
そこに残ったのは、気を失った少年――カゲナの姿だった。
呼吸は浅く、身体は傷だらけ。
けれど、その顔は、どこか安らかだった。
ミレイナ:「……バカ。……もう……」
クレアナ:「生存確認。……意識、なし。けれど……心は、壊れていない」
ライゼン:「……乗り越えるか。あの牙を……もう一度、見せてみろ。少年よ」
こうして、第六話は幕を閉じる。
けれどそれは――まだ始まりにすぎなかった。
傷つきながらも前へ進む少年。
その背に宿る“牙”は、まだ語られていない未来を抱いていた。
守りたいと思った。
ただ、それだけだった。
誰かの笑顔が浮かんで、思い出が胸にあふれて、
手を伸ばしたくなった。届かなくても、傷ついても、
それでも――守りたかった。
でも、想いが強いほど、心は揺れる。
疲れたとき、迷ったとき、その隙間に入りこむものもある。
それでも、最後に残った言葉は「守りたい」だった。
きっとそれでいい。きっと、それが始まりなんだ。
次の一歩は、まだ遠いかもしれない。
けれど、あの想いが消えない限り、また歩き出せる。
この物語が、誰かの「守りたい」を思い出すきっかけになりますように。