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1章 カゲナ 光と闇の はじまり  作者: Kagena
第1章:カゲナ 光と闇の はじまり
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第5話(かつての旅と、これからの牙 )

拳を握りしめ、地を蹴る。

風を切って、カゲナはミレイナに向かって突き進んだ。


その瞬間――胸の奥で、何かが揺れる。


(……ノク、貸してくれ。ほんの少しでいい……!)


ほんの一瞬、胸の奥に声が響いた。

『……まだ、早いよ。焦るな、カゲナ』

声か、感情か、それははっきりとしない。ただ、温かさと切なさが混ざったような響きだった。

それだけで、なぜか涙が出そうになった。


(……まだ、あの声が、胸のどこかで響いてる)


意識の底。

眠っているノクシアの力に、手を伸ばそうとした。

だが次の瞬間――


ぐらり、と世界が歪んだ。


「――っ……!」


足元から滲み出した黒い空間が、空気を揺らす。

けれど、それは力というより“暴走”だった。


制御できない。止まらない。


(……駄目だ。今の俺じゃ、ノクの力は……!)


歯を食いしばり、暴れる闇を必死に押し返す。

額に汗がにじみ、体中の筋がきしんだ。

それでも、カゲナは声を上げた。


「うおおおっ!!」


空間を歪めて手を振る。

その一撃は未完成で、不安定で、ただ空を裂いただけ。

けれど、それでもいい。


(構わない……俺は、俺の力でやるんだ……!)


ミレイナの闇が迫ってくる。

だがカゲナもまた、恐れず飛び込んだ。


何度も叩きつけられ、吹き飛ばされ、傷だらけになる。

足はふらつき、膝は震えていた。

それでも――彼の目は真っすぐ前を向いていた。


(……ノクの力に頼ってない。がむしゃらに、自分のままで……)


ミレイナの胸に、かすかな驚きと、そして小さな笑みが灯る。


「……いい目をしてるじゃん、カゲナ」


肩で息をしながら、カゲナも微かに唇を吊り上げた。


「ミレイナ姉……あの時、どうやって悪魔を……抑えてたんだ?」


不意にこぼれた問いだった。

けれどその言葉が、ミレイナの奥深くに眠っていた記憶を呼び起こした。


静かに息を吐きながら、ミレイナはゆっくりと立ち上がる。

苦笑いを浮かべたその目は、どこか遠くの空を見ていた。


「……抑えてなんか、いないよ」


「今でも、あたしの中にいる。“壊せ”“戦え”って……ずっとそう言ってくる。まるで手のかかる弟みたいにね」


「でも、もう怖くはない。ずっと一緒にいるから。長く付き合えば、少しは……話せるようにもなる」


(昔は怖かった。壊すことしかできなくて、泣いてばかりだった……でも、今は――)


ミレイナはふと、朝の空を仰いだ。

雲の切れ間から差し込む光が、優しく瞳を照らす。


「父さんと母さんと、一緒に旅をした。いろんな世界を見たよ」


「“音楽で魔法を操る世界”があった。旋律が風の色を変えて、聴くだけで心が救われるような、不思議で優しい世界だった」


「“空を泳ぐ巨大な生き物たちが星になった世界”も。彼らの記憶は空そのものに刻まれてて、人や世界のこと、何千年分の話をしてくれた」


「“神々がいる世界”も見たよ。姿はなくても、風が思考で語りかけてくる。不思議で、でも温かい場所だった」


そっと、拳を見つめる。


「“滅びたロボットたちの世界”も……忘れられない場所だった」


「誰も動いていなかった。ただ壊れた機械たちが、風に晒されながら静かに眠ってた。倒れたままでも、何かを守りきったような、そんな誇らしさがあった」



「……あたしの“相棒”も、そんな風に生きてた」


「生まれたときから、あたしの中にいた悪魔。言葉はいらなかった。存在だけで、全部伝わってきた」


「その子は、別の場所で……もういない。でもね、今もあたしの中で生きてるって思ってる。あたしが立ち止まらない限り――ずっと、そばにいてくれる」


「……最期のとき、その子は笑ってこう言った。『ミレイナ、進め』って。それだけで、全部救われた気がしたんだ」


風が静かに吹いた。

その声はまるで、どこか遠くの誰かへ向けられた祈りのようだった。


「だからね――あたしは、もう一人じゃないって思えるよ」



カゲナの胸が、じんわりと熱を帯びる。


ミレイナはまっすぐ彼を見つめ、言葉を紡いだ。


「あんたも、きっとなれる。強くなるっていうのは、こういうことなんだよ」


──地下の寝室。


ふと、リアが薄暗がりの中で目を覚ました。


(……なんか、変な音)


遠くで、低く唸るような音が鼓膜を揺らしていた。

その響きはじわじわと肌の奥に染み込み、不穏な気配をはらんでいた。


「……上、かな」


毛布を払って立ち上がる。


裸足の足が冷えた木の床に触れた瞬間、意識がはっきりとしていく。


寝室の扉を開け、通路を抜けて階段を駆け上がる。

一階にたどり着いた瞬間、外気が肌を打った。


(空気が……重い……。いや、“違う”)


朝の風が頬を撫でた。

そしてその先――異変が広がっていた。


広がる野原の向こう、結界の外。

森の縁に、巨大な影がいくつも蠢いている。


光る目、這い出す咆哮、足元を震わせる圧力。

それらすべてが、じわじわと境界を侵していた。


「上位種……あんな数……!?」


ゾッとするような寒気が、背骨を這い上がる。


(でも、まだいる……もっと、強い“何か”が……)


その時だった。空が鳴った。


雷が天を裂き、眩い閃光が野原を照らす。


「っ!」


風が巻き上がり、空間が震えた。

そしてその中心に――雷を纏った獣が降り立った。


「……ライゼン……」


白銀の毛並みをなびかせる神の使い。

ある少年を育て、“母”とも呼ばれる存在。

その圧倒的な気配に、リアは言葉を失う。


「牙を研ぐ者よ。見せよ……心のままに放つその力を」


その声は風に乗り、大地全体に響いたようだった。


結界の外にいた上位モンスターたちは、一斉に身を低くする。

本能的な敬意――神の使いに向けられた、恐れにも似た服従。


(どういうこと……見てるの? カゲナを……!)


ライゼンの瞳は、まっすぐ野原の中央――カゲナの方へ向いていた。


その視線に気づき、カゲナもふと顔を上げる。


雷の気配が、胸の奥にある“何か”と静かに共鳴する。

粟立つような感覚とともに、見えない問いかけが響いてきた。


(……あれは、誰だ……?)


ミレイナもまた、その視線に気づき、そっと口を開く。


「来たね。あの子は、雷の神獣――ライゼン。“牙”を見に来たんだよ」


「牙……?」


「強さじゃない。暴力でもない。“何を守りたいか”。それが、あんたの“牙”になる」


再び、空が鳴った。

だが、その雷には――不思議な温かさがあった。


そして、カゲナの胸の奥で――

確かな“何か”が、静かに芽生え始めていた。


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