第4話 (悪魔は眠り、剣は踊る)
静かな朝――すべてが眠りにつく中、ひとつの戦いが始まっていた。
力とは何か。制御とは何か。
そして、自分だけの“強さ”とは。
カゲナは、まだ知らない「覚悟」と向き合うことになる。
かつて悪魔を宿し、今はひとりで力を制する姉。
すべてを読み、冷静に戦うメイド。
そして、力を求める少年。
――この朝、それぞれの“強さ”が交錯する。
静寂の朝
空気は冷たく澄み、まるで時間さえ止まったようだった。
家の奥からは、誰かの寝息が静かに響いている。
カゲナは目を開け、天井をぼんやりと見つめていた。
身体が重い。「疲労というより、心の奥に焼きついた余波」
昨日、精神の深層で交わった――ノクシアと天使の戦い。その余波がまだ、胸の奥に残っていた。
「……ノク、まだ……眠ってるのか」
そっと心へ意識を向ける。
返ってくるのは、沈黙。
静かで深く、まるで湖の底に沈むような気配だけが、そこにあった。
「……すごく、疲れたんだな」
小さく呟いて、カゲナはゆっくりと布団から抜け出した。
肌を撫でる空気はひんやりとしていて、思わず肩をすくめる。
階段を上がりながら、ただ朝の風に触れたかった――ただ、それだけだったのに。
けれど、目にした光景は、思考を一瞬で止めた。
「……これは……」
野原の中心で、ミレイナとクレアナが交戦していた。
空気が震え、草が斬れ、大気が裂けるような音が走る。
これは訓練なんかじゃない。
命と命が交わる、真っ向からの力のぶつかり合いだった。
クレアナの白い翼が揺れ、剣が風を切る。
その動きには無駄がなく、ただ静かに、美しかった。
「……“計算”終了です」
小さく漏れた彼女の声に、冷たい鋭さが宿っていた。
その瞳は、戦いの“先”を見据えていた。次に起こるすべてを、すでに見通しているかのように。
(これが……“計算”の能力。すべてを見切って、支配する)
冷静で、正確で、美しい。
クレアナの戦いは、感情のない機械のようでありながら、どこか惹かれるものがあった。
だが――
「いいねぇ。遠慮なく来なよ」
ミレイナの声は対照的だった。
愉しげに笑い、闇を纏いながら踏み込む彼女の足元には、暴走寸前の魔力が渦を巻いていた。
けれどそれを、彼女は抑えていた。
理性と本能の狭間で、危うく均衡を保ち続けている。
(……あの魔力、完全に制御してるわけじゃない……でも、それでも抑え込んでる。姉さんは、ひとりで)
クレアナが一歩下がると、ミレイナが空中に手をかざし、何かを創り出した。
音もなく現れたのは、小さな鈴のようなアイテム。
ふわりと宙に浮かびながら、一定の軌道を描いて舞う。
(……創造。姉さんの能力)
「武器はやっぱり苦手そうですね。でも、道具の精度は上がっている」
「ふん……武器なんて面倒。ああいうの、形がうまくまとまらないんだよ」
ぶっきらぼうな口調とは裏腹に、彼女のアイテムは見事に戦況を操っていた。
創造――それは、戦いの中で戦場そのものを作り出す能力だった。
だが、その力を使えば使うほど、魔力の波は荒れた。
風がざわめき、地面が震える。
(やっぱり……限界は近い)
次の瞬間、クレアナが剣を捨てた。
「武器は不要。私自身が、“刃”です」
その腕が変形し、鋭い金属の光を帯びていく。
翼を大きく広げた彼女の姿は、まるで神話の武人――美しさと力の象徴だった。
(……クレアナさんが、本気を出した)
両者の力が衝突するその直前――
「……あの悪魔が、まだいたとしたら」
クレアナが静かに呟く。
「今のミレイナ様は、自分を抑えている。でももし、彼女の中に“あの悪魔”がまだいたなら……きっと、魔王すらしのいでいたでしょうね」
その言葉に、カゲナの胸がひりついた。
(姉さんは……今も、あの力と向き合いながら戦ってる。ずっと、ひとりで)
拳が、自然と握られていた。
「……僕じゃ、まだ追いつけないんだな」
そのとき、短い電子音が空気を割った。
「タイマー、終了」
ふたりの戦いが止まり、静寂が戻ってくる。
その中で、ミレイナがふとこちらを見た。
彼女の声は、どこか嬉しそうだった。
「見てたんだ、カゲナ」
その笑みには、嬉しさと期待が混じっていた。
彼女はすっと構えを取りながら、短く言う。
「よし、来な」
彼女の背後で、再び闇が揺れる。
その気配に、一歩も引かず――カゲナは、静かに前へ踏み出した。
……僕の力で、どこまで届くのか。
今度は、僕自身で試す番だ。




