第3話 (姉との再会と悪魔の食卓) 5分
異能と魔力が存在するこの世界で、少年・カゲナは“悪魔”と共に生きている。
いつも通りの家族。けれど、そこには普通じゃない日常がある。
今回は、長い時を経て帰ってきた姉との再会
少し騒がしくて、少し危なっかしい、でもちょっと温かい。
これは、家族の形を描く、静かで不思議な夜の物語。
──静かな光に包まれ、意識がゆっくりと浮上していく。
──精神の深層での戦いが静かに終わりを告げた。
ノクシアと天使の少年は、それぞれの主の内へと意識を引き、役目を終えたように静かに沈んでいく。
カゲナとリアのまぶたが、ほぼ同時にゆっくりと開いた。
カゲナ:「……ノク、お疲れ」
リア:「勝ったのね、ノク」
クレアナは微笑みながらうなずく。
クレアナ:「お見事です。おふたりとも、精神の奥底でしっかりと向き合えたようですね」
その言葉に、カゲナとリアは互いを見て、小さく笑い合った。
そして数分後――
ふたりは静かに地上へ戻り、軽く身体をほぐしてから最後の仕上げとばかりに訓練を始めた。
空間を裂くカゲナの技と、炎の霊を操るリアの魔法が何度も衝突し、地面には歪んだ次元のひびや、焦げた跡が点々と残っている。
それは精神の戦いで得た想いを、現実でも確かな力に変えるための本気の鍛錬だった。
やがて、息を切らしながらも達成感をにじませた兄妹は、互いに視線を交わしてから家の中へと戻る。
訓練場から地下への階段を降りていくと、すぐそばの共用スペースの扉が、かすかに軋む音を立てて開いていた。
リア:「……あれ、開いてる?」
カゲナは、その気配に思わず目を見開いた。
扉の先――そこに立っていたのは、彼女――ミレイナだった。
カゲナ:「……帰ってきたんだ」
その言葉に、ミレイナは短く頷く。
ショートヘアの黒髪には、前髪と毛先に燃えるような赤が差していた。赤い瞳はじっとこちらを見つめるが、どこか懐かしさを滲ませた優しさが確かにある。
ミレイナ:「ちょっと見ないうちに、でかくなったね。二人とも」
リア:「ミレイナ姉……ほんとに、帰ってきたんだ、ね!」
リアが思わず駆け寄り、その腕に飛び込む。
ミレイナはリアの頭を軽く撫でながら、やわらかく微笑んだ。
カゲナは一歩、彼女に近づく。
その目には、言葉では言い表せない想いが浮かんでいた。
ミレイナ:「なんだよ、泣くの?」
カゲナ:「泣かない。けど、嬉しい」
共用スペースの隅には、訓練に使った木の人形が倒れたままになっている。
さっきまでの熱気と静寂が交じる中、クレアナがため息まじりに言葉を落とした。
クレアナ:「……再会の空気が重たいですね。今夜はご馳走を用意してありますから、まずは腹ごしらえでもどうぞ」
クレアナがテーブルのカバーをめくると、そこには湯気を立てる鍋料理、焼きたてのパン、香ばしい肉料理がずらりと並んでいた。
ふわりと立ち上る香りに、誰もが自然と席につく。
四人分の席に座り、それぞれが食事を取り始める。
リアは肉に目を輝かせ、ミレイナは静かに味を確かめていた。
カゲナはどこか落ち着かない表情を浮かべながら、隣の姉の様子を見ている。
ミレイナ:「この味、懐かしい。クレアナ、変わってないね」
クレアナ:「ありがとうございます。ミレイナ様こそ、以前より少し柔らかくなった気がします」
ミレイナはふっと笑った。
だが、その時だった。カゲナの身体がぴくりと震えた。
カゲナ:「……あー……ちょっと……ヤバいかも」
リア:「え?」
リアが振り返った時にはもう遅かった。
カゲナの瞳がゆっくりと赤く輝き始め、首筋から肩にかけて黒い模様が浮かび上がってくる。
そして――その身体が、変化を始めた。
髪は少し伸び、黒から深紅へと染まり、指先から足先まで、輪郭がわずかに細く、女性的に変わっていく。
服装はそのままだが、雰囲気がまるで違って見えた。
ノクシア:「――はああぁっ、やっと出られた……!」
姿は、もうカゲナではなかった。そこに立っていたのは、彼の中にいる悪魔――ノクシア。
リア:「ノク……」
クレアナが眉をひそめる。
リア:「出たわね、欲の塊」
だが、反応はそれだけではなかった。
ミレイナ:「おかえり、ノクシア……ほんとに出たのね。また、会えてよかった」
ノクシアは瞬きをした。
ノクシア:「ミレイナ……お前は、怒ってないの?」
ミレイナ:「怒る理由ないでしょ。むしろ、また顔を見られて嬉しいよ」
ノクシアは一瞬、戸惑ったように黙る。だがすぐにニヤリと笑った。
ノクシア:「ふふ、あんたやっぱ好き。ノクに優しい子、大歓迎」
リア:「うわ、また調子乗った」
リアがむすっと言いながらも、どこかホッとしていた。
クレアナだけは、少し警戒を残したまま立ち上がる。
クレアナ:「ノクシア、今日は暴れないでください。せめて食後にしてください」
ノクシア:「大丈夫。今日は暴れないってば……代わりに――ちょっとだけ、食べさせて?」
リア:「……?」
ノクシアが、ゆっくりとテーブルの肉をひょいと取って頬張る。
ノクシア:「ん~~~~~~~! 肉最高~~っ!! やっぱり自由っていいねえ!」
リアとミレイナが笑い出す。
その夜、食卓には不思議な空気が流れていた。
警戒と、安堵と、どこか懐かしい温もりと――
そして、悪魔の笑い声が混ざり合う、奇妙で賑やかな夜だった。
—
その夜、地下二階の広い共有寝室に、布団が並べられていた。
珍しく、全員が同じ空間で寝ることになった。
リア:「まるで修学旅行みたいだね」
ノクシアがカゲナの身体のまま、嬉しそうに手をあげる。
ノクシア:「修学旅行って楽しいやつだよね? ノク、初体験っ!」
カゲナ:「ノク、しゃべるな、寝ろ」
カゲナが無理やり主導権を取り戻そうとするが、ノクシアはぺろっと舌を出す。
ノクシア:「もう、少しくらい自由にさせてよ〜」
カゲナ:「……じゃあ、端っこでおとなしくしてて」
ノクシア:「は〜い」
布団の並びは、左からリア、カゲナ(のちノクシア)、ミレイナ、そしてクレアナ。
灯りが落ちると、しばらくは誰も何も言わなかった。
ただ、夜の静寂の中で、それぞれの呼吸と、ほんの小さな寝言のような声が混ざり合う。
リア(寝言):「……お姉ちゃん、おかえり……」
ミレイナ:「うん……」
カゲナ(ぼそっ):「……ノク、出たけど、悪くなかったよな……」
ノクシア(心の声):「へへ、でしょ?」
その夜、地下の静かな部屋には、家族の息づかいと、過去と現在が交わる安らかな気配が漂っていた。
ただ一人、クレアナだけは目を閉じず、わずかに開けた目で、ノクシアとミレイナの方を交互に見つめていた。
安心しきるには、まだ少し――慎重さが必要だった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
今回はカゲナとミレイナの再会、そしてノクシアとの食卓という少し日常寄りの回でした。
またぜひ、彼らの物語をのぞきに来てくださいね!