表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/7

第3話 (おかえりと、また明日)

1 ──朝。


──静かな光に包まれ、意識がゆっくりと浮上していく。

──精神の深層での戦いが、静かに終わりを告げた。


ノクシアと天使の少年は、それぞれの主の内へと意識を引き、役目を終えたかのように静かに沈んでいく。


ゆっくりと目を開いたカゲナが、心の中に語りかける。

「……ノク、お疲れ」


隣でリアも目を開け、ほっとしたように微笑む。

「勝ったのね、ノク」


クレアナは微笑みながら静かにうなずいた。

「お見事です。おふたりとも、精神の奥底でしっかりと向き合えたようですね」


その言葉に、カゲナとリアは互いに顔を見合わせ、小さく笑い合う。


──そして数分後。


ふたりは静かに地上へ戻り、軽く身体をほぐしたあと、再び訓練を始めた。

カゲナが空間を裂く技を放ち、リアは炎の霊を自在に操る。


何度も衝突するふたりの技。

地面には、次元の歪みや焦げた跡が点々と残っていく。


それは、精神の戦いで得た想いを現実でも確かな力に変えるための、本気の鍛錬だった。


やがて、息を切らしながらも達成感に満ちた兄妹は、視線を交わし、ゆっくりと家の中へと戻っていった。




2 ──昼。


地下へと続く階段を降りると、すぐそばの共用スペースの扉がかすかに軋む音を立てて開いていた。


それを見たリアが、少し驚きながら声を漏らす。

「……あれ、開いてる?」


カゲナは扉の先に視線を向け、思わず目を見開く。

そこに立っていたのは――ミレイナだった。


小さく息を呑んだカゲナが、ぽつりと呟く。

「……帰ってきたんだ」


ミレイナは短く頷いた。

ショートヘアの黒髪、前髪と毛先に燃えるような赤。

赤い瞳が、どこか懐かしさをにじませた優しい光を宿している。


ミレイナは、ほんの少し照れたように言う。

「ちょっと見ないうちに、でかくなったね。二人とも」


リアは、喜びを抑えきれず、駆け寄ってその腕に飛び込んだ。

「ミレイナ姉……ほんとに、帰ってきたんだ、ね!」


リアをやさしく抱きとめたミレイナは、彼女の頭を撫でながらやわらかく微笑む。


ゆっくりと一歩、ミレイナに近づいたカゲナの目には、言葉では表せない深い想いが浮かんでいた。


そんなカゲナを見て、ミレイナが少しからかうように言う。

「なんだよ、泣くの?」


小さく首を振りながら、カゲナが静かに答える。

「泣かない。けど、嬉しい」


さっきまで訓練で使っていた木の人形は、外の訓練場に倒れたままだ。

共用スペースに戻った静かな空気の中、クレアナがため息交じりに口を開いた。


「……再会の空気が重たいですね。今夜はご馳走を用意してありますから、まずは腹ごしらえでもどうぞ」


クレアナがテーブルのカバーをめくると、そこには湯気を立てる鍋料理、焼きたてのパン、香ばしい肉料理が並んでいた。


ふわりと立ち上る香りに誘われ、自然と四人が席につく。


食事が始まると、リアは目を輝かせて肉を頬張り、ミレイナはゆっくりと味を確かめるように料理を口に運んでいた。

カゲナはどこか落ち着かない様子で、隣の姉をちらちらと見つめている。


ミレイナが懐かしそうに声をかける。

「この味、懐かしい。クレアナ、変わってないね」


クレアナは嬉しそうに微笑みながら返した。

「ありがとうございます。ミレイナ様こそ、以前より少し柔らかくなった気がします」


ミレイナは、ふっと小さく笑った。


その瞬間だった。

カゲナの身体がぴくりと震える。


カゲナは困ったように、ぼそっと呟いた。

「……あー……ちょっと……ヤバいかも」


リアが慌てて振り返る。

「え?」


だが、その時にはもう遅かった。


カゲナの瞳がゆっくりと赤く輝き始め、首筋から肩にかけて黒い模様が浮かび上がってくる。


そして、その身体が、ゆっくりと変化し始めた。


髪は少し伸び、黒から深紅へと染まり、指先から足先まで、輪郭がわずかに細く、女性的に変わっていく。


服装はそのままだが、雰囲気はまるで別人のようだった。


楽しそうに息を吐きながら、ノクシアが声を上げた。

「――はああぁっ、やっと出られた……!」


そこに立っていたのは、カゲナではない。

彼の中にいる悪魔――ノクシアだった。


リアはあきれたように呟く。

「ノク……」


クレアナは眉をひそめ、警戒の色を強める。


リアはむすっとしながら、ひとこと吐き捨てた。

「出たわね、欲の塊」


だが、ミレイナは静かにノクシアを見つめ、あたたかく声をかける。

「おかえり、ノクシア……ほんとに出たのね。また、会えてよかった」


ノクシアは瞬きをし、少し戸惑った様子で返す。

「ミレイナ……お前は、怒ってないの?」


ミレイナは、穏やかな笑みを浮かべたまま答えた。

「怒る理由ないでしょ。むしろ、また顔を見られて嬉しいよ」


一瞬だけ黙り込んだノクシアだったが、すぐにニヤリと笑う。

「ふふ、あんたやっぱ好き。ノクに優しい子、大歓迎」


リアはむすっとした顔でため息をつく。

「うわ、また調子乗った」


その声には、どこか安心したような響きも混じっていた。


クレアナが、静かに立ち上がり、ノクシアに注意を向ける。

「ノクシア、今日は暴れないでください。せめて食後にしてください」


ノクシアは軽く手を振り、にこりと笑う。

「大丈夫。今日は暴れないってば……代わりに――ちょっとだけ、食べさせて?」


リアが小首をかしげる。

「……?」


ノクシアはゆっくりと手を伸ばし、テーブルの肉をひょいと取って頬張った。


「ん~~~~~~~! 肉最高~~っ!! やっぱり自由っていいねえ!」


リアとミレイナが思わず吹き出し、笑い出す。



その食卓は、不思議で賑やかな午後のひとときだった。


3 ──夕方。


食事を終え、地下の共用スペースで家族全員が輪になって座っていた。


リアが手を叩き、楽しそうに声を弾ませる。

「ねえ、みんなで遊ぼうよ! 今日は本気の遊び、やろう!」


ノクシアがすぐにカゲナの中から元気に響いた。

「ノク、大賛成! 本気で遊ぶやつ、ノク大好き!」


ミレイナは椅子にもたれながら、ふっと笑った。

「で、今日はどんな遊び?」


リアはポケットから袋を取り出し、振ってみせる。

「くじ引きでチームを決めるの! 運次第で、誰と誰が組むかわからない!」


ノクシアがすぐさま跳ねる。

「ノク、絶対カゲナと組むー!」


リアがいたずらっぽく笑った。

「でも運だからね~! もしかしたらノクはミレイナ姉と組むかもしれないし!」


ミレイナは肩をすくめて微笑んだ。

「私は誰でもいいよ。遊びなら、それで十分」


カゲナはぼそっと呟く。

「……まあ、どうせ……僕はノクと組むんだろうけど……」


リアがくじ袋を差し出した。

「じゃあ、まずはカゲナから!」


カゲナはゆっくり袋に手を入れ、一枚のくじを引く。

そのまま紙を開き、静かに口を開く。

「……赤チーム」


「次はノク!」


リアがくじ袋を差し出した瞬間、カゲナは静かに目を閉じ、意識をノクシアに渡す。


体がふっと緩み、髪がわずかに揺れる。


ノクシアの声が楽しそうに響く。

「ノク、交代~!」


カゲナの体がノクシアのものに変わる。

髪がわずかに伸び、黒から深紅に染まり、目が赤く光る。


ノクシアはそのままくじ袋を受け取り、勢いよく一枚を引く。

「やったー! ノクも赤チーム!」


リアは袋を仕舞いながら説明する。

「残りは私とミレイナ姉で青チームだね!」


ミレイナは小さく笑う。

「つまり、赤チームはカゲナとノク。青チームは私とリアね」


ノクシアはそのまま嬉しそうに飛び跳ねる。

「ノク、勝つ気しかしない!」


カゲナの声が体の内側からぼそっと返る。

「……まあ、いつも通りだね……」


リアはにっこりと笑いながら指を立てる。

「ルールはこう! 地上ダンジョンで30分勝負! モンスターをいっぱい倒したチームが勝ち!」


ノクシアは跳ねながら言った。

「ノクとカゲナは、ノクの体のまま戦う! お互いに指示し合って、交代しながら戦う!」


「……僕が動いてるときは、目が青……ノクが動いてるときは、目が赤……」


「そうそう! 見た目で誰が操作してるかわかる!」


リアはミレイナを振り返り、いたずらっぽく笑う。

「私たち青チームは普通に戦っていいけど、ミレイナ姉は“体術だけ”、しかも“片手だけ”の縛り!」


ミレイナは肩をすくめながら立ち上がった。

「苦手なのに……面白い縛りだね。いいよ、やってやろう」


「ノク、絶対勝つ!」


ノクシアは笑いながら拳を握る。


カゲナの声が内側でぼそっと響く。

「……僕も……ちゃんと勝つ……」


リアがぴょんっと跳ねて、明るく宣言する。

「じゃあ、家族遊び、地上ダンジョン開始!」


──こうして、くじで決まった家族チーム戦が始まった。


カゲナとノクシアは、ノクシアの身体のまま、戦いながらお互いに会話をし、状況に応じて交代しながらモンスターを倒していく。


ノクシアが笑いながら言う。

「ノク、右に行くね!」


「……じゃあ、左は僕が動かす」


ノクシアが操作するときは目が赤く、カゲナが操作するときは目が青く光る。

二人は一つの身体を共有しながら、指示し合い、完璧に連携して戦っていく。


リアは炎の霊を全開で操り、ミレイナは片手だけで、ぎこちなくも必死に体術でモンスターに挑んでいた。


「うわ、やばっ……片手だけって、こんなに戦いづらいのか……」


「ふふ、でもいい勝負しようね!」


「ノクたち、絶対勝つよ!」


──ダンジョン内に家族の笑い声と、戦いの音が響き続けた。


ノクシアの身体で、カゲナとノクシアはダンジョンの中を全力で駆け抜けていた。

ひとつの身体を共有しながら、絶妙なタイミングで操作を交代し、息を合わせて次々とモンスターを討伐していく。


「ノク、右に敵二体来たよ!」


ノクシアが右に跳び、右手で影を伸ばす。

その目は赤く光っている。


「……左は、僕がやる……」


カゲナが意識を奪い返し、左足を踏み込み、空間を斬る。

瞬間、瞳は青に染まっていた。


一歩一歩が交代のリズムだった。

右に動けばノクシア、左に動けばカゲナ。


「ノク、そっち行きすぎ」


「だって楽しいんだもん!」


「……無理するな……」


「ノク、もっと敵ほしい~!」


──そのころ、リアは炎の霊を操り、全力で戦っていた。


「一気に焼き払うよ! ほら、こっちも、燃えちゃえ!」


周囲のモンスターを一気に殲滅する。


ミレイナは片手でぎこちなく動きながらも、必死に体術を繰り出していた。


「……うわっ、バランス取りづら……」


ミレイナは苦手な体術と片手の縛りに苦戦しつつ、時折、モンスターを的確に吹き飛ばす。


「体術だけって、ほんとしんどいんだけど」


リアが笑いながら声をかけた。

「ミレイナ姉、あと10分だよ!」


「ふふ、了解!」


ノクシアが笑いながらカゲナに声を投げる。

「ノクたちも、あと10分だって! もっとペース上げよう!」


「……分かった……」


ノクシアの赤い目が輝き、影の刃が一気に伸びる。


「ノク、行くね!」


「……僕が、仕上げる」


青い目に変わり、カゲナが空間を裂いた。


一瞬の交代。

息の合った連携が、次々とモンスターを倒していく。


「ノク、動きすぎ」


「カゲナ、動き足りない!」


二人は笑いながら、ぎりぎりまで戦い続けた。


──30分が経過し、家族はダンジョンの入口に戻ってきた。


リアが息を切らしながら声を上げる。

「はーい! じゃあ、討伐数の発表いくよ!」


クレアナが静かに集計結果を読み上げる。


「ミレイナ様、34体。リア様、61体。」


「ふふ、まあ……頑張ったよね」


「……リア、結構稼いだね……」


ノクシアがワクワクしながら叫ぶ。

「で? ノクたちは何体!?」


クレアナはゆっくりと数字を告げる。


「カゲナ様とノクシア様、合計……119体です」


「……やっぱり……」


カゲナがぼそっと呟く。


ノクシアが勝ち誇ったように飛び跳ねた。

「やったー! ノク、勝ったー! 圧勝だー!」


リアはくやしそうに笑いながら拳を握る。

「くっそー! 負けたー! でも、楽しかった!」


ミレイナはゆっくりとカゲナに近づき、ぽんっと肩を叩いた。

「すごいね、ちゃんとノクと協力してたじゃん」


「……まあ……うまくいった、かも……」


ノクシアが楽しそうに叫ぶ。

「ノク、またやりたい! 次もノク勝つ!」


リアがにこにこしながら声を上げた。

「よし、次はもっと面白い縛り考えるね!」


ミレイナも小さく笑う。

「今度はリアとノクが組むのも見てみたいな」


カゲナは、ぼそっと静かに呟いた。

「……次も、絶対……勝つ……」


「ノクもー!」


家族の笑い声が、夕陽に包まれた地上のダンジョンにいつまでも響いていた。


クレアナは静かに皆の背中を見つめ、心の中でふっと微笑む。


「……どんな状況でも、皆様は遊び心を忘れないのですね」








4 ──夜。


──遊びが終わった後、家族はのんびりと家に戻った。


「今日はよく動いたし、汗もかいたし、みんなでお風呂入ろう!」


リアがそう言い出すと、ミレイナもふっと笑って頷いた。


「そうだね、たまには一緒に入るのも悪くない」


ノクシアは、今も彼女の身体のまま、楽しそうに跳ねる。


「ノクも入りたい! 一緒に入る!」


「……え……」


カゲナの声が、ノクシアの内側から小さく響く。


「……ノク、そのままなの……?」


「うん! 今日はノクの身体のまま動いてるし、このままでいいでしょ!」


「……いや……でも……女子のお風呂だよ……」


「大丈夫だよ! カゲナはノクの中で目をつぶってればいいから!」


「……そ、それは……」


ノクシアは躊躇なくリアとミレイナと一緒に風呂場に向かっていく。


カゲナは内側で、必死に目をぎゅっと閉じていた。


(……なんで僕……こんなことに……)


ノクシアの声が、楽しそうに響く。

「ノク、お風呂大好きなんだよね~! ほら、カゲナも力抜いて~」


「……無理だ……」


カゲナはひたすら目を閉じ、ノクシアの感覚からもできるだけ距離を取ろうとする。


湯船に入ったノクシアは、両手を広げて気持ちよさそうにため息をついた。


「はぁ~、最高~!」


リアが隣で笑う。


「ほんと、ノクってお風呂でも元気だよね」


ミレイナも苦笑しながらタオルを絞る。


「まあ、ノクが出てくると賑やかになるよね」


ノクシアは内側のカゲナに声をかける。


「ねえ、カゲナ。目、ちょっとくらい開けていいんだよ?」


「……絶対、開けない……」


「ふふ、固いなぁ~」


ノクシアは楽しそうに笑いながら、ゆったりと湯船で足を伸ばした。


リアもミレイナも、家族として当然のようにノクシアと一緒に過ごすその時間を、自然に楽しんでいる。


──カゲナだけが、静かに内側で、真っ赤な顔で目を閉じ続けていた。


(……こんなの……絶対慣れない……)





ノクシアは、湯船でぷかぷかと浮かびながら、にこにこと楽しそうにしていた。


(……ノク、ほんとにお風呂好きだな……)


内側でカゲナが静かに目を閉じていると、ノクシアはこっそりと声をかける。


「ねえ、カゲナ。目、ほんとに絶対開けないの?」


「……絶対に……開けない……」


「ふふ、でもノク、ちょっとだけ……いたずらしたくなってきた~」


「……何するつもり……」


「うーん、たとえば……ほら、今、ノクの指、リアのおでこにちょっとだけ、ちょんって当てたらどうなるかな~?」


「……やめろ……」


ノクシアは、にやっと笑いながら湯をぴちゃぴちゃと跳ねさせる。

湯をわざとリアにかけてみたり、ミレイナの背中にそっと泡を乗せてみたり、まさに悪魔らしい、子供っぽいいたずらを繰り返していく。


リアがぴしゃっと水を返す。

「もー、ノク、またやったでしょ!」


「えへ、ばれた?」


ミレイナもくすっと笑う。

「まあ、ノクがいると賑やかでいいけどね」


(……ほんとに……どうしようもない……)


ノクシアは、ふと話題を変えるように声をかける。

「ねえ、カゲナ。今日のダンジョンでさ、ノクたち、結構うまく交代してたよね」


「……うん……あれは……少しずつ慣れてきた……」


「でもさ、ノク、もっと自由に動きたいって思ってたんだ」


「……自由って……どういうこと……」


「ほら、今はお互い交代しながら“どっちが動かすか”って分けてるでしょ? でもさ、ノク、いずれ“同時に”動かしたいなって思ってる」


「……同時に?」


「そう! 体はひとつだけど、カゲナとノクが、それぞれ別のことを同時にできる……そんな能力になったら、もっと楽しいと思わない?」


「……空間能力も……広げたい……同時に二つの空間を展開して……別々に管理できたら……もっと……強くなれる……」


「ふふ、いいね、それ! ノクもそれ、絶対やりたい!」


ノクシアは、お湯を掬いながら、わくわくした声を続けた。

「たとえば、ノクが右の空間で戦って、カゲナが左の空間で敵を閉じ込めるとか、二人同時に遊びまくれるよね!」


「……理屈的には……できなくはない……でも……ノク、本能でやりすぎるから……制御が……」


「えー、ノク、暴走したいんだけど!」


「……だめだ……」


「ふふ、じゃあ、ノクはちょっとだけ本能で動くね。カゲナがバランス取ってくれるなら、それでいーでしょ?」


「……はあ……勝手に決める……」


ノクシアは内側でくすくすと笑い、ミレイナとリアのほうに再び水をかける。


ノクシアは、いたずらが成功して、にやにや笑っていた。


ノクシアはいたずらが成功して、にやにやと湯船の中で楽しそうに足をばたつかせた。


リアが軽く怒りながら、手でお湯をはね返す。

「ちょっとー! またノクでしょ!」


「えへ、ばれた? ノク、つい、やりたくなっちゃうんだもん!」


リアはふくれっ面で、湯をすくってノクシアに浴びせる。

「ほら、反撃っ!」


ノクシアはぴょんと湯船の中で跳ね、ひらりとかわす。

「ふふ、ノク、そんな簡単には当たらないもん!」


「もー、遊びすぎ!」


ミレイナは湯船のふちに背を預けながら、やれやれといった様子で笑った。

「ノク、ほんとに騒がしいな。でも……まあ、こういう時間も悪くないか」


「ねえねえ、ミレイナは怒んないの? ノク、さっき背中に泡乗せたの気づいてた?」


「気づいてたよ。でも別に、怒る理由ないし」


「えー、優しすぎー。リアなら即反撃なのに」


「だって、ノクがやるの、もう慣れたし。……むしろ、怒ったらノクがもっと喜ぶでしょ?」


ノクシアはぴたっと動きを止めた。

「……え、ばれた?」


ミレイナはくすっと笑う。

「そりゃあね」


「うーん……ミレイナ、手ごわい……」


「それ、今気づいたの?」


リアはノクシアとミレイナのやり取りを聞きながら、にこにこと笑っていた。

「でもさ、ノクがこうやっていっぱい騒いでくれるから、家族っぽいよね。前はこういうの、あんまりできなかったし」


「うん、ノク、今がいちばん楽しい!」


ノクシアは湯船でくるくると回りながら、湯をばしゃばしゃ跳ねさせる。


「ねえ、リアさ、今日戦ってるとき、ノクのことずっと狙ってたよね?」


「うん、だってノクが一番強そうだったから! やっぱり倒したいじゃん!」


「ふふ、ノクもリアのこと狙ってたよ。リア、ほんとに強くなったね」


「でしょ? 次はもっと強くなるから、今度こそノクとカゲナに勝つ!」


「ノク、負けないもん!」


ミレイナは目を閉じたまま、ゆったりとお湯に浸かりながら、ぽつりと口を開く。


「こうやってみんなで一緒にいると、本当に……家って感じがするよね」


リアは静かに頷いた。

「うん。……昔、こんなふうに家族で笑うなんて、思わなかったもん」


ノクシアはふと真顔になり、内側のカゲナに呼びかける。


「ねえ、カゲナ。ノク、思ったんだけどさ。こういう時間、もっと増やしたいな」


「……勝手に……どうぞ……」


「ふふ、カゲナも……楽しんでるくせに」


「……まあ……少しくらいなら……」


ノクシアは内側でくすっと笑い、湯船の中でわざとまた足をばたつかせる。


すると今度は、クレアナが、静かに湯船の外から声をかけた。


「……ノクシア様、あまり遊びすぎると、のぼせてしまいますよ」


ノクシアはふっとそっちに顔を向ける。

「えー、クレアナも一緒に入ろうよ!」


「私は結構です。こうして皆様が楽しんでいる姿を、少し離れたところから見ているのが――私の一番好きな時間です」


「ノク、ずるいって思うんだよね。クレアナだけ濡れないし、絶対安全圏にいるし」


「そうですね、安全が一番です」


「クレアナも一緒に遊べば、きっともっと楽しいのに!」


「……遊ぶより、皆様が楽しんでいる姿を見ているほうが、私は幸せです」


ノクシアは、ちょっとだけむすっとして、でも結局また楽しそうに湯を跳ねさせる。


「じゃあ、ノクはもっと楽しむね!」


リアが笑って言う。

「またのぼせないでよ?」


「大丈夫、大丈夫~!」


ノクシアは、湯船の中でくるくると回りながら、家族の笑い声と一緒に、ずっと楽しそうに騒いでいた。


──そんな、騒がしくも温かい家族の夜が、静かに流れていく。


内側でカゲナは、うっすらと目を閉じたまま、心の中で小さく呟く。


(……ノク……ずっと騒がしい……けど……まあ、こういうのも……悪くない……)


「ふふ、でしょ?」


ノクシアの心の声が、嬉しそうに返ってきた。







5 ──その後


地下1階の広い共有寝室に、家族の布団が並べられていた。

珍しく、全員が同じ空間で寝ることになった。


リアが楽しそうに声を弾ませる。

「まるで修学旅行みたいだね!」


ノクシアは、カゲナの身体のまま手をあげて笑った。

「修学旅行って、楽しいやつだよね? ノク、初体験!」


カゲナはぼそっと返す。

「……ノク、もう寝よう……」


「えー、まだ寝ない! いっぱい話したいのに!」


カゲナはゆっくりと目を閉じたが、ノクシアはそのままぺらぺらと話し続けた。


ノクシアは隣のリアに声をかける。

「ねえ、リア、今日のダンジョン、ノクたち、めっちゃ強かったでしょ?」


リアは悔しそうに笑う。

「くっそー、ほんとに悔しい。でも、楽しかったよ。……ノク、戦ってて、楽しいだけでやってる?」


ノクシアはくすっと笑った。

「ノク、楽しいのが一番大事だけど、カゲナが頑張ってたから、ちゃんと合わせてたんだよ?」


カゲナは目を閉じたまま、ぼそっと返す。

「……たまに……合わせてなかった……」


「えへ、バレてた? でも、半分くらいは合わせてたもん!」


リアは笑いながら返す。

「ほんとに仲いいよね。……ねえ、ノク、カゲナが寝ちゃったら、さすがに静かにしてね?」


「えー、ノク、まだ話すのに!」


そのやりとりを聞いていたミレイナが、ゆったりと横になりながら言った。

「ふふ、リアも元気だね。でも、負けたのは悔しいんでしょ?」


リアは素直に頷く。

「うん、次は絶対勝つ! ミレイナ姉も、片手だけだったけど、結構強かったよ」


ミレイナはふっと微笑む。

「でも、体術はやっぱり苦手。……ねえ、リア、今度は一緒に罠とか仕掛けて勝負しない?」


「いいね! ノクたちに絶対勝とう!」


ノクシアはすぐに乗ってきた。

「ノク、罠とか爆弾とか、すっごい好き! でも、どうせノクたちが勝つと思う!」


リアがクスクス笑いながら言う。

「ねえ、ノク、今度はノクと私が組んでみたいんだけど」


「えー、ノク、カゲナがいい!」


「ちょっとくらい私でもいいじゃん!」


「でもでも、カゲナが一番楽しいんだもん!」


ミレイナがそれを聞いて、くすっと笑った。

「ノクは、ほんとカゲナが好きだね」


「へへ、当たり前じゃん!」


「……まあ……」


ノクシアが楽しそうに騒いでいる間、カゲナは目を閉じたまま、内側でぼそっと呟く。


「……ノク、静かに……眠い……」


「もー、わかったよー。でも、ノクは話すの好きだから、少しだけね」


ノクシアはそれでも、布団の中でゴロゴロしながら話し続けた。


「あ、そうだ。ノク、明日ね、朝ごはんいっぱい食べたい! クレアナにお願いしとこう! ノクね、肉が食べたいんだ~」


リアが笑いながら返す。

「ノク、食べるの好きだよね。……っていうか、さっきいっぱい食べたのに?」


「だって、食べるの楽しいんだもん!」


ミレイナも優しい声で続けた。

「ノク、好きなこといっぱいあるんだね」


「うん! いっぱいある! 戦うのも好き、遊ぶのも好き、カゲナも好き!」


リアが笑って、隣で声をかけた。

「明日も遊ぼうね」


「うん! ノク、絶対行く!」


──しばらく、そんなふうにノクシアとリアとミレイナの三人が、あちこちで話し合っていた。


最初は、カゲナもぼそぼそ返事をしていたが、だんだん返事がなくなっていく。


リアがふと気づく。


「……あれ、カゲナ、寝た?」


ノクシアはカゲナの内側を覗くように声をかけた。

「ねえ、カゲナ、寝た?」


返事はない。


「……もう寝てる」


リアが、クスクスと笑う。

「ふふ、カゲナ、いつも寝るの早いよね」


「ノク、もっと話したかったのに!」


ミレイナは優しく笑った。

「まあ、今日いっぱい動いたからね。ゆっくり休ませてあげよう」


「うん……まあ、しょうがないか」


ノクシアは、布団をぎゅっと抱きしめた。


「……おやすみ、カゲナ。また明日ね」


リアもミレイナも、ゆっくりと目を閉じる。


──夜の静かな共有寝室に、家族の寝息が穏やかに響いていた。


クレアナだけは、うっすらと目を開けたまま、ノクシアとミレイナを交互に見つめ続けていた。


「安心しきるには、まだほんの少しだけ、慎重さが必要だった。

――この家には、悪魔も、強すぎる家族も、そして時々暴走しそうになる少年もいるのだから。」


けれど、この穏やかな夜は、確かにかけがえのない家族の夜だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ