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第1話 (兄妹の対話)


朝の光が、岩山の隙間から差し込んでいた。

世界がまだ眠る中、カゲナは目を覚ます。


静かな部屋で布団から立ち上がり、足音を忍ばせて階段を昇る。


たどり着いたのは、角張った屋根と木の柱だけがある開放的な空間だった。

ほぼ壁はなく、吹き抜ける風が心地よい。


目の前には野原と、“回復の泉”が広がっている。


朝の光を浴びながら、ひんやりとした空気がカゲナの頬を優しく撫でていた。


「……今日も、良い一日になるといいな」


 そう呟きながら、泉の縁にしゃがみ込む。

 透明な水に両手を差し入れ、顔を洗った。

 冷たさが目を覚まし、身体がしっかりと“現実”に戻ってくる。


 数滴の水が髪を伝って落ちていくのを感じながら、カゲナは静かに息を吐いた。


 


   ⸻


 地下へ戻ると、すでに食事の香りが漂っていた。

 共有スペースのテーブルには、パンとスープ、そして焼いた獣肉が整然と並んでいる。


「……朝からいい匂いだ」


 ぽつりと独り言をこぼしながら、席につく。


 椅子に腰を下ろし、スプーンを手に取ろうとした、その時だった。


『わぁっ! お肉だ~!! ノクも食べたい~~っ!』


 耳元に響く声。次の瞬間、カゲナの手がピクリと震えた。


 身体が、勝手に動く。

 右手がスプーンではなく肉に一直線。しかも――


「ま、待てっ……ノク、やめ――」


 ぐちゃっ


 肉にかぶりつくように突っ込んだ手。そのまま豪快に引きちぎろうとする。


『あははっ♪ やっぱ朝は肉だよねぇ~!』


 カゲナの中にいる悪魔、ノクシアが――勝手に身体を使って暴れていた。


 その瞬間、


 バチィッ!


 鋭い音が響く。空間がゆがみ、椅子の背後に突き立つ何かが“ピタリ”と停止していた。


 背後に立っていたのは、黒い服のメイド――クレアナだった。


「……誰が許可したのですか、そのような食べ方」


 その声は低く、冷たい。

 手には光る傘。先端は、いままさに椅子を貫こうとしていたところだった。


『えへへ~……ごめんなさ~い、ちょっとだけ、ね?』


 ノクシアの声が笑いに変わる。だが、その余裕はすぐに打ち砕かれた。


「許可は――していません」


 クレアナの目が、キレていた。


「や、やめて……クレアナ、落ち着いて……!」


 カゲナは急いで自分の意識を取り戻し、ノクシアを押さえ込む。


『うぅぅ……ひどいよぉ、お兄ちゃんまで冷たい……』


 ノクシアの声がフェードアウトするように消えていく。

 ようやく身体の制御が戻ると、カゲナは深いため息をついた。


「……ごめん、少し油断してた。朝からこれじゃ……しんどいな……」


「まったくです。食事のマナーくらい、覚えてください」


「僕じゃない……ノクが……」


 ぐだぐだになりかけた空気の中、ふわりと足音が近づき、眠たげな声が空間に落ちる。


「ふたりとも、朝から楽しそうね」


肩まで伸びた髪を揺らしながら、リアが現れた。

眠そうにあくびをかみ殺しつつ、スープの匂いに鼻をひくつかせる。


「……うん、楽しくなんか、ないよ。」


カゲナがそう答えると、リアはくすりと笑う。


「ふーん……また、抑え込んだんだ?」


「……ああ」


「ほんと、苦労してるね。――間魔げんまって、そういうもんなんだね」


その何気ない一言に、カゲナの表情がわずかに揺れる。

目の奥に、かすかに火が灯る。


「ノクはただの“何か”じゃない。僕にとっては、もっと…」


 低く、静かな声だった。


 リアは一瞬、驚いたように目を見開く。

 だが次の瞬間、すっと笑った。


「……そうかもね」


 カゲナはもう一度、椅子に座り直した。

 ぐちゃぐちゃにされた肉を端に寄せ、スープをすくう。


「……はは、今日も……いい一日になればいいな……」


 少しだけ強がるような声。

 けれど、その奥には、確かな意志が宿っていた。


 


   ⸻


 その頃、空はすでに淡く色づき始めていた。

 野原に立つカゲナの背に、ほんのりと橙の光が差し始める。


 空気が変わる。夜と朝の境界が、静かに溶け合っていく。


 ふと、カゲナは遠くの山を見上げた。


 ――あの頂の向こうに、今日という日が始まる。


 


 遠くにそびえる山のてっぺんが、朝焼けの空にゆっくりと溶けていくようだった。


 時の流れさえ、少しだけ止まって見えるほどに、静かな夜明け。

 

世界は国ごとに文化が異なり、技術や思想の発展段階もばらばらだ。

まるで、いくつもの時代がひとつの大地に混ざり合っているかのようだった。


そんな混沌とした世界の中心に、ただひとつ――

“多様性”と“平和”の象徴とも呼ばれる、超巨大都市が存在していた。


かつては魔王が統べていたその都市は、恐怖の名残を抱えながらも、いまや穏やかな日常に溶け込み、あらゆる種族と文化が肩を並べて暮らしている。


――その都市の外れ。

森と丘に囲まれた小さな集落で、ふたりの兄妹が駆けていた。


「ねえカゲナ、さっきの攻撃、もうちょっと斜めに出してみたらどう? 当たるかもよ」


 そう言ったのは、少女リア。肩までの髪をかきあげ、笑みを浮かべるその表情には、いたずらっ子のような自信がにじむ。


「……さあ……でも、リアは……少し手を抜いてたんじゃない?」


 応じた少年――カゲナは、黒髪に少し鋭い目を持つが、どこか憂いを帯びた瞳をしていた。


 ふたりは十四歳。

 人里離れたこの地で、魔物と自然を相手に生きてきた。

 礼儀も、世間の常識も知らない。ただ、戦いの中で互いを高め合う術だけを知っている。


 ――そして今日の訓練相手は、特別な存在だった。


「審判として見届けましょう。では、始めてください」


 そう言って立ち上がったのは、ひとりの少女――クレアナ。

 その見た目は少女そのもの。しかし、手にした傘を軽く傾けたその瞬間、空間がかすかに波打つように揺れた。


 圧倒的な存在感。

 この地で彼女に敵う者はいない。それは、かつて数々の世界を渡り歩き、多くの者に恐れられた“メイド”の姿だった。


 次の瞬間、カゲナが動いた。


 足元の空間が裂け、次元の歪みが刃となってリアを襲う。

 対するリアは、迷いなく杖を掲げた。背後に呼び出された炎の霊が彼女の魔力を増幅し、そのまま熱を込めた矢を放つ。


「くらいなさい、バカ兄!」


 空を舞う炎の矢が、空間の裂け目へと向かい――激突。

 炸裂する熱と歪み。爆風が地面を抉り、空気を震わせる。


 二人の力は拮抗していた。

 だが、それだけでは終わらなかった。


「……そろそろ、本気を出してもいい?」


 カゲナの声が、わずかに低くなる。

 その言葉の奥に、異質な“気配”が混じった。


 リアは、微かに目を細める。


「ノクシア……出てくる気?」


『ううん、まだダメ。ノクはまだ見てるだけ。お兄ちゃんがちゃんと戦えてるか、見てるんだよ?』


 頭の中に響く、幼さの残る高い声。

 カゲナの中に棲む悪魔、ノクシアが囁いた。


『今は、カゲナが戦ってるもん。ノクはそのうち交代してあげる~』


 その声に、リアは苦笑を漏らす。


「こっちもね、そろそろ――出てくるわよ」


 リアの瞳が、きらりと光を変える。

 彼女の内に棲まう“天使”の人格が、霊力とともに目覚めかけていた。


「もういい、ここまで」


 割って入ったのは、クレアナの声だった。

 静かに傘を傾けると、風が止み、空気が凪ぐように静まった。まるで、今起きた激戦が幻だったかのように。


「引き分け、ということでしょうね。おふたりとも、成長しましたね」


『……えー、ノクまだ戦ってないのにぃ……』


 ノクシアが不満そうに声を漏らす。


「十分です。次は、内側の戦いですから」


 「精神領域を展開する――」


クレアナが静かに傘を振り、宙に描かれた魔方陣が淡く光を放つ。

その光がふたりの身体をやわらかく包み込むと、ゆっくりと意識が沈んでいった。


 


   ⸻


光のない空間。音もなく、風もない。

だが、そこにはふたつの存在が立っていた。


一人は、悪魔ノクシア。

長い髪にいたずらな笑み。黒い羽根が背中で蠢き、可愛らしさと危うさを同時に持ち合わせた少女。


もう一人は、リアの中にいる天使。銀髪の青年。

透き通る瞳と、芯の通った声。静かな威圧感を纏い、右手には淡く光る剣を携えている。


「やっほー、そっちの男天使くん。今日こそノクが勝つから!」


「そうか。でも、勝負に必要なのは力だけじゃない。心もまた、戦いの一部だ。」


「うっ……なんか大人っぽい言い方ずるい~!」


ふざけたような口調とは裏腹に、ノクシアの瞳は鋭く細められる。

空間が黒く染まり、羽根が音もなく広がっていく。


天使もまた、剣を構えた。


「――始めよう。これは僕たちの戦いでもあるけど、彼らの未来にも関わるからな。」


「うん、負けないから!」


ふたりの間で、風も光もないはずの空間が静かに震え――

戦いの幕が、ゆっくりと上がった。


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― 新着の感想 ―
一話だけ読んだのですが、想像力を掻き立てられる思いがしました。 続きや今後の展開が気になります。
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