工作員
俺は地元の機械部品を作る町工場で働いている。
ただ、不景気のためか最近生産が薄く、今日は生産を止め工場内のレイアウト変更と大掃除を行っていた。
「あー、しんど・・・」
長時間に渡る生産性のない業務にうんざりとしていた俺は、不満を漏らしながらトイレに向かうべく工場棟を出た。
「こんちわー。」
棟の外の自動販売機で作業をしていた外部業者の二人がこちらに挨拶をする。
「ご苦労さまですー・・・ん?」
業者の一人が羽織るジャケットの下にちらりと何かが見えた。
一瞬だったが、それはホルスターに収められている拳銃だ。
「お兄さん、中々攻めたライター持ち歩いてますね。俺もそれと同じの持ってるんですよー。」
俺は笑いながら拳銃を指摘する。
しかし、明らかに場の空気が一変し、緊張感のあるものとなった。
「?」
俺が疑問に思っていると男は無言で拳銃を抜き、こちらへ向けた。
「・・・!」
しかし、反射的に俺は男の懐に飛び込み、銃を構える腕を掴むと投げ飛ばした。
地面に銃と男が叩きつけられる。
そして、すかさず銃を蹴り飛ばすが、重量感がライターのそれとは明らかに違っていた。それに銃を向けられた時に見えた銃口の形状が、ライター特有の着火部ではなく完全なる空洞であった。つまり、この銃は実銃である。
「この野郎・・・!」
息をつく間もなくもう一人の男が襲いかかる。
俺は姿勢を低くし男に強烈なタックルを御見舞すると、そのまま奥にある空の貯水槽に突き落とした。
そして、最初に投げ飛ばし当たりどころが悪かったのか悶絶している男のもとに走ると、ポケットからレイアウト変更に使っていた結束バンドを取り出し、腕を後ろ手に拘束する。それが終わると貯水槽に再び走り、一五〇センチ下で復帰しようとしていたもう一人の男にダイブし、のしかかりで男を拘束した。
「テメェ、何者だ!?」
男がもがきながら聞く。
「この間、これとほぼ同じシチュエーションの訓練を受けた予備自衛官だ。お前らこそ何者だ?」
丁寧に答えた俺は男に聞き返した。
「・・・え?何これ!?」
答えを聞く前に上司の素っ頓狂な声が上から響く。
「強盗です!警察呼んでください!」
「え!?・・・あ、うん、わかった!」
俺が叫ぶと、上司は一瞬理解出来なかった様子だったがすぐに了承しその場で通報した。
その後、到着した警察により二人は引き渡され俺は事情聴取を受けた。
詳細な情報は伝えられなかったが、あの拳銃はやはり本物だったらしい。
そして、この一件以降、職場では銃を持った強盗二人を素手で制圧したヒーローとして俺は祭り上げられた。
ただ、この事件は意外なところまで尾を引いていた。
事件から数週間ほど経って俺は自衛隊に訓練出頭をすると、早々に別室に呼び出され部隊指揮官となぜか公安職員との三者面談をすることに・・・
聞けばあの二人はただの強盗ではなく、某国の工作員らしい。目的は職場で製造していた防衛関連の製品の情報収集とのことだ。
とはいっても、確かにうちの会社は防衛関連の製品を作っている。だが、数が少ない上、そんな重要なものは作っていない。
大して重要でもないようなものの情報収集をさせられた挙げ句、偶然その状況に適合した訓練を受けた半素人に遭遇し確保されるとは、なんとも運のない工作員だ。と、俺はあの二人に同情した。
そして、その三者面談では公安職員からうちで働かないかという誘いを受けたが、とりあえずは保留ということにした。