File 02 ■裂け女
「恐怖の、舌裂け女!」
「……ふえ? 口裂け女じゃなくてですか?」
きょとんとして聞き返す美沙に、玲子はニヤリと笑う。
期待通りのリアクションだった。
「口裂け女は知ってるよね」
「むかし、すごく流行ったんですよね? 噂のせいで集団下校になったみたいな、あれの最新型ですか?」
「まあ、そんな感じ。女の子が『私かわいい?』って聞いてくるんだけど、マスクしてるわけでもなく、普通にすごくかわいい子なの」
「え、それじゃあ話が終わっちゃうじゃないですか」
「でもその後に、『これでも?』って舌をね、こう出す」
てへぺろとばかりに、舌を斜めに出す玲子。
「先輩のは、ピンクでかわいいです」
「ありがとう。でもその女の子の舌は、先っぽからこう三方向に裂けて開いて、牙の生えた第二の口になってるの」
そして自分の口の前に揃えた右手の指先を、がばっと開いて見せる。
「……!?」
「だから口裂けじゃなく『舌裂け女』ってわけ。ちなみにその舌は蛇みたいに伸びて、こう口から相手の体の中に入り込んで、内臓をぜんぶ食べちゃうんだって」
今度はその右手をうねうね動かして美沙の口元まで近付けると、指先でちょんっと唇に触れて、すぐに戻す。
「んッ……なんか、急にB級映画みたいな話になりましたね……」
「ふふ、でも面白いのがね、おじいちゃんおばあちゃんに聞いてみると、この辺では口裂け女の噂が流行るずっと前から、舌裂け女の話があったみたいなの」
「じゃあ、そっちが元ネタってことですか?」
「それか、口裂け女とは別の由来があるか、ね」
言葉を切ると、玲子はいちごオレの紙パックを放り投げた。それは数メートル離れた空のゴミ箱の真ん中にきれいに吸い込まれる。
「……ああ、そうだ。この公園の噂もあるよ」
「えっ、ほんとですか?」
住宅街のはずれに位置する小さな児童公園は、少子化の影響でほとんど利用者がなく、この時刻ともなればまず誰も来なかった。
隣接する雑木林の前には「立入禁止」の立て札が斜めに刺さって、その奥は昼でも薄暗い。
老朽化したブランコやジャングルジムはとうに撤去され、一匹だけとり遺されたパンダの遊具は塗装が剥げて目も虚ろ。まるで地獄から這い出してきたかのようだ。
「向こうの、林の奥にね……」
玲子はそこで言葉を切って、雑木林の方に視線を向けてから、小さく頭を振る。
何かを振り払うように。
「ええと、違った。……そう、この公園で、ちょうど今ぐらいの時間にね」
美沙は先ほど触れられた唇をさすりながら、こくりとちいさく息を呑む。
「制服姿の女の子同志が、チューしてるの見たって……」