File 01 ミヌロサマの神隠し
「そういえば美沙は知ってる? あの噂」
「……えと、どの噂ですか?」
美沙と呼ばれた小柄な少女は、問い返しながらあざとく小首をかしげる。愛らしい顔立ちによく似合う栗色のツインテールが、ぴょこんと揺れた。
「ミヌロサマの神隠し」
彼女の隣、すらりと背の高い黒髪ロングの少女が答える。
色白で顔立ちの整った、どこかミステリアスな雰囲気の彼女の名は玲子という。
夕陽に染まる公園のベンチ。いちごオレの紙パックを手に、仲良く腰かける夏の制服姿の女子高生ふたり。
「……ミヌロサマ? なんですかそれ?」
「聞いたことない? このへんに昔からある言い伝えでね、女の子をさらっていく怖い神様なんだって」
「うーん、わたしは生まれたときから此処に住んでるけど、聞いたことないです」
さっきと逆方向に首をかしげる美沙の、ツインテールが再び揺れる。
「そっかあ、やっぱ知らないかあ」
「知らないです。ごめんなさい」
「あやまることじゃないよ! でも、十年前に行方不明事件があったのは知ってるんじゃない?」
「あー……はい。事件のあとも何年か、商店街でチラシくばったりしてました。さゆりちゃんって、すごく可愛い子」
「そっか。私が引っ越してきたのは5年前だから……」
「そのころにはみんな忘れかけてたかも……ぜんぜん手掛かりもなくて、ご両親もどこかに引っ越したって……」
少し重くなった空気を、どちらとなくズズッとイチゴオレをすする音が中和する。
「で、それがね。ミヌロサマのしわざなんじゃないかって噂」
玲子はストローから唇をはなして続けた。
「神隠しってことですか? でも、普通に家出とかかも……」
「うん、それがね」
我が意を得たりとばかり、彼女の口調に熱がこもる。
「その更に十年前にも女の子の行方不明があったの。さかのぼってみると、十年周期で一件ずつ女の子の行方不明があって、記録に残ってるだけでも五人。そのどれも、手掛かりひとつ見付かってない……って話が、ネットの一部の界隈でちょっと話題になってて」
「……え……」
「だから、そろそろ次があるんじゃないか、って」
「そう言われると、ちょっと怖いですね……」
「みんな、美沙みたいに可愛い女の子だったらしいよ。六人目にならないよう気を付けてね」
凛々しさ際立つ真剣な表情で言い終えると、玲子はいちごオレの残りをいっきに飲み切って、隣でまだストローを咥えている少女の愛らしい横顔をのぞきこんだ。
視線に気づいた美沙は目をまっすぐ合わせ、同じく真剣な表情を作る。
「わたし、わかりました。その子たち、きっと玲子先輩みたいな人に騙されて、さらわれちゃったんだ……」
「……なるほど、それはあり得る……」
そのまま数秒見つめ合い、ほぼ同時に噴き出していた。笑いあう二人の声が、寂れた公園に束の間の華を添える。
「ほんとに、そういう噂とか都市伝説みたいなの好きですよね。そのネットの話題とかも、先輩が自分で調べて、広めたんじゃないですか?」
「うっ、さすが美沙は私のことよくわかってるね……」
「当然です。先輩のことはなんでも知ってます」
苦笑を浮かべて、玲子は肩をすくめて見せる。
「……でもね、ちゃんと調べてみると面白いんだよ。火のないところに煙は立たぬ、って言うとおり、どんなに荒唐無稽なお話でも、必ず元になった何かがあるから。それってね、民俗学に通じるの」
「先輩は、そういう勉強がしたいから、向こうの大学に行くんですもんね」
美沙の声がワントーン落ちた。
玲子は来年、隣県の大学に進学するためこの町を出て一人暮らしをする。
推薦が決まっているだけで入学が確定した訳ではないけど、それを確信できるぐらいに彼女は優秀だった。
毎日のように公園で待ち合わせて会えるのも、今だけ。
「ね、先輩! 他になにか面白い噂ないんですか?」
寂しさを振り払うように声のトーンを戻し、美沙は問いかける。
玲子は少しだけ考える素振りをしてから、口を開いた。
「んー、じゃあねえ、あれは知ってるかな」
「どんなのですか?」
「恐怖の、舌裂け女!」