スペシャルオプション! 祓井モーター 中編
バイトが終わり、健太は街灯に照らされながら、駐車場に鎮座する愛車を眺めていた。
自分が子供のころから憧れて来たクルマ。大金と将来を掛けてまで手に入れた愛車。外見を見た瞬間に気に入って、沢山の思い出を作ろうと心に決めた相棒。でも、それが「曰く憑き」だったのだから、溜まったものではない。
しかし、それは今晩で終わる。そう信じなければやってられない。
健太は苦笑いを浮かべて、シルビアの愛車のルーフを優しく撫でてから、キーを差し込んで扉を開ける。梅雨の湿気が原因なのか、車内にはどんよりとした重い空気が漂っている。
シートベルトを付けて、エンジンを掛ける。SR20エンジンの重低音が、心地よい音量で耳を刺激する。
「ハァ・・・。まさかお前が問題児だったとはな。」
心の声が、口からこぼれた。
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祓井モーターの前に着くと、店舗の電気は消えていた。しかし、その隣にあるガレージは、シャッターが開けられ、煌々と明かりが点いている。その明かりの中に一人、まるで此方に来いと言わんばかりの誰かのシルエットが目に入った。
健太は本能的に、その姿に向かってクルマを進めて行く。ソレに近づくにつれ、そのシルエットの詳細が見えてくる。茶色に染まった長髪とは似合わぬ作業着姿、電子タバコを咥えた女性の姿がそこにはあった。パット見る限りでは、「作業着を着たギャル」という印象だ。
(女性?・・・作業員なのかな?)
健太はやや戸惑いながらも、その女性の前にクルマを停めた。エンジンは停めずシフトをニュートラルへ入れて、サイドブレーキを引く。ひとつ深呼吸をしてから、助手席側のウィンドウを下ろした。
「アンタが今日の清掃依頼者ね。そのままクルマをピットに入れて頂戴。少しやる事があるから。」
助手席側の窓が降りきるやいなや、女性は慣れた口調で次に行うべき行動を指示してくると、クルりと振り返ってガレージの中へ入って行く。肩が少し大きく動いているのは、吸っていた電子タバコを片付けているのだろう。
健太は言われた通り少しクルマをバックさせてから、ガレージ内のピットレーンに向けてハンドルを大きく左に切って、クルマを進める。
電気の消えた暗い敷地から、明るいガレージへ入るので、光が目に入り少し眩しい。少し曲がるとピットの中にリフトが見えて来たので、それに乗る様に微調整を行う。
曲がってしまえば、あとは奥行きを調整するだけ。
ふと目線が、バックミラーに移った。
暗闇から光に包まれるその一瞬、後部座席に座る『人影』がハッキリと見えた。
思わずクラッチとブレーキを反射的に床まで踏み込む。
心臓が今までに無い程に鼓動を早めている。大量の手汗も噴き出して来た。
(何だ?一体何なんだあの人影は・・・・!)
本能的な恐怖に抗いつつ、確認の為もう一度バックミラーを見直す。
そこには、クルマの真後ろに広がる暗闇と、薄っすら漏れ光る赤いブレーキランプが映るだけであった。
(急激な光量の変化で、影か何かが反射しただけだ。そうに違いない!)
無理やりにでもこじつけて考える事で、感じた恐怖心を抑え込むしか。その方法しか健太に選択肢は無かった。
「ちょっとォ!もう少し前出してくれない?」
ガレージ内に彼女の声が響く。
社外品の砲弾マフラーから響く音に負けない様に、少し声を張っている様だったが、その声のおかげでビクッとはしたものの、恐怖心は一瞬にして和らいだ。やるべき事がある時には、そういった雑念は優先順位の関係から一瞬でかき消されるものである。
健太は気を取り直して、前進を促す彼女の声が止むまで、クルマを進めさせた。
エンジンを停めてからクルマを降りると、彼女はスタスタと此方に近づいて来た。
「特殊清掃担当の、祓田 怜美と申します。本日は宜しくお願いします。」
先ほどの気だるそうな感じは何処へやら、社会人の様なしっかりとした挨拶をしながら、右手を差し出して来る。
(ん?祓田?)
「あ・・・どうも。大神健太です。」
先ほど溢れた手汗をシャツに擦り付けてから、差し出された右手をぎゅっと握り返した。
すると、怜美さんは俺の顔を見てから少し目を見開いた。何かに気が付いたように数秒目線を合わせた後、車の方に目を向ける。その間も、握手した手は強く握られたままだ。
(なんだ?何をしてるんだ?)
握手をしながら視線を車に向ける怜美さんの行動に少し違和感を感じる。
「・・・・あぁ。そういう事ね。」
怜美さんはそう呟いたかと思うと、握っていた右手を放してから再び俺の方に顔を向ける。
「また事務所の電源入れるの面倒だから、ここで説明させて貰うけど構わないよね?」
唐突な提案に、俺は頷くしかなかった。
「驚かないとは思うケド・・・・このS15、いわゆる事故車ってヤツなのよ。前のオーナーがリアシートで睡眠薬煽って自殺しちゃったらしくてね。社長・・・ってか、オヤジが仕入れて来た時に、取り合えず何も影響でない様に『掃除』はしたみたいなんだけど・・・。よっぽど何かの思い入れがあったのか、一旦姿を眩ませていただけだったみたいね。」
怜美さんの口から出て来た言葉に、最初は脳が追い付かなった。驚きの方が強かったのか、その口から発すべき言葉は直ぐに見つからなかったが、少し経つと脳は自然とその言葉を受け入れて行った。
多少の混乱は残っていたが、まずは優先して確認したい事項が思い浮かんだので聞いてみる。
「それって・・・・怜美さんは社長の娘さんなんですか。」
「そ!アタシもオヤジの影響で、小さい頃からクルマ好きでね。高校卒業前からココで仕入れ担当させてもらってるんだ~。整備も含めれば、もう6年は毎日やってるよ。」
「失礼ながら、思ったよりベテランだったんですね・・・・。という事は怜美さんも、このクルマも事故車と知ってて売ってたんですか?」
至極真っ当な文句が健太の口から飛び出した。
それもそのハズである。事故車を200万もの大金で売り付けたとなれば、それは信用問題どころか、お店の存続に発展する重要な問題だからだ。
健太は、怜美さんがどう誤魔化して来るのか警戒していたが、怜美さんは呆れたように口元を歪めながら、ハッキリ目線を合わせてから口を開いた。
「ん~、まぁそういう事になるね。このクルマはオヤジが仕入れて来たヤツだから、張本人は知ってたみたいよ。仕入れた後には後部座席も取り換えて、交通安全の有名な寺にも持って行ってお祓いもして、交通安全のお守りも貰って来てたからね。本人も万全だと思ったから、確認の為にアタシに見せて来たんだ。その時は特に問題なかった様に見えたから、アタシもGoサイン出しちゃってさ。ホントごめんね!」
軽く片目を閉じつつ、顔の前で手を合わせて謝って来る。本来なら憤慨しても不思議ではないのだが、何故か怜美さんと話していると、そこまでボルテージは上がってこなかった。
「え?やっぱりこのクルマって事故車だったんですね・・・・・っていうか、怜美さんって『視える』方なんですか!?」
突然の告白に、再び混乱の渦に叩き落される。つまり、仕入れてから幾らか対処したとはいえ、そんな曰く付きのクルマを売っていた事に間違いは無い訳で、俺の愛車は完全に『お墨付きの事故車』という証明書が付いてしまった訳だ。
しかも、怜美さんが確認したって・・・怜美さんは霊感があるのか?ということは、この娘も事故車販売に一枚嚙んでいたのか?
突然叩きつけられた幾多の言葉を受けて、心の中にドス黒い感情が沸き上がる。
『困惑』と『悲しさ』をごちゃまぜにした様な、なんとも言えない感情に健太は苛まれた。
思わず、目線が下を向いた。
「まぁ、そういう事だね! でも安心して!ウチには、更にこれを『掃除』出来るから。完璧こっち側の責任だし、精一杯やらせて貰うからさ。」
顔をあげた健太が見た光景は、この後繰り広げられるであろうと予測していたモノとは、まったくかけ離れた物だった。
無駄に明るく言い放った怜美さんは、発砲ウレタンの塊を片手に、ピットのジャッキを操作し始めた。『ウィィィィン』というモーター音と発しながら、床からジャッキがせり上がって来る。車体の下を覗いてからウレタンをジャッキの上に設置した怜美さんは、そのまま車体を地面から持ち上げていく。
普通『お祓い』をするのならば、袈裟に身を包んだ坊主がお経をあげたり、お札を貼ったりするものではないのか?
なのに眼前の女性は、なぜ十字レンチを手に、タイヤのナットを外そうとしているのだろうか?
「ちょっ?・・・えっ?? 何しようとしてるんですか?」
最早何が何だか分からなくなった健太は、無意識に怜美さんに語り掛ける。
「え・・・?ああ、掃除道具を取り付けるのよ。大丈夫!お客さんのタイヤは減らさないからさ。」
訳の分からない言動に、健太の脳の機能は完全に停止する寸前にまで陥っていた。確かに目の前には、シルビアの後輪にピッタリ合いそうなホイール付きタイヤが2つ置いてある。そのタイヤは新品の様に見える。十中八九、このタイヤに付け替えるのだろう。
(掃除用具とはなんだ?タイヤを減らす?彼女は一体何を言っているんだ?)
この時の健太の顔を、他の第三者が観察する事が出来れば、その両眼は間違いなく、それはそれは見事な渦巻きを描いていたに違いない。
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怜美さんは、素晴らしく手慣れた手つきで左右のリアタイヤを交換して、もともと履いていたタイヤをビニール袋へ詰め込んでいく。ジャッキが下げられクルマが地面に設置すると、トルクレンチの「カチッ」「カチッ」という音が、心地よささえ感じるテンポを奏でてピットの中に鳴り響く。
リアタイヤの交換作業は、ものの5分も掛からなかった。余りの手際の良さのせいなのか、あまり汚れる事の無かった革手を外しながら、怜美さんが聞いて来た。
「よし!準備終わり!あ。大神さん。このクルマのオーディオってBluetooth対応のヤツ?」
「え?あ・・・・ハイ。使えますよ。」
何故オーディオ?今はそこを聞く場面のなか?再びの疑問が、健太の脳裏を過る。
「良かった~!余計な物持って行きたく無かったんだよネ!それじゃぁ、クルマ出しますね。」
そういうと、怜美さんはスッと運転席に乗り込むと、エンジンを掛けた。
ほぼ閉鎖空間たるピットの内部に、SRエンジンの重低音が響き渡る。それまで一連の謎と感情変化によって思考停止となり、ぼーっと突っ立ていた健太は、自分の愛車のエキゾーストの音を聞いて、クルマが動くことを悟った。
(やっべ!避けなきゃ!)
スッとクルマから離れた健太は、シルビアが動くのを待っていたが、クルマは直ぐには動かなかった。運転席を見てみると、怜美さんが後部座席をジッと見つめている。その時怜美さんには、後部座席の霊が見えているのだろう、健太は本能でそれを悟った。
怜美さんはバックでクルマをピットから素早く出庫させると、エンジンを止めることなくクルマの中に少し留まってから降りて来た。
「じゃぁ、今から『掃除』しに行きますんで、横に乗って下さい。」
こんな夜遅くに、一体どこへ行くと言うのだろう。駆け込み寺でもあるのだろうか?
「え?ここでやるんじゃないんですか?』
「あ~・・・ここでやってもいいんだけど、より効果的な方が良いでしょ?場所は言えないけど、そこでやります。私がそこまで運転して行きますから。見たいんでしょう?だったら、ホラ!乗ってください。」
(場所は言えない?そんな事あるか?)
健太は言われるがまま、シルビアの助手席へ腰を落ち着ける。
時刻は深夜1時近く。
2人の男女を乗せた青いS15は、軽快なサウンドを響かせながら、店舗から出て行くのであった。
前編の投稿日時設定を間違えており、予期せず間が空いてしまいました。
大変申し訳御座いませんでした。
また、内容量から3分割とさせて頂く事に致しました。ご了承下さいませ。
明日に後編を投稿させて頂きます。宜しくお願い致します。