12 どこかで声が
その時間に僕は戻って来た。
部屋のドアのノブに引っ掛けたタオルに、僕が首を通すところだった。
座った状態から、そのまま体重をかけて首をつったのだ。
本気で死ぬつもりはなかったと思う。
こんな方法で死ねるとも思わなかったし、苦しくなったら簡単に外せると思ったのだ。
ほんの気まぐれ。
自殺ごっこのつもりだったかもしれない。
もちろん、この先の人生に絶望していたのは事実だけど......。
いや、人生というか、気弱でダメな自分自身に嫌気がさしていたのだ。
まったく、むかつく自分だ。バカヤロー、しっかりしろ!
涙を一筋流した自分の耳元で叫んでやるが、反応はない。
そのまま首がガクンと下がる。
もう少し、意識がなくなる瞬間に僕は自分に戻るんだ。
もう少し、というところで、僕は不安になる。
今の記憶は持ったままで戻れるのかということだった。
今は霊の状態だけど、肉体に戻れば僕の記憶は脳にあるだけになってしまうかも知れない。
だったら、これまでの記憶は消えてしまうかもしれないじゃないか。
しかし、考えているうちにその時が来た。
僕の意識が消えて、死ぬ数秒前。
僕は身体に重なり、再び生命を取り戻す。
苦痛が全体に走った。息苦しくてたまらない。
しびれた足と手、ガンガンする頭。変な風に曲げたのか、腰まで痛かった。
ゲホゲホと咳き込む僕は、振りほどいたタオルを握り締めて絨毯の床に転がっていた。
薄く開いた目には、ピンク色の絨毯の毛羽立った繊維が蛍光灯の明かりで揺れているのが見えた。
僕の吐く息で揺れているのだ。
生き返った。いや、死ぬところだった、だった。
こんな方法で死ねるわけないと思ったけど、案外死ねるのかもしれないな。
何だか変な夢を見ていたような気がする。
でも、さっきまでの絶望感が不思議と薄れている。
なんでだろう。死ぬ瞬間までいったからかな。
でも、自殺なんて馬鹿げている。
死ぬ勇気があるなら、あいつらをやっつけることなんて難しくないはずだから。
どうしてこんなに前向きなというか、無防備な反抗心が沸いてくるのかちょっと理解できなかったけど、僕はタオルで汗を拭って立ち上がった。
何か忘れている気がする。
変な夢を見た所為かもしれない。
そう言えば、さっき誰かの声を聞いたような気がする。
意識がなくなる瞬間、誰かが呼んだような気がしたのだ。
誰かを助けなければならない。
誰かが助けを求めている。気持ちが焦る。
自分の事で絶望して死のうとしていたのに、目が覚めてみれば僕は誰かを助けようという気持ちでいっぱいだ。
いったいこれは何なのだろうか。
でも、助けなければならない。
思い出せない事にイライラした僕は、カーテンをいっぱいに開いて窓を開けた。
街灯に照らされた暗い通りが目に入る。
冷たい空気を肺いっぱいに吸い込んでいると、やがて気持ちがすっきりしてきた。
気のせいだ。
僕なんかに助けを求める人はいないじゃないか。
空を仰ぐと、綺麗な満月が見える。爽やかな風が頬を撫でる。
その風に乗って何かが聞こえた。
僕の身体にぞぞっと鳥肌が立った。
ママ、ママと。
どこかで、声が。
誰かの声が聞こえてきた。
どこかで声が おわり




