11 過去へ
結局僕は何の役にもたたなかった。
無念な気持ちだけど、まあ弟が助かっただけでもましと思わなきゃ。
あの母親。あの調子じゃあ、死ぬまでこのはの霊にまとわりつかれるだろう。
耳元で延々とあの子の声が再生されるんだろうな。
気の毒な気もするけど、自業自得としか言いようがない。
でも、どういうつもりだったのか。子供を一週間も放置すればどうなるのか、想像できなかったんだろうか。
奇妙な事件に好奇心が沸いて、この先を見てみたくなった。
僕は時間を進めて未来を覗いてみる。
というか、未来に移動してみる。
二日後、テレビでは子供放置のニュースがワイドショーでも取り上げられていた。
僕は電気店のテレビでそれを見ている。
二人の幼児をマンションの一室に放置したまま、知り合ったばかりの男の部屋に住み着いていた無責任な母親に非難が集中していた。
どういう心理だったのか、評論家がその女の育った環境からなにから全部暴いて解説していたが、どうもピンとこなかった。
白髪頭でしわの深い大学教授が発音の悪い声で言っている。
一瞬、聞き取れなかった。スピードをゆっくりにする。
まるでテレビがビデオみたいだ。ビデオを再生しているみたいだと感じたまま、僕はそれを巻き戻していた。
聞き取れなかった部分が再生された。
なるほど、言葉はわかったけど、でもやっぱりピンとこないな。
え? ちょっと待てよ。
今、僕は何をしたんだろう。
一瞬、頭が混乱してしまう。
テレビニュースがビデオみたいに巻き戻された。
それって、過去に戻ったってことじゃないか?
僕は店頭から一期に上昇して通りの上空に浮遊した。
通りの下では、午後の明るい光の中を、灰色のバスやクリーム色の営業者や、くすんだ紺色のダンプが排気ガスと埃をまいあげながら進んでいる。
僕はそれを見下ろしながら、さっきの要領で逆回しにしてみる。
とたんに、通りの映像がビデオの逆回しになった。
やっぱり。
時間を過去に巻き戻せるなんて、まったく想像もしていなかった。
未来に来るのとではまったく意味が違うと思っていたのだ。
だって、未来に来るのは、寝てるときに時間が早く進むのと同じ事だから、別にタイムトラベルってわけじゃないと思っていたのだ。
単にデータの処理能力を遅くしているだけだと思っていた。
相対的に時間は速く流れるけど、逆にしても限りなくゼロに近づくだけで、マイナスにはなりようがないと思っていた。
でも、そうじゃなかったのだ。
肉体から離れた霊の状態では、時間の束縛なんてなにもなかったのだ。
考えてみればそりゃそうだと思えてくる。
だって、僕はいま物理的な存在じゃないんだ。
重力にも束縛されないし、当然時間にも縛られる根拠が無いわけだ。
深く考えるでもなく、僕は一気に過去に戻ってみた。
まだ女の子が生きていた時間に。
女の子を初めて見つけた時間に戻ってみる。
そこには、過去の僕の霊が居るはずだった。
もしそうなら、やっぱり何かしらパラドックスというのがあるのかと、少し不安だったけど、既に死んでいる僕には、何も心配することなんかない。
マンションの一室。
丸いパイプ椅子に乗って、インターホンに向かって叫ぶ女の子が居た。
見回すけど自分自身の霊はいなかった。
『どうかしたんですか?』
あきらめた様に立っている中年男の霊にそう聞いてみた。
『まいったよ。さっさと天国に行きたいところなんだけど、この子たちが気になってしょうがないんだ』
男の霊は聞き覚えのある台詞をつぶやいた。
ということは、過去に来てもまた同じ未来が繰り返されるだけなんだろうか。
でも、今の僕は未来の記憶がある。
過去の僕とは違っているのだ。
『この子たち、このはちゃんとくるみちゃんて言うんですよ』
僕はわざと過去の記憶と違った言葉を言ってみる。
『え? 君、この子たち知ってるの? じゃあ、助けてやってくれよ。この子たちもうずっとご飯食べてないんだよ』
男の台詞は過去に聞いたものと違っていた。
未来は変えられるのだ。
『任せてください。僕が助けます』
僕はそう言うとすぐにその部屋を出た。
また過去に戻ってみる。一ヶ月ほど前。学校のトイレで三人の不良に囲まれた僕が、タイルの床にひざまづいているところだった。
「よお、おかま。尻だせよ。突っ込んでやるから」
聞き覚えのある、というより忘れたくても忘れ様のないむかつく声が聞こえた。
ひざまづいている僕は、恐怖に縮こまっていて、震える手でズボンのベルトを外している。
その自分に重なって、そこに入ろうとしたけど、うまくいかなかった。
どうにも入れない。
やっぱり、この方法は無理みたいだ。
ちぇ、こいつのアレを噛みきってやろうと思ったのに。
これから始まるSM指向のBL物を見続ける気はしなかったから、僕はすぐに時間を越えた。
過去の自分に乗り移れるのなら、話は早いと思ったけど、まあだいたい予想してしたけど、それは無理だった。
当然だろうな。
それが出きるのなら未来は変え放題になってしまう。
僕にはもう一つ考えがあった。
生きている自分に重なることはできなくても、死ぬ瞬間になら戻れるんじゃないかと考えたのだ。
そこから生還できれば、あの時間に生き返ることができれば二人の子供を救うことができるはずだ。




