1 死んでしまった僕
どこかで声が……聞こえたような気がした。
人間は死んだら無になるんじゃなかったのか?
僕は父親にも母親にも、学校の先生にもそう教わったけど、もしかしてそれって嘘だったわけ?
いや、嘘といってしまうのは無理があるか。
彼らは死んだことなかったわけだしな。
霊魂ってあるんだなと、そんな風に僕が思ったのは、自分の死に顔を見下ろしている今だった。
僕はいじめを苦に自殺してしまったわけだけど、死んだ自分の顔を見下ろしていると、なんだか馬鹿馬鹿しい理由で死んだもんだなと、今更ながら少し後悔してしまった。
死ぬ勇気があるんだったら、僕に嫌がらせをしていた連中に一発喰らわしてもよかったんだよね。
そうするのが男じゃないか、なんて思ったりするがもう遅い。さすがに遅すぎる。
霊魂になってまで復讐するような気持ちにもならなかった。
身体の苦痛から開放された今は、清々しさの極致とでもいうくらいのものだから。
肉体から遮断された状態っていうのは想像したこともなかったけど、大富豪が最高級の高層マンションの高価なソファでくつろいでいる以上に快適なのだ。
しかし、と思った。
じゃあ、僕って何のためにここにいるのだろう。
復讐する気もないんじゃ、この世に未練なんてあるわけがない。
さっさと、天国だか地獄だかに行くことにした方がいいのではないのか?
そう思ってみたが、残念、道筋が分からない。
仕方ない。天国はどっちかわかんないけど、とにかく上にいけばいいんだろう。どうすればいいのかな。
空を飛んだことはないから、感覚が分からない。
でも、何となく上を意識してみたら、足元の床の感触が離れて、視線が上から目線になっていった。
音もなく、上昇気流その物になってふわりと舞い上がる。重さがない霊魂ならではの動きだな。
窓の方を意識すると、僕の身体はガラス板をすり抜けて、暗い空間に浮かび上がった。
街灯に照らされた中を、自分が風船になったみたいにゆっくりのぼっていく。風船と違うのは、風に流されることがないことだった。空気抵抗というものがない所為だな。
僕の住んでいた古い一戸建ての屋根が遠ざかっていく。
そういえば、両親には悪いことをしたな。
ひどく悲しませることをしてしまった。
でも、それは今だから気づくことで、死ぬ寸前には自分の苦しみしか感じれなかった。
それだけ追い詰められていたんだろう。
許してとはいえないけど、理解してほしいな。