束の間
書き溜めが付きました。次回はだいぶ間が開きそうです。
「ほぉ……」
私は景色を眺めながら、1つ息を吐きました。今居る場所は、領主の屋敷に設けられた浴場、この度の褒賞として特例的に使用許可が出たのです。あの後、私はいつの間にか消えていたことについて、大いに詰められる事となりました。意外かも知れませんが、特に強くこの事を咎めたのはフレイでした。じっと私を見つめ、ゆっくりと言葉を紡いで行くその様子に、もう彼を怒らせるような事はすまいと、私は誓いました。何はともあれ事件は全て解決、被害者達は全員生存し、考え得る限り最良の結果であると言えるでしょう。
それにしても、領主の屋敷の浴場だけあって、柱の装飾から床のモザイク画に至るまでまで、全てに嗜好が凝らされ、中央に飾られた女神像には、天窓から陽の光が差し込んでいました。
「古い死の神……」
私はぽつりと、小さく独り言ちました。名前すら忘れ去られたというキリクの言葉通り、それにまつわる逸話などは、ここ数日、私が調べた中では何1つ見つかっていません。正直、苦し紛れに吐いた妄言の類なのではないかと思えます。そういった眉唾物の情報ですから、いらぬ混乱を招くと考え、皆さんには伝えていません。
目を閉じ、お湯に溶けるようにして湯船に身を預けます。慌ただしさと無縁のゆるゆると流れていく時間は、一時の平穏を実感します。コタコンベへの突入から1週間、近々街を立つ事になるのもあって、エリクシルアクエリウスに入り浸り、香水の作成と呪術師の扱う魔法について学んでいました。それもあって、全てが片付き何者に追われることも無く、湯に揺蕩う平穏さは心に染み入るというものです。
「……あれ?こんな時間なのに、誰か居るみたい」
浴場の入り口から声が聞こえました。いったい誰でしょうか、この時間を失うのは惜しいですが、仕方ありません。浴場を立ち去ろうと、私は立ち上がりました。
「えっ……」
来訪者の顔を確認した瞬間、私の思考が止まりました。何故ならそこに立っていたのは、フレイだったからです。
「……?どうしたの、そんなじっと見つめて。もしかして……溜まってる?」
フレイが何か言っていますが、私の耳には届きません。呆けたように視線を落としていくと、なだらかな、しかし確かなふくらみがありました。
「女性……?」
「もしかして……フィリア、僕の事男だと思ってた?ふっ……ふふ」
私の口から洩れた言葉に、フレイが噴き出しました。
「ごめんね、聖職の人ってそういう趣味があるっていうから。ふふっ、まあ見ての通り、僕は女だよ」
その後しばらく、私は呆けたままでした。