安らかなることを
カタコンベを出るべく、部屋を出た2人を煙に巻き、私はカタコンベの更に奥へと進んで行きます。目的は戦闘の最中に、姿を消していたキリク。常人であれば探すのに時間をかける必要があるでしょうが、この様な墓所であれば私は違います。辺りを漂う死霊達の怨嗟の声、それが私をキリクの元へ案内してくれます。
「残念ですが、私からは逃げられませんよ」
「貴様っ……」
揚々と私が声を掛けると、キリクは憎悪と恐怖とが入り混じった様子で睨み付けてきます。私の見据える先は行き止まり、これでチェックメイトです。
「仲間はどうした?随分と低く見積もられたものだ、貴様のような2流の聖職者が私に勝てるとでも?」
「聖職者……?っく……ふふふ……フフフフフフ!」
「何が、可笑しいっ!」
本当に、本当に、可笑しくて仕方がありません。心の内が、これ程揺れ動くのは始めてです。だって、そうでしょう?
「失礼、余りにも的外れ何ですもの。てっきり、勘づいているとばかり」
「的外れ……?だが、貴様1人では私を捕らえることなど不可能という事に、変わりは無い!」
キリクは杖掲げ、呪文を唱えようとしました。
「がっ……!?」
しかし、呪文を唱えることはできず、その場にピン止めされた様に動けなくなりました。
「私が1人?残念ですが、それも間違ってますね」
「貴様……死霊術師か……」
キリクが絞り出すように言いました。死霊達に縛り付けられ、所謂金縛り状態のはずですが、大した精神力です。
「口が聞けるのなら好都合、少しお話ししましょうか」
私の言葉に、キリクは押し黙り、鋭く睨み付けてきました。その瞳には暗く燃える憎悪と、折れぬ意志とが映っています。
「貴方の主とは?」
「……」
「そもそも、何のためにこんな大それた事を?」
「……」
キリクは何も答えません。
「ええ、貴方方の望むように」
私は横を向き、これ見よがしに虚空へと語り掛けます。
「ぐっ……」
キリクは押し殺すようなうめき声を上げました。体が小刻みに震え、周囲の気温とは無関係に息が白くなります。
「話す気になってくれましたか?」
それでもキリクは黙ったままです。少し、魔神から離れた質問をしてみましょうか。
「この本、知っていますよね?」
「それは……なるほど貴様が……」
私の質問に、キリクが喘ぐ様に言いました。
「これをどうやって?」
「その本……」
キリクが質問に始めて反応しました。話せるよう拘束を弛めてやります。
「報告の聖女は貴様か……貴様に話すことなど何もない。ぐっ……」
死霊達が、再びキリクを攻め苛みます。その顔から血の気が引き、唇は紫黒色に変色し始めました。死なれても困りますから、死霊達の攻める手を止めさせてから、言葉を吐き出します。
「1つ言っておきます。貴方もお分かりの通り、私は死霊術師です。それがどういう事なのかは、よく考えた方が良いですよ」
そう私は死霊術師、必要であれば殺傷を躊躇う事はありません。
「……殺せばいい……私が口を割る事はない……」
「そうですか」
この様子では、本当に口を割る事は無いでしょう。これ以上の問答は不要、キリクの処遇を決めるのは私ではなく、死霊達。好きにすれば良いと伝え、踵を返します。
「ぐぐ……1つだけ教えておいてやろう。その本の装飾の宝石、それはもはや名前すら伝わらぬ、古い死の神の眼だ……」
その言葉を最後に、キリクは完全に沈黙しました。後は墓所で吹き溜まる死霊達に、安らかに眠らせるだけです。