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カタコンベに死人は唄う

 辛うじて人が、ふたり肩を並べて歩くことができる幅の通路に、水音が反響しています。私達の後方、入り口から入り込む僅かな光だけが差し込むばかりで先など見透せない闇を、アランが手に持った松明の光が朱く照らしていました。

「何時までそうしてるんだ」

 アランの呆れたような声が飛びました。その声の先、其処だけが陽の光に照らされた場所ではアルフレッドが、まごまごと立ち往生していました。

「すいませ……うぇぇぇ」

 アランの言葉を受けて、水路へ入ろうとしたアルフレッドでしたが、その瞬間、嘔吐しました。下水特有の不潔の臭いに吐瀉物の酸の臭いが混じりました。

「おいおい、大丈夫か?」

「えぇ……大丈夫です。少し落ち着きました」

 アランが声を掛けてからもしばらく吐瀉物を垂れ流し続けていましたが、やがて落ち着いたのか、一息置いてアルフレッドが言いました。

「はい、口を濯いで」

「ありがとう……ございます」

 アルフレッドは、フレイから水袋を受け取ると、一口水を口に含み口の中で転がしました。

 そうして、アルフレッドが落ち着きましたので、私達は眼前に広がる闇の中へ歩き始めました。先頭に松明を持ったアランが進み、やや右後ろにフレイが続き、エルゼとアルフレッドの後ろ最後尾に私は立っています。

 水に濡れた壁面が松明の光を受けチラチラと光り、反響する足音と水音に、時折ネズミの鳴き声が混じっています。

 途中何ヶ所もあった脇道を無視して道なりに進んでいくと、やがて少し開けた広い通路に出ました。ここまでは事前に確認した地図の通りでしたが、この先はどうなるのか分かりません。ただ、カタコンベへ出入りしているという事を考えると、間違いなく水路を拡張しているはずですが、都合良くカタコンベへの直通の通路だけという事は無いでしょう。

「止まれ!」

 先頭のアランの鋭い声が飛びました。案の定と言うべきか、その前には地図には無い通路がありました。

「この道……随分古いな、皆はどう思う?」

 アランが言いました。私はその言葉には答えず、通路の様子を確認します。その石を積み上げられた壁面は水の流れによって削られ丸みを帯びて、所々苔が生えています。始めの失踪者が出たのが半年前ですから、随分と壁面の劣化が見て取れるこの道は恐らく違うはずです。ただ、犯人が自ら道を掘ったのであればですが。

「事件の犯人が掘ったのならこの道は古すぎるし、そもそもこんな石造りのしっかりした造りにしないんじゃないかな」

「そうね、掘られたばかりの上、ただ掘っただけでまともに補強されてない道を探しましょ」

 フレイが言うと、エルゼが同意を示しました。

「いえ、ちょっと待ってください。その判断は早計です」

 アルフレッドが待ったを掛けました。

「どういうことだ?フレイの言ってることはおかしく無いと思うが」

「そもそも、犯人は最初、カタコンベの場所を分かっていたとは思えません。一応この通路も進んでみるべきです」

 アルフレッドの言葉も一理あります。どの道、正しい通路が分からない以上、虱潰しに調べていく事になりますし、私が入り口から糸を伸ばして来ているので、同じ場所を延々と回ることもないはずです。

「私も進んでみるべきだと思います」

「分かった。アルフレッドの言う事も一理あるし、じゃあ進んでみようか」

 フレイも了承し、アランを先頭に通路へ進みます。緩やかに右へ折れた道を進んでいると、時折甲高いキーキーというネズミの鳴き声が聞こえます。そうして進んでいくと、又太い通路に出ました。水量は少なく所々水溜りがある程度です。

「さっきの道ははずれか……」

 アランがつぶやきました。そう都合良くは行かないものです。気を落とす事なく探索を続ければ、いずれ辿り着くはずです。

 それから、どれ程経ったでしょう。探索を続けていると、フレイが声を上げました。

「みんな、止まって」

「どうした?」

「音が聞こえる……」

 フレイの言葉に皆動きを止め、耳を澄ませました。

「音なんて、聴こえないけど?」 

 エルゼが言いました。私の耳にも聞こえるのは、先程から時折聞こえるネズミの声ばかりで、変わった物音など聞こえません。それはあとの二人も同様のようで、耳たぶを掻きながら首を傾げていました。

「そんな訳……っ!?やっぱり聞こえるよ」

 フレイはエルゼに反論すると、ゆったりとした足取りでどこかに引き寄せられるように歩き始めました。しばらく道なりに進むと、壁の前で立ち止まりました。

「何も無いじゃない」

 エルゼの言う通り、物音など聞こえず、一見なんの変哲もない壁に見えます。しかし、考え込むようにそこを眺めていた私は、視界の端に違和感を感じました。

「いや、待て。確かになにか違和感がある」

「どんな違和感ですか?」

「それは……具体的には言えないが」

「気のせいじゃないの?」

 他の人達のやり取りを他所に、私は壁に近付いていきます。松明の灯りが私に遮られ壁に影が落ちます。その時、先程まで光に掻き消され見えなかった物に、私は気が付きました。目の前の壁の先から、細く流れる黒い煙のような物が流れて来ています。それは、周囲から切り離され浮かび上がり、暗く光って見えました。

「これは……」

 閉じられてしまった墓所に吹き溜まる死霊達、その思念が流れて来ています。つまり、カタコンベはこの先にあるはずです。しかし、どう伝えたものでしょうか。私の目にそれが写るのは、私がそれ等と同類であるためで、人間には基本的に見えません。死霊が見えるなどと言えば、私の正体に勘付かれるかもしれません。

「あれ……?ここ……」 

 思考から逃げるように、私が皆の方へ視線を移すと、フレイが何かに気が付いたようでゆっくりと壁に近づいて行き、壁に触れるとその手が壁の中へ吸い込まれていきました。

「!!幻っ!」

 その様子に真っ先にアランが反応すると、一切躊躇する事なく進んでいくと、其処に何も無いかのように、実際、壁はあるように見えるだけで其処には何も無いので当然ですが。通り抜けました。

「ちょっと、そんな無警戒に」

 焦った声のエルゼを横にフレイも後を追って進み、その後ろにアルフレッドが続きました。私もそこに続き、しばらくの逡巡の後に最後にエルゼが進みます。

「これは……当たりだな」

 アランが声を漏らしました。その声色は重々しく、喜びの色はありません。壁面は先程までの石造りではなく、天然の洞穴そのもので、床には灰が積もり、所々で青緑色の火が街灯のように浮かんでいます。

「完全に異界化してるわね。急いだ方が良いかもしれない」

「そうだね。急ごう」

 エルゼの言葉に、フレイは同意を返すとその歩みを再開しました。一歩一歩と進んでいくごとに、灰が舞い上げられ身体を白く汚していきます。私は何ともありませんが、皆は時折咳き込んでいます。

「っ!!」

 灰が積もり滑りやすい地面を踏み締めながら進んでいると、突如、低い風切り音を立て、天井から何かが飛び掛かってきました。

「ふっ!!」

 素早く反応したアランが、叩き付けるように剣を振るいました。それは脳天をかち割り、脳漿と血液とが灰のキャンパスを赤く染めます。

「レッサー・フィーンド……やはり事件の犯人は魔神崇拝者で決まりね」

 地面に崩れ落ちた死体を見て、エルゼが言いました。鮮血の寝藁に横たわるそれは、背が曲がってさながら猿のような体型で、全身が暗褐色の細かな鱗で覆われています。尻尾はいやに長く、頭部はアランの一撃で砕けその形を窺い知ることはできません。

「皆、構えてくれ。新手だ、どうやら血の匂いに誘われて来たらしい」

 アランの声に先へと目を向けると、6体のレッサー・フィーンドが奥から歩いてきます。こちらの様子を伺うようにじりじりと距離を詰めてくると、やがて私達から最も近い灯りに差し掛かった瞬間、バネのように身を引き絞り飛び掛かって来ました。

「やぁぁぁぁぁぁ!」

 フレイが駆け出すと、レッサー・フィーンドの隙間を縫うように走り抜けながら剣を振るいました。その斬撃は的を過たず、4体の首を的確に刎ね飛ばしました。トカゲと毛を毟り取った猿とを混ぜたような頭部が宙を舞い、レッサー・フィーンドは前のめりに倒れました。

「ちょっと!待ってください!」

 アルフレッドが悲鳴のような声で言いました。それも仕方がないことでしょう。フレイはそのまま一人洞穴の奥へと、走り去って行ってしまったのですから。

 アルフレッドが躊躇ったのは一瞬で、すぐにフレイを追って走り出しました。道はフレイに既に切り開かれ、まだ2体残っている悪魔はアランを狙っており、その走りを阻むものは有りません。

「あの馬鹿……!」

 エルゼも二人の後を追って走っていきました。当然、その後を追って私も走り出そうとしましたが、如何せん位置が悪く、私の先はアランと悪魔に塞がれる様な形になっています。

「しゃらくせぇぇぇ!」

 アランは、剣を大きく薙ぎ払いました。ゴッ、と鈍い音がして、悪魔が吹き飛びます。そのまま壁に打ち付けられると、数度痙攣して動かなくなりました。

 もう一体の悪魔は、目の前で起きたことなど眼中に無い用で、一切の躊躇などなくアランに跳び掛かりました。アランは剣を振り抜ききってしまっていて、その一撃に対処が間に合いません。悪魔の爪がアランに迫ります。

「コープス・バインド……」

 私が魔法を唱えると、悪魔は亡霊の手によって地面に引き寄せられ、そのまま拘束されます。素早く体勢を立て直したアランは、この隙を逃さず悪魔の頭部に剣を振り下ろしました。

「ありがとうフィリア、助かった。俺達も急いで後を追おう」

「はい、行きましょう」

 アランが走り出し、私もその後を追います。奥へと進むにつれ周囲に渦巻く死霊の雲は濃くなり、カタコンベに近付いている事を感じます。先へと続く足跡を追ってしばらく進むと、足跡が途切れました。

「足跡が途切れている。一本道なのにどうなってるんだ?」

 立ち止まるアランを横に、私は足跡を調べ始めます。どうやら、足跡は途切れたというより、壁の方へと向かっているようです。壁に近づいてしゃがみ込み床に目を向けると、壁に切り分けられた様になっている足跡が見つかりました。

「何か見つかったのか?」

「ええ、ここを見てください」

 アランは私の隣に来ると、私の視線の先へ松明を近づけました。

「これは……フィリア、少し離れてくれ」

 アランは腕で私を制すと、剣を上段に構えます。

「ハアァァァァ!」

 鋭く壁に剣が叩きつけられ、乾いた低い音が反響しました。壁には熊の引っ掻き傷の様な切創が深く刻まれましたが、壁を破るには到底足りません。

「グゥゥゥ!フゥゥゥ!」

 唸り声を上げ、2度3度と壁に剣をアランが叩きつけ、その度に壁に深く傷が刻まれていきます。しかし、壁の表面にサラサラと灰が流れ落ちると、何もなかったかのように傷が消え去ってしまいました。

「駄目だな。仕方が無い、進める方に進むしかないか。3人共、合流してくれていれば良いが」

 アランの後に続いて、さながら処女雪のようなまっさらな地面に、足跡を残しながら進んでいきます。両脇に燃えるひときわ大きな緑の炎を、先に進むと開けた場所に出ました。

「ここは?」

 アランは松明を持った腕を伸ばし目を細め、獲物を狙い澄ます肉食獣の様に、じりじりと部屋の中へと進んでいきます。

 部屋は円形で中心が低くなった、所謂すり鉢状をしています。所々に鎮座する物は石棺でしょうか。どうやらカタコンベの中へ、入ることが出来たと考えられます。

「少なくとも敵は居ませんよ」

「なんでそんな事、分かるんだ?暗くて先はまともに見えないぞ」

 失敗しました。まともな灯りと言えるのは入り口の両脇で燃える炎と、アランの手の松明だけでは、人間の目では充分な視界を得られないようです。下手に誤魔化すと、間違いなく妙な疑いを持たれてしまうでしょう。

「少々夜目が効くんですよ」

「そうなのか、それなら辺りの警戒を頼む。俺も目が慣れてきたが、それでも暗すぎて遠くは見えないからな」

「分かりました」

 納得したらしいアランに私は返事を返し、部屋を進んでいきます。。部屋に規則正しく並べられた物はやはり棺で、周囲同様変化し、鍾乳石の様なつるつるとした外側と裏腹に、中は変化しておらず風化して所々ヒビが入っています。そこに人骨と副葬品が納められていました。

 無数の石棺の間を縫うように進み、重苦しく垂れ下がる歪んだアーチを潜って通路へ出ます。

「ゴホッ……ゴホッ……クソッ、埃っぽいな」

 アランが歩きながら愚痴りました。呼吸するたびに喉を刺激しているのは、灰ですから、埃っぽいというのは正確では無い気がしますが。

「これじゃ、アルフレッドの奴は大変だろうな。平然としているが、お前は何とも無いのか?」

「何とも無いわけではありませんよ。ただ、影響は少ないとだけ」

 アランの問いを、サラリと流し通路を進んでいきます。曲がり角を曲がり、しばらく進むと、道幅が広くなりました。

「何か、聞こえないか?」

 アランに言われ耳を澄ますと、確かに人の声が聞こえました。

「これ……皆さんではありませんね」

 聞こえてくるのは男性の声、人数は恐らく2人のはずです。離れた位置から聞こえてくるのもあって、その内容は不明瞭です。

「ここからじゃ、聞き取れないな。音を立てないようゆっくり進もう」

 アランの言葉に私は肯くと、アランの後について歩いていきます。音を立てないよう、つま先を地面に突き立てるように先に地面につけ、ゆっくりと踵を落とすようにして進んで行くと、規則正しく柱が立った部屋に出ました。

「あそこだ」

 アランが部屋の奥、一段高くなった場所を指差しました。そこに立っているのは3人、皆一様に濃紺のローブを身に着けており、目深に被ったフードの下の顔は窺い知れません。

 私達は相手からの視線を切るようにして、柱の影から柱の影へ身を隠し、近付いていきます。幸い相手がこちらに気が付いていないのもあって、危な気無く移動することが出来ました。

「遂に儀式が行われるんだな」

「ああ、何も知らない馬鹿な連中の、恐怖に歪む顔が待ち遠しいぜ」

「絶望の使徒が降臨する。何人たりとも止められはしない」

 近付いた事で、3人の会話が聞き取れるようになりました。

「絶望の使徒とは何でしょうか……?」

「俺に聞かれても困る……アルフレッドかエルゼなら何か知ってるかもしれん……」

 私とアランは身を小さく屈め、声を潜めて話します。ちらりと3人に視線を戻すと、奥へと歩き始めました。

「だが、懸念事項もある。本の回収に出た者が、未だに帰ってきていない」

「どこかで遊んでるんだろ。気にすることはないさ」

 3人の会話から、刺客との繋がりが確定しました。それにしても、随分と楽天的な考え方だと言わざるを得ません。

「そうだな。どの道、街の連中がどう足掻こうと最早手遅れだ。明日、世界は浄化の炎に包まれる、すべての偽りは暴かれ世界は真なる姿に」

 狂熱に浮かされたように、男は熱っぽく語気を強めて言いました。話しながら歩く3人は、2つに別れた道を右に進み、私達も適度に距離を取りながら、その後に続いて進んで行きました。そうして、もし仮に同じ場所を周っていても気が付くことができないような、代わり映えしない通路を進んでいましたが、やがて周囲の様子に不釣り合いな、木製の扉が現れました。

「扉……?何故こんな所に」

 私は小さく呟きました。

 3人は扉の奥へと進んで行きます。その時、ちらりと奥が見えましたが、どうやらここまでの道中とは様子が違うようです。

「見えましたか?」

「ああ、ちらりとな」

 扉の先は、どうやら異界化していないようで、石造りの空間に所々灯りが備え付けられている様でした。3人に見つからないよう、少し待ってから私達も扉の先へ進みます。

「それにしても、何故ここだけ異界化していないんでしょう?」

「何故って……考えてみれば当然じゃないか、ここを拠点にしているんだ、居住スペースだろう」

 直ぐにアランの言葉の正しさは証明されました。さらに進むとさらに道が枝分かれし、3人はそれぞれ別の道へ進み、そうして進んだ先は簡素なベッドが備え付けられた部屋だったのですから。ただ何故、居住空間は異界化していてはいけないのでしょうか。

 1人になった男に、アランは近づいていくと声を掛けます。

「すまない、迷ってしまったんだ道を案内してくれないか?」

「は?何言って……グホッォ!」

 声を掛けられ振り返った男は、アランの右拳を顎に叩き込まれました。鋭く突き立てられた一撃に、意識を刈り取られ、膝からその場に崩れ落ちました。

「よしっ、案内人が手に入った」

「そうですか、それでどうするつもりです?少なくとももう2人近くにいる以上、早くここから離れるべきでは?」

 倒れ込む男を抱え、やり切ったと言わんばかりのアランに、冷やかに返します。

「いや、他の連中も無力化する。どの道、他の連中も突き出さなきゃならんからな」

「そうですね」

 意識を失っている男を、ロープで縛ってその場に転がし、部屋を後にします。分岐を別の道へ進むと、先程と同じ様な間取りの部屋に出ました。男はその片隅で椅子に座り、手に持った本に目を落としていました。

「ぐうぅ!?」

 本に集中していたらしい男は、足音を隠す気もないアランに気付かず、首に腕を回され、そのまま絞め落とされました。

 それにしても、一体どのような本を読んでいたのでしょうか。地面に転がった本を拾い上げ、紙面に目を走らせます。


 俺の剣は今宵も獲物を探している。ああ、剣を突き立てるその瞬間が、待ちきれない。何度も何度も深く突き立てる。響き渡る獲物の甲高い悲鳴。


「それは……こいつが読んでいた本か」

「はい、どうやら娯楽本のようです」

 絞め落とした男を、縛り付けたらしいアランが後ろから話しかけて来ました。

「ん?これ……!」

「何か気付いたことでも?」

 私の手元を見ていたアランが、何かに気付いたようです。しかし随分と動揺している様子で、言葉にするのを戸惑っています。

「いや……その……お前はその本をどう思ってる?」

「どう、とは?娯楽本のようですが、何かの比喩、なのでしょうか……随分と猟奇的な内容です。流し読んだ程度ですが」

「あー……いや、それならいいんだ」

 アランが困惑したような、安心したような様子で言いました。言おうとした事を誤魔化したのでしょうが、何を言いたかったのでしょう。

 本を捨て、次の男を無力化するために移動を始めます。少なくともあとひとり、直接目にした3人以外にも居るのであればそれ以上ですが。いずれにせよ、やることは変わり無く、縛って寝かせておくだけです。

 次に進んだ先は、部屋の配置は先程と変わりませんでしたが、誰も居ませんでした。部屋を後にして、次の部屋へ向かいます。少なくともこの区画にある部屋は、次の部屋で最後です。

 最後の1人は、ベッドで横になっていました。眠っているのか、ただ横になっているだけなのかは、私からでは分かりません。

 アランはと言うと、一切躊躇うこと無く男に近付いていきます。男はどうやら完全に眠っているようで、近付くアランになんの反応もしません。無抵抗のまま、ベッドごとロープで縛り付けられました。

「これで終わりだな」

「そうですね。それで、誰を尋問するつもりですか?」

「尋問とは人聞きが悪いな、少し道を聞くだけさ」

 そう言ってベッド向き直ったアランは、何かに気が付いたように動きを止めました。

「失敗したな。これじゃ、連れていけない」

 アランは呟くと、ベッドに縛られている男に近付きロープを解くと、男を引き起こしました。

「う……うぅん」

 体を動かされ、男が目覚めたようです。状況が飲み込めていない様子で、視線を泳がせました。

「お前っ!何者だっ……!一体何がしたいっ!?」

「何って、少し道案内をしてもらうだけだ」

 怯えたように叫ぶ男に、アランが淡々と答えます。

「何で、そんな……ぐふッぅ!」

「悪い聞こえなかった、もう一度言ってくれ?」

 アランは、男の顔に拳を叩き込みました。男の鼻が曲がり、ポタポタと血が地面に垂れました。

「いっ……言えない……」

「強情だな、早く折れたほうが楽だぞ」

 アランが再び拳を叩き込もうと、腕を振り上げます。

「そこまでです」

 私はその腕を掴んで止めました。抵抗できない相手に、暴力を加え続けるのを見ているのは、余り気分が良いものでは無いですし、それにこのまま暴力を加え続けるより、もっと楽な方法があります。

「すいませんね、彼は少し荒っぽくて。道案内お願いできますよね?」

「無理だ……」

 男が出したのは絞り出すような拒絶の言葉、なら仕方がありません。掴んでいたアランの腕を離します。

「ガッ……!」

 殴り飛ばされ崩れ落ちる男を、私は支えると、魔法を掛けます。

「アンホーリー・ヒール」

 そして、傷が治った男に顔を近づけ、言葉を続けます。

「はい、怪我は治りました。道案内、お願いできますよね?私は別に断っても構いませんが……」

 私はそこで、意味ありげに言葉を切ると男から離れ、アランの後ろへ移動します。

「わっ……分かった!案内する。させていただきます!」

 その瞬間、男は叫びながら懇願しました。その言葉を聞くと、私は男に近づきます。

「では、案内お願いしますね」

 私が男に視線を合わせて言うと、男は震えながら何度も頷きました。


 男の案内に従って、私達は道を進んで行きます。ある程度進んだ段階で道が細くなり、地面を覆っている灰は、その粒子が纏まり歪に焼き固められたレンガの様な物へと変化しました。

「お前達は、こんな場所で何をするつもりなんだ?」

 アランがおもむろに口を開きました。

「いっ……言えない」

「そうか」

 アランの拳が飛びました。男はうっ、と嘔ずくとその場にうずくまります。そんな男に、私は寄り添うと努めて優しく促すような声色で話し始めます。

「ほら、大丈夫。お仲間に狙われる事になっても、私達がいますから」

「う……うう……」

 暫しの間、男は押し黙り、低く唸るだけでしたが、やがて意を決したように口を開きました。

「世を洗い清める、使徒の召喚だ……」

「使徒とは?」

 私が問い返すと、男は押し黙ってしまいました。反響する足音だけが、辺りを支配します。

 静寂に耐え兼ねた様にアランが、男に詰め寄ろうと身を乗り出した瞬間、男が口を開きました。

「その……実は、俺はそれが何なのか詳しくは知らないんだ」

「知らない?そんな訳、無いだろっ!」

 男に掴み掛かろうとするアランを、私は腕で制します。しかし、私では力が足りず、アランが男の胸ぐらを掴んで引き寄せました。

「ほ……本当なんだ。俺みたいな下っ端は詳しくは教えられていない」

「なら、知っている範囲で教えて下さい」

「分かった……」

 私の言葉に対して、絞り出すように男が言いました。

 男へ質問を行いながら、通路を進んでいる内に部屋に出ました。いえ、部屋というのは、少し正しくないかもしれません。中央には太い柱が立ち、通路がコブの様に太くなっているのです。そして外側には下と上、両方へと伸びる階段が設けられています。

「上だ……」

 柱の前まで来た辺りで、男が言いました。私達は、言われた通り上へ階段を登っていきます。当然、騙そうとしているという事も考えられますが、他に情報もありませんし、仮に嘘だとしても、高い対価を払ってもらうだけです。

「それと、それでどれだけの事なら知ってるんだ?」

「使徒について俺が知ってるのは、それがこのクソみたいな世界を、変えてくれるってことだけだ。私腹を肥やす金持ち、何もしない怠惰な衛兵ども、俺を見下す奴ら全員に分からせてやるのさ。使徒の創り出す世界は平等だ、有能な者が全てを得られる」

 男の声色に、徐々に熱が入っていきます。

「こいつ……狂ってやがる……」

 アランが小さく呟きました。得体の知れない団体に入っている時点で、そんな事は分かりきった事だと思いますが、ただ私はこの男が狂っているというのは、少し正確ではない様に思います。引き気味のアランと、思考の海に沈む私を他所に、男はより熱っぽく言葉を続けます。

「そう、俺は選ばれたんだ。何も知らずのうのうと生きる愚か者と違って、新たな世界が始まるのを俺は知っている!」

 やはり、この男は狂っているのではありません。ただ、己の無力と怠惰故に、何も得られていないのを、他者に責任転嫁している。使徒が創る世界とは、恐らく弱肉強食の世界、確かにそれは全てが平等の1つの形でしょう。しかし、その世界において、この男は喰われる側。私達に苦も無く無力化されている時点で、お里が知れます。

 熱く語る男の言葉を、私は聞き流しながら階段を進んで行くと、広い部屋に出ました。すり鉢状の部屋に6本の柱が立ち、中央には井戸の様な物が見えます。

 部屋に入るとアランが先頭に移動し、そのままじりじりと中央へと進んで行きます。

「これは……フィリア、これが何か分かるか?」

 遠目からは井戸に見えたそれは、太陽を象ったような形をしていますが、外へ放射状に広がる棘は捻じくれた松の木の様に歪んでいます。その内側には、深く穴が掘られ、その底は見透せません。

「恐らく門、ですね」

 アランに答え、地面に手を這わせます。地面には溝が彫られていました。それは中央から柱へと伸び、柱からは他の柱と壁へと伸びています。そして、地面に彫られた溝、その終端の上に木を編み込んで作ったような檻がありました。その中には何も入っていません。

「ここからじゃ、届かないな」

 アランが淡々と言いました。いつの間にやら、部屋の中央から移動し、男を拘束して私の横に立っています。

 私はアランに返答せず黙り込んだまま、壁に沿って部屋を1周します。檻の数は9個、中央と柱の延長線上に6、残り3つは柱の内側に三角形を描く様に配置されています。

「ハァッ!」

 アランの声と共に、掠れた低い衝突音が響きました。アランの方に目を向けると、どうやら遠心力を利用して、剣を檻へと投げ付けたようです。しかし、檻は傷1つ付いていません。

「やはり、駄目か……」

 アランは溜息を吐きました。虚しく地面に落ちる剣が、甲高い音を響かせました。その瞬間、道中何度も見てきた緑の炎が、溝を走る様にして吹き上がりました。

「なっ!何だこれは!?何が起こってる!」

「静かに……何か、聞こえませんか?」

 私達は息を止め、耳を澄ませます。この広間への入り口、私たちも入ってきた其処から、足音が聞こえます。

「この音……近づいて来てるな」

 アランの言う通り、規則正しく聞こえるそれは確かに大きくなっています。私は柱の影へ、身を隠しました。アランの方は剣を回収し、入り口の方へ突き出すようにして剣を構えます。

「随分と大きな鼠が、入り込んだと思って来てみれば。女神の腰巾着のその又、腰巾着じゃないか」

 その人物は、ここに来るまでの他の人間と同じローブを身に纏っています。しかし、フードを被っておらず、私の位置からはその肩にかかる程の長さの黒髪しか見えませんが、アランにはその顔が見えているはずです。

「随分な言われようだな。そういうお前は、何者だ?」

「答えると思うか?と言いたい所だが、知った所で冥途の土産になるだけだ、教えてやろう。私の名はキリク、真なる王に仕える司祭だ」

 男は大仰に手を広げ、名乗りました。その瞬間、私からもちらりと見えたその顔には、顔半分を覆うような大きな火傷跡がありました。

「そうか。正直、聞きたい事はまだまだあるが、それはお前を倒した後、じっくりと聞かせてもらおうっ!!」

 言うが早いか、アランは地面を蹴り、キリクに跳び掛かりました。その身で緑の炎を切り裂き、剣が突き出されます。しかし、その一撃はゴスッと言うような乾いた音と共に防がれました。

「何っ!?」

 驚愕と共にアランが弾き飛ばされ、地面を転がります。しかし、直ぐに体制を立て直すと、用心深く腕を引く様にして剣を構え直しました。

 それにしても、何が起こったのでしょうか。キリクは身動き一つしていないにも拘らず、直前で剣は止まりました。

「あらあら、乱暴な男は嫌われるわよ」

 そう言って、キリクの背後の闇から、抜け落ちるように女性が現れました。腰まで伸びたオリーブの髪はウェーブが掛かり、その顔立ちは蠱惑的と言うのでしょうか、非常に整った容姿をしています。衣服は何も身に着けておらず、その脚は金属となっています。

「はあっ!」

 女性の言葉を無視し、アランが突貫します。最小の動作で振るわれた剣は、しかし先程と同じように空中で弾かれました。

「人の話も聞かずに攻撃だなんて、本当に野蛮……そんな子には躾けをしないとね」

 声を低め女が言った次の瞬間、金属同士を擦り合わせた様な甲高い音が響きました。アランの方を見てみると、剣を眼前で構え、何かを防いだ様子です。

「ふーん……防いで見せるのね。それと、さっきからコソコソとしてる貴女、私が気付いていないとでも?」

女性が私へ言葉を投げます。しかし、その目は油断なくアランを見据え、私の事など眼中に無いようにすら感じます。

「この炎の中で見えるなんて、随分と目が良いんですね?」

 私は広げた手のひらを女性に向け、大仰に腕を広げながら柱の影から出ます。女性が私を視界に収めるため、視界をずらした瞬間、アランが地面を蹴りました。

「よそ見とは随分と余裕だなっ!」

 低い姿勢から横薙ぎに剣が振り抜かれ、やはり空中で鋭い音がします。しかし、その一撃は弾かれる事無く、剣はアランの頭上へ振り切られます。そして、頭上で翻り女性へと鋭く走ります。

「何っ……!?」

 女性が身を大きく捻り、鈍い音が響きました。女性の足元に、アランの一撃で切断されたサソリの尾の様な物が落下しました。先程、攻撃を防いでいたのはこれ、尾を鞭のように振るい、アランの剣を弾いていたのです。

「よく……よくも……貴様あぁぁぁぁ!!」

 女性は、先程までの上位者めいた仮面を取り払い、憤怒に捻じ曲がった凄まじい形相で叫びながら、アランに向かって真っすぐ突進しました。

「ぐっ……!ぐはぁぁぁ!」

 辛うじて受け止めたアランでしたが、受け止めきる事は叶わず、大きく後退します。体勢を崩したアランに、女性の魔手が迫ります。その手が振りかぶられた瞬間、爪が伸び、それは容易く人の首を掻き切るでしょう。

「ふっ……うおおォォォォッ!」

 まともに構えることも構わず、破れかぶれにすら見える一撃。しかし、その一撃は女性の腕を正確に切り飛ばしました。その衝撃で女性は仰向けに崩れ落ちます。

「終わりだな……」

アランが女性に止めを刺そうとしたその時、周囲の気温が一気に下がりました。アランは何が起こったか、といった様子で周りを見回しています。そして、女性とキリクは、勝利を確信したかのような笑みを、浮かべています。

 異変の原因は、死霊達の密度が高くなった事。恐らくカタコンベ全体の悪霊が、この部屋の中心へと引き寄せられて来ているはずです。 

 緑色の炎が覆う部屋の中、中央で赤々と光球が膨れ上がっていきます。死霊とは、何らかの要因で淀んだ人の魂です。それは、死霊も又、生者の魂の代替品になるという事です。当然、質では劣るでしょうが、これだけの量を集められるのであれば、十二分でしょう。

「形勢逆転だな。我が王の一番槍が、降臨する」

 光球が爆ぜ、突風が炎を散り散りに千切れ飛ばしました。炎が朱く燃え上がると、その姿が浮かび上がります。あばらが浮いた腰回りに対し、肩幅は異様に広く、筋肉が盛り上がり、頭部にはそれ自体よりも大きな前向きに湾曲した一対の角が生えていました。そして、私達を凝視する眼が、爛々と輝いています。

「逆転?こいつも切り伏せるだけだ!」

 魔神の姿が暗闇に浮かび上がった瞬間、アランが駆け出しました。寸分の躊躇もなく、間合いを詰め、剣を振り抜きます。魔人は一切身動きする事なく、その一撃を受けました。

「ぐっ……!?硬い……だがっ!ハァッ!!」

 アランの声と共に、魔神の腕が地面に落ちました。

「キイィィィィィァァ!!」

 腕を切り落とされた魔神は、金属同士を擦り合わせたような、聞くに堪えない雄叫びを上げると、巨大な角のある頭を振り回しました。金属が打ち付けられる音がして、アランが吹き飛びます。

「くっ……なんて怪力」

「キイィィィァァァァ!!」

 立ち上がろうとしているアランに、魔神が迫ります。アランは地面を転がり、寸でのところで回避しました。魔神の一撃が、地面を砕きます

「フゥゥン!」

 無防備な背中にアランが一閃、しかしその一撃は硬い皮膚に阻まれ通りません。

「ぐほぉっ!」

 動きが止まったアランに、魔神はその体を回転させながら、両腕を振り回しました。両腕、そう両腕です。確かにアランが切り落とした腕は、すでに再生していました。

「アンホーリー・ヒール」

「……助かった」

 膝を付くアランを、治癒します。完治という訳にはいきませんが、戦闘を続行するくらいは出来るはずです。

「っ……!危ない!」

 アランが私を突き飛ばしました。私の目の前に、魔神の拳が叩き付けられ、床の破片が飛び散りました。

「ハァッ!」

 アランが振るった剣は、浅く傷を付けるだけに留まりました。2度3度と剣を振るいますが、傷は即座に再生し、その皮膚には何も残りません。

 甲高い叫びを上げると、魔神は頭を下げ、アランに真っ直ぐ突っ込んできます。アランが選んだのは回避ではなく迎撃、魔神の頭部を横から打ちつける事で、軌道をそらしました。

「クソっ……」

 手元に目を落とし、アランが毒づきました。その剣は、度重なる負荷によって根元から折れてしまっています。

「随分と威勢が良かったが、それもここまでの様だな!」

 部屋にキリクの嘲笑が響きます。ここまでずっと、他者の背に隠れ続けてきた臆病者に、良いように言われるのは癪ですが、剣が折れたアランだけでは無く、私にも打つ手があるとは言えません。

 魔神がアランに止めを刺すべく、腕を振り上げ、1歩1歩と近付いてきます。そして、腕を振り下ろそうとしたその瞬間。

「チェイン・ライトニング!」

 一筋の閃光が走ると、轟音が轟き、魔神の動きが止まります。

「どうやら、間一髪と言った所のようね」

 揺らめく炎に照らされ、闇の中にエルゼの姿が浮かび上がりました。その背後には1人の影、体格からしてアルフレッドでしょう。では、フレイは?

 雷撃を受け怯んだ魔神でしたが、それも一瞬の事で、すぐに腕を振り上げます。しかし、その腕が振り下ろされる事はありませんでした。

「やあァァ!」

 魔神の腕が、くるくると宙を舞いました。

「大丈夫、後は任せて」

「フレイっ……!」

 その姿に私は叫びました。魔神の腕は既に再生し、フレイに振り下ろされます。

「はっ……!」

 フレイは魔神の懐に飛び込み、すれ違うようにして一撃を回避、そのまま、その背に蹴りを食らわせました。魔神が前のめりに態勢を崩します。

「すぅぅぇあ!」

 無防備な背中に一閃、さらに追撃を仕掛けに行きます。しかし、魔神もただ一方的に攻撃を受け続ける訳ではありません。斬撃を受けながらも、強引に体を回転させ、フレイを吹き飛ばしました。

「っくぅぅ……」

 フレイはたたらを踏みながら着地、態勢を整え、魔神を鋭く見据えます。

「エンチャント・オブ・エクリプスフレア」

 軽く剣を振るうと、青白い炎が吹き上がりました。それは剣を中心に渦を巻き、揺らめくようにして金の光が粉を散らします。

 睨み合って立つ両者の内、最初に動いたのは魔人、地面を踏み砕き、一瞬で間合いを詰めます。フレイはまるで時間が停まってしまったように、身動きしません。フレイと魔神とが交差するその瞬間、低く掠れた音が響きました。魔神の角が、中程から砕け散っています。

「キイィィィァァア!!」

 魔神が一際高く通る咆哮を上げました。それは炎を吹き飛ばすばかりでは無く、地面をも揺らし、私も立っていることが出来ません。どうにか周囲の様子を確認すると、まともに立っているのは2人、フレイとアランです。

 魔神は全身から蒸気を立ち昇らせ、猛然とフレイに突進を仕掛けます。

「っ……」 

 フレイの対応がほんの少し遅れました。しかし、一足先に動いたアランがフレイと魔神との間に入り、魔神の体を正面から受け止めます。

「ガアアァァァアアッ!!」

 喉が張り裂けんばかりに雄叫びを上げ、アランは魔神に拮抗します。しかし、それも一瞬の事、ミシミシと大地を軋ませ魔神が踏み込むと、アランが吹き飛ばされました。

「ぐあぁぁぁぁっ!」

「アランっ……!」

「俺は気にせず、やれっ……!!」

 アランの言葉に、フレイが剣を振るいました。魔人の右腕が肩から切り裂かれ、魔神が大きく仰け反りました。そしてそのまま無防備となった腹部へと一閃、さらに滑り込む様に背後へ回ると、その背を足場に跳躍しました。

「ハァァァァァァ!」

 フレイの落下の勢いを利用した渾身の一撃は、魔神を頭部から両断すると、剣が纏った光のベールが魔神を跡形もなく焼き尽くしました。

「アランっ、無事!?」 

 魔神の焼失を確認したフレイが走ってきます。

「大丈夫……少し気絶してるだけです」

「そっか……良かった」

 私の言葉に、フレイが安心したように息を吐きました。先程まで部屋全体を覆っていた炎も、徐々にその勢いを失っていっています。

「はいはい、全て片付いて気が抜けてるみたいだけど、それはここから出てからにしなさい」

 呆れたように声を掛けてきたのはエルゼです。バツの悪そうにする男を伴い、近づいてきました。

「そうだね、アルフレッドも待ってるだろうし、いこっか」

「アルフレッドと言えば、居ませんけどどうしたんですか?」

「アイツなら、捕まっていた人達の治療をしてる」

 エルゼは私の質問に答えると、男の背を蹴り、部屋を後にしました。男もその後に続きます。

「う……うぅぅん」

「あっ、目覚めたみたい」

「終わった……?みたいだな」

 アランはキョロキョロと周囲を見回しました。

「うん、自分で歩ける?」

「ああ、問題無い」

 アランは体の調子を確認するように、自身の胸に手を当てました。そうして1つ息を吐くと、ゆっくりと立ち上がります。

「さて、帰ったら旨いものを腹いっぱい詰め込むか」

 アランとフレイも歩き出しました。

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