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結論

 部屋の中央の机に地図が広げられ、その上には赤い円錐型の駒が被害者達の目撃情報を表すために並べられていました。

「それで、何が分かったんだ?」

 少々不機嫌な声色でアランが言いました。

 窓の外は既に夜の帳が落ち、大きく欠けた下弦の月が僅かに街を照らしています。

「まず、地図の上のマーカーは被害者が最後に目撃された場所」

 エルゼはそう言うと、手に持った明かりを地図に近づけます。ぼんやりとした光が落ち、影が伸びました。

「フレイ、お願い」

「うん」

 フレイが地図の上に短いピンを刺しました。その場所はフレイが被害者を見失った場所です。

「それと、これを見て」

 そう言うと、エルゼは紙のロールを取り出すと地図の横に広げました。随分な保管のされ方をしていたらしく、なんとも言えない据えた埃の臭いが広がりました。ちらりと周りに目を向けるとアルフレッドが顔を(しか)めていました。

「これは……」

 どうやら、それもまた地図の様でしたが、複雑に曲がりくねった線が交錯しているばかりで何を表したものなのかは分かりません。

「これは、街の地下に張り巡らされた下水道の地図よ。と言っても、細かいところまで記した正確な地図では無いけど」

「これで、主要な水路だけ……頭が痛くなりますね」

 エルゼの説明にアルフレッドが言葉を漏らしました。

「正確な地図はなかったの?それに、随分と古いね」

「残念だけど、無計画に増築を繰り返してるみたいで正確な地図は無かった。と言うか、一番新しい地図が10年以上前に作られた物ってどういうことよ……」

 フレイが聞くと苦々しくエルゼが言いました。

「ややこしい前置きは無しで頼む、それで何が分かったんだ?」

 頭を掻きながらアランが言いました。そんなアランを横目に、私は思考を始めます。二つの地図を見比べて行くと、ピンが刺さった地点のすぐそばにも下水道が通っている事が分かりました。つまり被害者はフレイの視界の下側、街を流れる水路へ飛び込んでいた、ということなのでしょう。そして、エルゼもそう考えている。そうでなければ下水道の地図なんてものを持ち出さないはずです。

「まず、ここ。フレイが人を見失った場所だけど、すぐ近くに太い水路が流れてる。その上で、目撃場所を見ていくと全てその近くに太い導管……間違いなく失踪した人達は下水道へ連れて行かれてる」

 エルゼはそう言うと、地図の印近くに下水道の位置を書き込んでいきました。

「なるほど、では出発しないとな」

「ちょっと、待ちなさいよ」

 立ち上がりすぐに出て行こうとするアランを、エルゼが引き留めました。

「場所が分かったんだろ?なら、早く動かねば」

「アラン、アンタちゃんと聞いてた?下水道は街全体に張り巡らされてるのよ。とても場所が分かったなんて言えないわよ」

 キョトンとした様子で言うアランに、エルゼが呆れたように言いました。

「いえ、ここは動くべきです」

 先ほどまでずっと黙っていたアルフレッドが口を開きました。

「勇者様に与えられた女神様の御加護は、望む運命を引き寄せます。被害者を増やさないためにも、一刻も早く奴らの巣へ踏み込むべきです」

 アルフレッドは一歩前へ進むと、熱っぽく訴えかけました。それにしても、神の加護、それも運命を引き寄せるなどという不確かなものをそれ程に信用出来るのでしょうか、私には理解できません。

「そんな出たとこ勝負な真似できるわけ無いでしょう!アンタは女神の加護を絶対視しすぎなの」

「当然でしょう。世界の創造主たる女神様の力は絶対です」

 エルゼの反論にアルフレッドが食って掛かり、口論を始めてしまいました。

「ちょっと、二人ともやめてよ。今は仲間同士で言い争っている場合じゃない」

「そうですね。すいません少し冷静さを欠いていました」

 フレイが二人を嗜めました。

「俺は女神の加護を過信している訳じゃないが、動くべきだと思う。このまま被害者は増えるばかりだし。第一、行動しないのは俺の柄じゃない」

 アランは立ち上がって言いました。その背には先程まで壁に立て掛けられていた剣がありました。

「フィリア、アンタはどう考えてる?」

 エルゼが私に話を振りました。

「そうですね……」

 確かに被害者を増やさないために、すぐに動くべきというのも理解出来ます。しかし、街の地下に蜘蛛の巣のように張り巡らされた水道に、何等備えもなく踏み込めば自分達が絡め取られるでしょう。それに、最も新しい被害者はともかくその他は生きていない可能性が高い。仮に生きているとすれば、それは何等かの理由で意図的に生かされているという状況でしょう。

「私は……迂闊に動くべきではないと思っています」

「それは、なんで?」

 私の言葉にフレイが問いました。

「ひとつ前の被害があったのはひと月前、被害者は生きていない可能性が高い。事を急いて、自分達が死んでは意味がありません」

「アンタ……自分が何言ってるか分かってるの……!」

 意外にも抗議の声を上げたのはエルゼでした。

「人の世では生きている者の方が重いはずでしょう?」

「ぐっ……分かったわ。みんな、二日待ってちょうだい。場所を絞り込む。フィリア、アンタも手伝いなさいよ」

 意図せずしてエルゼを焚き付けるような形になってしまいました。

「分かりました」

 私は軽く目を閉じると同意を返しました。



 後日、エルゼが使っている宿の一室に机を囲むように座っているのはエルゼと私、そしてもうひとり。

「それで、アルフレッド?何でアンタまで居るわけ?」

「何でって、決まってるじゃないですか。僕も手伝いますよ」

 不機嫌そうに話すエルゼとは反対にアルフレッドが穏やかに答えました。

「まあ、いいわ。じゃあ始めましょ」

 そう言ってエルゼは、机に向き直りました。

「何処かに人を集めているとすれば、恐らく太い通路と繋がっている可能性が高いでしょう」

 私はそう言うと、地図に印を付けていきます。その言葉に続くようにエルゼが口を開きました。

「そうね。それと人の出入りがあるなら、入り組んだ場所は選ばないと思う。その上で……」

 私のつけた印をエルゼが消していきました。それでも候補はまだ13箇所、その上で街のあちこちに散らばり、絞り込めたとは到底言えません。

「これじゃあ、まだ駄目ですね……街の各地に散ってしまって絞り込めているようで結局絞り込めていない」

「そうね、けど一応。この中で事件現場すべての中心にあるのは……」

 更に絞り込みましたが、それでもまだ4箇所あります。これだけなら総当たりで調べるということも出来るでしょうが、これはあくまでこの地図での話。実際は他の通路がある可能性があります。

「随分数は減ったけど……」

 エルゼが小さく呟きました。これ以上絞り込むための条件が見つからず、ただ沈黙だけが流れていきます。

「あっ!」

 沈黙を打ち破ったのはアルフレッドでした。地図を指し示しながら話し始めます。

「この場所……教会の所有している本に書かれていたんですが、どうやらカタコンベが有ったようなんです」

「カタコンベ?」

 アルフレッドにエルゼが聞き返しました。

「はい、街ができる以前、女神進行が広がる前の土着の様式の墓所があったそうなんです」

「入り口はどこにあるの?わざわざ下水道を通る必要も無いでしょ」

「それは……残念ながら分かりません。どうやら街が作られた時に、埋め立てられたようです。まあ、異教の墓所なんて存在しても仕方がありませんし、当然ですが」

 落ち着き払った様子でアルフレッドが言いました。それにしても、埋め立てられて当然?そんな事がある訳がないでしょう。 

 ガタリと机が揺れました。どうやら無意識に体に力が入っていたようです。

「……?どうかしましたか?」

「いえ、何でもありません。けれど、下水道を進むとなると備えが要りますね」

 私はアルフレッドに返事を返すと、誤魔化すように言葉を続けました。

「そうね、明日二人にも伝えるとしましょ」

 そう言ってエルゼが机の上を片付け始めた時、意外にもアルフレッドが口を開きました。

「ちょっと待って下さい。本当に下水道を進むんですか!?」

「本当にも何も、入り口が分からないって言ったのはアンタでしょ……」

「確かに言いましたが……」

 呆れたようなエルゼの言葉に、アルフレッドは尻すぼみに返しました。

「けど、流石に下水道を通るのは……」

 アルフレッドが、助けを求めるように私に視線を送ってきました。しかしアルフレッドには気の毒ですが、助け舟を出すことはしません。

「決まりですね。犠牲者が増える前に終わらせましょう」

 

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