新たな犠牲者
あれから数日、私は町中を駆け回り、布に描かれた印の素性について手掛かりがないか資料を探しましたが、現在何も得られていませんでした。さらに捜査が完全に停滞してしまっているのは、私以外も同様のようでした。
「はぁ……やはりと言うべきなんでしょうか」
私は溜息を吐くと、手慰みに布を玩びました。私自身、そうそう都合良くいくとは思っていなかった訳ですが、何等かの共通点のある印の存在すら見つからないとは。
私は手元に目を落とし、布に刻まれた印をぼんやりと眺めます。歪み捻じくれた線で描かれた印は所々掠れ、インクというよりは粉状の物を擦り付けるようにして書かれたようです。ただ、それが素性に繋がるわけでもなく、完全に手詰まり。私は苛立った様に頭を掻きました。
「皆っ、居る!?」
扉が力強く開かれ、酷く慌てた様子のフレイが入ってきました。
「どうしましたかフレイ?そんな慌てた様子で」
「フィリア、皆は!?」
息を整えながらフレイが言いました。
「皆さんは出て行ってますよ。ここに居るのは私だけですね」
「そっか、ならフィリアだけでも付いてきて!」
そう言って、フレイは私の腕をグイグイ引っ張って来ます。
「分かりました。では、行きましょうか」
私は引っ張られたためにズレてしまった手袋を整えると、先に走って行ってしまったフレイを追い掛けました。案内したい場所に着いたらしく、フレイが立ち止まりました。そこは大通りから一本奥に入った場所で、水路に橋が架けられていました。
「それで、どうしたんですか?」
「意識ここに有らずって感じでフラフラと移動する女性がいたから、これは何か有ると思って後ろをつけてたんだ」
フレイはそう言うと、大通りとを繋ぐ道を数度往復しました。
「それで、曲がり角で見失ってしまったと」
「うん、そういうこと」
この通りに視界を遮る物は無く辺りを見通すことが出来、普通は見失わないでしょう。私は通りをぐるりと周ると、どこか抜け道の様な物が無いか調べます。しかし、やはりと言うべきかそのようなものは見当たりませんでした。
「アンタ達、何やってんの?」
声を掛けられ振り向くと、エルゼが立っていました。
「エルゼ、実は……」
フレイが説明を始めたので、私は調査を続けます。フレイたちがこの道へ入ってきた道から次の曲がり角までは32フィート程、フレイから見えていない短い間にそこまで移動したというのは考えにくいです。瞬時に移動すると言えば転移魔法ですが、あれは詠唱が長くやはりそれもまたありえないでしょう。
私は思考を切り上げると、二人の方へ目を向けました。どうやら、私が考え事をしている間に説明が終わったらしく、エルゼが辺りを調べていました。
「何か分かりましたか?」
「いえ、まだ何も……」
エルゼはぶっきらぼうに言いながら、作業を続けます。そうして、水路の縁にまで移動したその時、何かに気が付いたようでその場で立ち止まり、一人呟き始めました。
「水路……街……いえ……けど、それなら……」
暫く呟き続けていたエルゼでしたが、突然顔を上げると駆け出しました。そうして何かを調べる訳ではなく、私達の取っている宿の方へ迷うことなく走り去って行きました。
残された私は、水路へ近づきちらりと横目で覗き込みました。哀れな犠牲者が浮かんでいる何てことはなく、緩やかに流れる水に時折白く泡が入り混じっています。
「エルゼは何か分かったみたいだけど、フィリアは?」
「いいえ、生憎私は……」
フレイに問いかけられましたが、私には言葉を濁すことしかできませんでした。