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誘き寄せ

 私が回収した本は、羊革と真鍮の金具で装丁されたごく平凡な物でした。この手の魔導書は人皮などの酷く悪趣味な物や、ユニコーンやドラゴンなどといった幻獣の物だったりといったこともあるのですが、これはそうではありませんでした。ただ、その一方で普通では無いものもあります。本の中心に埋め込まれた黄色い宝石、これは魔法によって人間の目を変化させたもので、ヘンリエットにも確認して貰いましたが、その見立てで間違っていないだろうということです。


「それで怪しい男はアンデッドになった結果、死亡。完全に振り出しだな」

 私の墓地での話を聞いたアランが言いました。

「それにしても、目の前で死者になるのを止められないなんて、聖職者失格ですね。

「言い過ぎよアルフレッド。それに、あれだけの数の死者を呼び起こす力を持った魔導書、人がどうこうできるもんじゃないわ」

 私を非難するアルフレッドに、エルゼが反論します。

「せめて、なにか聞き出せていれば良かったんだが」

 そう言って、アランは唸りました。

「皆さん、勘違いしてますね。確かに何も聞けませんでしたけど、何も得たものが無い訳ではないんですよ」

 そう言って、私は回収していた本を眼の前の机に置きました。

「えっ!アンタ、これって……」

「ええ、これが無数の死者を呼び起こした元凶、しっかり回収しておきました」

 驚きの声を上げるエルゼに私は言いました。

「回収しておきましたって……まぁいいわ。アタシが調べてみる」

「いえ、それには及びません。これは私が調べます」

 そう言って本に手を伸ばすエルゼを、私は腕で制しました。アンデッドである私には関係ないのですが、この本は関わる者の精神に干渉し、緩やかにそれを歪めていくのです。

「私が調べますって、アンタ聖職者でしょ。ここは専門家に任せなさいよ」

 私の言葉にエルゼが食い下がってきます。ただ、表向き聖職者を名乗っている以上、ここで反論するのは不自然です。ですがこの危険物を迂闊(うかつ)に人の手に渡す事は出来ません。

「分かりました。では、二人で調べましょう」

「そっちも譲れないって訳ね。ならそれでいいわ」

 私の提案にエルゼは同意しました。

「皆、何話してたの?」

「ああ、昨日の振り返りとこれからどうするかだな」

 いつの間にか席に座っていたフレイに、アランが答えました。

「そっか、それで皆はどうするつもり?」

「お二人は本の調査をすると言う事でしたので、僕は昨晩の現場である墓地をもう一度調べたいと思います」

 そう言いながら、アルフレッドは私達を指しました。

「えっと、その、本って何?」

「ああ、すいません。勇者様は席を外していましたね。昨日のアンデッド騒ぎの原因だと言う本を、フィリアさんが回収していたんですよ」

小首を傾げるフレイに、アルフレッドが説明しました。

「えっ、本当に!?フィリアお手柄だね」

「ええ、本当ですよ」

 私はフレイの言葉を肯定すると、顔の横に本を持ち上げてみせました。

「ではエルゼ、そろそろ行きましょうか」

「そうね。じゃあ皆、アタシ達は行くから」

 そう言って、私達二人は宿を出ました。


「それで、アンタはどこまで読んだの?」

「私は読んでいませんよ」

 やはりと言うべきか、エルゼはこの本の内容に興味を惹かれているようです。私自身、光に惹き寄せられる虫のようにこの本に惹かれていますし、その考えは理解できるのですが、この本の性質を考えれば読ませるわけにはいきません。

「それと、仮に調べるとしてもこの本の中身は最後です。出来ることなら読むのは避けたほうがいい」

「ふーん、まぁいいわ。それでアンタはどうするつもりなの?」

 そう言って、エルゼは目を細め不満そうな顔をしましたが、意外と素直に私の言葉を受け入れました。

「そうですね少しお話し、しましょうか。昨夜、事を起こした人物は正直な話、素人と言っていいような小物でした。そんな人物がこれだけの魔導書を手に入れられるでしょうか」

「そりゃぁ、普通は難しいでしょうね。けど、金持ちが碌に価値も分かりもしないのに、大枚叩いてってこともあるでしょ」

 エルゼの言葉に軽くうなずくと、私は続けました。

「確かにそういったこともあるでしょう。ですが、少なくともその男はそうは見えませんでした」

「つまり、アンタは事件が起こることを望んで誰か魔導書を渡した人間がいると考えてるわけね。それで、そんな回りくどい真似をわざわざするようなヤツが、簡単に見つかるとは思えないんだけど」

 私の言葉に、エルゼは背後にいるであろう人物への嫌悪感を隠そうともせずに、吐き捨てました。

「ええ、そうでしょうね。ですから既に手は打ってあります」

「随分と用意がいいわね。アンタ、本当は既に魔導書を読んだんじゃないの?」

 怪訝な表情のエルゼの言葉を無視して、私は話を続けます。

「さる高名な聖女が、事件現場から回収された魔導書を処分しようとしている。という噂を流してもらいました」

「高名な聖女ってアンタねぇ。それで、噂を流してどうするのよ?」

 話を続ける私に、エルゼは呆れたように言いました。

「これは私の想像でしかありませんが、黒幕は事が失敗しても問題無いと考えていたはずです。もし失敗が許されないのであれば自分自身無いし、信頼を置ける人間を使うはず。しかし実際に事を起こしたのはほぼ素人」

「つまり、黒幕は魔導書さえあれば問題無いと考えていた訳ね。そしてその魔導書は処分されそうだという話を聞いた」

 エルゼは私の意図をすんなりと理解してくれました。頭の回転が速い人は、好きです。

「という事は……」

「そこ、見てください」

 エルゼに顔を近づけ耳打ちします。私が視線を向けるその先、陽の光を避けるように建物の影に一人の男が立っています。質の悪い綿で作られた薄く茶色掛かったチュニカを着て、一見すると不審な様子は見受けられません。しかし、異様な静けさを身に纏い、油断無く私達を凝視しています。

「行きますよ……」

 そう言ってエルゼの手を軽く引き、怪しまれないよう歩調を崩さずに移動を始めます。一般人に被害が広がらないよう、目指すのは街の郊外のできる限り人が少ない場所です。

 男は私達の後を付かず離れず、距離を取ってついてきています。その様子はごく自然体で、そうであると認識し意識して目を向けていなければ、それはただ道をゆく一般人と見分けがつかないでしょう。

 人通りの少ない道を選び、私達は進んでいきます。もし人波に混じってしまえば、追跡者の姿を見失ってしまいますから。

 細い路地の曲がり角に立ったその時、追跡者は猫科の肉食獣のしなやかさで私達に突進してきました。

「パラライズ・タッチ……」

 エルゼの手を引き、庇うようにして追跡者の射線から逸らすと、エルゼに聞こえないよう魔法を唱え脇腹へ手を伸ばします。しかし、それを追跡者は容易く避けると、どこからか取り出していたナイフを私の腕に突き立てました。

「ちょっと!アンタ何すん……」

 エルゼは突然腕を引っ張られた事に抗議の声を上げましたが、すぐに状況を理解し追跡者を見据えました。

「一応言っておくだけ、言っておくけど、大人しく投降した方が身のためよ」

 エルゼの言葉に追跡者は行動で応えました。身を引き絞ると、さながら矢の様な速さで突進してきました。

「アルケイン・ボルト!」

 エルゼが素早く魔法を唱えると、閃光が追跡者との間を繋ぐように走り、相手を昏倒させました。

「やったようね」

 エルゼは軽く呟くと追跡者に近付き、何かその素性を知ることができる物が無いか調べ始めました。

「っ!!危ない!」

 視界に光を反射する短剣が見えた瞬間、私はエルゼと短剣との間に割って入りました。切っ先が私の腕に食い込み、赤黒い血が袖を濡らします。

「えっ……アンタそれ……」

 私が負傷したことに罪悪感を感じているのか、エルゼは焦燥した声で言いました。

「私は大丈夫です。ですから周りの警戒を」

 短剣が飛来した先に目を向けますがそこには誰もいません。私は油断無く周囲に意識を向けながら、短剣を体から引き抜きました。

「フィリアっ!、上!」

 エルゼの声に上を向くと眼前に黒が迫っていました。全てが停滞し永遠にも思える様な一瞬を打ち破ったのは、エルゼの声と鋭い破裂音。

「アルケイン・ボルト」

 エルゼの魔法が直撃したにも関わらず、その人物はくるりと空中で態勢を立て直すと危なげなく着地しました。今はっきりと視界に捉えられたその人物は、動きを阻害しないように鱗の様に無数の板金で胴を補強した革鎧を着て、その顔を無貌の仮面で隠しています。

 私はその人物と距離を保ったまま、エルゼが鋭く目を細め注視しているのを確認すると、じりじりと足を滑らせるようにして壁を背負う形になるように移動しました。これで背後から奇襲を受けることを避けることができます。

 先に動いたのは刺客でした。音を立てることなく間合いを詰める真っ直ぐエルゼの首に短剣を突き立てます。それを私は手元の短剣を投げ妨害します。素人故、短剣は宙でくるくると回転しまともな攻撃にはなりませんが、妨害するのには充分です。刺客は飛来する短剣を鋭く切り払い、視界から出たのを逃さずエルゼが魔法を唱えます。

「ファイア・ボール……!」

 収縮した火球が爆発し、鈍い何かが割れるような音がして刺客が吹き飛びました。熱量と閃光に紛れて空を切る矢の様に、影が横切りました。不穏な予感を感じた私は手を伸ばすとその背に触れます。

「ぐうぅ……」

 影は低く呻くような声を上げるとその動きが鈍りました。

「アルケイン・ボルト!」

 その隙を逃さずエルゼが放った秘術の矢が命中し、もんどり打って倒れました。

「貴様……何故動ける……?」

 態勢を立て直していた刺客は唸るような掠れ低くくぐもった声で言いました。爆炎の直撃を受け、魔法を防ぐ手段を持っていたらしく、鎧やフードは焼け焦げボロボロになっていますが、なんの問題もなく動けるようでした。

 そしてその横にもう一人、全く同じ装いの人物が立っています。先程エルゼの一撃で吹き飛ばされたにも関わらずもう復帰したのかと一瞬思いましたが、吹き飛ばされた方向を見るとしっかりと人が倒れています。

 何人相手をすることを想定していたのかは、当人に聞かなければ分かりませんが、二人相手に四人とは随分と念を入れられたものです。結果から見るとエルゼと行動を共にすることになったのは私にとって幸運だったのでしょう。

「死ね……!」

 刺客は掌で踊らせるようにして短剣を順手に持ち変えると、エルゼに向けて鞭のように腕を振るい短剣を投擲しました。

「えっ……」

 私は虚を突かれ、声が漏れました。刺客の手から短剣は離れていません。長く引き延ばされた時間感覚の中、刺客の姿が視界の中で大きくなっていきます。

「チェイン・ライトニング!!」

 エルゼの声が響くと次の瞬間、稲妻が走りました。音が二重に重なり、光が視界を白く埋め尽くすと、焦げ臭い匂いと何とも言えない生臭い臭いが後に残りました。

「大丈夫ですか?」

 周りに新手がいない事を確認すると、私はエルゼに近寄りました。案の定と言うべきでしょうか、至近距離で炸裂させた火球はエルゼ自身の肌をも焼いていました。

「アンホーリー・ヒール……」

 その肌に手を這わせ、撫でる様に火傷跡を治療していきます。エルゼは魔法使い、私の正体に感づくかもしれませんが治療のためには仕方ありません。真っ当な魔法使いは死霊術など学ぶ機会は無いので、恐らくは杞憂だと思いますが。

「アタシは大丈夫。それよりアンタ自分の心配をしなさいよ!思いっきり刺されてたじゃない」

 エルゼは強い調子で言いました。

「この程度、何の問題もありませんよ」

「問題ないって、アンタね……」

 私の言葉にエルゼは、少しあきれたような困った顔をしました。

「さて、何か分かると良いのですが」

 私は襲撃者の傍らに屈みこむと、何か無いか物色していきます。しかし、彼らが持っていた物は短剣くらいでまともに身元を探ることが出来るような物は見つかりません。軽く首を傾げ人差し指の第二関節を唇に当て、作業を続行します。その時です。

「ウウゥゥゥゥ!!」

 私の背の方から、低く湿って苦悶に満ちたうなり声が聞こえました。確か、そちらに居るのは市民に紛れられる格好の男で、エルゼが調べているはずです。

「これは……」

 エルゼの眼前、襲撃者唯一の生存者とだった男は酷く歪み捻じ曲がった形相で、その口からはぶくぶくと泡が噴き出されていました。

「何があったんですか?」

「呪術……恐らく口封じ。何がキーだったのかは分からないけど、情報が渡らないよう事前に魔法が掛けられていたみたい」

 突然の状況を飲み込めないように呟いていたエルゼでしたが、気を持ち直すと調べるのを再開しました。

「呪術……ですか。エルゼ、貴方は呪術についてどこまで知っていますか?」

「残念だけど何も知らない。そりゃ目の前で見せられれば、そうだって分かるけど。アルフレッドもだけど、聖職者って呪術も秘術も同じだと思っているものね」

 聖職者の魔法に対する認識は後で調べておきましょう。聖職者のフリをする以上、知っておかなければ何処かで馬脚を現す事になりかねません。

「ん……?これ」

「何か見つかりましたか?」

「アンタ、これなにか分かる?」

 そう言ったエルゼの手に握られたそれは、乱雑に切られ赤茶けたボロボロの布切れで、その中心には歪んだ円を6分割するように線がズレた放射状に白いインクで書かれています。

「印章……でしょうか」

「仮にそうなら随分と悪趣味ね」

 エルゼは苦々しく表情を歪めると言い捨てました。

「それで、アタシはもう少し何か無いかもう少し調べてみるけど、アンタはどうする?」

「そうですね、少し気になる事も出来ましたし、彼らを調べるのはお任せします。それと、これは私が預かっておきますね」

 そう言って私は、エルゼの手からするりと布を抜き取るとその場を後にしました。

 

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