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3/10

三流

 部屋の中は薄暗く、小さく開けられた窓から僅かな光が射し込んでいました。ここは呪い師の老婆ヘンリエットの営む薬屋、エリクシルアクエリウスの店内です。そこの片隅で私がネズミの干乾びた死骸を床に並べていると、ヘンリエットが声を掛けて来ました。

「それで、ドブネズミなんか並べてどうすんだい」

「それはこうするんですよ。クリエイト・ボーンファミリア」

 私が呪文を唱えると、青白い炎がネズミの死骸の中から吹き出しその体を包み込んでいきます。やがて火が収まるとそこには骨だけが残り、行儀良く腰を落とした姿勢でこちらに顔を向けました。

「なるほど、使い魔かい。けど、何でわざわざうちの店で」

「人に見られる訳にはいきませんから」

 死霊術は基本的に禁制ですし、何より表向き私は聖職者を名乗っています。

「それは、客なんて来ないって言いたいのかい」

 ヘンリエットの口調は気安いもので、本心から不愉快に思っているわけでは無さそうです。

 私は軽く指を振るようにして使い魔達に指示を出すと、自分自身もまた件の人物を探すため店を出ました。大通りを通り、港脇の路地を進んでいくと、やがて潮風にやられ黒く変色した建物が建ち並ぶ場所に出ました。ここが貧民街です。辺りには貧しさ故に治療を受けることが出来ない病人が床に寝そべり、いかにも札付きと言った連中が闊歩していました。

 住人達の視線が私に突き刺さります。正直失敗しました、この服装のままでは目立ってしまいます。そこで私は一旦引き返し、エリクシルアクエリウスに戻りました。

「おや、随分早いお帰りだね。何か見つかったかい?」

 店内に戻るとヘンリエットが話し掛けて来ました。

「いえ、まだ何も。それよりもボロ布はありませんか?」

「あるけど、そんなもん何に使うんだい。取ってくるんで待ってな」

 そう言って、ヘンリエットは店の裏手に歩いていきました。

「はい、これでいいかい」

 戻ってきたヘンリエットは、人をすっぽりと覆うことができる大きさの布を、手渡してきました。それは赤茶けた色をしていて、所々糸がほつれ小さな穴が空いています。

「ええ、充分ですよ」

 布を受け取ると私はそれで身体を覆い、ヴェールを外しました。これで、貧民街でもさほど目立たないでしょう。

 私は貧民街に戻ると、人探しを再開しました。辺りには寝そべる人達は無気力で、目撃情報を聞き出すことはできなさそうですし、自分で見つける必要があります。人目を避け貧民街を進んでいると、何やら見つけたらしい使い魔が1匹私の元に戻って来ました。それはくるくると私周りを回りると、来た道を引き返していきます。

 充分に使い魔と距離を取って道を進んでいくと、少し開けた場所に出ました。そこは何度か掘り返された湿った土の地面で、その中央には所々風化して崩れた石柱が鎮座しています。恐らくは貧民街の人々が埋葬される集合墓地なのでしょう。

 その中央、まるで石柱の裏に身を隠すようにその人物はいました。裾が土に汚れた黒いローブからは、細い枯れ枝の様な細い土気色の腕が伸びていました。その人物は屈み込んで何かをしていますが、私の位置からでは良く見えません。一瞬回り込もうかとも思いましたが、ここから先へ進むと身を隠すものが無く、見つかってしまいます。

 しばらくその場にとどまり様子を観察していると、ローブの人物が動き出しました。辺りにはこの道以外の道は無く、このままでは見つかってしまいます。ですので使い魔を残し、私は道を引き返していきました。

 建物の物陰に身を隠し先程の道を注視していると、ローブの人物が出てきました。上半身の確認が出来ましたが、フードを深く被っているためその顔を窺い知ることはできません。

 私は適度に距離を取ったまま、その人物を追って貧民街の無秩序に絡み合った細い道を進んでいきます。そうして歩き続けていくとやがて、貧民街の外の大通りに出ました。

 周りには多くの人々が行き交い、私の姿を認めるとちらちらと訝しげに見てきます。貧民街では良かったのですが、その外に出ると目立ちますね。

 私は身に纏ったボロ布を脱ぎ、追跡を続行します。そうしている間にもどんどんとローブの人物は道を進んでいました。

 そこで、私は気が付きました。道を行く人々が視線を向けたのは私だけです。普通なら私よりもローブの人物の方に視線が行くはずです。道具なのか本人の扱う魔法なのかは分かりませんが、何らかの方法で人々の意識を自分から逸してるようです。ただ、そうであるならフレイは、どうやって見つけたのでしょうか。

 湧き上がってきた疑問を意識の外へ追いやり、太陽に背を向け人波を抜けて進んでいきます。

 街の中を北へ北へと進み、やがて街の外へ出るとローブの人物は街の外壁の影にひっそりと建つ小さな小屋に入って行きました。その小屋は窓がなく外から中の様子を窺う事ができません。仕方なく中の様子を窺うのは断念し、外から様子を観察します。

 やがて日も沈み、街の喧騒も収まって静寂と闇とが辺りを支配し始めたその時、ローブの人物が小屋から出てきました。そしてキョロキョロと辺りを見回すと移動し始めました。そうして、たどり着いたのは街の外の平野に作られた墓地でした。私は貧民街の集合墓地に行くのだと思っていたのですが。

 墓地の中央に移動したローブの人物が、手に持った分厚い本を広げ呪文を唱え始めました。すると、周囲の空気に淀んだ異臭が混じり、黒い(もや)が辺りに広がっていきます。

「静かで良い夜……貴方もそう思いませんか?」

「貴様っ何者だ!?」

 ローブの人物が叫ぶように言いました。他人に見つかる事など想定外だったのか、その声には焦燥と恐怖とが入り混じっています。

「行方不明の人達は儀式の素材ですか?」

「行方不明……何を言って……?それよりここには人避けの結界が貼られている、どうやってここに来た?」

 男は困惑気味にこちらに問い返しました。どうやら少なくとも失踪事件とは関わっていない様子です。しかしこの状況、何かを大規模なことを起こそうとしているのは間違いなく、見過ごす訳にはいきません。

「結界?そんな物があるとは、気が付きませんでした」

「何っ!?私を愚弄するか!」

 皮肉げな私の言葉に男は怒りの声を上げました。本から手を離すと杖を取り出し、私に突き付けてきます。

「いえ、そんな意図は」

 空を覆っていた雲が途切れ、月明かりが地上に落ちたその瞬間、男は杖を振るい魔法を唱えました。

「リ・アニメイテッド!」

 地面に魔力の淀みが落ち、地面から死体が1体が這い出すと、真っ直ぐ私に向かって来ます。

「リターン・トゥ・デス」」

 私が魔法を唱えると、糸が切れたようにその場に崩れ落ちました。

 それにしても死霊術師とは、正直私が1番相手をしたくない相手です。恐らくは私の正体については既に気づかれてしまったでしょう。しかし、こうして対峙してしまった以上は仕方ありません。全て終わったら念入りに口封じをしておきましょう。

 そうと決まれば遠慮はいりません。私は軽く両腕を広げると、歌い上げるようにして朗々と魔法を唱え始めました。

「その服装に死者退散の魔法(ターン・アンデッド)。貴様、やはり聖職者(クレリック)か!」

「はっ?」

 予想外の言葉に声が出て、詠唱が中断されてしまいました。そんな私の困惑をよそに、男は言葉を続けます。

「だが、私の崇高な計画の邪魔はさせん!リアニメイテッド!」

「はぁ……リターン・トゥ・デス」

 男が腕を振り蘇生させた3体の死体に、私は即座に対処しました。地面から這いずり出す途中で私の魔法を受けた死体は、下半身が地面に埋まったままうつ伏せに倒れました。

「一瞬で!?」

 驚愕の声を上げる男を他所に、私は詠唱を再開しました。私を中心に周囲の空気が渦を巻き、周囲の気温が徐々に下がっていきます。

「リアニメイテッド!!」

 焦った様子で、また男が魔法を唱えました。それにしても、先程から同じ下位の魔法しか使っていませんし、それに私の正体にも気付いてもいません。恐らくは死霊術を聞き齧っただけの素人なのでしょう。

「終わりです。コープス・フリーズ・プリズン!」

 詠唱を終えたその瞬間、周囲へと無数の氷の枝がうねりながら伸びると、地面から這い出そうとしていた死体もろとも男を縛り上げるようにして氷漬けにしました。

「貴様……一体何なんだっ!?」

 酷く怯えた様子で男が叫びました。

「何なんだとは、酷いですね。これでも私は貴方の先達、敬ってくれて良いんですよ」

「先達……?」

「いえ、分からないというのならそれでいいです」

 随分と察しの悪い男に、私はそう言うと質問を始めます。

「それで、何処であの本を?手に持っていたアレは、貴方の様な素人が偶然手に入れられるとは思えないのですが?」

「誰が貴様に教えるものか!」

 男は恐怖を押し殺し吠えました。

「はぁ、自分の状況が理解できていないようですね」

 そう言うと、私は人に紛れるために抑えていた不浄の光を解放すると男に触れてやります。それは濁った黄色の薄暗い光で、冷気を伴って生き物を徐々に衰弱させ、やがて死に追いやります。

「うっ……ヒヒヒィィィィ……」

 男はか細く高い悲鳴をました。

「さ、話してください」

「し……知らない!」

「そうですか……」

 しらを切る男に、私はもう一度触れてやります。

「ほっ……本当に知らないんだ!」

 男が耐え兼ねたように、骸骨のように落ち窪んだ眼窩から涙を流し叫んだその瞬間、視界を塞ぐほどの黒靄が辺りに広がります。この時になって男の手を離れた本が宙に浮かんでいることに、私は気が付きました。

「ギャァァァァァ」

 靄に覆われ視界が効かない中、ただ男の悲鳴だけが辺りに響いたかと思うと、やがてそこに氷の軋む音が入り混じり破裂音がして氷の牢獄は砕け散りました。

「これは!?」

 その数秒後、すっかりと靄が晴れた辺りには地を埋め尽くさんばかりの死せぬ死者達が闊歩(かっぽ)していました。そして私の目の前、先程男がいたそこには、歪み捻くれた暗褐色の人骨が立っていました。

「ファイア・ボール……」

「アルケイン・シールド……!!」

 私はおもむろに放たれた一撃にどうにか反応し、防御魔法を使いました。火球と障壁がぶつかり、光がチカチカと炸裂すると防ぎきれなかった余波が、私の腕を焼きました。

「クリエイト・アンデッド=クリエイト・ボーンファランクス」

 私の魔法によって周囲の死体を元に作り出されるのは、無数の骨が結び付いた骨の壁、そこから槍のように鋭く尖った骨が無数に伸びています。

「状況は最悪。さて、どうしましょうか」

 私は独り言ちると、思考を巡らせ始めます。幸いにも周囲に蠢く無数の死体達は私の事を敵だと見なしていませんが、目の前に居る歪んだ人骨、カースド・スケルトンキャスターだけは別です。その眼窩は私に対する憎悪が煌々と燃え、少しの隙も無く私を見据えています。

 ただ、だからと言ってその他を放っておく訳にはいきません。無数の死者達は緩やかな歩みながら、着実に街の方へと移動していっています。

「ファイア・ボール……」

 余所見をするなとばかりに、カースド・スケルトンキャスターが放った火球は骨の壁に炸裂し、骨が辺りに飛び散り独特の異臭を発しました。

「アルケイン・ボルト」

「アルケイン・シールド……」

 私の放った秘術の矢は、あっさりと防がれました。

「ファイア・ボール……」

「っ!ボーンファランクス!!」

 今度放ってきたのは2発。私は従僕に指示を出しそれを防ぎますが、流石に限界を超え骨の壁は完全に崩れ落ちました。

「アイス・スパイク」

 私の放った氷の弾丸を、カースド・スケルトンキャスターは防御などは何も行わず受けました。その理由はごく単純、まともに効果がないからでしょう。

 さて、どうしましょうか。純粋な実力で言えば私のほうが上、ですが相性があまりにも悪い。私が使える攻撃魔法は冷気に依るものが主体、いくつか例外はありますがそれも有効とは言い難い。一方で相手は炎を扱います。

 アンデッドを使った物量攻めも考えましたが、生憎素材にできる死体は殆ど相手に使われそれも不可能です。

「ファイア・ボール……」

「アルケイン・シールド」

 私の思考を中断させるように火球が放たれたました。私はそれを防ぎますが、そのすべてを防ぐ事は出来ず腕を焼かれ、髪の先端が焦げました。

「クリエイト・アンデッド=クリエイト・ボーンファランクス」

 私は再び壁となる従僕を作り出しました。しかし、ただ身を守っているだけではジリ貧の上、このままでは街の人々に被害が出てしまいます。ですから、攻めに移らならければなりません。

 その時、街の近くでちらりと光が明滅するのが見えました。それは青と薄橙にその色を絶えず変えながら、確かにここへ近付いてきています。なかなか戻らない私に、なにかの予感を感じた皆さんが行動を起こしたのでしょうか。

「これなら時間稼ぎでも……いえ、そういう訳にはいきませんね」

 宙に浮く本の周りには悪霊が集い、密度を増しながらさらに多くの悪霊を取り込んでいっています。今はまだ何も起こってはいませんが、このまま放って置くと何が起こるのか分かりません。

 正直賭けになりますが、勝算は充分。私は行動に出ます。

「クリエイト・ボーンスピア」

 カースド・スケルトンキャスターに、近くの死体が無数の骨の槍となって突き立てられます。それは骨の隙間を通り、何ら損傷を負わせることはできません。

「ギギギ……」

 それを嘲笑するように、カースド・スケルトンキャスターは音を立てました。

 けれど、損傷を負わせることができないのは想定通り、この攻撃は次への布石です。

「コープス・エクスプロージョン!」

 私が魔法を唱えた瞬間、カースド・スケルトンキャスターは内側から爆炎を吹き出し、周囲に体を飛び散らせて沈黙しました。

 コープス・エクスプロージョンは死体を爆弾として爆発させる魔法。骨の槍を用いて体内に骨を送り込み、それを爆発させれば回避出来ません。

「はぁ……はぁ……」

 呼吸を整えながら本の方へ目を向けます。悪霊達はその数を更に増やし、さながら台風のようになっていました。その密度は常人であっても目視出来ておかしくないほどです。

 私は虚に空気が吹き込むような低い音を立て渦巻く悪霊の渦へ体を押し込むと、その中央に座すように浮いている本に手を伸ばします。

「ぐぐぐぐぐぐ……」

 身を突き抜ける悪寒を耐え本に触れると、私は一気に渦から引き出しました。巨大な魔法術式の核を失い渦は、天を穿く塔のように形を変え悪霊達は天へと上り消えていきました。

 街の方を見てみると死体達はいまだ動きを止めていませんが、そちらは仲間が片付けてくれるはずです。

「アンホーリー・ヒール」

 魔法で自身の傷を癒やしながらぼんやりと街の方を眺めていると、ひときわ明るい青の光が闇の中で筋を描いて消えました。

 

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