目覚め
どうも、通勤と申します。至らぬ所ばかりの小説ですが、楽しんでいただけると幸いです。評価、感想があると励みになりますので、楽しんでいただけた方はどうかお願いします。
石造りの一室には、冷たい死の空気が充満していました。というのも、辺りには無数の怨霊達が所狭しと蠢き合い、彼らが冷気を発しているのです。元々は身分の高い人達を、埋葬するために造られた墳墓だったはずなのですが、埋葬された貴人に悪霊が宿り、足を踏み入れる者達の命を奪ってしまうように成ってしまったからです。
私が目を覚ました時、と言っても目を覚ますという表現は間違っているかも知れませんが。彼等、悪霊達は私を害そうなどとはしませんでした。当然です。何故なら、私もまた彼等と同じ悪霊なのですから。
ワイト、そう人間達に呼ばれているアンデッドそれが私です。それは死霊術を扱う怨霊が遺体に宿ったもので、生者を憎み光を嫌悪しています。その姿は乾涸びて骨に皮膚が張り付き、憎悪にねじ曲がった顔の眼窩には深い闇を湛えています。しかし、そんな中で私の容姿は取り憑かれた犠牲者の生前の美しい姿をそのままにしているのです。腰まである艷やかなアッシュゴールドの髪、小さく整った鼻、少しタレ目気味の大きな目、愛らしく整った容姿の少女それが私です。ただし、肌の色は死者のそれらしく血色を失った不健康な蒼白いものですが。
私が彼女に宿った時、彼女の最期の瞬間、その記憶を知りました。彼女と3人の仲間は、何らかの目的を持ってこの古塚に足を踏み入れたようでした。そして古塚に巣食う怨霊達に襲われ、聖職者でありアンデッドに抗する術を持っていた彼女は、仲間を逃がすため殿を努めたのでした。
これが彼女の最期の記憶、そして私の記憶の全てです。それ以前にも私は確かに存在したはずなのですが、周囲を揺蕩う無数の怨霊のひとつであった時の記憶は無く、私であると認識している人格も、彼女の物を受け継ぐような形になっており何処まで自分の物なのでしょうか。
ベールの中の髪を軽く撫で、私は古塚の外へ出るために歩き始めました。死後時間が経ち乾涸びた死体を踏まぬよう、そろりそろりとした足どりで歩いていきます。辺りには灯りになるものは何もありませんが、本来闇の中に潜み生者を襲う怪物である私には、薄暗い朝方くらいの明るさで見ることができます。
歩みを進めるごとに冷たい空気は薄れ、やがて重苦しい死の気配さえも感じられなくなりました。そうして更に進んでいくと、やがて古塚の外へ出ました。
私が深く息を吸い上を見上げると、そこには真っ黒なキャンバスの上に、言葉で言い表すことも出来ない色とりどりの絵の具を散りばめたような、美しい星空が広がっていました。
そこで行く宛も無い事に思い至った私は、適当な草の上に仰向けになると、星空を見上げ、この先どうするか考え始めました。見かけは人と変わりありませんし、案外人の中に紛れ、人と偽って生きていくというのも良いかも知れませんし、人と関わることなく悠々と旅をするのも良いかもしれません。そんな事を考えながら空を眺めていると、短く尾を引いて空を横切っていく物が見えました。
アンデッドである私は眠る必要など無く、ただ夜通し空を眺めていましたが、空が明るみ始め、やがて辺りを朝焼けが深紅に染めた所で動き始めました。幸いにして道らしき物があったので、それを辿るようにして進んでいきます。道を進んでいくごとに木々は徐々に数を減らし、やがて草原に出ました。辺りの赤さは引いて、空は澄んだ青が山吹色に縁取られています。
「おーい、誰かいないか!誰か助けてくれ!」
誰かの助けを呼ぶ声が響き渡りました。それは低い男性の物で随分と焦っているようです。その声を聞いた私は、声のする方へ駆け出しました。
「うぅぅ……」
声がした場所には、負傷しうずくまった男性とそれを襲うモノがいました。それは淀んだ水辺の藻の様なくすんだ緑色をしており、腰は酷く曲がっていました。長い鼻のある顔は醜悪に歪んで、目の前の獲物を嘲笑するように低い声を発しています。更に古い獣脂と排泄物とが入り混じったような、酷く不潔な臭いがしました。
私は男性を庇うようにしてソレとの間に立ち、油断無くその様子を窺い始めました。私とソレとの睨み合いは、ソレによって強引に打ち切られました。歪んで折れ曲がった得物を振り上げると、甲高い雄叫びと友に真っ直ぐ私に向かって走ってきます。
「ワード・オブ・テラー……!」
私は指先に意識を集中させると、魔法を唱えました。指先に暗い靄がかかり、一筋の閃光が私とソレとの間に走ると、次の瞬間ソレは悲鳴を上げて一目散に逃げて行きました。
「大丈夫ですか?」
「あぁ、助かったよ。ぐっ、ううぅ」
男性を見てみると、片足に切傷がありました。これではうまく歩くことは出来ないでしょう。
「はっ……速く行かないと。グウゥゥゥァァ」
男性はそう言って、どうにか立ち上がり走り出そうとしましたが、すぐに転倒してしまいました。
「その傷では動けませんよ」
「けど、行かなければ早くしないと村がっ!」
酷く焦燥した声で男性が叫びました。どうやら差し迫った事態にあるようです。
「アンホーリー・ヒール……」
私は撫でるような手付きで男性の傷に手をかざし、魔法を唱えました。暗い黄色の不浄な光が傷を包み込み傷が治癒していきます。
「ありがとう、助かった!」
傷が治った瞬間、男性は跳び上がるように立ち上がり、お礼を言って走り出しました。土地勘が無く、行く宛もない私も男性を追い駆けます。男性を追い掛け道に従ってしばらく走ると、村に着きました。そこにある建物の大半は木でできた1階建てのもので、動物用の小さな小屋も所々に見受けられました。村に足を踏み入れた瞬間、濃密な血の臭いが鼻に刺さりました。辺りを見渡すと、いたる所に男性を襲っていた物と同種の生き物たちが事切れ、転がっています。
「何者っ!」
村の中心へ向けて歩いていると、背後から鋭い威圧するような声を掛けられました。私は声に反応して振り向こうとしますが、それは声に遮られました。
「動かないでっ!」
私は声に従い動きを止めると、徐々に背後から物音が近づいて来ます。
「女の子?えっと、もう動いていいよ」
その声は警戒心を剥き出しにしていましたが、私のすぐ近くに立つと警戒を解いたようです。そして、動いていいと言われましたので振り返ると、そこには私と同じくらいの背の人物が立っていました。その人は栗色の髪をした中性的な容姿でした。動きやすそうな布製の服は所々板金で補強され、その手には剣を持っています。
「安心していいよ。この村を襲っていたゴブリンは、もう全てやっつけたから。あ、僕はフレイ。君の名前は?」
「えっと……」
フレイに名前を聞かれ、私は言葉に詰まりました。最初はこの体の主の名を言おうとしましたが、死んだ筈の人物が彷徨いているという事になります。確かにその通りではありますが、それは間違いなく私にとって不都合でしょう。
「私はフィリアです」
少しの考え、私は名乗りました。
「皆は村の中心の広場に避難してもらってる。じゃあ、行こうか」
そう言って、フレイは私の手を握ると歩き始めました。道中、転がる死体はゴブリンの物だけで、村の住人である人々の物は見受けられません。どうやら、フレイとその仲間はなかなかの手練のようです。
村の中心に着くと、偉丈夫の男性が私達に近づいて来ました。その男性は使い込まれた様子の鈍い金属光沢を持つ金属鎧を身に着け、背中には身の丈ほどの剣を背負っています。
「フレイ、どうやら全て片付いたようだな」
「アランもね」
「それでフレイ、そちらの少女は?」
「多分、この村の人じゃないかな。詳しい事はまだ聞いてないや」
どうやら会話から察するに、この男性はアランと言う名前のようです。それとどうやら勘違いされているので、それを訂正する必要もあると思います。
「嬢ちゃん!良かった実は探していたんだよ。つまらない物かもしれないが、お礼だ」
そう言って男性から、何かが入った麻袋を手渡されました。中を確認すると、そこにはこの村で収穫されたと思しき野菜や果物。その好意は嬉しいけど、生憎私はアンデッド、食べたものは消化されることなく胃の中で腐ってしまいます。
「えっと、ありがとうございます」
「仲間の皆と分け合ってくれ」
更に勘違いされていることが増えてしまい、私は頭を抱える事になると思いましたが、そんな事はありませんでした。
「フィリア、もしかしてこの村の人じゃないの?」
と言うのも、私と男性の会話からフレイが勘違いに気付いたからです。
「はい」
「そうだったんだ、僕達と同じだね。もしフィリアが良いなら、僕達の仲間になってよ」
その提案は行く宛もない私には、渡りに船でした。
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
私は二つ返事で答えました。
「やった!アラン仲間が増えたよ」
「って、おいおい。俺達の目的を忘れたのか?魔神王を倒すんだぞ。戦力になるのか?」
「えー、いいじゃん。旅は道連れって言うでしょ」
アランはフレイの言葉に大きくため息をつき、私の方へ向くと口を開きました。
「フィリアだったか?聞いていたと思うが、俺達の目的は魔神王を倒すことだ。戦えなきゃ話にならないし、覚悟はあるのか?」
「私が戦えるのは、そちらの男性が証明してくれるはずです。覚悟があるかは……どうでしょう。けど、貴方方も常にそんなモノの相手をしているのならこんな村には立ち寄らないでしょう?」
私の言葉にアランは少し渋い顔をしますと、男性に私について尋ねに行きました。
ふとフレイに目を向けると、いつの間にか合流していたらしい2人の仲間と話しています。そのうち1人は魔法使いらしき女性。群青色のローブを身に着け、鮮やかな赤い髪を高い位置で一纏めにしています。もう1人は聖職者らしき男性。カソックを身に着け、プラチナブロンドの髪を短く切り揃えています。2人とも年の頃は10代半ばといった所でしょうか、大人へと変わりつつある過渡期と言った感じでしょうか。そんな3人のやり取りをぼんやりと眺めていますと、男性から話を聞いたアランが話しかけて来ました。
「俺達のパーティーには、既に聖職者はいるんだが。まあ勇者様の希望だアンタを仲間に入れてやるよ」
「ありがとうございます」
彼等の仲間になる許可が出ました。それにしても、どうやら聖職者だと勘違いされてしまったようです。実際、私の服装は聖職者のそれですし、回復魔法というのは彼等の領分ですのでその勘違いは当然かも知れません。そして、これは私にとってとても好都合です。なんせ死霊術師です、などと堂々と公言する事は出来ませんから。
「良かった、アランも許してくれたんだ。さぁ、こっちこっち」
フレイは私に走り寄り、2人の仲間の元へ私の手を引っ張って行きます。
「仲間になった訳だし、じゃあ、改めて。僕はフレイよろしくね」
「もう知ってるだろうが、俺はアランだ」
フレイとアランが改めて名前を名乗ると、それに続いて魔法使いらしき女性が口を開きました。
「私はエルゼ、焦熱のエルゼ。よろしく」
焦熱という二つ名。エルゼと名乗った彼女は、優秀な魔法使いなのでしょう。離れて見ていたときには気が付きませんでしたが、ゆらゆらと熱気の様に立ち上がる魔力が見えます。
「僕はアルフレッド。今度、主について語り合いましょう」
聖職者の少年、アルフレッドが名乗りました。好意からの言葉なのでしょうが、私は本当は聖職者では無く、死霊術師。迂闊に会話をするとボロが出てしまいそうなので、正直ご遠慮したいです。
「私の名前はフィリア、皆さんよろしくお願いしますね」
最後に私ができる限り自然に微笑むと、名前を名乗りました。
自己紹介を終えた私達は、村に1つだけの宿で食事を取っていました。まあ私は食べられませんが。
「ほらほら、フィリアも遠慮しないで美味しいよ」
「えっと……その……私、食が細くて」
フレイの言葉を、心苦しいですがやんわりと受け流します。
「おいおい、明日この村を立つんだ。そんなんじゃ、道中持たないぞ」
逃げ道をアランに塞がれるような感じになってしまいました。断るとなんだか怪しまれそうですし、お椀を手に取ります。中には根菜類やキャベツをクタクタになるまで煮込んだシチューが入っています。湯気とともに芳しい香りが立ち上るそれは、人間であれば大変食欲をそそられるのでしょうが、生憎私はアンデッドです。
「熱っ!」
熱いシチューを口に含んだ瞬間、口内を暴れまわりました。刺すような感じがして、熱いはずのそれが冷たく感じられます。
「大丈夫!?」
「だ……大丈夫です」
私のその様子にフレイが、水の入ったコップを渡してくれました。痛みが引くまでそれを口内で転がしていますと、アルフレッドが話しかけてきました。
「所でそのロザリオ、フィリアさんはペニテンテ派ですね?」
アルフレッドの言葉を聞いて、首に掛かっているロザリオに目を向けます。それは途中で一度捻じれ、巻き付いた茨の意匠は握り締めるものを攻め苛むでしょう。
「はい、そうなんでしょうね」
「何故ペニテンテ派に?彼等が高徳を積むため行う苦行は、筆舌に尽くし難いと聞きます。普通、貴方の様な美しい女性は所属しないでしょう」
「その言葉は嬉しいですが、生憎私は懺悔者、答えられませんよ」
私が答えると、アルフレッドは赤くなって動揺しました。それにしてもペニテンテ派。握り締めれば容赦なく出血を強いるロザリオを見ても、筆舌に尽くし難い苦行というのは本当なんでしょう。彼女は何故、そんな宗派に所属していたんでしょうか。
「ははっ!振られちゃったわね、アルフレッド」
「振られたも何も、僕は口説いてませんから」
いい気味だと言った様子でエルゼが言いました。おいっ、とアランが声を上げましたが、エルゼは構わずくすくすと笑っています。
「えっと……皆さんは何故、旅をしているんですか?魔神王を倒すという事でしたが、それはむざむざと死にに行くようなものですよ。人間にとって死は怖ろしいはずです」
私が質問をするとフレイが最初に答えました。
「それは、それが僕の使命だから。女神様のお告げがあったんだ、僕が魔神王を討つ宿命にあるんだって」
その言葉に私は声が出ませんでした。余りに酷く痛ましい、何故女神は彼に役目を押し付けたのでしょう。小さな背にどれほどの重さがのしかかっているのか、それは当事者ではない私には分かりません。さらに言えばなぜ彼が屁でもない事の様に語れるのか、それが酷く不可解でした。
「俺はまあ、仕事だからだ。俺は軍に所属していたんだが、神託が下ったんで王様が勇者を助けろってね」
今度はアランが答えました。理由は極々平凡、組織に所属する以上上の命令には従わないといけないということです。
「私は……私の才能を認めさせる為よ。象牙の塔に引き籠もっているだけの連中に、私の何が分かるっての」
エルゼは苛立たしげに言いました。
「僕は勇者様を支えるためです。女神様に選ばれし救世主、彼女に仕える事こそ僕の産まれてきた理由に違いありません!」
アルフレッドは熱っぽく答えました。
その後は皆、思い思いに食事を進め始めましたので、食事を出来ない私は、そそくさと部屋を出ることにします。
「私はもうお腹がいっぱいなので、自分の部屋に戻りますね」
こうして私は、彼等の旅路に同行することになりました。
ワイト 死体に悪霊が宿り動き出したもの。多様な魔法を扱い、経験を積んだ冒険者にとっても脅威となる。しかし、死体に宿っているため、霊体に対しての攻撃だけで無く、物理的な攻撃に対しても何ら耐性を持たない。
ペニテンテ派 彼らは神の意志を、探求する神学者である。時に神の教えさえ疑い、故に異端視されている。