第九十一幕【ドキドキ♡ホラーなパニックにはお塩を少々】
クサカベ達が階段を降りた先には廊下が続いており、両脇には無数の牢屋が備え付けられている。
「一体ここで何が行われていたんだ…」
クサカベが廊下を進みながらポツリと呟いた。
「散りばめられてたドキュメントにそれらを補完する事が書かれてたよ。色々薬を実験してたみたいだね」
ヒュードロドの舌で首を締められつつ、息苦しそうにアンカーベルトが言う。
「人をゾンビ化させて呪文で操る死霊薬と、圧倒的な治癒力を誇る不死薬でしたっけ?死霊薬はともかく、不死薬はかなり使えそうですけど…」
「どうだかね。レポートによると治癒力を得る代わりに副作用としてかなりの苦痛を味わう事になるとあったよ。類まれな精神力を持ち合わせてないと直ぐにその苦痛に耐えられなくなって廃人と化すと。だから死霊薬でゾンビにしたものに使う予定で…」
そう話しながら廊下を進んでいると、次第に廊下の突き当りが見えてくる。その突き当りの扉は空いている。
その扉の脇に張り付いて二人は口を閉じる。
お互い顔を見合わせ示しを合わすと、クサカベはドアノブに手を掛けてゆっくりと開く。
キィ…
「ガウラ姐さ〜ん…大丈夫ですかぁ〜…?」
扉を開けた先には研究所のような怪しい雰囲気の部屋が広がっていた。
並べられた長机の上にはフラスコやビーカーが乱雑に置かれている。
そして、その部屋の真ん中にガウラベルがうつ伏せに倒れていた。
「ガウラ姐さんっ!!」
クサカベは思わず叫んでガウラベルに駆け寄りその身体をひっくり返して上体を起こさせた。
「ガウラ姐さん!!大丈夫ですかっ!!」
ガウラベルは白目を向いてブクブクと泡をふいている。
「いつも気の強い彼女の見る影もないね…」
アンカーベルトはヤレヤレと首を振り続けて話す。
「さて、それで。彼女は何を見て気絶しちゃったんだろうねぇ…」
それを聞いてクサカベはハッと顔を上げる。
直ぐに周りを見渡す。
一見何も居ないように見えるが…
「そこだ!!!」
クサカベは立ち上がり、聖水のビンを怪しい方向目掛けて投げた!
バリーン!!
聖水は机にぶつかり割れた。
しかし、全く関係のない方向からモヤモヤと白い人型の煙が大きくなる。死霊達のボス。【死霊キング】と言ったところだろうか。
「アレ!?」
クサカベは恥ずかしそうに顔を赤くする。
「何やってるんだい…。来るよ!!」
アンカーベルトが声を上げる。
白い人型は大きな手形の姿に変化したかと思うと、クサカベ目掛けて押し潰そうと迫ってくる!
クサカベは咄嗟に避ける。
バチン!と、クサカベが元いた場所に平手打ちが繰り出される。
「あ」
そこには倒れたガウラベルが居た。
「ガウラ姐さぁーん!!?」
ハエの様に叩かれたガウラベルはヒリヒリと肌が真っ赤になる。しかし、その衝撃でハッと意識を取り戻し飛び起きた。
「いった!!?え!!?何!!?何が起きたの今!!?」
頭を擦りながら上体を起こすガウラベル。
そして、目の前の死霊キングに気付いた。
「ギャワァァァァァ!!!!?」
「が、ガウラ姐さん落ち着いてっ!!」
クサカベが宥めるも、聞く耳持たずクサカベの肩にぶつかりその部屋から出ようと逃げていくガウラベル。
「デカい怖いデカい怖いデカい怖い…!!!」
扉を開けて出て行こうとするも、扉は不思議な力で封じられ開かない!
「イヤァァァァァ!!ボス戦ってコトぉ!!?」
ーーーーー
【ここで私、イズミルちゃんの解説ですっ!
死霊達の中でも一番の強個体をボスとしてこの地下に閉じ込めました!ボス戦となるので部屋の前の牢屋の中に備えとなる宝箱を配置してたんですけど…勇者様達は気付かず突入しちゃったみたいですね〜。
あと、ボス戦の際何処にもいけなくなっちゃうのも宝箱配置人魔法補助担当のリーサ様に頼んで扉に密かに設置した感知式のロック魔法のせいです。ボスの居る空間は封じ込めないと、ボスが逃げちゃったりしちゃいますからね!
え?勇者達はどうすれば外に出られるのかって?それは勿論、ボスを倒すか…全滅するかですねっ!
全滅…つまり、パーティー全員が棺桶になった場合、KHKの保険適用として最寄りの教会まで転送されちゃいます。詰んじゃった時は…大人しく全滅して立て直して再挑戦頑張って下さいっ!
ではお邪魔しました〜】
ーーーーー
「ど、ど、ど、どーすんのさクサカベ!」
「どーするって、倒すしか無いでしょ!!」
クサカベは剣に再び聖水を振り掛け構える。
死霊キングは今度は大きなサーベル剣に姿を変え、クサカベに斬り掛かる!!
「おりゃあああああ!!!」
クサカベもそれに対して迎え討つが…
スカッ
聖水をかけたハズの剣は死霊キングをすり抜け一方的にクサカベはその巨大なサーベル剣に斬りつけられてしまった。
ズバン!
「グワッ!!!」
ドシャッ!
クサカベはダメージをくらい後方に吹っ飛んび床に倒れる。
「クサカベ!!」
ガウラベルが駆け寄り迅速に回復魔法をかける。
「な、なんで…!!聖水をかけたのに…!!」
クサカベは歯を食い縛りながら言う。
「聖水は弱いお化けにしか効かないからね…ボス級の死霊には歯が立たないんだろ」
ガウラベルも顔を青ざめさせながら言う。
「だから言ったんですよ!!この村の武器屋で売ってた【ゴーストキラー】買っときましょうって!!あの武器にゴースト特攻のアビリティが付いてたハズですよっ!」
「だってアンタ、あれメチャクチャ高かったし…!!結局買えなかったじゃないか!!」
「それはガウラ姐さんが牛乳をがぶ飲みしてた分でお金が無くなって…!!やっぱり新しい場所に来たら武器と防具を揃えるのが鉄則って…」
ガウラベルとクサカベがやいのやいのと言い合っていると、死霊キングがその二人の間に割って斬り掛かる!!
「「ヒョワッ!!!」」
二人は寸での所でそれを仰け反って避けるも、死霊キングはサーベルの形を保ったままブンブンと空を切りながら二人を追いかけまわす。
そんな光景をアンカーベルトはヤレヤレと首を振って離れたテーブルの後ろに隠れながら眺めていた。
「このままじゃ、二人共やられちゃうよ。何か打開策……………あ。そうだ、ヒュードロド!」
まるでマフラーのように赤い舌を喉に巻き付けているヒュードロドにアンカーベルトは話し掛ける。
「今は君の力がどうしても必要だ!協力してくれるかい?」
ヒュードロドはフルフルと首を横に振り舌の巻き付けをキツくする。
「うーん、ダメかい?じゃあそうだな…何か取引をしよう。キミが今、欲しいモノはなんだい?」
そう言われ、ヒュードロドは少し舌を緩めた。何かを考えているようだ。
何かをハッと思いついた様にヒュードロドは赤い舌をアンカーベルトの喉から外し、コショコショと何か耳打ちする。
「ふむふむ…え!?…そんなので良いのかい…?あぁ、今の状況を打開出来るなら好きなだけ…」
そうやって何かの示しを合わせた二人は頷きあって握手を交わす。
…とは言ってもヒュードロドが差し出したのはベロだったが。
ーーーーー
「もうイヤぁ!!」
追いかけてくる死霊キングから泣きながら逃げるガウラベル。
クサカベもただ逃げ回る事で精一杯だった。
「攻撃が効かないとどうしようもないですよっ!!」
「くぅぅぅ〜…ここは大人しく棺桶になって教会に転送されちまった方が…!!」
「命を無駄にしないで下さいよっ!!」
二人が言い合いながら走っていると、机の陰からアンカーベルトが立ち上がり何かをクサカベに向かって投げた!
「クサカベ君!それを受け取って!」
パシッ!
受け取ったそれは何処から出てきたのか、青白く光る靄のかかった一本の剣だった。
「ヒュードロドが剣に姿を変えた姿だっ!!それなら死霊キングに太刀打ち出来るハズだっ!!」
それを聞いてクサカベは急ターンで死霊キングに向かい合い…
「ええーい!!なるようになれぇ!!」
ヒュードロドの剣を死霊キングに振り下ろす!
キンッ!!
ヒュードロドの剣と死霊キングの大きなサーベル剣がカチカチッと受け止め合った。
「すり抜け無かった!」
アンカーベルトの後ろにそそくさと隠れたガウラベルが驚きながら言う。
「フゥ…良かった…。殆ど賭けだったんだけどね…」
「えっ!?」
「死霊が剣の姿に化けられるなら、同じお化けのヒュードロドも同じ事が出来ると思ったんだ。それに…お化け同士なら干渉し合うんじゃないかってね…!名付けて【おば剣】だよ!」
「いや、名前ダサッ!!」
ガウラベルは顔を引き攣らせて言った。
カチカチカチ…
一方クサカベと死霊キングは鍔迫り合っている。
「クサカベ!」
そうガウラベルが声を上げ、杖をクサカベに向ける。
「アタッカード!!」
ガウラベルの唱えた攻撃力を上げる魔法を受ける。
「うぉぉぉおおお!!!力が…みなぎるぅぅぅ!!!」
ガキン!!
クサカベは鍔迫り合いを押し切る。
後退する死霊キング!その隙を見逃さず、クサカベは身を翻して追い討ちをかけた!
「今だ!!トヤァァァァァ!!!」
ズサンッ!!
明らかな手応えと共に、サーベル剣の姿から元の人型のモヤに戻った死霊キング。
「決めろクサカベ!」
ガウラベルの声を合図に怯んだ死霊キングにトドメの一撃を繰り出すクサカベ。
「成仏しろぉぉぉぉぉ!!!」
ズバンッ!!
掛け声と共に死霊を真っ二つに切り捨てる!
そして2つに分かれた死霊キングを即座に"おば剣"の刀身が吸い取る!
「うわっ!」
…かと思うとパキン!とクサカベの手を弾いて地面にカチャンと落ちた。
おば剣はゆっくりヒュードロドに姿を戻す。
「いやぁ、ヒュードロドぉ〜!良くやってくれたよぉ!!」
アンカーベルトが嬉々として駆け寄ってくる。
ガウラベルもその後を付いて来る。
しかし、ヒュードロドの様子が変だ。
「………………どうしたんだい?ヒュードロド」
ヒュードロドはフワフワと浮いて居るがその場から動こうとしない。
すると、次第にヒュードロドはキラキラと光り始め身体が透けていく。
「ヒュードロド!?」
アンカーベルトはヒュードロドに駆け寄り掴もうとするが勿論掴めずすり抜ける。
「もしかして、取り込んだ死霊キングを連れて成仏する気かい!?」
コクリと頷きヒュードロドは更に身体の色を薄くする。
「そんな…嫌だ…ヒュードロド!!!」
ポワン…
ヒュードロドはそのまま消え去ってしまった。
「ヒュードロドォォォォォ!!!!!うわあああぁぁぁ!!!!!」
アンカーベルトはその場に膝から崩れ落ち泣き叫んだ。
「……………アンタ、出会ったばっかのお化けに良くそんなに感情移入出来るね…」
そんなアンカーベルトを眺めながらガウラベルは呟くのだった。
〜〜〜〜〜
「いやぁ、お陰で村人も安心出来るよ。ありがとう!これは最初に話したお礼だよ!」
メーダ村の村長から【王都・ヤオヤラグーン】に入る為の交通許可証を受け取るクサカベ。
「それをヤオヤラグーン正門前の兵士に見せると通してくれるぞ!」
「やりましたね!ガウラ姐さん!」
クサカベは満足そうに言う。
「あぁ、大活躍だったね」
「ガウラ姐さんは…珍しく逃げ回ってただけでしたけど」
「う、うっさい!お化けだけはダメだっただけだよ!」
恥ずかしそうに頬を掻くガウラベル。
しかし、直ぐに視線を下に移すと、地面で体操座りをして塞ぎ込むアンカーベルトを見てジト目になる。
ガウラベルはアンカーベルトの横腹に軽く蹴りを入れる。
「いつまで塞ぎ込んでんだ?お化けは成仏してなんぼだろうが」
「うぅ…ヒュードロドぉ…」
「それにしても…あんな敵対してたヒュードロドに良く言う事を聞かせたね?」
そう疑問を投げ掛けた所で、ガウラベルは肩をトントンと叩かれる。
「ん?」
ガウラベルが後ろを振り返ると、その顔面をべろ~んと赤い舌で舐られた。
「ギャアアアアアーーーーー!!!!?」
ガウラベルは大きく仰け反りぶっ倒れる。
そこには消えたハズのヒュードロドが居た。
「ヒュードロドぉ!!!」
アンカーベルトは声を明るくさせヒュードロドに駆け寄る。
ヒュードロドは駆け寄ったアンカーベルトの首にベロを巻き付けた。
「グエェェェ、ヒュードロド!苦しいよっ!アハハハ!やっぱり折角の"取引"を無駄にして成仏も出来ないよねっ!アハハハ!」
「その取引って何ですかアンカーベルトさん」
クサカベが問い掛ける。
「え?あぁ。いやね?ヒュードロドはガウラさんの程よい塩っ気の味が気に入ったみたいで。それを定期的に摂取させてくれたら言う事を聞くって。ヒュードロドが言うには『程よいしょっぱみが癖になる』らしいよ。アハハ!」
クサカベは顔を引き攣らせる。
「あ、アハハハ…あの、普通お化けって塩を嫌うんじゃ………いや、まぁ良いかそんな事…。とにかく、そこで伸びてるガウラ姐さんにはその取引はバレないようにして下さいね…。多分アンカーベルトさんが成仏させられちゃいますから…」
「善処するよ!」
そうして、一匹のお化けを仲間…?に引き入れて勇者一行のドキドキ・ホラーパニックな事件は幕を一旦は閉じるのだった。
続く…




