第九幕【ボス配置も仕事のウチ】
度々魔物に襲われながらもそれを倒さず追い払い、宝箱配置をしながら森をしばらく進むリューセイ達。
「シッ!」
ダルクスがそう言ってみんなに身を屈めるように促す。"あそこを見ろ"と指を指す。その方向の先には開けた行き止まり。どうやらこの森の最深部のようだった。そしてその場所に巨大な熊型の魔物が眠っていたのだ。
【ベアード】
【熊型の巨大な魔物。はじまりの森を縄張りにしている。生態はリューセイの世界に居た熊と大差ないが、凶暴性はこちらの方が遥かに上】
「あの魔物の寝床…と言った所でしょうか」
イズミルが言うとダルクスは続ける。
「ヘッ、好都合だ。このダンジョンのボス敵として丁度良いじゃないか。そうと決まれば…おい、リューセイ」
そう言ってダルクスはリューセイの肩をポンと叩く。
「お、俺?」
「あいつの気を引いてこい」
「は?なんで俺が!」
イズミルがノートを開きペンを構えながら答える。
「リューセイ様はあの魔物を引き付けて全攻撃パターンを引き出して下さい。私がその行動パターンからあの魔物のレベルを予測し、勇者様が最初に戦うのに強過ぎないか、もしくは弱過ぎないかどうかを算出します。くれぐれもリューセイ様が倒さないように!」
「勇者様ファイトです!」
ユーリルがガッツポーズで送り出す。
「他人事だと思って…」
「怪我をしたらリーサの回復魔法がありますので…あ…その…ちょっぴりしか回復しませんが…」
リーサもそう言って送り出す。
「俺が行く事が前提になってるのが腑に落ちないけど…こうなりゃヤケだ!」
リューセイは魔物の前に出て大きく息を吸って…
「起きろぉぉぉぉぉ!!!!!」
その声に驚きもなく熊の魔物は起きてギロッとリューセイを睨む。
「ほーら熊さんこちら!手の鳴る方へ!」
リューセイはパンパンと手拍子しながら熊を煽る。それにイラついたか、熊は大きく雄叫びを上げリューセイに向けて突進をしてきた!
「Lv86の回避率を舐めるなよっ!?」
リューセイは軽やかにその突進を避けた。
(ちゃんとした武器を持っていれば俺ならこれくらいの魔物ワンパンだ。けど…宝箱配置人は魔物に手を出す事も許されない…)
リューセイが熊の繰り出す様々な攻撃を難なくかわしている間、イズミルはその様子を見ながらノートに書き留める。
「突進…引っ掻き…引っ掻き…雄叫び…魔法呪文無し…MP0…推定レベルは…」
ブツブツ呟きながらイズミルは熊のステータスや行動を事細かにメモしている。
「推定Lv6!問題なし!よーし…では…!」
イズミルはそう言うとリューセイと熊が争っている広場に入ってくる。
「お、おい!危ないぞ!」
「リューセイ様、引き付けてて下さいね!」
そう言ってイズミルは街で住民に貸してもらった"結婚指輪"を取り出す。熊が雄叫びをしたその時!イズミルはリューセイの前に割り込み、結婚指輪を熊の口めがけて投げ込んだ!
ゴクン
熊が指輪を飲み込んだ!
「お、おい、良いのかよそんな事して!」
「良いんです!これで勇者様はこの魔物を倒さざるを得なくなりました!じゃあリューセイ様、この子を"冬眠"させちゃって下さい!」
リューセイは頷き、学生鞄を振りかぶる。
(勇者となって剣を降っていた時が懐かしい…何が悲しくて今の俺はこんな貧弱装備(普通の学制服と鞄)で旅に出ているのか…!!)
「大人しく…眠ってろぉぉぉ!!!」
大きく振りかぶった学生鞄を思いっきり熊の顔面にぶつける!会心の一撃!!熊はよろめき、そのままドスーン!と気絶してしまった。
「ニシシ!大勝利〜♪そんな武器でよく倒せましたね!ほとんどレベルのゴリ押し!」
「武器じゃない、ただの学生鞄だけどな…。まぁ、かえってそのおかげで倒さずに気絶させるだけに留められた訳だけど」
ーーーーー
ダルクス達の元に戻る。
ダルクスがパチパチと拍手している。
「いやいや、良くやったな。これではじまりの森でやる事は終わったな」
「全く、こっちは大変な思いしてたってのに、ダルさんは相変わらず鑑賞ですか!」
「ちゃんとこっちはこっちで仕事してたぞ!なぁリーサちゃん?」
リーサは頷く。
「は、はい!リューセイ様が魔物を相手にしている間、この広場手前の道にダルクス様と宝箱配置を…」
リューセイが見ると、確かにさっきまでなかった道に転々と宝箱が…さながら『この先ボス戦有り』と言ったところか。
「これで『はじまりの森』の宝箱配置は終了です!お疲れ様でした!ではこのまま…勇者様と差を付ける為に…次の…ふぁ~…」
イズミルは言い終わる前に大きなあくびをしたかと思えばヨロヨロと足をもつれさせ、転げそうになるところをリューセイが抱きかかえる。
「お、おい!どうしたんだよいきなり…」
「すーすー…」
「……………寝てますね」
リーサは言いながらイズミルの寝顔を覗き込む。
キューン!
「ハァハァ…カワイイですね…私達よりしっかりしてるから気にしてなかったですが…やっぱりまだ子供なんですよね…尊くて心臓がキュッてなりました。危うく棺桶状態に…」
「よしてくれよ…リーサならほんとになりそうで怖い」
「なぁ、そのままそいつそこに寝かせといて…」
「ダルさん!」
リューセイはダルクスを一瞥する。
「…だよな」
ダルクスは不服そうに頭を掻き荷車を引き始める。
「…んじゃ、次に行くか。北の関所を抜けてオボロックル地方だ。草原が広がる地域だから宝箱配置はそんなに難しくないだろう」
リューセイはイズミルをおんぶする。リューセイの学生鞄とディアゴは荷車に載せた。そうして宝箱配置人一行は森を後にするのだった。
「そう言えばユーリルは?また安全な場所に隠れてんのかな?」
〜〜〜〜〜
一方その頃。
私、ユーリルは今"女神界"にやってきてます。私達女神が集まり自分の管轄の世界の管理、監視を行う場所です。勇者様が熊と戦っている最中、"上"から呼び出された為に勇者様の世界を一旦抜け出しやって来た次第で…
私の表情は浮かない面持ちでした。呼び出し…間違いなくお説教の為です…
『来ましたね…女神ユーリル』
雲の上の様な明るい世界。
空から光が差し、そこから姿は見えませんが"上"からのお声が響きます。
「は、はい!お待たせ致しました!」
『ファンタジー世界管轄のユーリル、貴方は数多のファンタジー世界を管轄する身でありながら、それをほっぽり出して何をしているのですか?』
「あ、遊んでる訳じゃありません!ある世界で魔王が現れたと言う事で…その世界で勇者を導いているのです…!!」
『ほう?…ではその頭に刺さったナイフはなんですか』
「あ、これはその…カチューシャと言って…」
『貴女はファンタジー世界専属の女神のはず。何故、【普遍世界】が一つ管轄に入っているのでしょう?』
「そ、それは…その…普遍世界管轄の女神とその…ゲームで負けて…」
『あまつさえ、その世界の少年を転生させて魔王の討伐に協力させている様ですね』
「人々を脅かす厄災が立ち塞がり、それに立ち上がる勇気がある者が現れなかった場合は別世界から勇気ある者を導く事が出来る…ですよね?」
『えぇ。しかしその場合は別のファンタジー世界の者を導く事になっています。普遍世界の者を巻き込むのではなく』
「しかし!その普遍世界にはですね『異世界転生した者が世界を救う』という文献が大量に遺されていたのです!やたら人物のセリフが多い文献なんですけどね、それに則ったまでなんです!『各世界の文化や歴史を尊重する』それも女神の習わしですよね?異世界に転生して別の世界を救う事が文化の世界のようだったので、協力して貰った…という所です」
『しかし今回の転生は無駄骨だったようではないですか。勇者が既にいる世界に無意味に人を送り込むなど女神として少し、浅はかだったのでは…?』
「いやぁ〜…そうなんですよね〜、ちょっと早とちりしちゃったみたいで…アハハ!」
『笑い事ではありません!!』
そこからは"上"からのありがた〜いお説教が永遠と続き…
ーーーーー
『…と言う事です。分かりましたかユーリル!』
「…はい…」
『…全く…。あなたが導いた少年は責任を持って、ちゃんと元の世界に戻れるまで面倒を見なさい!良いですね?』
「もちろんそのつもりです!」
『では行きなさい!別の世界の監視も怠るのではないですよ!別の世界に別の災厄が訪れないとも限らないのですから…』
そう言って"上"からの声は光と共に消えました。う〜ん、ブラック!!ファンタジー世界管轄の女神はこれだから大変です。他の世界と比べて人を脅かす厄災の発生率が高いからです…
「ハァ…戻りますか…」
しこたま絞られた私は気を落としながら勇者様の元へと戻るのでした。
続く…