第八十五幕【直感を大事に…】
「世界の情勢を知るには新聞が手っ取り早い」
昼過ぎ、ダルクスは新聞を買いヤオヤラグーンのとある酒場に向かう。
宝箱配置人一行は各々の役割分担で別れ、ダルクスは世界情勢を確認して次の旅のルートに支障は無いのかを調べると言ってきた。
(…というのは名目で、サボりたいだけだったりして)
そんな事を思いながらダルクスは酒場の席につく。
『バルチェノーツの国民の安否は未だ不明。しかし、海上ではバルチェノーツ海軍の船を目撃したとの報告も…』
『ノーツ村の村人の集団失踪!!焼き払わた村には犠牲者の姿は無く…』
『メーダ村のゾンビ事件!?村人がゾンビにされるという事件が密かに起こっていたが…』
ダルクスは新聞の見出しに目を通しながら、頼んだコーヒーをズズッと飲む。
「どれも俺達が知ってる事ばかりだな…」
「それは残念でしたね」
急にそんな声がして新聞をずらすと、目の前の席に…エクス・ベンゾラム最高幹部の男、クルブシの姿があった。
「く、クルブシッ!!!」
「お久しぶりです」
優雅にマドラーでコーヒーをかき混ぜながらニコリと微笑むクルブシ。
「テメェ…行く先々に現れやがって…やっぱつけてやがったか?」
「まさか。それは誤解です。僕はたまたまこの街に来ていた…貴方達が来るよりもずっと前から…」
「そんな訳…!」
「この席についていたのも僕が先ですよ。コーヒーを注文しに一瞬席を外したら貴方が座っていたんです」
「どれもこれも偶然だって言いたいのか?」
「…全ては偶然と成り行き。私達の理念に則っているまでです」
「チッ…」
ダルクスは新聞を畳んで席を立つ。
「良いか?俺達に構うな。これからは俺達の邪魔をするようなら容赦無く叩き潰すからな。ひっそりと活動してな。お前らみたいな怪しい宗教団体は」
クルブシの横を通り酒場を後にしようとすると、クルブシが声を掛ける。
「トコシエさんがどうなったか知りませんか?」
「あ?」
ダルクスは振り返る。
クルブシは背後を見せたまま話す。
「幹部の一人で大切な仲間だったんですがね…。ある日を境に連絡が取れなくなったんですよ」
「…知らねぇな」
「そうですか…」
クルブシはスッと立ち上がり振り返る。
顔は変わらず爽やかな笑顔だった。
ゆっくりとダルクスに近付き肩に手を乗せる。
「知らないなら仕方ないですね…」
「一体何…ウ"ッ"!!?」
ドゴッ!!
ガシャーーーン!!!
いきなり腹を思いっきり殴られたダルクスは酒場のテーブルや椅子をなぎ倒しながら後方に吹っ飛んでいった。
仰向けに倒れるも、直ぐに上体を起こし床に散らばったナイフやフォークをクルブシに向けて見えない力で飛ばす…が、クルブシは首をクイッと傾げてそれを避ける。
「なっ!?」
「今のはトコシエさんの分だと思って下さい」
クルブシは変わらず笑顔を崩さないでいる。
ダルクスはフラッと立ち上がった。
「ここでやるつもりか?」
「いいえ?私はこれで失礼します。お店に迷惑をかけてしまいましたし」
そう言ってクルブシは酒場を後にしようとする。
「に、逃さねぇぞ!!ここで決着を付けろ!!クルブシッ!!」
背後を見せるクルブシに今度は壊れたテーブルを吹き飛ばすが、身をクルりと翻し避けられてしまう。しかしそれは囮で、死角からナイフをクルブシに目掛けて飛ばすが…当たる直前にクルブシはそれをパシッと掴んだ。
「やれやれ…そんな力を使う者に勝てる訳がないですよ。私は戦える程の能力は持って無いただの"一般人"なんですから…」
「一般人が俺の攻撃を避けられる訳ねぇだろ…!!」
「戦えはしないですが…先に言っときますが、貴方は僕を傷付ける事は出来ない。"絶対"に」
「なんだその自信は…予知能力でも持ってるのか?」
「いえ、そんな大層な能力持ってませんよ。何せ一般人ですから。『貴方が追撃してくるか、来ないか』『攻撃が右から来るか、左から来るか』ただそうやって二択を直感で選んだだけですよ」
「ただの…直感だと?」
「私は今まで自分に二択を迫って生きてきました。『やるか、やらないか』『進むか、進まないか』『やめるか、やめないか』。今までその二択で良い方をただ偶然、たまたま引けている…ただの一般人。それだけの事です」
「二択とはいえ、良い方を引き続けるなんて天文学的な確率になるハズだぞ」
「ものは考えようですよ。私は連続で当ててるとは思ってないんです。常に"まっさらな二択"。五分五分を直感で選んでいる。毎回一回目の二択を引き続けている…それだけの事ですよ。たまには、間違えた選択をしてみたい気持ちもありますがね」
「そ、そんな理由で…お前はそれだけで最高幹部まで上り詰めたって言うのか!?」
「フフ…まぁそうですね。この直感の良さだけが…私の取り柄ですから…」
そう言って酒場を出て行くクルブシ。
ダルクスは急いでクルブシに掴み掛かろうと…
「気を付けて下さい。そこには…」
ズルッ!
「私が頼んだコーヒーが溢れてますから、滑りますよ」
ドシャっ!
ダルクスはコーヒーに足を滑らせて転げてしまう。
「クッ…!!」
「まぁ、また会えますよ。偶然と成り行きに任せていれば…」
バタン…
そう言い残してクルブシは酒場を出ていった。
「あの野郎…」
(なんの能力でもなく…ただの直感だって…?そんなもん…なんの対策のしようもねぇじゃねぇか…)
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「良いのかよっ!?アイツを見逃して!?」
「トコシエちゃんを殺したのは間違いなくアイツだ。クルブシさんがやらないなら僕がっ!!」
二人の"幹部"に言い寄られるクルブシは微笑みを浮かべながら二人をなだめる。
「まぁ、待ちなさい。何も焦らなくてもチャンスはいくらでもあります。私達には今、それよりも成すべき事があります。当初の予定通り…デルフィンガルかソウルベルガに向かいましょう。そのどちらかに"魔王"はやってくる…私の直感がそう言ってます」
「どちらかって…どっちだよ。そこが大事じゃねぇか」
「おい、口を謹しみなよ"クレナイ"。そんなもの、クルブシさんの前では些細な"二択"だよ」
そう言って二人はクルブシを見る。
クルブシは穏やかな表情で口を開いた。
「…ソウルベルガだね。ただの直感だけど」
二人の幹部はそれを聞き、顔を見合わせ頷くのだった。
続く…




