第八十幕【ゆ~ぽっぽ】
「もう少しでヤオヤラグーンに着きますが…日が沈みそうですね。暗闇を進むのは危険ですが…どうします?」
イズミルが荷車を引くダルクスの前に出て問い掛けた。
「もうすぐだしこのまま直行だな。早いとこ着いちまいたいし。まっ、ガキんちょ、テメェが急に寝だしたりして足を引っ張らなきゃだがな」
ダルクスがサラッと嫌味を言う。イズミルはジト目で立ち止まる。
イズミルは静かにディアゴの25ページ【雷電の章】を呼び出した。
細い稲妻がバチンッ!!!とダルクスの尻を刺した。
「あギャッ!?」
ダルクスはバッとイズミルを睨むも、イズミルは素知らぬ顔で吹けない口笛を吹いている。
「テメェ〜…」
しかし、これ以上言うと反撃されると分かっていたのでダルクスは言葉を止めてイライラを沈める為にタバコ一本に火を付けた。
…がすかさず、イズミルは【豪水の章】でタバコの火を…というか水圧でダルクスごと吹き飛ばした。グショグショになって地面に突っ伏すダルクス。
「子供の前で歩きタバコヤメて下さいね!大人としての常識ですよ!」
「っだぁ!!このガキ!!もう辛抱ならんっ!!」
ダルクスはイズミルに拳を振り上げて向かって行く。
「キャアー!!リーサ様ぁ!!助けてぇ!!」
イズミルはリーサの後ろに隠れる。
「まぁまぁダルクスさん、子供のやった事ですから」
リーサがダルクスをなだめる。
「邪魔しないで下さいリーサさん!そいつは一回お灸を据えんと分からんのです!」
イズミルはイーッとリーサの後ろでダルクスを挑発する。
「このガキッ…!!」
「まぁまぁまぁまぁ…」
そんなダルクスとイズミルのやり取りをヤレヤレと眺めるリューセイとユーリル。
「全く…ほんと暇さえあれば喧嘩してるなあの二人…」
「ダルクス様の子供嫌いも困ったものですね〜」
ーーーーー
「ガキのせいで泥まみれなっちまったじゃねぇか…ちょっと待ってろ…」
ダルクスはそう言って近くの川へ汚れを落としに向かった。
しばらくして…
「おーい、ガキンちょ!ちょっと来てくれぇ!」
珍しくイズミルを呼ぶダルクスの声。
リーサと話していたイズミルは会話を止める。
「なんでしょう?少し行って来ますね!」
座っていた荷車を飛び降りて走ってダルクスの元へ向かうイズミル。
「こっちだこっち!」
川岸でイズミルを手招きするダルクス。
「何ですか?」
少し離れた所で立ち止まるイズミル。
「いやちょっと、この生き物が何かを調べて欲しくてな…」
そう言って川の中を指差すダルクス。
「…そんな事言って…私を川に突き落とすつもりですねっ!?」
「んなことしねぇよ…良いから来いって!」
ふん…と鼻から息を出し、イズミルは仕方なしとダルクスの元へ行く。
「…で?なんですか?」
「ほら、ここだよここ。これなんだと思う?」
指差す先を見ると、浅い川底に何かがユラユラと揺れているのが見える。
「んー?あれは〜…」
そう言って顔を近付けていくと…
シュルシュルシュル!!!
「うわっ!?」
その黒い影はイズミルの足に巻き付いて川へと引きずり込んだ!
ザバーーーン!!!
川は浅かったので溺れる事は無かったが、イズミルは全身びしょ濡れになってしまった。
「うわーん!!なんなんですか!?」
「ダッハッハッハッ!!【足刈りワカメ】だ。近付いたら足を引っ張ってくるだなぁコレが。ダッハッハッ!!」
ダルクスはしてやったりと高らかに笑い飛ばす。
イズミルは川の中で尻餅を付いた状態でダルクスをキッと睨む。
「わ、分かってて呼んだんですね!?」
「仕返しだ仕返し。これでおあいこだろ?ダッハッハッ!!」
イズミルはザバッとその場で立ちディアゴに手をかける。
「あっ!?や、やんのか!?」
ダルクスは身構える…が…
「あ、あれ!?」
ディアゴはうんともすんとも言わない。
「あ?どうした?」
「あぁ〜!!水に浸かっちゃったから!!ディアゴがふやけちゃったんですよっ!!乾くまで使えませんっ!!」
イズミルは背負ったディアゴを外して
振っている。ディアゴからポタポタと雫が垂れる。
「ハッハ!ディアゴにも弱点があったんだなぁ〜?そりゃ良い事知ったぜ!ハッハ!風引くなよガキんちょ〜!ハッハッハッ!」
そう言ってダルクスは笑いながら去っていった。
「ディアゴが乾いたら覚えておいて下さいねーっ!?」
そんなイズミルの声はダルクスには届かなかった。
〜〜〜〜〜
【王都ヤオヤラグーン】
今まで訪れた何処の街よりも段違いに広く賑わう王都ヤオヤラグーン。
日は沈み空は暗くなるも、王都の賑わいは変わらず活気だった。
宝箱配置人一行は取り敢えず王都の宿屋をとり、フロント前の暖炉の前に集まる。
「うっし、んじゃ明日に備えて今日はもう休め…と言いたい所だが…。その前に酒場で一酌しねぇか?ここの酒場には各国の珍しい酒も集ってんだ」
「えぇ!?行きたいですっ!!」
ユーリルが目を輝かせる。
「この酒豪女神…」
リューセイはヤレヤレと首を振る。
「リューセイも付き合うだろ?」
「まぁ…皆が行くなら」
「ガキんちょは?」
ダルクスは暖炉でディアゴをパラパラめくりながら乾かしているイズミルに問い掛ける。
「私は〜…」
「ってかオメェはその歳じゃ酒場に入れねぇか!大人しくお留守番してるんだなっ!」
「言われなくても!私はココでディアゴ乾かしてますからっ!皆さんで行って来て下さいっ!!」
「じゃ、じゃあ私はイズミルちゃんと残ってますね」
リーサが言うもイズミルが首を振る。
「リーサ様、お気遣いなく!王都は人がいっぱい居るんです!一人でも大丈夫ですから、リーサ様も行って来て下さい!」
「ほ、ほんとに大丈夫?」
「リーサさん、そう言ってるんです。このガキんちょは一人でもたくましく生きていけますよ」
「あれ?私ここに捨てられようとしてる?」
イズミルはジト目でダルクスを睨む。
ダルクスは目線を反らして口笛を吹く。
「ディアゴが乾いたらほんとに覚えておいて下さいねっ!!」
「おー怖い怖いっ!早く行こう皆」
そう言ってダルクスは皆を押す形で宿屋を後にしたのだった。
「ヤレヤレ…」
イズミルはフゥ…と一息ついてディアゴの乾かし作業に戻った。
〜〜〜〜〜
しばらく経った宿屋の受付に、ある一人の人物が訪ねて来た。紫色のフードを深々と被って顔の見えない怪しい人物は受付の従業員に話しかけた。
「少しお尋ねなんですが…ここに"リューセイ"って名前の青年が来ませんでしたか?異国の服を纏った変なヤツです」
その会話を、暖炉前でディアゴを乾かしていたイズミルは聞き逃さなかった。
「いやぁ、そう言った事はプライバシー上お伝え出来ないんですよぉ〜」
受付はペコペコと頭を下げる。
「そ、そうですか…」
「リューセイさんがどうかしましたか?」
イズミルは怪しい人物に近付き話し掛ける。
ビクッと肩を震わせイズミルに顔を向けるその人物。
「え?あ、貴女は?」
「ただの宝箱配置人・書記担当のイズミルです!リューセイさんの…まぁ、仲間?みたいなものです!」
「そ、そう…?だったら…」
その人物は懐から何かを取り出しイズミルに差し出した。
「この手鏡…そのリューセイって人にコッソリ返してあげてくれない?」
「手鏡?」
渡されたそれは、手鏡ではなくリューセイが持ち歩いていた"スマホ"だった。
「じゃあねっ!」
そう言ってそそくさと宿屋を出ようとする人物を、イズミルは引き止める。
「ちょっと!待って下さいっ!!なんで貴女がコレを?」
「なんでって…彼が落としてるのを見たから返しに来ただけよ…」
「ほぅ?なんでそれで名前まで知ってるんですか?」
「それは…」
(ワタシが蹴り飛ばした時アイツがワタシの部屋に落としたソレを返しに来ただけなんだって!『次会ったら殺す!』って言った手前こんな早くに直接は会えないし!卑怯に寝首をかきに来たと思われても癪だからこっそり返そうと思っただけなのに…!)
怪しい人物の正体は実はセンチュレイドーラだった。次の言葉に詰まっていると…イズミルが先に声を上げた。
「……………まっ、ありがとうございます。返しておきますよ!…それで…貴女のお名前は?」
「へっ!?………ド……………"カーラ"よ。」
「カーラちゃん!!」
イズミルはそう言ってニコッと笑った。
「じゃ、じゃあ私はコレで…」
「えぇ〜?待って下さいよ〜!こうやって出会ったのも何かの縁!少しお話しませんか?」
「い、いや、遠慮しておくわ…」
「うぅ…子供一人ここに置いていかれて寂しくしてる私を…誰も構ってくれない〜…」
イズミルは涙ぐみながらスンスンと鼻をすすり指同士をツンツンと突いている。
「ぐっ…」
カーラ…もとい、ドーラはそんなイズミルを見て頭を抱える。
(ちょっと…嘘でしょ?リューセイに見つかる前に退散したいんだけどっ…!!)
イズミルはうるうるとした目でドーラを見つめる。
ドーラはハァ…と溜息を付いた。
「…分かったわよ…少しだけ!少しだけ付き合ってあげるから…」
そう言った瞬間、イズミルはケロリと表情を変え喜んだ。
「うわぁい!やったぁ~!」
(何なのよこの現金な子は…)
ーーーーー
そんなこんなで流れる様に宿屋で借りたイズミルの部屋まで案内されるドーラ。
「ボードゲームしましょ!ボードゲーム!」
イズミルは棚から備え付けであろうボードゲームを取り出した。
「はいはい」
(ここは帳尻を合わせて…隙を見て退散しよう…)
「いつまでフード被っちゃってるんですか〜!部屋の中だからもう脱いでも大丈夫ですよっ!」
イズミルにそう言われ、脱がない訳にはいかないと、フゥ…と息を吐いて被っていたフードを取る。
「やっぱり、魔族の方だったんですね?」
イズミルがボードゲームのコマを設置しながらポソッと言った。
ドーラの肌の色、尖った耳や頭の4つの角でそれは一目瞭然だった。
「え、えぇ。そうね…」
「魔王の命令でリューセイさんを殺しに来たとか?」
「いやいや…ほんとにただ、忘れ物を返しに来ただけなんだって。たまたまコッチに遊びに来ててね?」
「ふ~ん?」
(この子…ただの子供と思わせて只者じゃないわね…確実にワタシの素性を探って露わにしようとしてる…!)
直感的にそう感じたドーラは身構えつつもバレないようにボードゲームをイズミルと嗜んだ。
プレイ中も色々質問されたが、ドーラは取り留めもない答えでかわし…
気付けばボードゲームの対戦も6回目を越え…
「あちゃ〜!また負けましたっ!カーラちゃん強いですねっ!」
ニコリと笑うイズミル。
「ワ、ワタシそろそろ…」
「それもそうですねっ!」
イズミルはスクッと立ち上がる。
「お風呂に行きましょうか!」
「えっ!?」
「ほら、ここの宿屋、露天風呂が付いてますからっ!」
「いやいや、ワタシはもう入ったし…」
「うぅ…子供を一人でお風呂に…?」
イズミルはまたうるうると涙を浮かべる。
「貴女何歳よっ!?もうお風呂くらい………………分ーかった分かったわよ!!一緒に入りましょ…」
「やったぁ~!優しい〜カーラちゃん!」
そう言ってイズミルはドーラの手を無理矢理引っ張っていく。
(あーもう!なんでこうなっちゃうの〜!?)
ーーーーー
「貸し切りだぁっ!!」
誰もいない女湯にイズミルははしゃぎ気味に洗い場の椅子に腰掛けた。
「まぁ夜も遅いからね…」
ドーラは言いながらイズミルの横についた。
(まぁ…女湯まで来れば…リューセイと鉢合わせる事もないか…)
「魔族の方もお風呂に入るんですね?」
「勿論よっ!魔族は入ってないと思ってたの?」
「いえ、そういう訳じゃ…ただ、魔族って人間と似た習慣を持ってるんだなぁ〜って」
言いながら体を洗うイズミル。
「そうね…見た目以外に私達魔族に人間との違いってそんなに無いものね…」
「不思議ですよね?…この世界を作った"神様"?は…なんで人間と魔族を分けて作ったんでしょうか?」
「………………さぁね?」
(いや、違う。人間と魔族の違いは他にもある。その"神様"や"女神"といった存在は確実に人間を贔屓してる…魔族は腫れ物扱いにして…)
「カーラちゃん?」
イズミルはドーラの顔を覗き込む。
「怖い顔になってますよ?」
「あ、ゴメン。少し考え事を…」
「カーラちゃんお胸おっきいですね!リーサ様程ではないですけど!」
「いや、話の脈絡はどこに行ったの?」
「私も負けてませんよ!ホラ!」
イズミルはフン!と胸を突き出す。
「…ハァ…?うん?大きい大きい?」
「そんな訳ないじゃないですか。思ってもない優しさはかえって人を傷付ける事もあるんですよ!」
イズミルはヤレヤレと首を横に振る。
「じゃあなんて言えば良かったのよ…」
「ニシシ!ね、カーラちゃん!一つお願いがあるんですがっ!」
「だから脈絡!!…何よ?」
「私の頭洗ってくれませんか?」
「いや、頭くらい自分で洗えるくらいの歳でしょ?」
「良いじゃないですか!お願いします〜カーラちゃ〜ん!」
イズミルはドーラの腕にしがみついた。
ドーラはカクッと首を落とし、仕方なしとイズミルの後ろに周り頭に石鹸を付けて洗い始めた。
ゴシゴシゴシ
「くふふ…」
イズミルは嬉しそうに微笑む。
「何がおかしいの?」
「いえ、何か…お姉ちゃんが出来たみたいで嬉しくて…くふふ」
「そう…」
そんな事を言われて、ドーラも悪い気はしなかった。
「そ、そうね。だったら…お姉ちゃんって呼んでくれても良い…けど…?」
「それは遠慮しておきます」
「ぐっ…」
「出会って間もないのに急に"お姉ちゃん"なんて目上の人に失礼だし」
(大人びてるのか子供っぽいのかどっちなのよこの子…!!)
イズミルに翻弄されながらも彼女の頭にお湯をかけ泡を落としてあげる。
「ありがとうございます!じゃあ今度は私が…」
イズミルがそう言って立ち上がりドーラの後ろに周る。
「いや!ワタシは良いわ!自分で洗うから!!」
「遠慮しないで〜」
「いや、そうじゃなくて…ほらこのツノ!毒角だから!当たったら危ないんだってば!」
「ふぇ〜そうなんですか!?」
「先に湯船に入ってて?直ぐにワタシも行くから」
「は〜い」
そうしてイズミルは湯船に入っていった。
ーーーーー
髪を洗い終わったドーラは、イズミルと並んで露天風呂に入り満天の星空を見上げならボーッとしていた。
「綺麗〜…」
ドーラがポソッと呟いた。
「魔界では星が見えないんですか?」
「魔界はずっと真っ黒な雲で覆われて雷鳴がなってるわ…こんな静かで落ち着いた空…人間界でしか味わえない…」
そんなドーラを何処か申し訳無さそうに眺めた後、イズミルが不意に口を開いた。
「……………さっき、カーラちゃんに頭を洗って貰ったのには意味があるんです…」
「…え?」
「私、頭を洗ってくれた人の洗い方で…その人の内面を大体計る事が出来るんです」
「…ふーん?」
「カーラちゃんは…相手が傷付かないように細心の注意を凄く払ってて…でも、時には踏み込んで多少の犠牲もやむ無しと考える野心も併せ持ちつつも…でも、それが自分の犠牲で済むならそれで済まそうとする…そんな風に読み取れました」
「そう…」
「正直驚きました。…私…てっきりカーラちゃんの黒い本心を暴いてやろうと思ってましたが…こんな…他人の事を気に掛けるタイプだったなんて…」
「………」
「カーラちゃんってほんとに…"良い人"なんだなって…」
「そうでもないわよ…。ワタシは…いざって時は貴女みたいな子供だって容赦はしない。…もし勇者との戦いを邪魔するならね…。だから…ワタシの事は見くびらない方が良いわ」
「…やっぱり…」
「何?」
「いえ、何でも!そんな事良いんですっ!私は…今のカーラちゃんが好きですからっ!」
イズミルはそう言ってドーラの肩に頭を預けて目を瞑る。
「…だから…悪い事…しないで…くだ…」
そのままイズミルは寝てしまった。
「フゥ…」
ドーラは再度星空を見上げる。
「ワタシだって…そうしたいわよ…」
〜〜〜〜〜
「おい、イズミル!イズミル!」
「んにゃ?」
リューセイに起こされイズミルは目を開ける。
「あれ…?カーラちゃんは…?」
「カーラ?誰だそれ?」
イズミルはフロントの暖炉の前で寝て居た。
「…夢?」
ポケ〜とした頭を整理しようと頭を振って…ふと、ポケットの異物に気付いた。
スマホだ。
「…あ…コレ…」
「あれ?俺のスマホ?イズミルが持ってたんだ?」
「いや…カーラちゃんが…"手鏡"をって…」
「手鏡…?」
リューセイはスマホを受け取った。
「さぁ、こんなトコで寝てないで部屋に戻るぞ」
イズミルをおんぶして部屋に向かうリューセイ。
(…手鏡って…こんな黒い画面じゃ鏡の変わりなんて…)
リューセイがなんとなくスマホの電源を付けると…
画面は内カメラになっていた。
「手鏡…ってこの画面の事か…」
そのままアルバムを開くと…
前髪を弄りながら色んな角度でカメラを見つめるアップのセンチュレイドーラの顔が何枚も保存されていた。
「ブッ!!!ドーラ!!?」
思わず吹き出してしまう。
(なんでドーラが写って…。待てよ…?イズミルが言ってたカーラって…)
間違えて撮影したであろう何枚も続くドーラの写真をスクロールしていくリューセイ。
(……………クソ、カワイイな…)
そんな背中で寝ぼけまなこなイズミル。
(ニシシ…また会えますかね…カーラちゃん…。いや、"ドーラ"ちゃん…)
第二章【大航海先に立たず編】完
第三章に続く…
 




