第八幕【最初のダンジョン】
【バクべドーア大陸・ワニュードン地方】
【エンエンラ王国南・はじまりの森】
鬱蒼と生い茂る木々。日光も遮り薄暗い森の中をリューセイ達は進んでいた。ユーリルの発光で辺りは照らされ視認性は悪くない。イズミルもディアゴの【光輪の章】で頭の上に出現した天使の輪で自分の周りを照らしながら必死に何かをノートに書き込んでいる。
「リューセイ、気を付けろよ。魔物が出る場所だからな」
「俺を誰だと思ってるんですか。元勇者ですよ。ここらの雑魚なんて相手にならないですって」
「違いねぇ」
そう言ってダルクスとリューセイは二人で笑い合う。そんな二人を見て不思議そうにユーリルが話しかけてくる。
「…それはそうと勇者様。…勇者様はいつまで元の世界での格好をしてるんですか?」
確かにリューセイはこの世界に来てずっと学生服のままだった。暑いので上のブレザーを脱ぎ、肩にかけた学生鞄に入れている。どう見ても学校帰りの男子高校生。ファンタジーの世界で冒険に出ている者とは思えない風貌だ。
「仕方ないだろ。今の俺の高レベルだとここら辺で装備出来るモノなんて雀の涙なんだよ。荷車にある装備は配置用だからダルさんダメって言うし。そもそもお金持ってないし…」
「前の冒険では勇者の装備で全身に身を包んだ勇者様のカッコ良さったらなかったのですが…あの姿を皆さんにお見せ出来なくて残念です」
「勇者姿の…リューセイ様…!」ハァハァ
リーサが過敏に反応する。それを見てイズミルはやれやれといった様子。
「あ、見ろ。空の宝箱だ」
ダルクスが声を上げる。見ると、朽ち果て苔むした空の宝箱が口を開けて放置されていた。
「前に配置した宝箱が残ってたんだなぁ。アイテムはちゃんと回収されてるみたいだな」
「ほんとなら放置された宝箱ってどうなるんです?」
リューセイが質問し、ダルクスが答える。
「勇者以外が触れない様に魔法補助担当が結界を張るんだが、その効力も永遠じゃない。ずっと放置されてれば結界も消え、空の宝箱は魔物や商人、盗賊が持っていっちまうな。あれば便利だからなこの箱。まぁ、こういったダンジョンでは持ち去られずそのまま残ってる事の方が多いけどな」
ダルクスはそう言いながら朽ち果てた宝箱をパカパカと開け閉めして傷んでないか確認する。
「うし、まだ使用するのに問題はなさそうだ。このまま使っちまおう。リューセイ!そうだな…皮の盾を取ってくれ」
リューセイは言われた通り荷車から【皮の盾(守備力・6)】を引っ張り出しダルクスに渡す。
「これを入れとけば丁度良いだろ。リーサさん頼みます!」
「は、はい…!」
ビクッと反応しながらリーサは宝箱に杖を向け呪文を唱える。
「聖なる御霊によって…真の勇気を持つものの助けとなれ…エイッ…!」
宝箱はキラキラと光る。これで宝箱に魔法の結界が張られたようだ。勇者以外が触る事が出来なくなったらしい。
「よし、じゃあ次いってみよー」
そう言ってダルクスは歩き出した。
一行は荷車をガラガラと引き、そんな感じで宝箱の配置をしながら森の奥地を目指した。すると少し拓けた場所に出た。ダルクスはそこに一旦荷車を停め一服を始めた。
「一体ここで休憩するか。おいガキんちょ。ちゃんとマッピングしてるか」
「言われなくてもしてますよ!」
イズミルは先程から熱心にノートに書き込みながら付いて来ていたが、どうやらこの森のマップを作っていたようだ。
「完成したらこの広場に設置した宝箱の中に入れときます。勇者様用の地図です」
「そんな事もするのか書記担当は。大変そうだな」
リューセイが感心を示している。
ユーリルとリーサは広場の端で隣り合って座り他愛もない会話をしている。
「あの…ユーリル様。その頭に刺さったナイフ…痛くないのですか?」
リーサが心配そうに問いかける。
「あぁ、これはですねカチューシャです!ほんとに刺さってる訳じゃないんですよ。勇者様が元々居た世界のお店で売られてた物で…凄く気に入って買ってしまったんです。あの世界はここにはないような物がいっぱいあって…ほら、これとか」
ユーリルは足元を見せる。素足にピンク色のスポーツシューズを履いている。
「わぁ、可愛い履き物ですね!」
「ですよね!凄く履き心地が良くて、いつも履いてるんです。まぁ、私フワフワ浮きながら移動出来るので意味ないんですが」
「じゃあその…翼に貼られた…これは?」
「勇者様の世界に伝わる"シール"と言うもので、ペタペタ貼り付く紙です。カワイかったデザインのシールをペタペタと貼ってるんです」
「はい!確かに綺麗なデザインですね!カワイイです!特にこれが…」
「ね!?分かりますか!?これ私も気に入ってるんです!!」
ユーリルはリューセイの居た世界の様々な"企業ロゴマーク"のデザインにお熱なようで、翼に様々な企業ロゴシールをペタペタと貼っていた…レースカーかお前は!…と、リューセイが良くツッコんでいた。
それに、今彼女達が盛り上がっているのは消費者金融会社のマークで、なんとも異様な光景だった。
イズミルの方は…荷車を背もたれにして座り、なおもノートに何かを書き留めていた。
「今くらい休んだらどうだ?」
リューセイはイズミルの横に座る。
「うーん、森に棲息する魔物の分布もまとめないと…この森だけでレベルアップは充分かを計算して…」
なおもノートに引っ付いているイズミルから無理矢理ノートを引き剥がし、頭の上に乗せる。
「根を詰め過ぎだ。休める時に休んどかないと後に響くぞ。宝箱配置人ってのは勇者より大変なんだろ?」
そう言うリューセイをキョトンとした顔で見つめ、すぐ神妙な面持ちになる。
「そうですね…確かに根を詰め過ぎてました。ありがとうございます。子供で一番年下だし、足手まといにならない様になんとか皆さんに付いて行こうと必死過ぎたのかもしれないですね」
普段天真爛漫といった彼女だが、そんな彼女も人知れず一番年下としてのプレッシャーを感じていたのかもしれない。そんなイズミルを見ていると苦労する妹を見ているようでリューセイは思わず愛おしく感じてしまった。
「イズミルは充分過ぎる程頑張ってくれてる。未成年で子供なのは俺も一緒さ。むしろそんなチビっ子なのに優秀過ぎて俺が引け目を感じてるくらいだ。だからそんなに焦らなくても…イズミルのペースで良いんだぞ。ダルさんに厳しく当たられるかもしんないけど」
そう言ってイズミルの頭を撫でる。
「リューセイ様…今"キラチャーム"使ってます?」
「え、いや?なんで?」
「…あ、いえ、なんでもないです!リューセイ様がキラキラしてるように見えたので…ニシシ!」
「?」
そんな事を話しているとダルクスがやってきて二人に声を掛けてきた。
「おい、そろそろ仕事に戻るぞ」
〜〜〜〜〜
「リューセイ様、危ない!」
そんなリーサの声で咄嗟に回避行動を取るリューセイ。そのリューセイが先程居た場所にベチョッ!っと緑色のゼリーが潰れるがグニョグニョと形を丸く戻していく。
【ス・ライム】Lv1
【シトラスな香りを漂わせ、その臭いに誘われた獲物を取り込んで食すゼリー状の魔物。冒険者が嫌でも最初に戦う事になる雑魚】
「クソ、柑橘系の良い臭いがすると思ったら魔物かよ!!」
小休憩を終えアイテム配置をしながら森を進んでいた所で、初めての魔物との遭遇。ス・ライムの大群にリューセイ達は襲われていた。
「相手がス・ライムでも油断しないで下さいね!1ダメージを笑う者は1ダメージに泣く!ですよ!」
イズミルはそう言いながらス・ライム達から距離を取るだけで一向に戦おうとしない。俺は【学生鞄(攻撃力・3)】を振り回してス・ライム達を牽制する。
「ダルさん!なんでも良いから武器を投げて下さいよ!」
ダルクスは荷車の荷物の上に登って避難して呑気にタバコをふかしている。
「悪いな、前にも言ったがこれは配置用のアイテム。勝手に使う事は出来ない。勇者に使用済みを渡す訳にはいかんだろ!ハハハ」
「ハハハじゃないから!アンタも手伝え!」
「ス・ライムくらいお前達の力で充分じゃないか?」
しかし、ダルクスよりも気になるのは戦おうとしないイズミルの方だった。
「どうしたんだよイズミル!こんな雑魚、ディアゴの力で一掃出来るだろ?」
「そうですね。ディアゴを使えばこの森から雑魚魔物は一掃出来ます。でもそれじゃダメなんです。いずれ来たる勇者様の為に魔物は残しておかないと!ディアゴとリューセイ様はこの森の生態系を崩しかねない力を持ってます!それをお忘れなく!」
「そんな事言ったって、これだけの数どうしたら…」
「大丈夫!少し驚かすだけで良いんです。レベルの差を分からせればあっちから逃げて行きますよ!」
そう言ってイズミルはス・ライム達が周りに集まって来るのを待ってここぞとディアゴのページを開く。【310ページ・驚嚇の章】を呼び出すと、ディアゴの開いたページから恐ろしい顔が絶叫しながら飛び出した!!ス・ライム達は恐怖のあまり一斉に逃げ去っていった。
「す…凄い…!」
「ニシシ!良いですか?私達は極力戦いを避けていきますよ。倒すのは勇者様の仕事です!」
ダルクスが荷物から飛び降り近付いてくる。
「わりぃなリューセイ。任せっぱなしで。俺は戦いはあんま得意じゃなくてな。だからお前を雇ったんだ。勘弁してくれな」
「よく言いますよ…歴戦の戦士みたいな見た目してる癖に…」
「それより他は?」
ダルクスは辺りを見回す。ユーリルとリーサの事だろう。
「私はここで〜す」
そう言ってユーリルが姿を現す。
「お前、ピンチになったらすぐ姿を消せるから良いよな」
「皆さんの邪魔にならないように隠れてただけですよ!」
「じゃあリーサはどこに…」
リューセイは辺りを見回すと見覚えのない棺桶が…
「って、死んでるぅぅぅぅぅ!!?」
リーサは棺桶状態…つまり【しに状態】になっていた。
【ここで豆知識だ!【しに】と言っても死んでいる訳じゃなく【しにかけ】の略なので"死んでいる"訳ではない!】
「そう言えばリーサ様、Lv1だって言ってましたしス・ライムの大群はキツかったかもですね…。この状態では薬草や回復魔法では手に負えないですね。蘇生魔法か教会で生き返らせてもらうしか…」
イズミルが言うと間からダルクスが割り込んできた。
「ここまで来て王国の教会まで戻るなんて勘弁してくれよ」
そう言って棺桶に入っているリーサの手を握る。次第にダルクスの手が光っていきその光がリーサに流れ込む。
「ハッ!」
すると、リーサが息を吹き返した。
「ダルクスおじ様…蘇生呪文を覚えてるのですか!?凄い凄い!」
イズミルが目をキラキラさせてはしゃぐ。
「鬱陶しいなぁ。悪いか?」
「蘇生呪文は超高等呪文ですよ!?相当な経験を積んだ勇者や僧侶や賢者しか覚えられないはずなのに!!ねぇ、どうしてですか!?ねぇねぇ!!」
「あーもう、これだからガキンチョは嫌いなんだ!さっさと先に進むぞ!」
興奮するイズミルを差し置いてダルクスは荷車を引きながら出発する。なおもイズミルはダルクスの横に付きながら質問攻めしている。
「勇者様も蘇生呪文使えましたよね?」
先行くダルクスとイズミルを眺めながらユーリルが呟く。
「あぁ。でも今は勇者じゃないから使えない。立てるかリーサ」
リューセイは答えながらリーサの手を引く。
「ありがとうございます…うぅ…私、また棺桶状態になってたんですね…ごめんなさい!ごめんなさい!」
「"また"って…よくなってるのね…」
僧侶が死んじゃってちゃ世話ないよ…と、思いながらも口には出さず。リューセイ達は乱れた服装を正してダルクスの元へと駆け寄っていった。
続く…