第七十一幕【死霊使い】
ダルクスが地下の扉を開けた先には研究施設のような怪しい雰囲気の部屋が広がっていた。
並べられた長机の上にはフラスコやビーカーが乱雑に置かれ、中でブクブクと液体が泡立っている。
「なんなんだここは一体…」
慎重に部屋の奥に進んで行くと鏡が一面に等間隔に掛けられた壁の前に辿り着いた。
鏡には館の至る所が写し出されていた。
「…ここで見張ってたんだな…」
ダルクスは鏡を流し見していった。
その時、ふと気が付く。
鏡に反射したダルクスの背後で、何かが蠢いたのを…!!
咄嗟に振り返る。その瞬間、ダルクスの顔にパリン!と試験管が投げつけられ割れた。
割れた試験管の中には液体が入っていたのか、ダルクスはそれを浴びる。しかも、シュ〜と音を立てて煙を発生させている。
「チッ…!小賢しい真似を!!」
腕で煙を払って視界を確保するダルクス。
試験管を投げつけて来た影はその隙に、その研究部屋にあった上へ続く階段を急いで登っていく。
「待てっ!!!」
ダルクスはその後を急いで追いかけた。
ーーーーー
影を追いかけて階段を登った先には真っ赤なカーテンが垂れ下がっており、それを持ち上げてくぐると1Fの舞踏会が開かれるような大きなダンスホールへと続いていた。
「ここに続いてたのか…」
そして、そのダンスホールの真ん中でその影の正体が手を合わせて何か呪文を唱えている。
「何のつもりだテメェ。一体何を企んでやがる?」
顔にツギハギが走った血色の悪い女はダルクスの声に気付き酷く驚いた表情で顔を向けた。
「何故だ…?死霊薬を浴びた人間は私の呪文で操れるハズ…」
シスター風の黒装束に身を包んだ女の首にかかっているアミュレットは見覚えのあるマークが施されていた。
「…そうやって村の人達をゾンビに変えていったんだな?"エクスベンゾラム"…やっぱりテメェらの仕業だったか?"ゾンビガール"さんよぉ」
彼女の雰囲気からしてただのエクスベンゾラムの信者という訳では無さそうだった。あの"クルブシ"と同じ…"幹部"の人間だとダルクスは察した。
「私の名前は【トコシエ】。エクスベンゾラムの幹部の一人。会いたかったぞ"第一級宝箱配置人ダルクス"…」
「お前らは一体何がしたいんだ?シュヴァルツを密輸したり、ゾンビを量産したり…戦争でも起こす気か?」
「言い得て妙だな。シュヴァルツの密輸…人を操って戦わせる研究も…全ては来たる戦いに備えての事…」
「来たる戦いって…まさか、宝箱配置人協会に宣戦布告でもするのか!?」
「………お前達も見過ごす事は出来ないが…違うな。エクスベンゾラムは"魔王との決戦"に備えているんだ」
「何っ!?」
「宝箱配置人。お前達のやり方は回りくどい。しかしそれにも意図があるんだろう。何か陰謀めいたものを感じる。教祖であるタニシ様はそれにいち早く気付いていた…」
「……………」
「知ってたか?今は亡きエクスベンゾラムの教祖・タニシ様は"元勇者"で…」
「あぁ。そんな事知ってるよ」
「では、何故元勇者であるタニシ様はこの団体を結成したか…分かるか?」
「この前クルブシの野郎が言ってたな。この世界は偶然と成り行きに任せるべき…とか、俺達がそれに逸脱してるとか…」
「信者を集める為に表向きにはそう言ってる…が、そうじゃない。何百年も前…タニシ様が勇者として魔王を倒したその年、再び世界を脅かす敵が現れるのを危惧した各国は宝箱配置人協会の結成を急ぎ出した。まるでこれから何かが起こるのを分かっていたかのようにな。それからだ。80〜100年周期で起こっていたハズの魔王による侵略や災厄がたった10数年周期で起こり始めた」
「……………」
「宝箱配置人は何かを知っている。何かを隠している。タニシ様はそう睨んだのだ。宝箱配置人協会が魔王と何か繋がりがあり世界を裏で手回しているとな。だからこそエクスベンゾラムは結成され、私達はタニシ様の意志を引き継ぎ世界を騙し脅かそうとする宝箱配置人や魔王から救う為に活動しているのだ。その為なら戦争だって起こすのさ」
「………全く…お前達はほんとに、宝箱配置人の目の上のタンコブだな。余計な詮索してそんな妄想を吹聴して………それで?そんな表に出てない情報を俺にベラベラと喋って良かったのか?」
「…問題ないさ。第一級宝箱配置人であるお前はこの事は勿論、知ってるハズだからな」
「……………フン…」
「それに、どちらにせよお前達をここから生かして帰すつもりは無かったんだ。さぁ、そろそろお喋りもここまでだ。お前も大人しく私の従える"アンデッド軍"の仲間になれ!」
そう言うとトコシエは黒いオーラを纏い始めた。黒いオーラの中には恐ろしい顔の死霊達の顔が浮き出ている。
目を真っ赤に充血させて力を指先に集中させると、その指先から真っ赤で鋭い爪を生やして構えた。
「チッ…死霊使いって訳か…」
ダルクスはダンスホールの壁際に飾ってあった飾りの剣に向かって腕を伸ばした。剣は磁石に引っ張られたかのように飛んできてダルクスはそれを掴む。
「仲間になる気はない…と」
トコシエは伸びた邪悪な爪をヒラヒラと動かしながら言った。
「戦闘体勢に入っておいて良く言うな」
ダルクスも剣の先をトコシエに向ける。
それを皮切りに、トコシエは床を蹴ってダルクスに向かっていった。アッと言う間に目の前に来て爪を振り上げるが、ダルクスはその上げた腕の下を潜る様に後ろに回りながらすれ違いざまに剣をトコシエの脇腹を狙って切り付けた。
ズバッ!!!
(手応えあった…)
そのままダルクスはタン!と床を蹴ってトコシエから少し距離を取る。
壁に飾られた飾りの剣。切れ味などないものだったが…ダルクスの力があればそんなものは関係なかった。
確かに肉を切り裂いた感触を感じていたが…
しかし、トコシエは何事も無かった様に立っており、ユラッとダルクスの方を振り向いた。
(…なんでだ…?確かに脇腹に一撃食らわせたハズ…)
しかし、そこでダルクスはハッと気付いた。
確かに斬り付けたのは間違いなかったのだろう。トコシエの脇腹辺りの布が確かに切れている。その隙間から見える素肌もパックリと割れている…が、その傷はみるみるうちに塞がっていった。
「チッ…お前…本当に"ゾンビガール"じゃねぇかよ…」
「これはここで研究した不死薬の力だ。ゆくゆくは操った者達に投与して不死身の軍にする予定だ…!!」
そう言い終わるや否や、トコシエは再びダルクスに向かって瞬時に迫り、爪での乱撃を繰り出してくる。
ドカカカカッ!!!
ダルクスはそれを剣で受け止めながら、トコシエに質問をする。
「それにしても、今まで大人しくコソコソしてた奴らが今になってヤケにアクティブになったなぁ?何かきっかけがあったのか?」
トコシエは猛撃を止める事なく答える。
「それは…アイツ…クルブシの影響だろうな」
ガキン!と剣と爪が弾き合って、ダルクスとトコシエはお互いジャンプして離れ距離を取り向き合う。トコシエは続ける。
「クルブシの噂は聞いてるだろう。アイツは…エクスベンゾラムに入って間もなく、最年少でアッと言う間に最高幹部に上り詰めた男だ…アイツは…本当に凄い。畏怖を覚える程にな…」
「アイツが…?そんな凄いヤツには見えなかったがな」
「アイツが最高幹部になってからエクスベンゾラムは急成長していった。
アイツだけは…本当に次元が違う。誰もアイツには敵わないだろう。私も…お前も…魔王さえもな。ここで手を引け。クルブシにだけは手を出すな。死にたくなかったらな…」
「へぇ?それは中々、面白そうだな。俄然、アイツを怒らせたくなってきた…!!」
ダルクスは言いつつ剣を持ってない左手を足元に向け力を込める。
バキバキバキ!!と、トコシエに向かって床の亀裂が迫っていく。
トコシエは咄嗟に迫る亀裂を避けるが避けた先にダンスホールの隅に置いてあったグランドピアノが飛んでいく。
「!?」
グシャア!!!
先を読んでダルクスが飛ばしたピアノはトコシエを下敷きにしてバキバキにへしゃげた。
ダルクスはゆっくりとそちらに向かっていくと…バコッ!っとピアノの残骸が空に舞い、中からトコシエが飛び出しきた。
再び爪の猛撃を繰り出すトコシエ。
「貴様、ただの宝箱配置人が何故そこまでの力をっ!!」
「さぁ?なんでだろうな?」
猛撃をくらっているにも関わらず、一つ息を切らさず余裕な態度を見せるダルクス。想像だにしない力を前に少し焦りを見せるトコシエ。
「…で、それがお前の本気なのか?」
ボソッと呟いたダルクスは体をグルッと回し、その振り向く勢いのままトコシエに渾身の一撃を繰り出した。
ズバァッ!!!
その一撃で、トコシエの片腕が宙を舞った。
続く…




