第七幕【勇者は寄り道で強くなる】
「起きろぉぉぉ!!!!!」
昼前。そんな大きな声と共にダルクスに叩き起こされたリューセイ。
「みんな集まってるぞ。はよこい」
疲れていたのかリューセイはだいぶ寝ていたようだ。宿屋の外に出ると、同じく今まで眠っていたであろう寝ぼけ眼のユーリルはコックリコックリと船を漕いでいる。イズミルは元気ハツラツといった様子で何やらノートに一生懸命書き込んでいる。リーサは目が合うとバッと目を逸らしタジタジと目が泳ぐ。
皆が揃いダルクスは口を開いた。
「よし、これで全員揃ったな。よーやっとこの街の外に出ていく事が出来る訳だ。勇者がここに来るのもすぐだろう。追いつかれないように俺達も急いで旅立たないといけない」
そこでリューセイは手を挙げて質問する。
「でもまずは、昨日俺達が家宅捜索許可を貰った民家にアイテム配置を…」
「そんなもんお前らがグースカ寝てる間に俺が朝から終わらせてます!そして昨日仲間になってくれたリーサさんも無事、宝箱配置人・魔法補助として転職してくれた。ありがとう」
「い、いえ!そんな…!ふつつか者ですがよろしくお願いします!」
リーサは慌てふためきながらみんなにお辞儀をする。
「仲間になったのはもう一人居ます!」
イズミルは書いていたノートをパン!と閉じダルクスを睨んだ。
「…なお、迷子のお子さんを送り届ける為に、彼女の故郷にも寄ることとする」
そうダルクスに言われ、イズミルはすかさずディアゴを開き、2ページの【噛みつきの章】を出した。鎖で繋がれた大きなトラバサミがダルさんの二の腕にかぶりついた。
「いっっってええええぇぇぇぇぇ!!!!!」
「冗談はもっと面白く言って下さい!」
イズミルはそう言いながら先程のノートを再び開き説明を始める。
「行動不能になったダルクスおじ様に代わり書記担当の私が続けます!来たる勇者様はこちらの王国に王様から勇者としての公認を貰い、旅の仲間を募ると思われます。私達はその間にまずはこの近くにある【はじまりの森】と呼ばれる場所を勇者様が訪れる最初のダンジョンとして【イベント用意】と【宝箱配置】に行きます」
"はじまりの森"…そこはリューセイがこの世界にやってきた時に訪れた最初の場所だ。
そこでユーリルが手をあげて質問する。
「"イベント用意"ってなんですか?」
「宝箱配置人の大切な仕事の一つです。勇者様がはじまりの森に"赴く理由"を私達で用意して…そうですね、場合によってはボス敵も用意しなければ…」
(まてまてまて、なんだ?色々ツッコミたい単語が乱立したような…!)
俺は思わず口を開いた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。"赴く理由"を用意って…なんでそんな事をする必要がある?はじまりの森なんて魔王を追ってる身からしたら明らかに寄り道だろ?」
「ニシシ…!リューセイ様、分かってませんね!そこがこの宝箱配置人のミソですよ!あのですね…」
イズミルが満足気に語り出そうとした所をトラバサミが二の腕に噛み付いたままのダルクスが立ち上がり、代わりに説明する。
「あのな、俺達は勇者一行をなんとしても魔王到達から遠ざけないといけないんだ。彼らが何の困難もなくスムーズに魔王の元に行ったとしたらどうなると思う?」
リューセイはハッと思いつき答える。
「…レベル…?」
「そうだ。何も困難がない旅なんぞで魔王に到達されたら最後。低レベルで魔王に挑んで瞬殺されてお終いだ。世界は混沌に支配されるだろう。お前も元勇者だったなら分かるよな?"寄り道が勇者を強くするんだよ"。俺達はその"寄り道"を宝箱配置やイベント用意で作ってやってるって訳だ」
そこまでダルクスが話した所でイズミルが割って入る。
「…もっと正確に言うと、低レベルでは魔王はおろか、そこに辿り着く前に雑魚魔物にやられて終わりでしょうね。魔王の元に近づけばそれだけ魔物も強くなります。そこで勇者様の"適正レベル"が重要になって来るわけです!これを見て下さい!」
そう言ってイズミルはバッ!とこの世界の世界地図を開く。腰元に刺さっていた折り畳み式の教鞭をカチッと伸ばし、地図を指しながら続ける。
「ここが魔王が居ると思われる"カタラウワ大陸"です。ここを中心に魔物達が凶暴化しています。ここから離れれば離れる程、魔物達のレベルも低くなります。私達がいる"バクべドーア大陸"は魔王のいる"カタラウワ大陸"から一番離れていますね。だから魔物のレベルも低く戦いやすい。勇者が最初に冒険するにはうってつけですね」
イズミルは今度はリューセイ達の居る"バクべドーア大陸"を拡大した地図を広げる。
「私達はバクベドーア大陸の丁度真ん中に位置する"ワニュードン地方"の"エンエンラ王国"に居ます。ここですね。そこから少し北に進むと関所があり、そこを超えると"オボロックル地方"。平原が永遠と続く風が心地よい清々しい場所です。敵が少し強くなるのでここに到達する時点で私の計算では適正レベルは"6"は欲しいですね。勇者様にはこの関所を通る前にLv6前後にレベルアップしてもらう必要があります」
リューセイがそこで呟く。
「なるほど。だから俺達で勇者がレベル6になってから関所に行く様にレベル調整する訳か…。こんなにガッツリ勇者の行動って制限されてたんだな…。なんか…その…」
元勇者として複雑な気分を感じるリューセイ。
(じゃあ…前の冒険での困難も…全て用意されたものだったのか…?)
「リューセイ様には申し訳ないですが、勇者様の冒険には失敗は許されません。世界の命運がかかってますから。私達はなんとしても勇者様が必ず魔王を討ち取るように最善なルートを編み出し、仕向けないといけないのです」
イズミルは申し訳なさそうに言う。しかし直ぐに顔をキリッと戻して続ける。
「…で、勇者様をLv6にする為に、こちらの"はじまりの森"に寄り道して貰います。寄り道する為のイベントですが…実はもう私が用意しときました!」
それにダルクスが驚きノ声を上げる。
「お前…いつの間に…」
「ニシシ!宝箱配置人・書記担当のイズミルちゃんをナメて貰っては困ります!ある男性に協力頂いてですね…こちらの…」
イズミルは懐から一つの指輪を取り出す。
「この結婚指輪を"はじまりの森"の奥に隠させて頂きます。男性には勇者様が来られ次第…」
リーサがオドオドと口を開く。
「大切な指輪をはじまりの森で無くしたから勇者様に探してくれと頼ませる訳ですね…あ、合ってますか?」
「ご名答!」
イズミルはビシッと教鞭をリーサに向ける。
リューセイはなんとも腑に落ちない顔をするが、それが真実なら仕方がない…と一旦は納得した。
(宝箱配置人となった以上、郷に入れば郷に従えだ!)
「では、行きましょう!目指すは"はじまりの森"です!」
イズミルは言いながら明後日の方向に教鞭を向ける。
「おい、お前が仕切るな!」
ダルクスがたまらずツッコむのだった。
続く…