第六十五幕【天使がやってきた】
宝箱配置人一行はバチェリコ地方のノーツ村を後にし、一度サンシタ入江港に戻りそこからノーツ村とは逆の方角・東にある【ヤオローズ地方】の【王都・ヤオヤラグーン】に向けて旅立ったのだった。
〜〜〜〜〜
「走れ走れ!」
バチャバチャバチャ!と、濡れた地面を走る俺 (リューセイ)達。
ヤオローズ地方に入った辺りから急に雲行きが怪しくなったかと思うと激しく雨が降り出してしまった。
「ヒィィィ!!どうします!?サンシタ入江港に戻りますか!!」
俺は荷車を押しながらダルさんに問い掛けた。
「いや、このまま行ったら直ぐに【メーダ村】がある。そっちの方で雨宿りしよう。どっちにせよ、その村も宝箱配置しなきゃだしな」
「うぇ〜ん!!スカートが泥まみれです!!」
リーサは僧侶服の裾を上げながら走っている。
イズミルはディアゴから【からくりハンドの章】から機械仕掛けの腕をだして、その手を傘代わりにしながら走る。
「あ!建物、見えてきましたよ!」
ユーリルが空を飛びながら言った。
ここからはまだ建物は見えないが、上からだともう見えるらしい。
〜〜〜〜〜
【メーダ村】
村の入口のゲートをくぐる。
普通の村…とは言い難い様相だった。
なんとも目に引くのは村の奥にそびえる…
「洋館…?」
木造の民家が立ち並ぶ中に似つかわしくない…丘の上に赤いレンガの大きな洋館が建っている。
「この地域の領主の家だ」
ダルさんは雨を手で避けながら言った。
「異様…ですね…」
リーサがそう言うのに俺は同調した。
「確かに…村には不釣り合いな建物だよな…」
「いえ、その洋館もそうなんですけど…」
リーサはキョロキョロと辺りを見回しながら続ける。
「あの…村の人が誰も居ないような…」
「雨だから家の中に入ってるんだろ?」
「それにしたって静か過ぎませんか?空も曇ってこんな薄暗いのに、明かりの付いた家が一つも無いし…」
…確かに言われてみればそうだ。
どんなに雨が降ってたって、一人二人が外を歩いてるのを見ても良いとは思う。それに、家の中にも人が居るような雰囲気も感じない。
「まさか…魔王軍が連れ去った後じゃ…」
俺はそう考察してみる。
しかしダルさんがそれに対して一蹴した。
「いや…その割には荒らされた形跡もないな。そもそも、バルチェノーツから一番近いノーツ村もつい昨日攻められたばかりだ。ここまではまだ魔王軍も来てないとは思うがな…」
「じゃあどうして…」
リーサが言いかけたその時…!!
ジャバジャバジャバ!!
…と、大きく水を跳ねる音を発しながら何かがコチラに迫ってきた。
ドン!!!
「ギャピッ!!!」
"ソレ"はリーサのお尻に軽く追突する。その衝撃で少し浮いたリーサは濡れた地面に顔からバチャリと倒れてしまった。
追突してきたもの…ソレは…
「じ…自動車…!!?」
それは、俺にとってはとても馴染みのある物体だったが故に異様だった。このファンタジーの世界にはあるまじき…ブルブルとエンジンで震える"ピンクの軽自動車"。
呆気に取られていると、運転席から女の子が一人降りてくる。え!?子供が運転してたのか!?
「ごめーん!ブレーキかけたんだけど地面が滑っちゃって〜」
運転席から降りてきたのは背が低く緑色のショートボブの子。ブカブカのオレンジ色のニットに身を包み、被った黄色の幼稚園帽のツバを触りながらリーサに駆け寄る。
「うわ~ん、泥塗れになっちゃったぁ〜」
リーサはドロドロになって泣いている。
「良かったですねリーサ様!お尻が大きいお陰で大した怪我もなく!」
ユーリルが目をキラキラさせながら言う。
そして、次に助手席から降りてきたのは水色ツインテールのピシッと黒スーツに赤いネクタイを締めた女性。どちらもファンタジー世界には似合わないかなり"現代風"の出で立ちで…
「やっと見つけましたよ!ダルクスさん!!」
水色ツインテールの方はそう言ってダルさんに駆け寄り詰め寄った。
「なんだなんだ?」
「もう!あっちゃこっちゃと飛び回るもので、見つけるのにほんと苦労しましたよ!!」
ワチャワチャとし始めるその場を、イズミルが一喝した。
「皆さん!お話は後で!取り敢えず雨の避けられる場所に移動しませんか!?」
その一言で自分達が雨に打たれていた事を思い出して、全員は雨を避けられる場所を探して村の中を走った。
〜〜〜〜〜
【領主の洋館】
【1Fエントランスホール】
「勝手に入っちゃって良かったんですか?」
俺がダルさんに問い掛けた。
「しょうがねぇだろ。返事無いし…鍵は開いてたし…まぁ、一瞬雨宿りするだけだ。ダメと言われりゃ出りゃ良いし…。チッ…クソ、タバコが濡れて火が点かねぇ…」
そう言ってタバコに火を付けようと悪戦苦闘するダルさん。こんな広い屋敷…メイドか執事でも出迎えてくれそうなもんなのに…この村…どうしちゃったんだ?まるで人だけが消えたみたいに…
そんな思案を巡らせていると、再び水色のツインテールの女性がダルさんに近付き一枚の紙を目の前に突き出した。
「ダルクスさん!棺桶保険料滞納分キッチリミッチリ払って頂きますよ!!」
「…あ?棺桶保険…?」
「そうですよ!!私達は貴方に滞納金を支払って頂こうとずっっっっっと探してたんですよ!?」
「棺桶保険は銀行からの引き落としにしてたハズだぞ?」
「最近銀行を替えられませんでしたか?その際に引き落とし先を替えられてないんですよ!」
「あぁ〜…そういう事か。ワリィワリィ」
そんなやり取りをしている二人を眺める俺とユーリル。
「なぁ…棺桶保険ってなんだ…?」
「冒険者が瀕死になった時、棺桶になるのはその棺桶保険のおかげなんです。ファンタジー世界管轄の前任者であるミカエル様が発足したシステムなんです。ファンタジー世界は魔物とかも居て危険ですからね」
「へぇ〜?って、保険料取るんだな…」
「勿論です!!女神界も何かとお金は入用なので!棺桶保険協会のお金は女神界に周って来てですね…」
…あれ?
でも俺は保険料なんて払ってないけど…?
そんな疑問が過ぎるがユーリルは構わず続けて言う。
「ちなみに、リューセイ様の世界をリスペクトして、棺桶保険協会の正装を黒スーツにしたのも徴収課に車を支給してあげたのも私なんですよ!あ、ちなみに車は魔法駆動で動いてるんでファンタジー世界仕様ですよ!」
そんな会話をしていると、水色ツインテールの女性がその会話を聞いてギョッとした表情をしてコチラに近付いてくる。
「…え?もしかして…貴女は…女神様ですか…?」
「えぇそうですよ。棺桶保険協会・徴収課よ」
ユーリルはあからさまに光を発しながら例の"エセ女神口調"で話しだした。ユーリルが女神である事を知った水色ツインテールの女性は顔を青ざめさせたと思うと、もう片方の窓際で雨降る外を眺めてボーッとしている緑色ショートボブの娘の元へダッシュで駆け寄り…
「トーヤマ先輩!!女神様が…!!ちゃ、ちゃんと黒スーツ着て下さい!!」
「んあ?どうしたのさ後輩ちゃん急に…」
水色ツインテールの女性は"トーヤマ先輩"と呼んだ娘が背負ったスポーツバッグの中から黒スーツを取り出し無理矢理着させてから、手を引っ張って再びユーリルの元に戻ってきた。あれ、そっちが先輩なのか…?
「女神様!!!お疲れ様です!!!」
"後輩ちゃん"と呼ばれた女性は深々とお辞儀をする。
「あ〜…女神様ぁ?よーっす!初めまして〜」
先輩さんは乱れた黒スーツ姿でそう言って軽く手を上げる。後輩さんはギョッと顔を引き攣らせて、先輩さんの頭を抑えて無理矢理お辞儀させる。
「グエッ」
「と、と、と、トーヤマ先輩!!女神様なんですよ!!無礼は謹んで下さい!!?」
「よいよい、棺桶保険協会・徴収課よ。日々の徴収、ご苦労であるぞ」
俺はユーリルのエセ女神口調に対して訝しげに見る。
「ユーリル…そのエセ女神口調ヤメろって…てか何?、この人達の上司になるのかユーリルって?」
「いえ、女神は棺桶保険協会を発足しただけで後は"彼女達"に任せてるんです。だから棺桶保険協会の上司というよりかは…」
そこで、後輩さんは遮って答える。
「女神様は私達が目指す目標!いつかは私達も女神になる為に、日夜業務を頑張っているのです!!」
そう言って後輩さんはビシッ!と敬礼をする。
「女神になるって…そんな、人が女神になれるのか?」
俺が問い掛けると、今度は先輩さんが首を傾げながら答える。
「う〜ん…正確に言うと私達は人間じゃないよ?私達は【天使】なんだ」
「て、天使ぃ!?………天使の要素が何処にもないですけど!?頭に天使の輪とか…それこそ、ユーリルみたいに白装束だったり白い翼生えてたりするもんなんじゃ…」
困惑する俺に、後輩さんがチッチッと指を振る。
「そんな畏れ多い!白い翼に白装束は女神様にしか許されませんよ。私達はまだまだ"未熟な天使"ですから。あ、でも、天使の輪ならありますよ!ほら!」
後輩さんは黒スーツの胸ポケットから光る輪をチラッと見せる。
「コンパクトッ!!」
人間がイメージする天使って勝手なイメージだったんだなぁ…。
関心している所を、今度は先輩さんが続ける。
「"人間"の上に"天使"が居て、"天使"の上に"大天使"様。その上が"女神"様で、その上に更に"上"が居る…ってのが、女神界のカーストなんだぁ」
「あぁ、ユーリルもよく言ってたな。"上"って何だ?」
俺はユーリルに問い掛けた。
しかし、代わりに後輩さんが答えた。
「"上"は…まぁ…人間さんが言う所の…"神様"って事になるんですかね?まぁ、神様とは言っても一人の神様が居る訳じゃなくて…女神様から更に昇格した"大女神"様達が"上"に行って女神様達の総指揮を取られてますね」
「まぁ、そういう事です!棺桶保険協会は天使達に管轄を任せている…そして、女神は天使達の目指す目標!よって私は彼女達に憧れの存在なんです!」
ユーリルはそう言って腰に手を当て踏ん反り返る。
「ごめんね〜こんなのが女神で」
俺は代わりにペコペコと頭を下げるのだった。
続く…




