第六十幕【ホワイト・バルチェノーツ】
「ほいじゃ、ま、行ってきますよ」
ダルさんがそう言い歩き出す。
「気を付けて下さいよ?イズミルと一緒なんですから…」
俺 (リューセイ)は心配そうに目を向ける。
「あ?大丈夫だよ。ガキンちょは放っといてもディアゴでなんとかするだろ」
ダルさんはそう言いながら隣のイズミルの頭をポンポンと叩く。
「心配なのはイズミルじゃなくてダルさんですよ…余計な事言ってイズミル怒らせないで下さいよ」
「そーですよ!ダルクスおじ様!」
ふふん!と胸を張るイズミル。
ダルさんはケッ!と煙たそうに身を翻してイズミルと村を出て行くのだった。
【ノーツ村】
サンシタ入江港で宝箱配置を終えた俺達はそのまま西に向かい【ノーツ村】にやってきた。その頃には時間は夕暮れ時だ。
サンシタ入江港と魔王に占拠されたバルチェノーツを繋ぐ街道の丁度中間辺りに位置する村だが、まだ魔王による被害は受けていないようだった。
しかし、魔王がどう出るかによってこの村が危ないかどうなのかが決まってくる。
ダルさんとイズミルはそれを調べる為にバルチェノーツを偵察しにいく事になったのだ。
村に残ったのは俺、ユーリル、リーサの3人。ダルさんとイズミルがバルチェノーツに行っている間、村を守る事になったのだ。魔王軍がいつ攻めて来てもおかしくないからな。
「大丈夫ですかね…魔王にでも鉢合わせたら、いくら二人でも…」
リーサは心配そうに言いながら二人の背中を見送っている。
「すぐ近くに魔王が居るなんて…一体どんな魔王なんですかね…」
ユーリルがふわふわとバルチェノーツの方角を遠くに眺めながら呟く。俺はそれを見上げながら答えた。
「"センチュレイドーラ"とか言ったっけ…。魔王つったらどうせイヤらしいスケベそうな顔したブヨブヨの気持ち悪い見た目って相場だろ」
「魔王に対しての偏見が凄い…」
リーサは苦笑いで言う。
「ま、とにかく俺達はダルさん達が戻って来るまではゆっくり待とうぜ〜」
そう言って俺はダルさんが取ってくれている宿屋に向かう。
リーサとユーリルもその後ろを付いてくるのだった。
ーーーーー
「……………」
そんな俺達の事を建物の陰から覗く謎の人物が居た。
俺達の姿を確認すると、足早に村を出て行くのだった。
そんな事、その時の俺達は知る由もなかった…
〜〜〜〜〜
日も落ち、星空が広がる。
魔王軍により陥落した【バルチェノーツ】。
高い防壁に囲まれた街。その街を見下ろせる高い崖の上から俺 (ダルクス)とガキンちょは様子を伺っていた。街への出入り口の正門からは忙しなく出入りが往来していた。
「出入りが激しいですね…。さっきから出てくるのは…リューセイ様が言ってた"戦車"や兵士の団体ばかり…」
ガキンちょはしゃがみながら正門を見つめ呟いた。
「バルチェノーツの民衆は一人も出て来てないな。やはり街に閉じ込められて…奴隷にされてるか…魔物に食われちまってるか…」
俺はタバコを燻らせながら言う。
「許せません…!無実の人達を…!」
「これで分かったな。バルチェノーツの陥落は真実で…見る限り魔王はここを本拠地とするつもりらしいな。見ろ」
俺は指をさす。
ガキンちょがその方向に目を向ける。
「バルチェノーツ城を工事してる。魔王城として改築しようって魂胆だろ。居るんだあそこに…世界を脅かす敵が…」
「うぅ〜…目の前に居るって分かってるのに手が出せないなんて…!」
「バルチェノーツがこの調子じゃ、ノーツ村に侵攻してくんのも時間の問題かな。チッ…どうしたもんかな…。そっから王都・ヤオヤラグーンまで来ちまう可能性だって…」
「もう少し情報が欲しいです!なんとか忍び込めないですかね?」
「ハッ?バカか!そんな無茶出来るかよ!」
「何言ってるんですか!情報一つで救える命があるかもしれないんです!街の人達の安否も気になるし、行きましょう!」
「あのなぁ!俺達は人命救助しにきた訳じゃ…」
ガキンちょは俺の言葉を聞き流す。スッと立ち上がったかと思うとディアゴがバララと捲れる。
「捕まらないと置いて行きますよ!」
「捕まれって…一体何する気…」
俺は咄嗟にガキンちょの肩に手を置く。
「飛翔!!」
ガキンちょがそう言うと、ディアゴの開いたページから半透明の翼が生え、バサッ!と一回羽ばたく。
その羽ばたきにより空中に投げ出された二人…
「どぉわぁぁぁ!!!」
「静かに!街の中の屋根に降ります!」
崖から放物線を描いて街に向かって落ちていく俺達。
着地の直前、ガキンちょは咄嗟に【重力の章】開いて建物の屋根への激突を阻止する。
「よっ…と…!」
スチャッ!と綺麗に着地するガキンちょだったが、俺は屋根にドスンと尻を打ち付け腰を痛める。
「…っテ…!!お前なぁ…!!」
腰を擦りながらガキンちょに向かおうとするも人差し指を口に当てて静かに!とポーズを取りガキンちょはある方向を指差す。
そこには、魔王軍に監視されながら肉体労働をさせられている男達がいた。丸太を運ぶもの、石をハンマーで四角く削っているもの…どれも魔王城建設の為のものだろう…
「やはり…街の人達はああやってこき使われて居るんですね…」
「ま、殺されてないだけ良かったと思おう」
「……………」
「どうした?もう良いだろう。見つかる前にサッサとズラかるぞ!」
「目の前に困ってる人が居るのに…」
「俺達は"宝箱配置人"なの!勇者を導くのが仕事!!困ってる人を助けるのは勇者の仕事なの!!」
「分かってますけど…。勇者が来るまで彼らは苦痛を味わわないといけないだと思うと…」
「仕方ない。今はどうする事も出来ない。敵の本拠地で下手に出て行きゃ、それこそ余計な犠牲だって出かねない訳で…」
「見て下さい!今、監視の兵士は一人だけみたいです!」
「聞いてるんか!?」
「ごめんなさいダルクスおじ様、少し待ってて下さい!」
ガキンちょはそう言ってすかさず屋根から下に飛び降りてしまった。
「うぉい!!!」
あーーー!!!ったく!!
これだからガキは面倒なんだよ!!!
勝手な行動ばっかとりやがって…!!
ーーーーー
肉体労働をする男達。
それを"センチメンタル"を構えて監視する魔王軍兵士。
不意に、トントンと背中を叩かれ振り向く。
そこには、ニコニコと小さい学者風の女の子が…
「少し眠ってて下さいね!」
バコン!!!
背中に背負った巨大な本から伸びた巨大なトンカチの一撃で、魔王軍兵士は声を上げる間もなく気絶した。
ディアゴの6ページ【10tハンマーの章】による物だった。
その光景を見て、働かされていた男達の手が止まる。
「皆さん!助けに来ましたよ!今の内に逃げましょう!」
イズミルが先導して男達を逃がそうとする…が…、男達はキョトンとその場から動こうとしない。
「な、何してるんですか!早くここから離れないと…!!」
焦るイズミルとは裏腹に、男達の中の一人が落ち着いた様子で口を開いた。
「いや…助けにって………何の助け?」
予想外の問いかけにイズミルもキョトンと目を丸くする。
「何って…!囚われてる貴方達を助けようと…!!」
それを聞いて男達は顔を見合わせてから一斉にワッハッハと笑い出した。
「えぇ…??」
イズミルが困惑していると男達の一人がニコニコと近付いてくる。
「嬢ちゃん。俺達は大丈夫だ。何も困っちゃ居ないからね。何処から来たか知らないが、街の人達は大丈夫だ。他の兵士に見つかる前に早く隠れな?気絶した兵士は俺達がなんとか誤魔化しておくから」
「ちょ、えっ?いや、早く逃げないと…!ヒャッ!!」
イズミルが狼狽えていると、後ろからいきなりヒョイ!っと誰かに担がれてしまう。
ダルクスだ。
ダルクスはイズミルを肩に担いでサッサと建物の細い路地裏へと引っ込んで行った。
その直後、男達の元に魔王軍の兵士達が二人やってくる。
「おーしお前ら〜!良く頑張ったダニ〜。定時時間だぁ〜!日当を受け取って次の労働者と交代ダニ〜」
「ありがとうございます!!」
男達は和気あいあいと兵士からお金の入った封筒を受け取る。
「あ、それとですね…、さっき手を滑らせて吹っ飛んだトンカチがそこで伸びてる兵士の頭にクリーンヒットしまして…」
「ナニっ!?」
それを聞いた兵士は倒れて気絶した兵士に目をやり再び男に向き直る。
「………ま、そんな事もあるダニ。あとはコッチでやっとくから、ゆっくり家に帰って休むダニ〜。腹減ってるヤツは労働者無料の炊き出しも出てるからソコで好きなだけ食ってけダニ〜。怪我してるヤツは居ねぇダニかぁ?あ、汚れた服はクリーニング係の兵士に預けて…」
「あざーす!」
そうして男達は別のグループと交代して意気揚々と仕事場を後にするのだった。男達の他愛もない会話が流れてくる。
「いやぁ、魔王軍に占拠されてバルチェノーツも変わったよな!」
「そうそう!なんかむしろ、住み良い生活になってるって言うか!」
「就業時間短いのに定時で帰れるし、それでいて給料も良いし、労働者は食事もタダで美味いしな!?」
「俺、人間社会に戻れねぇかもしれねぇわ!ハハハ!」
「これも全て、魔王様の考えの賜物らしい」
「"魔王さまさま"ってな!悪い事は言わないから、サッサと他の街も降伏すれば良いのに」
「"降伏"で"幸福"ってな!ハハハ!!」
ーーーーー
そんな男達の会話を知る由もなく、細い路地裏を進む俺 (ダルクス)と担がれたガキンちょ。
俺はおもむろにガキンちょを降ろす。
「ったく!!いい加減にしろよガキ!!一人で勝手な行動すんなっての!!」
ガキンちょを肩から降ろし叱り付ける。
しかし、当のガキンちょは顎に手を当てて考え込んでいる。
「おい、聞いてんのか!?」
「どういう意味でしょうか…。あの男の人達…まるで自ら進んで仕事をしてたような…。何も苦に感じて無さそうに和気あいあいと…」
「あ?………そうだったのか…?……………まさか、魔王は…洗脳の力を使うとか?」
「…かもしれません…」
「……………厄介だな。だとしたら…街の人達が敵に周る可能性も…」
ブツブツと言っている俺。
それに見向きもせずに一人で考えごつガキンちょ。
(洗脳…にしては、話しても普通の感じでしたけど…?)
続く…
 




