第四十五幕【波乱の魔王と隣国の王子】
【魔界・魔王城】
執務室で書類を書き留めていたセンチュレイドーラ。
明日はいよいよ人間界に赴き"3強"と呼ばれる3つの軍事国家を陥落させる運びとなっている。
その間にチャリオット隊に勇者を見つけて排除して貰えば、センチュレイドーラ率いる魔王軍に仇を成す脅威は消え去るだろう。
(あの広い世界でそう簡単に勇者が見つけられるとも思えないが…)
「…ん!」
ある程度書き物に目処が付き、ドーラは背筋を伸ばした。
(明日は人間界に宣戦布告…早めに寝床に就くことにしよう…)
ドーラは淹れられたホットミルクティーをズズッとすすり一息つく。
その時、執務室にコンコンとノックが鳴りババロアが入ってきた。
「姫…いや、魔王様。一つご報告が」
「なんだ?」
「チャリオット隊アプリコットチームが勇者一行を発見後、一瞬で壊滅させられた模様です」
「ブーッ!!」
ドーラは思わず口に含んだミルクティーを盛大に吹き出してしまった。
「あ、あ、わ!重要書類がぁ!!!」
ドーラは急いでミルクティーが降りかかった書類を拭きながら、ババロアを睨む。
「…ど、どういう事だ!!エリート中のエリートを集めて結成したチャリオット隊が何故一瞬で壊滅させられるんだ!!」
「その…どうやら聞いていたレベルと違う強さだったと…それに、あちらも何やら兵器を持参してたとも…」
「ハァ!?」
(うかつ…!私達がテンプレートを崩す作戦を取ったが…それは向こうも同じだったか…!!【勇者はレベル1から冒険を始める】という先入観の裏を突いてきた…。つまり勇者は一度冒険の経験者…高レベル…!!)
「クソッ…!低レベルの内に叩く算段だったが…人間共め…考えたな…」
「どうされますか?」
「…うぅ〜…少し舐めていたな…。勇者の居場所は分かったんだろう?なら兵力をそこに集中させろ!我も3強を制圧次第合流する!しかし作戦は【いのちだいじに】から変わらないからな!自分の命を粗末にするヤツは粛清だと伝えろ!いいな!」
「は、はぁ…」
「それと…"魔王軍四天王"も向かわせろ」
「四天王の誰をです?」
「決まってるだろう!!全員だよ全員!!」
「全員って…!四天王っていうのは普通一人づつ向かわせて…」
「バ〜バ〜ロ〜ア〜?」
「ハイハイ!分かりましたよ!!」
「全く………!!ふわぁ〜…」
ドーラは大きくアクビをしてしまった。
ドッと疲れが押し寄せてしまったようだ。
「寝られますか?」
「そうだな…明日も忙しくなりそうだし…寝よう…」
そう呟いてドーラはババロアと共に執務室を後にした。
〜〜〜〜〜
コツコツコツ
寝室に向けてドーラとババロアが歩いていると、曲がり角からスッと差し出された赤い花の束が行く手を阻む。
そして出てきたのは一人の男…
「ゲッ…」
「ドーラ…一国のプリンスを目の前に『ゲッ』はないだろう『ゲッ』は」
現れたのは隣国の王子【ゼルベクトカートス】だった。いつもドーラに付き纏うストーカー王子。
「カートス様…お久しゅうございます」
ババロアはペコリとお辞儀する。
「ババロアさん、ご機嫌よう。さて、この花は人間界で"薔薇"と呼ばれている…花言葉は確か"愛情""情熱""熱烈な恋"…まるで僕達の事のようじゃないか!なぁドーラ?さぁ、受け取ってくれ」
差し出された花束をドーラはバシッ!と払い除けて無視して進む。
「姫様!!」
ババロアが急いで花束を拾う。
カートスはヤレヤレと首を降っている。
「ドーラ。そんな恥ずかしがる事はない…僕は昔からの幼馴染で君のフィアンセじゃないか!」
「うるさい【ゼルカス】!私に付き纏うなって言っただろ!」
「ドーラ…その名前の略し方辞めてくれよ…僕の事は【カートス】と呼んでくれ」
「アンタも馴れ馴れしく【ドーラ】って呼ばないでくれる!?【センチュレイドーラ様】か【魔王様】と呼んでよね!」
それを聞いてカートスはキョトンとした顔をして…少し間を置いてフッと笑みを溢した。
「【魔王様】?ハハハ、それって渾身のギャグかい?面白いねソレ。貰っても良いかい?」
「姫様は魔王に襲名されたのです。明日は人間界に赴き、宣戦布告されるおつもりです」
ババロアが丁寧に説明した。
「ハハハ!ドーラが魔王に襲名か…ハハハ!……………ハッ!?」
冗談かと笑い飛ばしていたカートスはドーラ達の顔を見てそれが冗談ではないと察すると、焦りながらドーラの両肩を掴んだ。
「え!?いや、なんで!?君が魔王!?急になんで…ってか、何も聞いてないよコッチの国は!!」
「言ってないし」
「言ってよ!!それに魔王ってのは普通男がなるもので…!!」
ドーラは掴まれた両肩の腕を払い除けて続ける。
「アンタ、魔王に襲名する気なんかサラサラ無かったじゃない。だから私がなった。それだけの事。そっちの国民にもちゃんと伝えといてよ」
それだけ言って、ドーラはポカンと立ち尽くすカートスの肩をポンポンと叩いて横を素通りして寝室に向かう。
カートスはハッとしてその後ろを付いてきた。
「いやいや、駄目だドーラ!君をそんな危険な…戦地に向かわせる訳にはいかない!」
「それはアテクシも散々言ったのですが…姫様は聞いて頂けなくて…」
ババロアはヨヨヨ…と白々しく泣き真似をしながら一緒に引き止めに入る。
ドーラはクルッとカートスに向き直ってビシッと指を差す。
「あのねぇ!?だったらアンタも人のケツ追っかけてないで勇者の一人や二人倒して来なさいよ!!」
「い、いや…僕はそんな…戦いが好きじゃないし血で汚れるのは美学に反するから…」
ハァ…と大きく溜息を付くドーラ。
「…し、しかし!僕にだって出来る事はあるぞドーラ!」
カートスはグッとドーラを抱き寄せ顔を近付けてくる。
「…何の真似?」
「君がどうしても戦いに赴くと言うなら僕は止めない…ただ…そうなると先急いでしなけりゃいけない事がある…」
カートスは一拍置いて、迫真に叫んだ。
バン!!!
「子づくりだ!!!」
バキッ!!!
ドーラは間髪入れずに顔面に右ストレートをお見舞いした。カートスは鼻血で放物線を描きながら仰向けに倒れた。
「死ね!ゼルカス!アンタは二度とこの城の敷居を跨ぐな!!」
「姫様!!仮にも隣国の王子ですぞ!!ご無礼はおヤメ下さい!!!それに、戦地に赴くと言う姫様にもし何かあったら王族は途絶え、国が崩壊してしまいます!ですから、危険を冒すのなら姫様にはまず結婚して跡取りを産んで頂き…それをカートス様にお願いしたのです」
「アンタの差金かババロア!!」
「姫様!!!アテクシは最悪な可能性も想定して姫様をサポートしなければいけません。万が一にも姫様が負けるような事があった場合の…」
「負けないから!!私の作戦は完璧なんだから!!それに、私にだって選ぶ権利があるでしょ!?なんでこんな男と…!!」
ゾッと虫酸が走り、ドーラはブルリと震える。
「何がそんなに気に食わないのですか!」
「私に振り向いて欲しかったらその色ボケた性格をどうにかしろと言っといて!!ソイツはねぇ、年がら年中ベッド上の事しか考えてないんだから!!」
ドーラはそう言い残して寝室に足早に向かった。
〜〜〜〜〜
「…っつ…全く…何をそんなに恥ずかしがる事があるんだドーラ…」
暫くして、カートスは鼻を摘みながら起き上がった。
「カートス様…直接的過ぎます!もう少し段階とかムードを踏んで姫様をその気にさせないと…!」
「まぁ任せて下さいよババロアさん。彼女はただ照れているだけだ。一国の王子で幼馴染で、優しくイケメンな僕にね。僕が絶対ドーラを娶って見せますから…」
そう言ってカートスはドーラの後を追いかけた。
「ドーラ〜!!逃げないで〜」
「また来た!付いて来るな!!」
「ババロアさんから言われてるんだ。仕方ないだろ〜?」
ドーラは寝室に辿り着き入っていく。カートスもぴったりとくっついて一緒に中に入った。
「入って来るな!!出てけバカ!!」
「ここが僕らの愛の巣かぁ〜スゥ~…ハァ…いい匂いだ」
ドーラは頭が痛いのか額に手を当てている。そして、何かを諦めた様に溜息を一つ吐く。
「…そんなに私の役に立ちたい?」
「あぁ!!勿論!!君の為なら!!」
「それじゃあそこでジッとしててよ。動かないでね」
そう言ってドーラは軍服風の上着を脱ぎ始めた。
「ドーラ…!!そうか、やっとキミもその気になってくれたんだね…!!心配する事はない。僕がちゃんとリードして…」
バサッ
カートスの頭の"羊の角"に、上着をかけられた。
「アンタでもコートハンガーの役ぐらいは立つでしょ。朝までそこ立っててよ。私寝るから。おやすみ」
そう言ってドーラはベッドに入って布団を被った。
「いや…一国の王子として…これは尊厳を失うよ…ドーラァァァ!!!」
辛抱堪らなくなり、カートスはドーラのベッドに潜り込むも、知っていたとばかりにドーラに胸ぐらを掴まれた後、ベッド横の開いた窓の外へ放り投げられた。
「オロロぉおおぉぉぉぉおお!!?」
バシャーーーン!!!
窓の外は崖。そしてその下は海だった。
(ドーラ…流石一国の姫だ…ガードも硬い…)
カートスはそのままブクブク…と沈んでいった…
ーーーーー
「寝込みを襲うなんて100万年早いのよ!!出直して来いゼルカス!!」
そう言ってセンチュレイドーラは再び布団を被り寝床につくのだった。
続く…
 




