第三十八幕【ただの子供だから】
「………だからね…イズミルちゃんと出会った時にはもう…私は青い実を食べてもダメだったんだ…ゴホゴホ…!」
そこでイズミルは全てをメロから聞かされた。しかし、イズミルは納得がいかない。
「そんな…どうして…なんで言ってくれなかったんですか…?」
メロは掠れた小さな声で言葉を紡ぐ。
「…だって…イズミルちゃん優しいから…言ったら絶対…私の為に悲しむと思って…それに…それを引きずって…旅に出るなんて嫌でしょ…?」
イズミルは首を振ってメロの手を握る。その手は氷のように冷たくなっていた。
「なんで…!なんで私の事をこんな時まで気にかけて居られるんですか…!」
「…初めての大切な友達だもん…最期に悲しませたくなかったんだ…」
「最期だなんて言わないで下さい…!友達になって…まだ一日も経ってないじゃないですか…!」
「ゴメンね…私がまだ子供だから…今日死んじゃうと分かってても…イズミルちゃんと友達になりたかったの…ワガママでゴメンね…」
「メロちゃん…」
イズミルは強くメロの手を握る。そんなイズミルの手は小さく震えていた。
しかし、それを悟られないように努めて笑顔でメロに話しかける。…が、声も酷く震えてしまっていた。
「大丈夫…!大丈夫です…!青い実を食べたんだし…!効き目がゆっくりなんです!明日の朝にはまた良くなってるって!」
「イズミルちゃん…」
「ほら!明日も遊ぼうよ!明日は無理言って旅立つのを先延ばしして貰うから!一日中遊ぼう?」
「ダメだよ…」
「何して遊ぶ?ほら、今度こそ花かんむり、綺麗なの作るから!一緒に…」
「ゴメンね…」
「なんで…!なんで謝るんですか…!」
笑顔も直ぐに引き攣ってしまう。
イズミルは俯いて肩を震わせる。
そんな時、部屋の扉がゆっくり開かれる。リューセイとリーサだ。
玄関は衛兵に任せて…と言っても、実はあの衛兵はポニョが化けた姿だった。なんとか両親二人を引き止めていてくれるだろう。
二人は静かに部屋に入ってイズミルの後ろ姿を確認する。
「イズミルちゃん…」
リーサは声をかけて近付こうとするが、リューセイはその肩に手を乗せ、それを止める。
リューセイは黙って首を振って部屋を出ようと促す。
リーサも察して頷き、二人は部屋を静かに出た。
「こんなの…残酷です…うぅ…」
部屋を出て、リーサは泣き出してしまった。
「あぁ…。でも、どうする事も出来ないよな…」
回復魔法は外傷を治すものであって、病気やアレルギー、先天性の障害を治したり、寿命を延ばす効果はない。リーサの魔法ではどうしようもないし、ダルクスや教会での蘇生魔法も同じだ。
ドラゴンの心臓…の手も考えてみたが、そもそもドラゴンの心臓がこの場にある訳もないし、あったとしても、魔力を吸いながら動く心臓に魔力を持たない9歳の女の子に適応する訳もなかった。
最早打つ手なし…この残酷な運命を受け入れるしかなかった。イズミルにも…それを受け入れて貰うしかなかった。
〜〜〜〜〜
「ゲホッゲホッゴホッ…!…ハァ…ハァ…ウッ…」
メロの容態は更に悪くなってくる。
「メロちゃん…ダメ…メロちゃん…」
「ねぇ…イズミルちゃん…でも…最期にイズミルちゃんに会えて…正直、凄く嬉しかった…本当なら…会わないようにしてたのにおかしいよね…」
「最期じゃないよ…明日も会おうよ…」
「手を握って貰えて…安心する…私…怖くないよ…一人じゃないんだね…」
「ダメ…ダメ…!絶対許しませんよ…そんなの…!」
「私もイズミルちゃんみたいに…大人になりたかったなぁ…フフ…」
メロは辛い中で精一杯の笑顔を見せる。その笑顔がイズミルの胸を締め付けた。
「どこが…どこが…」
そこで今まで我慢していた涙が、堰を切ったようにボロボロと溢れ出した。
「私のどこが大人なんですか…!!うぅ…メロちゃんの方が何倍も…何百倍も大人ですよ…!!うぅ〜…」
イズミルの涙は両手で握っているメロの手を濡らした。メロは黙ってイズミルを見つめて聞いている。
「死んじゃうのが分かってて…なのに、それを私には分からないように…あんな元気で…明るくて…うぅ…私は…全然気付かなくて…今だって…私より怖いハズなのに…そんな笑顔で…子供がそんな事出来ないですよ…!!」
「イズミルちゃん…」
イズミルの悲痛な声にメロも涙を零す。
「それに比べたら…私はただのワガママな子供です…!だから…だから…もっとワガママを言わせて下さい…!」
そう言って、イズミルはメロに抱き着いた。
「うぅ…死んじゃ嫌だぁ!!!明日も遊びたいよぉ!!!うわぁん!!!」
「イズミルちゃん…!」
今まで何があっても泣き顔を見せなかったイズミルはメロの胸に顔を押し当て、駄々っ子の様に泣きじゃくった。メロも涙を流しながらその頭を優しく撫でた。
その声は部屋の外のリューセイとリーサの耳にも届き…リーサはその場にしゃがみ込んで顔を抑える。リューセイも辛そうに目頭を抑えた。
「イズミルちゃん…ずっと友達だからね…私の事忘れないでね…」
「うわぁん!やだやだぁ!死んじゃやだぁ!!」
「私…見守ってるから…イズミルちゃんの旅が無事に行きますようにって…」
「明日も一緒が良いよぉ!遊びたいよぉ!うわぁぁぁん!!」
「大好きだよイズミルちゃん…」
「やだぁ!!行っちゃダメだってぇ!!置いてかないでぇ!!」
「…イズミルちゃんは…私の事好き…?」
「うわぁん!!大好きだからぁ!!だから死なないでよぉー!!酷いよぉー!!」
「…ありがとう…イズミルちゃん…」
その後はただひたすら、泣きじゃくるイズミルをメロは優しく撫で続けた。
それから暫くして、朝日が登り始めた頃…
メロの手はポスン…とベッドに落ちるのだった。
〜〜〜〜〜
それからの両親の対応は早かった。
ポニョに開放され、メロが旅立ったのを知った後は予め用意していたかのように葬儀はスムーズに準備された。
屋敷の前には喪に服す為に他の住民が列を成して集まっている。
リューセイとユーリル、リーサもその列に並んでいた。
イズミルは泣き疲れたのか眠ってしまい、リューセイがおんぶで宿屋に眠らせて来ていた。
暫くして、屋敷から両親が出てくる。
わざとらしく、ハンカチで目頭を抑えながら。
主人と奥さんは交互にスピーチする。
「この度は…数多くの人の協力も虚しく…メロは9歳という若さで旅立ってしまいました…」
「本当に残念です…私達も出来る限りの手を尽くしたんですが…運命というのは残酷です…」
「しかし、これだけ多くの人たちに見送られ、メロも幸せでしょう」
「私達、夫婦共々、この哀しみを胸にこれからもメロの分頑張って生きて行こうと思います…」
「では、メロの為に黙祷を…あ、香典はコチラのボックスに!」
奥さんがいそいそと香典入れの箱を持ってきた最中。
「その必要はねぇ!」
そんな男の声がした。
集まったみんなが空を見上げると、その屋敷の上にはダルクスが立っていた。
「ダルさん!?」
リューセイ達が驚いていると…
「号外〜!号外〜!」
…と、ダルクスはビラを撒き始めた。
「な、なんですのコレは!?」
奥さんが憤りながらも地面に落ちたビラを見る。
【守銭奴夫婦!悪魔の所業!】
【娘の命より金!!ドケチ夫婦の真相に迫る!】
そう大大的な見出しと共に、二人の夫婦のこれまでの行いが事細かく記されていた。
出来てしまった娘を金がかかるからと煙たがっていた事。
しかし世間体を気にして嫌嫌育てていた事。
金が勿体ないと召使いも雇わず広い家に娘をほったらかしにしていた事。
そして、"花粉症"となった娘も金がかかるからと放置していた事などなど…
「な、な、な、何よコレぇ!!」
奥さんは白目を向いてビラを持つ手を震わせている。
「娘を見殺しにしたのはその香典も目当てだったんじゃねぇのかなぁ?」
ダルクスがそんな事を言う。
「どういう事だコレは!!」
「これは本当なのか!?」
「なんて酷い奴らだ!!」
住民らから激しいブーイングと石やゴミがその夫婦に投げつけられた。
「ヒィィィ!なによなんなのよ!」
「や、やめろ!こんな事は信じるなぁ!」
しかし、反感は留まる事を知らなかった。ダルクスはそれを見届けると、屋根から飛び降りてスタッと着地すると、タバコに火を付けながらリューセイ達に近付いてくる。
「ダルさん…」
「胸糞悪いのはだいっ嫌いなんだ。行くぞ。サッサとこんな街出よう。あの夫婦もコレで懲りたろ」
そう言ってダルクスは荷車を取りに向かった。
リューセイとリーサは顔を見合わせ、その後ろに付いていった。
〜〜〜〜〜
モクレーンの外。
荷車を停め、ダルクス、リューセイ、ユーリル、リーサはもう一人が来るのを待っていた。
暫くしてイズミルが走ってくる。
「すみませーん!お待たせしました〜」
目は赤く腫れて居るが、至っていつもの調子のイズミルだった。
「行きましょうか!」
そう言ってイズミルは、何事も無かったかのように前を歩き始める。
「…全く…ほんと強い子だよな…イズミルは…」
「私達も見習わなきゃですね…」
リューセイとリーサはそう言って、その後ろに付いていく。
「待てガキンちょ」
そこでダルクスが引き止めた。
「はい?」
「…コレ」
ダルクスはピラッと、一枚の封筒を差し出す。
「なんですかコレ?」
「手紙。あの子…メロって子がお前に宛てたな。本来は旅に出て暫くして届くもんだったが…」
イズミルは頷いて封筒の中身を確認した。
【イズミルちゃんへ
旅の方は頑張って居ますか?
イズミルちゃんのくれた青い実のおかげで私も変わらず元気です!
たった数日の出会いだったけど、今までの人生でいっちばん楽しくて…いっちばんおかしくて…いっちばん笑った数日だったよ!
イズミルちゃん、また旅が終わったら一緒に遊ぼうね!花かんむり、一緒に作り合いっこしよう!それまでには私も作る練習しておくから…イズミルちゃんも旅の間、腕を磨いててね!フフ!
最後に、友達になってくれてありがとう!ずっとずっとイズミルちゃんの事応援してる!大好き!
大親友のメロより
あと、プレゼントも入れておくね!
私だと思って大切にしてね!
気に入ってくれると良いなぁ…】
イズミルが封筒を逆さにすると、ナタリーテが押し花になった手作りの綺麗なクリップが入っていた。
イズミルの目元に涙が溜まる。
しかし、イズミルはその涙が溢れる前に腕で拭う。
パチッ!と、クリップをネクタイの胸の上に止めて。
「これで…ずっと一緒だよ…」
イズミルはそう呟いてみんなの方に振り返る。
「さぁ!行きましょう!」
振り返ったイズミルの顔は、清々しく晴れ渡っていた。
続く…




