第三十七幕【散りゆく花は…】
「イズミル!!」
バン!!とイズミルの泊まっていた部屋の扉を開けると、イズミルは机に付いて書き物をしていたらしく、いきなり入って来たリューセイを見て酷く驚いている。
「な、な、なんですか!!レディの部屋にノックも無しに飛び込んで来るなんて!!…って、なんでほっぺに手型付けてるんですか?」
「これはフロントの…って、そんな事はどうでも良い!イズミル付いて来い!!」
「付いて来いって…出発前にメロちゃんに渡そうと思ってた手紙を書いてるところなんですけど…」
「それは"直接"伝えろ!!時間が無いんだ!!」
リューセイはイズミルの手を引っ張る。
「え!?ちょ、ちょっと!!」
「リーサも連れて行こう!アイツにも手伝って貰わないと…!」
〜〜〜〜〜
メロの家に着く。
リューセイはすかさず扉をノックする。
イズミル、リーサはギョッとしている。
ドンドンドン!
「りゅ、リューセイ様!こんな時間に訪ねたら…!」
イズミルはアワアワと戸惑っている。朝に迷惑をかけたばかりだからと…しかし、今更リューセイには関係のない事だった。
程なくして、ガチャリと出てきたのは威厳を放つ男。この家の主人だろうか?
「なんだね?こんな時間に?」
「スミマセンね!昨日はコチラの奥さんに断られたんですが…やはり宝箱配置の許可を頂きたく、改めて許可証を持って参りました!」
リューセイはズイ!と許可証を見せつける。
「ハァ?何だね急に、こんな時間に来て非常識極まりない!!おい衛兵!」
主人はピュイ!っと口笛を鳴らす。
街の中を警備していた衛兵が一人、気付き駆けつけてきた。
「この不審者共をひっ捕まえてくれ!」
衛兵はコクリと頷くとリューセイを羽交い締めにしようとする。
「馬鹿野郎!!!」
リューセイは腕を大きく振り抵抗した後、主人を半開いていた扉に押し付ける。扉はそのまま全開になり、家の中が丸見えになる。
「宝箱配置人は世界を救う為の重要職です!!協力を得られないのであれば強制差し押さえ、国よりその権限が与えられています!!!さぁ!サインを!!!」
リューセイは主人の顔に家宅捜索許可証を押し付ける。
そんな時、家の奥から声が聞こえてくる。
「あなた?一体なんですか騒がし…」
廊下の奥からやってきたのは今朝の奥さんだ。この状況を視認すると戸惑い取り乱し始める。
「あ、あなた!?何事なんですの!?」
「奥さん、あなたにも聞きたい事が多々あるんです!リーサ!奥さんを頼む!!」
「え、えぇ!?」
「いいから!引き止めろ!!」
「ふぁ、ふぁい〜」
リーサは奥さんを引き止め、ある事ない事、顛末を伝え始めた。
「イズミル!ここは俺達に任せてお前は…」
リューセイはイズミルに『メロちゃんに会いにいけ』と目配せする。
イズミルは察したのか、コクリと頷き開け広げられた玄関を通り中に入っていった。
「ちょ、勝手に何を…!!」
奥さんがイズミルを引き留めようとするが、衛兵がそれを止める。
「まぁ、待ちなさい。宝箱配置人は強制家宅捜索の権限も持ってますので…。一体何をしたんですか、あなた達…」
「な!?私達は何もしてないわよ!?」
「こんなのがまかり通るのか!!」
主人も奥さんも状況が飲み込めず狼狽えるばかりだった。
〜〜〜〜〜
広い屋敷の中をイズミルは駆ける。
「メロちゃーん!!」
イズミルは名前を呼びながら広い邸宅を探す。これだけ広い屋敷だが召使いの一人も居ないのにイズミルは少し違和感を覚える。しかし、おかげで自由に部屋を探索出来た。メロを探しながら一つ一つ部屋を覗いていく…が、中々メロは見つからなかった。
二階に上がり同じく部屋を覗いて行くも…やはりメロは居ない。
等々、最後に残った一番奥の部屋のドアノブに手を掛け、意を決してイズミルはゆっくりと扉を開ける。
「メロちゃん…?」
薄暗い部屋、その隅っこには大きなベッドが置いてある。
そのベッドの上の布団が上下に動いているのが分かる。
イズミルはゆっくりとベッドに近付き…ベッドの上を覗き込む。
そこには胸を抑えて辛そうに汗をかき、息を切らしているメロが居た。
イズミルが顔を覗かせ、やっとその存在に気付いたメロは口を開く。
「イズミル…ちゃん…?どうして…ゲホゲホ!」
メロは枕元に置いてある桶に向かって酷く咳き込む。桶の中には血が溜まっていた。口から吐いたものだろう。
「なんで…どうして…?」
イズミルは呟きながら、その様子をただただ茫然と見る事しか出来なかった。
「うぅん…この姿…イズミルちゃんに見られたく無かったなぁ…ゴホゴホッ…」
「こんな、こんなの、おかしいじゃないですか!!だって、だって、青い実を食べたら治るって…!!」
〜〜〜〜〜
時は遡り、ポニョが屋敷の調査からリューセイの元に戻って来た時の事。
「どうだった?」
リューセイは一匹のネズミに話しかける。それこそが戻って来たポニョだった。ボフン!とポニョは調査前のメイド姿に戻った。
「けったくそ悪い。あの家、中々闇が深そうだぞ」
「…と、言うと?」
「あの家のメロって娘はロクに看病を受けて無いな。薄暗い部屋に閉じ込められて、放置されてる」
「なんだって!?」
「両親は彼女に愛情なんて持ち合わせてないんだろうな。苦しんでる彼女をほったらかして二人は晩酌を楽しんで居たよ」
「クソ…」
「それと…彼女の"発症日"も分かった。彼女の日記に書いてあった」
「いつだ!?あの子はいつ発症した!?」
「丁度、三週間前だ…」
「三週間…!!?じゃあ…!!」
「あぁ。"今日"だな。あのマスターが言っていた事に間違いがなければな…」
リューセイは酒場のマスターとの会話を振り返る。
〜〜〜〜〜
『花粉症というのはこの街特有の風土病みたいなものです。症例の数もごくわずか。0歳から9歳の子供という限られた歳で掛かる事のある病気で滅多に掛からない。ほとんどの人が気にせず、名も知らない病気になります』
『それに掛かったらどうなるんです…?鼻水ズバズバ涙バシャバシャって訳じゃ無いんですよね?』
『いえ、そんな程度のものじゃありません。花粉症は発症して"三週間後に死に至る病"です』
『し、死ぬ!!?』
『えぇ…。だからこそイズミル様の両親は死物狂いで青い実を探したのですよ…』
『たった三週間しか、時間が無いんだもんな…』
『いえ、それは違います。青い実が効くのは"発症してから経った一週間"です。一週間を過ぎると花粉は肺に根付き浸食します。そうなっては青い実を飲んでも"手遅れ"なんですよ』
『発症して…"たった一週間"って…』
〜〜〜〜〜
「そうか…もう…"手遅れ"だったんだな?イズミルが出会った時点でとっくの前に…」
「そういう事だ」
「クソッ…!!最悪じゃないかよ…!!」
リューセイは駆け出そうとするが、ポニョに引き留められる。
「どうするつもりだ?まさか、イズミルに言うつもりじゃ…」
「言わないでどうするんだよ!?」
「あの娘…メロはそれを望んでないようだぞ?彼女はイズミルの中で"生きている存在"で居たいんだよ。イズミルがこのまま何も知らずに旅に出ればいつまでも…」
「………そんなの!問題を先延ばしにしてるだけだ!いつかイズミルも気付く。その時どれだけイズミルが傷付くか…!」
「イズミルに今それを言っても同じだろ!結局彼女を傷付ける!だったら先延ばしにした方がお互い…」
「ダメだ!メロは最期に…イズミルと一緒に居るべきだ!一人で寂しく…誰にも知られず死んじまう事を心から望んでる訳がないだろ…!」
リューセイはそう言って、イズミルの元に駆け出したのだった。
続く…




