第三十一幕【優しい魔王と徴兵式】
【魔王城・エントランスホール】
魔王城に入ってすぐの広いエントランスホールに多種多様の魔族が集まっており綺麗に整列していた。センチュレイドーラの側近を務めている【ババロア】は、集まった者達の数をカウントし、手に持ったノートに名簿を書き留めている。
ドーラの指示により徴兵された町民達。
その町民達が見つめる先に設置された壇上にドーラが唐突に上がった。
ババロアは驚いて、すぐさま壇上に上がりドーラの横に付く。
ドーラは壇上の演説台に手を付いて話し始めた。
「皆の者、よく集まってくれたな。集まって貰ったのは他でもない。来たる人間界への侵攻に必要な魔王軍の兵士として申し分ないと見込んだ者達をコチラで集めさせて貰った訳だが…」
ドーラは一拍置いて続ける。
「しかし、君達にも大切な家族…それに…自分の命が惜しい者も居るだろう。この侵攻は大変危険な任務となる。今まで"135代目の魔王まで"手に負えなかった人間への挑戦だ…。下手をすれば命を落とすかもしれない。だから…無理にとは言わない。魔王軍に入りたくない者は…ここで帰って貰っても構わない」
ザワザワ…
集められた町民がザワつく。それもそのハズ、まさか、魔王から自分達の命を気にかける様な事を言われるとは…今までにそのような事を言う魔王は居なかった。
「姫様…何をおっしゃいます!貴女はこの国を統べる姫様ですぞ!貴女の命令は絶対です。命が惜しいだとか、大切な者が居るだとか、そんな事は二の次で…」
「そんなんじゃダメだ!…そういう体制も変えていくと決めたんだ…。135代目の魔王がそれを変えずに無惨にも人間に敗北してきたじゃないか…ワタシのお父さんだって…」
「それはそうですが…」
「だから…我は決めたのだ。
今までの魔王とは違う。我の結成する魔王軍には【ガンガンいこうぜ】ではなく【いのちだいじに】を作戦として組み込むとな!!」
「な、なんですとぉぉぉ!?」
ザワザワザワ
集められた町民達はお互いを見回しながら驚き、各々が口を開く。
「イノチ・ダイジニって誰だ…?」
「おいおいあの姫様、勝つ気あるのかよ?」
「え、これ嫌なら別に帰っても良いの?」
ババロアが慌ててドーラを遮る!
「姫様!そのような甘い事では魔王軍など直ぐに壊滅…どころか、結成もままならないですぞ…!」
「我は兵士を消耗品だとは思わない。誰一人死なせるつもりはないし、誰も傷つかせるつもりはない。そうすれば勇者も"経験値"を積めない!我らが【いのちだいじに】すれば、自ずと勇者は弱くなるのだ!!だから…出来ればで良い!我を信じて付いて来て欲しい…!我も…我も、前線に出て戦うから…!!」
「姫様ぁぁぁ!!?何を言い出すんですか!!?前線に出る!!?魔王は王の間の玉座で勇者が来るまで不敵に笑って座っておくものです!!!」
「だから!!今までの魔王の通りじゃダメでしょうが!!何もかも、今までの魔王から変えていかないといけないんだってば!!」
予想だにしない事を次々と言い上げるドーラに集められた町民達も困惑の色を隠せない。
「我は勇者を待たない!!コッチから直接出向いてやるんだ!!」
「姫様!!魔王は『待っておったぞ勇者よ』と余裕を見せるものです!!」
「勇者のレベルが低い内を叩く!!我が直接な!!」
「姫様!!!魔王は『我が手を出すまでもない』と力を誇示するものです!!」
「しかも最初から第三形態で!!」
「ひっっっめさっっっま!!!魔王は『我はまだ2回も変身を残している』と絶望を与えるものですっっっ!!!」
「弱った勇者に隙を与えない!!好機を逃さない!!直ぐにトドメを刺す!!!」
「ひぃぃぃめぇぇぇさまぁぁぁ!!!魔王は『冥土の土産に教えてやる』とか『最後に言い遺す事はないか?』とか、『どうした?これで終わりか?』と、あえて相手に間を与えるものですぅぅぅ!!!」
「バカァァァ!!!それが全部敗因になってるのが分からないの!!?」
そう言ってドーラは演説台をバンッ!!と叩いた。
「今まで通りや、お決まり、テンプレートは全て排除だ!!!良いか!!!我らは今新たな境地に立つ!!これらを変える事で魔王軍勝利は導かれるのだ!!!」
ワァーーーッ!!!パチパチパチ
集められた町民達の喝采と雄叫びが巻き起こる。各々が興奮気味に口を開いた。
「姫様が前線に!!これは姫様の第二形態も拝めるかも!?」
「マジか!!俺は付いて行くぜ!!姫様にどこまでもなぁ!!」
「第二形態ってそんなスゴイの…?」
「なんだお前知らないのか、姫様の第二形態はもうほぼ裸くらいにまで露出度が高くなるらしい!!」
「いいや、俺が聞いた話じゃもう裸らしい!」
「うおおお!!!俄然ヤル気が出てきたぞぉぉぉ!!!」
「ひっめさま!!ひっめさま!!ひっめさま!!」
「第二形態!!第二形態!!第二形態!!」
集められた町民達の掛け声が城中に響き渡る。ドーラは予想しなかった盛り上がり方にたじろぐ。
「ちょ…ちょ…バカ者共ォォォ!!!そんな理由で結束力を高めるな!!ならないから!!第二形態は絶対に!!」
そこでババロアも町民達のアシストをする。
「良いじゃないですか…減るもんじゃなし。一回見せてやれば士気も上がるでしょうに」
「絶対イヤ!!!もうあんな恥ずかしい思いは!!あと、姫様って呼ぶなッ!!魔王様と呼べっつってんでしょうがぁぁぁ!!!」
こうして、ドーラ率いる魔王軍が結成された訳です。
(全く、姫様と居ると何度も寿命が縮まる思いです…)
〜〜〜〜〜
外を散歩したいと言い出したドーラ、それに付き添い、ババロアが城下町を歩いている。
「姫…魔王様、本当に前線に出られるのですか?ワテクシは反対です!魔王様に何かあったらワテクシ、あなたのお父様に顔向け出来ませんよ」
「自分だけ悠々と玉座で待ってるなんて…我には出来ない。民衆が戦い、傷付いていくのを尻目に…『フハハハ』なんて笑ってられないわよ…」
(魔王にしては姫様はとても優しく…いえ、優し過ぎるのが難点で…しかし、それが彼女の魅力であり皆に愛される理由であり…)
だからこそババロアは心配だった。
そんな愛されキャラが、果たして人間界に侵攻などという大それた事を成し遂げられるのか?と。
「姫様!今日はウチに寄ってかないのかい?」
ドーラ御用達の雑貨屋の主人が声をかけてくる。
「悪いな!今日は少し風に当たりたいと思って散歩してるだけなんだ!…姫様じゃなく魔王様だ!」
そういうドーラの前に、直ぐに別の町民が駆け寄って来る。
「姫〜。この前貰ったお花、綺麗に咲いたよ〜」
「そうか、我の一番好きな花だから当然だな!枯らせないようにな!後、魔王様だから!」
仲睦まじく町民と会話するドーラに、ババロアは心配そうに口を開いた。
「姫…魔王様?町民に少し寄り添い過ぎではないですか?もう少し威厳のある態度で…」
「寄り添って何が悪い?我の大切な国民だぞ」
「それはそうですが…」
「何が不満なんだ………アッ…!」
ドーラは言いかけるや否や、何かを見つけて駆け出した。
そこには、小さい女の子が男の子達に虐められて泣いていた。
「コラー!!女の子を虐めるな!!」
「ゲッ!!ポンコツ姫だ!!逃げろ!!」
「誰がポンコツ姫だ!ポンコツ魔王様と呼べ!シッシッ!」
ドーラはそう言って男の子達を追い払う。
(ポンコツは良いのですか…)
ババロアはそう思うも口にしなかった。
「もう大丈夫だぞ」
「ありがとう姫様。あの子達、いつも私にちょっかい出してきて…」
「それはね、あなたが好きだからよ。好きだから虐めたくなるんだぞ。男の子ってそういうもんだから」
「そ、そうなんですか?」
「だからそういう時は『笑止千万!』って一発殴ればいいんだ。我が子供の時はそれで誰もちょっかい出さなくなった」
ドーラはグッと片方の腕をガッツポーズしてみせた。
「それ、普通じゃないですから」
ババロアはヤレヤレと頭を抱えます。
「私も姫様みたいに強くなれますか…?」
「なれるよ!だって…我が強くなれたんだ。誰でもなれるさ」
そう言ってドーラはニコッと笑い、自分の腕に付けていた魔王軍の腕章を女の子の腕に付け始めた。
「わぁ…」
「これであなたは魔王軍最高指揮官だ。逆らう者は…」
「しゅ、粛清っ!」
そう言って二人はビシッと敬礼ポーズを取る。
「ありがとう姫様!強くなれた気がします!」
「うん!頑張って!負けるな!」
女の子はウキウキと家に帰って行った。その後ろ姿を見ながら…ババロアは思った事をつい、口に出してしまう。
「魔界は平和です。何も不自由がない。…それなのに何故、魔族は幾度となく人間界に侵攻するのでしょうか…?」
ババロアの疑問に、ドーラは先程までの優しさに溢れた顔から神妙な顔に切り替わり…淡々と口を開いた。
「………我ら魔族の寿命は大体…1000歳から1200歳位だろ?人間はそれに比べたら…微塵も生きていられない。たった100年程度の寿命の癖に、彼等は同じ種族で争い、差別し、騙し合い、競い合い、自らの寿命を更に縮めるのが好きな頭の悪い種族らしい」
「そうなのですか」
「今でこそ、人間はお互いが協力をしあって、魔王という強大な力に立ち向かおうとしているが…所詮、それは我らが居るからこそ成り立っている、見せかけの協定だ。魔王という存在が居なければ、彼等はお互いで争い始める低能な存在なんだ」
ドーラはグッと拳を握り締め、ババロアに向き直った。
「そんな人間があんな美しい光と色に彩られた世界を統治するのはおかしいと思わないか?勿体無いと思わないか?我等が世界を統治するべきだろ!彼等より何百年も長く生き、知識もあり、教養もある魔族がな…!しかし、そんな人間は何故か、"神"の存在に守られ、導かれ、贔屓されている。我はそれが許せないのだ」
ドーラはキッと顔をキツくし、俯いた。
「ワタシが人間界を統治すれば…同じ種族で歪み合い争うなんて醜態…晒させない…人間をもっとまともな種族に成長させられるのだ…!」
「では…姫様は…人間を破滅させるおつもりはないのですか…?」
ドーラは一拍置いて…
「……………どうかな…」
そう言ってババロアに目を合わせるドーラの顔は…何処か切なそうで…
「ワタシも父親を殺された身だ…この戦いがどう向かって行くかは正直分からん…」
そう言ってドーラは城に向かって歩き出した。
ババロアはそこで直感的に…
この戦いは…人間か魔族か、どちらかが必ず滅びてしまう戦いになるのでは…と、そう思った。
「どうなろうと…ワテクシは姫様と運命を共にする覚悟ですよ…!」
続く…




