第二十七幕【無調整牛乳しか勝たん】
舞台は変わり…再び最初の王国へ…
夜も更け、星空が輝く頃…
【エンエンラ王国・城下町】
「これ…取り戻したものです…」
クサカベは依頼の結婚指輪をご主人に渡した。熊の魔物からどうにか取り戻したものだ。
「おぉ!!ありがとう!!本当に助かった!!………それにしても…ヤケに時間がかかりましたね…酷くボロボロだし…」
そう言われクサカベとガウラベルは顔を見合わせる。お互い衣服はボロボロ、顔は擦り傷、泥にまみれていた。
「ま、良いじゃないか。ちゃんと取り戻してやったんだから!」
ガウラベルはヘラヘラと笑っている。
「本来そんな苦戦するイベントではないハズなんですが…あぁいや、余計でしたね。では、これは約束のお礼です」
そう言ってご主人から約束の"交通許可書"を受け取るクサカベ。これで、関所を通る事が出来る。
「やりましたね!ガウラ姐さん!」
「あぁ、頑張ったねクサカベ。あんたも今日一日でだいぶレベルアップ出来たんじゃないか?」
「そ、そんな気はします…!明日はもう少し強い魔物とも戦えそうです!これも全部、ガウラ姐さんのおかげです!」
「た、大した事してないよ。アタイはアンタのサポートをしてただけだし…」
「そのサポートがあってこそですよ!ありがとうございます!」
「い、いいよそんなに感謝しなくても!調子狂うから」
クサカベがキラキラと羨望の眼差しでお礼を言うとガウラベルはこういう事に馴れてないのか気恥ずかしそうに頭を掻いている。
辛抱たまらなくなったのか、ガウラベルはパン!と手を叩く。
「さぁ!今日はゆっくり休むとしよう!…あぁ〜取り敢えず早く風呂に入りたい…」
そう言ってガウラベルは残り少なかったひょうたんに入った牛乳をクイッと飲むと宿屋に向けて歩き出す。
クサカベもその後をついて行くのだった。
〜〜〜〜〜
「ハァ〜!!?風呂が壊れてる!!?」
ガウラベルが宿屋の受付に詰め寄っている。
「すみませんねぇ、お湯が出なくて。水でもよければご利用出来ますが…」
「そんなの風邪引いちまうよ!」
ガウラベルは言っても仕方ないと溜息をつきながらヤレヤレと首を振って宿屋を後にする。クサカベもその後を追う。
「ガウラ姐さんどこへ…?」
「宿屋の風呂が使えないなら仕方ない。風呂屋に行くよ!少し高く付くけど、この際しょうがない」
「あ、それは大丈夫なハズです。勇者特権でだいぶ安くなってると思います」
「そうなの?だったら早く言いなよ!宿屋の狭い風呂より風呂屋の広い湯船に浸かった方が疲れも取れるってもんだ!フ〜♪」
それを聞いてガウラベルは嬉しそうにする。
(やっぱり女性だからか、お風呂が好きなんだな)
「風呂はパッと入ってパッと降りて、風呂上がりの牛乳を飲む!コレがサイコーなんだよ!」
(そっちがメインだった…)
〜〜〜〜〜
男湯と女湯は勿論分かれているのでガウラベルと一旦別れる事になったクサカベ。
お風呂屋。冒険者達の憩いの場。夜中とは言え、疲れを癒やしにやってきた冒険者達が3〜4名、各々くつろいでいる。
脱衣所に行き泥にまみれて破けまくった服を脱ぐ。
"魔法カゴ"に脱いだ服を入れる。
ここに入れておけば、お風呂から上がる頃には服は新品同様に綺麗になる。ちなみに、回復呪文も似た効力があり、身体の傷を癒やすだけじゃなく、服の傷、汚れも綺麗にしてくれる。だから冒険者は着替えなくても大丈夫なのだ。
ーーーーー
石鹸で汚れた身体を先ずは洗うクサカベ。
泡を流して、次に頭を泡立て始めた時だった。
「お〜い」
誰かが呼びかける声。
突然の呼び掛けに他の冒険者達もキョロキョロと辺りを見渡している。
(こ、この声は…)
「クサカベ〜湯船にはちゃんと身体洗ってから入るんだよ〜」
(ガウラ姐さん…!!)
天井の吹き抜け、向こうの女湯から響いてくる声だった。
(ヤメロぉぉぉ!!話しかけるなぁぁぁ恥ずかしい!!)
クサカベは顔を真っ赤にしながら髪を洗う。
「だいぶ汚れてたんだから、ちゃんと綺麗にしなよ〜。チンチンもちゃんと洗いなよ〜。一番汚れ易いんだから。ハハハ」
(ハハハじゃねぇぇぇ!!ヤメロぉぉぉ!!ヤメロぉぉぉ!!!)
クサカベは髪を洗いながら俯いていると一人の冒険者が困惑気味にクサカベの所に来て肩をポンポンと叩く。
「あれ、君の事じゃないの?」
と言いながら、女湯に繋がる天井の吹き抜けを指差す。
「え!?あ、いや、誰の事なんですかね!?全く迷惑だなぁ!アハハ!」
そう言って頭の泡を流して足早に湯船に浸かる。サッサと温まって出よう…すると、再びガウラベルの声。
「ちゃんと肩まで浸かるんだよ〜」
(お、オカンか!!)
恥ずかしさでのぼせそうなので、少しして直ぐに湯船を出るクサカベだった。
〜〜〜〜〜
「ほんとヤメて下さいよ!恥ずかしかった!!」
しばらくして女湯から出てきたガウラベルをクサカベは顔を真っ赤にして詰め寄った。
「ハハハ、良いじゃないか。貸し切りみたいなもんだったし」
「貸し切りじゃないですよ!!何人か居たんですよ!!」
それを聞いてガウラベルはギョッとした顔をする。
「へっ!?そうなの!?コッチには一人も居なかったからてっきり…」
そう言って顔を真っ赤にして恥ずかしそうに俯くガウラベル。ちゃんと恥じらいは持っているようだ。
「もう良いですよ…。ほら、牛乳飲みましょうよ。それがメインだったんでしょ」
「そ、そうだな!丁度牛乳が切れかかってヤバかったんだ」
そう言ってクサカとガウラベルは売店に向かった。
「やっぱりお風呂屋さんに来たらフルーツ牛乳ですよね!」
「馬鹿言え。アタイは無調整の牛乳しか飲まないんだ…えーと…ん?」
ジーッと売店の品揃えを見ていたガウラベルはピタッと動きが止まり、プルプルと震えだした。
「ガウラ姐さん?」
「お、お、おい、親父…」
ガウラベルは売店のおじさんに話しかける。
「は、はい?いかがしましたか?」
ガウラベルはそんな売店のおじさんにいきなり物凄い形相で掴みかかった!
「ヒィィィ!!!」
おじさんはいきなりの事に驚いている。
「が、ガウラ姐さん!?ヤメて下さい!どうしたんですか!!」
クサカベはおじさんに掴みかかるガウラベルを引き剥がそうとするが…力が強くビクともしない。
「親父!!!牛乳…!!生乳100%、乳脂肪分3.0%以上、無脂乳固形分8.0%以上の牛乳は…!!?」
目を充血させておじさんをブンブンと振り回すガウラベル。
「す、スミマセン!!ウチはフルーツ牛乳しか置いてなくて…!!」
「な、ナニぃぃぃぃぃ!!?」
パッとおじさんを離し、ふらふらと売店を離れるガウラベル。少しすると倒れるように床に手をついてしまった。胸を抑えて苦しそうだ。
「ガウラ姐さん!!?どうしたんですか!?」
「クサカベ………牛乳………早く………」
歯を食い縛りながら胸を抑えるガウラベル。只事では無さそうなのは明らかだ。
「わ、分かりました!外から買ってきます!!」
そう言ってクサカベはお風呂屋を飛び出した。
〜〜〜〜〜
「買って来ましたよ!」
この時間、閉まっていたお店を無理矢理叩き起こして牛乳を貰って来たクサカベ。
ガウラベルは尚も胸を抑えて唸っている。
差し出した牛乳を見るやいなや、すかさず奪い取り浴びるように飲み干してしまった。
「…………ゴクゴク……………プハッ」
そうして、ガウラベルはバタリと床に倒れてしまった。
「だ、大丈夫ですか?」
クサカベは顔を覗き込む。
「ゼェ…ゼェ…助かった…クサカベ…」
「いや、おかしいじゃないですか…。ただの牛乳好きにしてはこんなの。一体どういう事なんですか…」
心配するクサカベを見て申し訳なく感じたのか、身体を起こして一息ついてガウラベルは口を開いた。
「…すまないね。ハァ…別に隠すつもりは無かったけど…まぁ、この際だから話すよ…ここだとなんだから、宿屋に行こう」
〜〜〜〜〜
宿屋に着く。
ガウラベルが泊まる予定の部屋に入る。
「…で、さっきのは何だったんですか?まるで死んじゃいそうな勢いでしたけど」
「………間違っちゃいないよ…。アタイは牛乳が切れると本当に死んじまうんだ…」
「へ………?牛乳が好き過ぎてですか?」
「バッカ!どんなに好物でも取らなきゃ死ぬような事普通はないよ…。でもアタイは普通じゃない」
「じゃあ…」
「10年前、宝箱配置人として冒険に出てたって言ったろ?その時アタイは一度死にかけた…いや、正確に言うと"死んだ"んだ」
「…死んだ!?」
「ま、危険が付き物の冒険だ。そんな事は珍しい事じゃない。でも、その時の仲間…宝箱配置人・書記担当の【シムラ】っていうスケベなエロジジイが居てね。アタイを蘇生してくれたんだよ…」
「死んだ人を蘇生って不可能なんじゃ…ほら、蘇生魔法は"棺桶状態"にしか効かないって…」
「いや、死んでから復活する方法が一つある。あの時のアタイみたいに"心臓を入れ替える"んだ」
ガウラベルは一拍置いて続ける。
「アタイの"ココ"には"ドラゴンの心臓"が入ってるんだ」
トントンと胸を指差すガウラベル。
「ドラゴンの…心臓…」
「ドラゴンの心臓だけは人の心臓と唯一換えが効くんだ。移植は医学にも詳しかったシムラのおかげで難なく成功した。でも、そのドラゴンの心臓の呪いの浄化を行わなかった為に、アタイは呪いを受けた。呪いの浄化が出来たのはその場でアタイしか居なかったから」
「ドラゴンの呪いって…」
「知ってるか?倒されたドラゴンの生前の"欲"によって呪いは多種多様なんだ。アタイの中のドラゴンは"好きな食べ物に貪欲"だったらしい。元々牛乳が好きだったアタイは、それからは牛乳を定期的に飲まないと死んでしまう身体になっちまった」
「そんな事が…」
「ま、それだけの事さ。心配かけたね。もう夜も遅い。さっさと寝よう」
「………………」
「どうした?…一緒に寝るか?」
「おやすみなさい!」
そう言ってクサカベは部屋を後にしようとする…が、すぐにガウラベルに振り返る。
「ガウラ姐さん…僕は本当にガウラ姐さんに感謝してます。出来れば…これからもこんな僕の手を引っ張って欲しい…」
「……………?」
「だから…その…絶対死なせませんからね!僕がガウラ姐さんを守れる様に、頑張りますから…!」
そう言ってクサカベは部屋を後にした。
「フフ…期待してるよ勇者様…」
ガウラベルはそう呟いて今まで見せたことの無い穏やかな笑みを浮かべた。
そんなガウラベルの一言と笑みをクサカベは気付く事は無かった。
続く…




