第二十六幕【魔界の姫と即位式】
紫色の空。真っ黒な雲。
鳴り響く雷鳴の稲光に浮き出る禍々しい巨大な城。
【魔界・魔王城】
そこで、新たな物語が始まろうとしていた。
〜〜〜〜〜
「姫様ー!姫様ー!!」
バタン!
大きな扉を開け、魔女のような老婆が巨大な本棚に囲まれた大きな書庫に入ってくる。
「勇者が魔王討伐に出発したようですよ!」
そんな老婆に答えるように頭上から声がする。
「なんだ騒がしいな。そんな事でわざわざ喚くんじゃない」
老婆は声のした方を見上げる。
大量の本が高く積み上がった先には、その本を椅子代わりに座る一人の"姫様"と呼ばれる少女。軍服の様な衣服を纏い…パタンと読んでいた本を閉じ"姫"は座っていた本から飛び降りる。
重力を無視してゆっくりと降りてきた彼女はスタッと着地した。
深い紫色のツインテールにした長い髪をなびかせ再び持っていた本を開き、読みながら書庫の奥へと歩き出す。
「大体予想はついていた。そろそろ人間共も動き出す頃だとな」
老婆は姫の後に早足で追い付く。
「しかし姫様…こちらはまだ何も迎え討つ準備など出来ていないですが…」
「心配するな。勇者はそう直ぐにはコチラにはやって来ない」
「何故、言い切れるのです?」
「トーケー的にそうなのだ。見ろ、歴代勇者が魔王城に到達した時間を算出したグラフを」
姫は読んでいた本をバッと側近に向け指をさす。
「早くても半年。しかし平均では1〜2年の冒険の末に魔王城に到達するとある」
「しかし、油断していると歴代の魔王様達の様にヤラれてしまいますぞ」
「フフフフ…ヤラれる?我が?ありえないな。我の勇者への対策は完璧。これまでの数多の魔王達の失敗を糧にした完全な采配は整ってお…」
言い終わる前に、床に乱雑に置かれた本に躓き、姫は派手にビタン!と転げてしまった。
「ひ、姫様!!大丈夫ですか!!」
「………」
姫はゆっくり立ち上がり、顔を老婆に向けないままに口を開く。
「…形から入ろうと思う」
「は?形?」
「我の事はこれから"姫"ではなく、"魔王様"と呼べ。いいな?」
「は、はぁ…?」
「これから新魔王の即位のスピーチを行う。城下町に民衆を集めろ!テラスで公開演説だ」
「いやしかし"姫様"、そんな急に…!」
「ねぇ!?話し聞いてたの!?ワタシの事は"姫様"じゃなくて"魔王様"と呼べって言ったでしょ!?」
「姫様、喋り方が…」
「コホン…良いか?我は今日から"魔王様"だ!間違えるなよ!!」
「威厳を保つ為とは言え…無理に喋り方を変えなくても…」
「う、うるさい!良いからさっさと言うとおりにしなさいよ!!側近の癖に!!なんなの!?」
姫は真っ赤な瞳をキッと光らせる。
「は、はいはい〜!」
そう言って側近の老婆は書庫を後にした。
「…ぬぅ…ワタシがまだ幼い娘だからって馬鹿にして…」
姫は上を見上げる。
高い書庫の壁には大きな肖像画が飾られており、そこには凶悪な人相をした男が描かれている。
姫はその肖像画を眺めながらポソリと呟く。
「お父様…ワタシ…【センチュレイドーラ】は魔族を携え人間界に侵攻し…必ずや仇を討ちます…人間共を降伏させて見せます…どうかお見守り下さい…」
【センチュレイドーラ】
それが彼女の名前。今は亡き魔王の娘であり、人間達を駆逐する事に闘志を燃やしている。
「………って、勢いであんな事言っちゃったけど…ヤッバ、こうしちゃいられない…!」
センチュレイドーラはハッと思い出したように駆け足で書庫を後にした。
〜〜〜〜〜
「えー、これより。新魔王様即位のスピーチを行う!静粛に!静粛に!」
魔王城のテラスに立っている先程の側近が、メガホンの様な形をした魔物を口に当て、外に大きな声を届ける。
テラスからは城下町が見渡せ、その城下町には集められた街人の多種多様な魔族達がひしめき合っている。
「魔王様だって?」
「新しい魔王が誕生か!一体誰が?」
「またかよー。どうせまたヤラれるだけだってー」
街人達は各々が思い思いに口を開いている。
そんな折、テラスにセンチュレイドーラも入ってくる。
「姫さ…いや、魔王様。町民は集まっております。早速スピーチ…あっ!」
センチュレイドーラは側近からメガホンを奪い取った。
「国民達!今日集まってもらったのは…」
センチュレイドーラは喋り出そうとするが、メガホンはハウリングのように聞くに耐えない金切り声を上げ始める。
ギィヤアァァァァァンンンン!!!!!
センチュレイドーラ、側近、町民達は思わず耳を塞ぐ。
「ひ、姫様!!!それはマンドラゴラです!!!頭を強く握って喋るんです!!!」
「え!?何!?なんて!?」
「頭!!!握って!!!強く!!!」
「え!?どこ!?ココ!?」
「そこそこ!!そこです!!」
センチュレイドーラは言われた通りに頭を握った。マンドラゴラの奇声は収まった。
まだキィーンと耳鳴りが残ってしまっている。
「うぅ…す、すまないみんな…コホン…では、気を取り直して…」
センチュレイドーラは何事も無かったようにスッと姿勢を正し…
「えー、今日皆に集まってもらったのは他でもない!今ここに新たな魔王が誕生した事を宣言する!」
そう言ってセンチュレイドーラはおもむろにテラスの手すりに立つ。
「あ、危ないですぞ姫…魔王様!」
「ワタシ…いや、我が【136代目魔王・センチュレイドーラ】としてここに君臨する事を宣言する!!」
それを聞き、町民はどよめく。
「なんだって!?あの姫様が…」
「女の魔王って…初じゃないか!?」
「パンツ見えてるぞ姫ー!」
街人達は思い思いにどよめいている。
「我の父【135代目魔王・センチュリオン】の意志を引き継ぎ…人間界を我ら魔族の物に…そして、そんな父の野望を邪魔した人間共に復讐する為に…立ち上がれ魔族達!!!人間に舐められ蔑まれるのはもう終わりだ!!!これからは我等が人間をこき下ろすのだ!!!我等の本当の恐ろしさを見せ付けてやろう!!!フハハハハ!!!」
「いいぞー!姫ー!」
「やったれ姫ー!」
「ずっとパンツが見えてるぞ姫ー!」
沸き立つ町民達。思い思いに歓声を上げている。
「ひーめ!ひーめ!」と掛け声も始まる。
「姫って呼ぶなオラァ!!魔王様だ!!!魔王様と呼べぇ!!!」
思わず前のめりになるセンチュレイドーラを側近が落ちないように支える。
「魔王様!危ないですぞ!!あと、下からはパンツが丸見えなので手すりから降りて!!」
側近はセンチュレイドーラを手すりから降ろし、メガホンを預かり喋り出す。
「…という訳で、人間討伐の為の徴兵を始める!城から徴兵通告を受けた者は城に集まるように!配属エリアはそこで教える!」
側近はそう言ってセンチュレイドーラに向き直る。
「これで良いのですね?ひ…魔王様」
「うむ。上出来だ。我の指揮の元なら人間など赤子を扱うも同然よ…フフフ…」
「全く…こんなワガママポンコツお姫様を慕う国民達…なんだかんだと、信頼され愛されてますよねぇ…(ボソリ)」
「何か言ったか?」
「いえ、何も…。して魔王様、勝算はあるのですか?人間には135代目の魔王まで歯が立たなかったんですぞ?」
「心配するな。我は今までの魔王とは違う。歴代の勇者や魔王の行動パターンは把握している。"魔王はこういうものだ"と言う人間達の先入観の裏をかく。そして"毒をもって毒を制す"。人間達の知恵を思う存分活用させて貰う…フフフ…」
センチュレイドーラは不敵な笑みを浮かべながら城の中に戻る。側近はそれについて行く。
「…では、いよいよ"アレ"を使うのですね…」
「勿論。フフフフ…人間共、恐れ慄くぞ!フハハハハ!!!情けなくギャフンと叫ぶ人間共が目に浮かぶわ!!フハハハハ!!!」
センチュレイドーラの笑い声は城中に響き渡るのだった。
ドタタッ!!ビタン!!
「ギャフン!」
躓き、床にすっ転ぶセンチュレイドーラ。
「キマらないですねぇ…魔王様」
続く…




