第百八十八幕【いくつになっても甘えたって良い】
「うぅん…」
イズミルが目を覚ますと、自分が遥か上空に浮かんでいる事に気付く。
「へぁっ!?」
驚くも直ぐに状況を冷静に分析する。
バサッバサッバサッ
…と重い羽ばたきの音。
何者かに掴まれうつ伏せの宙ぶら状態のイズミルはゆっくり背後に目線を向けると…そこには巨大なアゲハ蝶の姿。
「も、もしかして…リーサ様…?」
その声に反応してアゲハ蝶は目をイズミルに向ける。
「イズミルちゃん!毒は消えた?」
「えっ?………あ、ほんとだ毒が消えてる…!」
毒どころか、顔の傷や衣服の汚れも綺麗になっていた。
リーサが巨大なアゲハ蝶に化現した時、眩い光はイズミルを包み癒したのだ。
「後は私がなんとかする。イズミルちゃんは離れててくれる?」
「………はい!分かりました!………リーサ様………お願いしますっ!」
イズミルは巨大なアゲハ蝶となったリーサに敬礼をし言葉を続ける。
「このまま離して降ろしてもらって大丈夫です!」
リーサはコクリと頷くと、枝のような細い脚で抱えていたイズミルをパッと離す。
イズミルは着地直前で【無重力の章】を使ってゆっくりと地面に足をつける。
そして再び見上げてリーサに一礼すると、イズミルはその場から離れて行く。
それを見届けたリーサはスコピールに向き直る。
「さぁ、スコピール姫…どうか大人しく投降して頂けませんか?悪い様には致しません。貴女の身の安全を保障します」
「ハッ!!何を言うかっ!!宝箱配置人風情がどの口でっ!!」
スコピールはハサミをジャキンと鳴らしてリーサに向けた。
「あくまで抵抗を示しますか…残念です。それでは…少し大人しくしてもらいますっ!」
バサッバサッ!と大きく羽ばたくと、リーサの大きな羽は光を集め白く輝き始める。
羽ばたく度に舞い散る鱗粉が光を反射しキラキラと光を反射する。まるで天から舞い降りた巨大な”女神”のようだった。
「させるかッ!!!」
スコピールは尻尾を大きく大地に叩き付けるとその勢いのまま体躯を浮き上がらせ飛び上がる。
そのまま上空のリーサに飛び付き、脚でガッチリとリーサにしがみ付くと二本のハサミをバシッバシッ!っと切り刻む。
…が、切り刻んだ内から宙に舞う鱗粉が傷に集まり修復していってしまう。
「クソッ!!」
ハサミを大きく開き、その間に魔力を集め…大きな二つの火球を造りリーサの頭に向かって至近距離で一気に放つ!
目の前で大爆発し、その爆風にスコピールも吹き飛ばされ地面に転がる。
脚をつけズザザァッと滑りその場に止まり空を見上げるスコピール。
爆発で黒煙が上がりリーサの姿が確認出来ない。
しかしその瞬間、黒煙の中がピカッと光ったかと思うと、直後に黒煙の中から真っ白に輝く二本の光のビームがスコピールに向かって飛び出してくる。
「なっ!?」
そのビームの凄まじい威力は黒煙さえ消し去り、リーサの二枚の羽に集まった光から放たれている事が分かった。
ドガガガガァァァァァーーーーーン!!!!!
地面に着弾したビームは地面を大きく抉る…大地を大きく捲り上がらせ…しかし、抉った大地はまるで逆再生のように瞬時に元の姿に戻っていく。
少し反応が遅れてしまったスコピールは寸でで横に飛び退き直撃を回避するも、右腕はビームに巻き込まれ吹き飛んでしまう。吹き飛び地面に落ちた右腕は魔力が解け霧状に消えていく。
(ぐぅ…ッ!!呪術がこれ程までの威力とは…ッ!いや、あやつだけの力ではない…あの呪術書…ッ!あの呪術書の力が共鳴しておるのじゃッ!)
スコピールは辺りを見渡す。
イズミルが背後を見せ遠く離れていくのが見える。
(あの呪術書を切り刻めば、あやつの力も半減するはずじゃ!!)
イズミルに向け走り出すスコピール。
それを見たリーサはスコピールを中心にグルグルと円を描いて上空を周り始める。
徐々に速度を上げるリーサ。それに合わせてスコピールを囲うように砂煙の壁が出来る。
造り上げられた竜巻の中に閉じ込められるスコピール。
「この…ッ!!」
竜巻の壁に立ち往生するスコピール。グルグルと周り続けるリーサが羽をバサッと振るとスコピールに向かって光の刃が飛ばされる。リーサは何度も何度も光の刃を飛ばしていく。
バシュッ!!バシュッ!!バシュッ!!
スコピールから見ると、竜巻の壁から突然飛び出してくる光の刃を、何とか避けるのに精一杯だった。
避けた光の刃は地面に切り刻まれる…も、瞬時に地面は修復していく。
「破壊と創造を合わせ持つか…まるで"神"じゃな…」
左腕と尻尾を竜巻の壁に向けて、一心不乱に魔法を放つ。
壁にぶつかり爆発する火球が、どれかリーサに当たれば良いと次々と放たれる。
「何処じゃ…!!何処に居るッ!!」
ズパンッ!!
スコピールの死角から狙ったように光の刃は左腕をも切り落としてしまった。
「く………クソ…………」
成す術なく、一方的にやられていく自分に情けなさと不甲斐なさが込み上げる。
「サラアラウスの分際でぇぇぇ!!!!!ソウルベルガが負けるわけがないのじゃあああぁぁぁ!!!!!」
両腕を落とされた巨大サソリは、残った尻尾をブンブンと振り回す。
竜巻の回る方向とは逆回転に激しく尻尾を回す。
すると、竜巻が少し弱まり…壁が薄くなる。
外の風景が透けて見えるまでになり、その竜巻を起こし周っているリーサの姿もなんとか視認出来るまでになった。
「そこじゃあああああぁぁぁぁぁ!!!!!」
地面を蹴って飛び上がり、尻尾を刺し向け、見事リーサの胴体を尻尾で貫きそのまま刺し倒しリーサに上からのしかかるように地面に倒した。
「貴様なぞにッッッ!!!魔法軍事国家のソウルベルガが負ける訳がぁぁぁぁぁ!!!!!」
ザクッ!!!ザクッ!!!ザクッ!!!
リーサを何度も何度も執拗に尻尾で串刺す。
最早、我を失くしてしまったように一心不乱に。
「哀れですね…。力に溺れるだけでは強くなれませんよ。その力を…誰かを救う為に使えば…自ずと人は何倍も何十倍も強くなれるのです…」
「うるさいっうるさいっウルサイッ!!」
何度刺しても、刺した瞬間には傷は癒えていく。
リーサは呆れたように溜息をついた後に、上にのしかかるスコピールを大きな羽で包み込む。
「もう…心配しなくて良いのです…私達に任せて…貴方は休んでいて下さいっ…」
包み込まれた羽の中は白く輝く。スコピールはまるで、ふわふわと白く輝く広い空間に投げ出されたような感覚に陥る。
ーーーーー
「なんじゃ………ここは………」
ふわふわと宙に浮かぶような浮遊感。そして、暖かく心地よい…記憶の中で身に覚えのある感覚…
スコピールがまだ小さかった頃に、両親に愛され…抱きしめられていた時のような…
その暖かさと幸福感…
いつの間にかサソリへの化現は解け、スコピールは元の人の姿に戻っていた。
自分のイメージが具現化したのか…リーサが見せる幻覚か…目の前にはスコピールの両親が現れ、スコピールを手を広げてにこやかに待っている。
「パパ………ママ………」
フラフラと両親に近づき、そのまま両親に抱き包まれる。
「いつからだったか………パパとママにこうやって甘えなくなったのは………」
スコピールの目から涙が溢れ出す。
分かっている。いや、分かってない振りをしていた。
両親を失ったのは自分のせいだった事、禁断の魔術に手を出し、そのせいでソウルベルガが崩壊した事。
「………パパ………ママ………ごめんなさい………ごめん………なさい………ぐすっ」
両親は泣いて謝るスコピールを優しく包み込み、優しい笑顔でただ頭を撫でてくれるのだった。
ーーーーー
さっきまで巨大な巨蟲同士が激しく争っていたはずが、いつの間にかポツンと姿が消え、激しい戦いの音すら聞こえなくなってしまっていた。
何があったのかとリーサとスコピールが争っていた場所まで戻って来たイズミル。
「リーサさん!大丈夫ですか!?一体どこに行ったんですか!?」
キョロキョロと辺りを見渡しながら進んでいると…
人間の姿に戻ったリーサとスコピールの姿を見つける事が出来た。
「な、何があったんですか?」
仰向けに倒れるリーサに抱かれながらスコピールがぐすぐすと泣きながら頭を撫でられている。
「少し…甘えん坊になってるだけです…ね?スコピールちゃん…」
リーサはスコピールを抱きしめ優しく頭を撫でる。
「何があったか分かりませんが………と、とにかくっ!今の内にスコピール姫を拘束しましょう!!」
イズミルはディアゴに手をかけページを開き【亀甲呪縛の章】を…
「わ、わぁ!!イズミルちゃん!!もう大丈夫!!スコピールちゃんはもう大丈夫だから…」
リーサは手を振ってイズミルを制す。
「そうですか…?リーサ様がそう言うなら…」
イズミルはディアゴから手を外す。
そして振り返り、リューセイとドーラが戦っているであろう方角に目を向ける。
「こっちはなんとかなりましたよ…後はリューセイさん…お願いしますよ…」
まだ戦いは終わっていない。
大本命の…魔王であるセンチュレイドーラが残っているのだから…
続く…




