第百八十三幕【なんでわざわざ空で戦うんだ!】
「お父様………」
食堂の長机の端に座る幼い頃のドーラ。
姫らしく綺麗なドレスを身に纏い、目の前の豪華な食事を見つめながら口を開いた。
「食事中の私語は慎みなさいドーラ」
ドーラの対角線上に座るのは父親であり当時の魔王であるセンチュリオン。
厳かな佇まいでドーラに目を向けず、静かに諭して食事を続けている。
「ですが…この機会でしかお話が出来ないので…!」
カチャリ…
センチュリオンは持っていたフォークとナイフを置いてドーラを見据える。
「なんだ?」
「お父様………その………魔王軍の兵士達が………連日の過酷な訓練で辟易しています。城下町の国民も…お父様に恐れ慄いて…従わざるを得ないといった状況…。何故その様に皆を虐めるのですか?」
そんなドーラの言葉に被せる様に、センチュリオンは続けた。
「それが魔王と言うものだ。なんだ?ババロアにそう言えと言われたのか?」
「違います!私が聞きたくて聞いてるんです…」
「ドーラ。お前も姫として、国を担って行くのだ。同情や憐れみの感情は捨てろ。それが我が国の兵士や国民であっても。魔王を担ってきた先代は全員そうして来たのだ」
「私は…お父様が恐れられ、恐怖の対象にされているのが嫌なのです!………お父様はもっと…尊敬され敬われるべきハズ…」
「ドーラ。お前はお母さんに似て余計な"優しさ"を持ってしまっている。それでは本当に強い者にはなれぬぞ。忘れたのか?お前の母親が何故殺されたのか。人間なぞに優しさを向け…騙されたからだろう」
「それは…人間が悪かったのであって…」
「いいや、優しさを持っていたが為に…そこに付け入られたのだ。………ドーラ。お前もいずれ母親の様にその隙を突かれてしまうぞ。良いか。仲間は作るな。信頼するな。自分以外は裏切る。自分以外は邪魔になる。必ずな。お前が最近仲良くしている城下町の娘もだぞ」
「………ジャックは良い子です」
「彼女を配下にするのなら止めはしない。だが、仲良くし過ぎだ。配下であろうとも隙を見せるべきではない。彼女がもしお前を裏切ったら…」
ガシャン!
ドーラは机を叩いて立ち上がる。
「ジャックはそんな事しません!!」
「それだけじゃない。彼女が敵に捕まったら?彼女が戦場で怪我をしたら?お前はそれを切り捨てられるのか?」
「……………私は見捨てません……………」
「だから駄目だと言うのだ。そういう気持ちだと指示を出す上で行動も時間も制限され足枷になってしまう。それでは戦えないんだよドーラ。兵士も国民も、友人、家族でさえ、切り捨てられるだけの無情さ、冷酷さ、冷淡さを備えて居なければ魔王にはなれないんだ。そうすれば感情や状況に流される事は無くなる」
ーーーーー
(結局、そのやり方でダメだったじゃないお父様…)
ガキン!バシュ!ドシャ!
打ち合い、弾き合い、組み合うリューセイとドーラ。
そんな最中に、過去の自分の記憶が何故かドーラの頭の中で駆け巡る。
(ここで負ける訳にはいかない…お父様を含めて…今までの魔王と違うって所を…私のやり方が間違ってないって事を証明する為に…!!)
「ドーラッ………!!心此処に非ずって感じだな…!!集中しろよ!!」
ギリギリと武器を押し付けリューセイが言った。
「分かってるわよッ!!」
ガキン!!
化現させたムカデの尻尾でリューセイを弾き飛ばす。後方に大きく飛ばされたリューセイだが、ズザザーと地面を滑って立て直す。
しかしその直後、追い打ちをかけるようにドーラが地面を蹴って急接近し、空高くリューセイを打ち上げる。
それを追い掛けるように、ドーラは尻尾を地面に叩き付けて飛び上がり、リューセイを空中で強襲する。
ガキンッガキンッ!!
ドンドンと高度が上がっていく中、空中で繰り広げられる格闘。
どちらもダメージを受ける事無く攻撃を弾き合っていく。
「時間は掛けないわッ!!速攻で決着付けてやるッ!!」
振り下ろされたムカデの尻尾を光伝力放射砲で弾いたリューセイはその衝撃で地面に向かって急速に落ちていく。
その隙に、ドーラは自分の胸に手を当て力を込める。
途端に、手から黒い霧が溢れ出し…黒い霧は大きな巨影となって広がり始める。
センチュレイドーラ第三形態。
一人の人間を狙うには余りある巨体をうねらせ、巨大なムカデとなったドーラは地面に向かって落ちていくリューセイにその細長い鎧のような真っ黒な身体を伸ばす。
まるで空を舞う龍の様に。
リューセイにドーラの毒牙がその身体を貫かんと迫ってくる。
「勇者様ッ!!」
光伝力放射砲から心配するユーリルの声が聞こえる。
「任せろ!!」
ドーラに身体を向けながら落ちていくリューセイは、空中で迎え討とうとする。
「私の力は…!」
「ユーリル、発火しろ!!」
「了解です!」
途端に光伝力放射砲の砲身が真っ赤に光り始め、メラメラと陽炎が揺らめく。
迫りくる巨大な毒牙を渾身に振り被って打ち返す。
ガキンッ!ガキンッ!
打つ度に火花が散る。
空中で身軽に切り返すリューセイ。
巨大な体躯の敵との戦いも手慣れた手付きで、ドーラの攻撃を弾いていく。
ーーーーー
その頃並行して、巨大なサソリとなったスコピールとたった一人で対峙するリーサ。
「どうしようどうしようどうしよう!!」
泣きながら追って来るスコピールから必死に逃げるリーサ。
岩の陰に隠れる。
しかし、直ぐにスコピールのサソリのハサミが岩を粉砕する。
バゴォォォーーーン!!!
「いつまで逃げ回っておるのじゃ!!反撃してきたらどうじゃ!!」
「む、無理ですよぉ!!わ、私一人ではッ!!ダルクスさん!イズミルちゃん!早く戻って来て〜〜〜!!」
岩の陰、岩の陰へと隠れていくリーサ。
その隠れた岩をスコピールに次々壊されていく。
まるでモグラ叩きのようだ。
「えぇい…!!ちょこまかと…!!」
煩わしくなったスコピールは尻尾をググッと反らせると、思いっきり辺りを薙ぎ払った!
ゴシャアアア!!!
モクモクと土埃が舞い、それが引いてくると薙ぎ払った場所が真っ平らな土地に様変わりしている。
しかしその真ん中で、ドーム型のバリアを出して無傷のリーサが立っていた。
「あ、あ、危なかった………」
プルプル身体を震わせ、怯えながら両手杖を構えている。
「小癪な…!!」
スコピールはサソリのハサミを開き、そのバリアを挟み込む!
バチバチッ!!
電気が辺りに走り、ドーム状のバリアにピシッ!とガラスの様にヒビが入る。
「ヒィィィ………わ、わッ!!」
怖がりながらも両手杖に魔力を込めてバリアを強固にしようとするも、バリアのヒビはビシビシと音を立てて広がっていく。
「このまま、バリアごとハサミで切り潰してくれるッ…!!」
「ふぬぅぅぅぅぅ!!!」
負けじと魔力を込めるリーサ。
力み過ぎて、鼻血が垂れ始める。
ーーーーー
リーサの危機を知る由もなく、リューセイは地面に真っ逆さまに落ちていく。それを追撃しようとドーラが首を伸ばして降ってくる中、ユーリルに話しかける。
「ユーリル!光伝力放射砲の放射は出来るか!?」
「はい!元々太陽の光りで自然に溜まった力と、私の力で…特大のビームをお見舞いしちゃいますよ!!」
「いや、使うのは太陽で溜まったパワーだけで…ユーリル、お前だけまだ残る事は出来るか!?」
「え、え、えぇ!?や、やってみますけど…!!必死にしがみついてないとダメかも…」
「なら必死にしがみついててくれよ!!」
リューセイはクルッと回転して、ドーラにではなく、グングンと近付いてくる地面の方に光伝力放射砲を向けて構える。
上からはドーラが牙をジャキンジャキンと鳴らしながら迫っている!
地面が近付き、激突する!といったタイミングで…
「今だッ!!!放射!!!」
バギョォォォン!!!
引き金を引いた光伝力放射砲の砲口からビームが放射され、着弾した地面は少し間の後、瞬時にボコッと広範囲に凹んだ。
そして、その特大のエネルギーをまるでロケットエンジンに見立てて急激に打ち上がるリューセイは、その背中を上から迫って来ていたドーラの顎へと思いっきりクリーンヒットさせる。
バゴォォォン!!!
まるでアッパーカットされたように仰け反るドーラの体躯は、そのまま荒野にバタァーーーーーンと壮大に土埃を巻き上げ仰向けに落ちる。
「いっっっっってぇぇぇぇぇ!!!!!」
背中を擦りながら尚もビームを吐き続ける光伝力放射砲で上昇していくリューセイ。
「ぐぐぐ………ど、何処に撃ったんですか…ッ!?」
中で必死にしがみついているのであろうユーリルが耐えながらの声で聞いてくる。
「地面に撃って、その上昇のパワーでドーラにぶつかってやったけど……!!クッッッソ背中いてぇ!!!」
「アホなんですか!?なんで直接撃たなかったんですか!?」
「ドーラに砲口を向けたって、簡単に躱されるだろ!」
「だからって…!!そんな自傷ダメージがありそうな捨て身技使わなくったって!!」
本来、生身でぶつかれば普通の人間なら耐えられるハズはないが、ファンタジーの世界で培われた魔力に守られた身体だからこそ出来る芸当だ。
「今度は急降下して倒れてるドーラを思いっ切り叩き付けるぞ!!」
リューセイはビームを吐き出す光伝力放射砲を今度は上に向ける。
空中で急ブレーキをかけた様に上昇が止まり、そこから一気に地上に向かって落ちていく。
続く…




