第百八十幕【エルガンドラスの魔窟】
千賀蘭丹と出会ってジアルナ地方の広大な荒野をしばらく進むが、荒野は未だに地平線まで続いている。
しかし、かつて人同士で戦争があったとされる場所なのだと実感させられる"爪痕"は突如としてリューセイ達の前に現れた。
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「うわ…これは凄いな…」
リューセイが呆気を取られた様に声を漏らす。
目の前には隕石でも落ちたような大きなクレーターが出来ていた。
「【エルガンドラスの魔窟】と呼ばれてます。かつて…ここに亡国を治めていた王の城と城下町があったとされてます………が、見ての通りです。ベルガルド公国の使ったであろう特大殲滅の魔法で…跡形もなく………まぁこれも、そう言い伝わってるだけで…確証はありません」
隣に立つイズミルも、大穴を見つめながら言った。
「エルガド………なんだって?」
「エルガンドラス。この世界に最初に現れた巨大なドラゴンの姿をした魔王の名前です。この大穴から現れた…と言い伝えられこの穴はそう呼ばれているんです」
「この穴から…最初の魔王が…」
「地下に眠っていた魔王が殲滅魔法によって起こされた…とか、亡国が従えていたドラゴンが解き放たれたとか…爆発の影響で魔界と繋がった…とか、色々言われてますが…兎に角、これだけはハッキリしてるんです。『ベルガルド公国と亡国の戦争の後から魔王が現れ始めた』という事が」
「関係してるのかな?やっぱり…」
「そう見るのが妥当です。………何か原因があるハズなんです………。私はいつか、この世界の真相を説き明かしてみせますよ…!」
「へぇ…イズミルにはそんな夢があったんだな!頑張れよ」
そんな話をしていると、いつの間にか忍び寄っていた千賀蘭丹が話しかけてくる。
「そのお手伝い…わーの力があればお役に立てるかもしれないとのコトです…」
「ダルさんは?」
リューセイが訪ねると、千賀蘭丹は首を横に振りながら答える。
「あの方は伸びている所をリーサさんに看病されているコトです」
「全く、そうなると分かって喧嘩売るんだからなダルさんは…。ここまで代わりに皆で荷車引くの大変だったんだから…」
「あの!それよりも…千賀蘭丹さん、お手伝いが出来るとは…一体どうやって…?」
イズミルが首を傾げると、千賀蘭丹は目を瞑り手を合わせる。
「空…海…大地………それらに宿る精霊達からの助言を…わーの護符の力を介して聞き取るのコトです」
「つまり、探し物が見つかると言う事ですか!」
イズミルは興味津々といった様に
「精霊…か。おいユーリル、お前の身内じゃないのか」
リューセイがそう呼び掛けると、ボワンッとその背後に現れるユーリル。
「神聖なものは天使や女神だけで充分です!!………多分、千賀蘭丹さんが語らっているのは…微生物…ウィルス…プランクトンや菌の類だと思われますねぇ」
「そうなの…?うっわ…夢が無い事言うなぁ〜…」
「そうですよ?精霊、妖精の類は大体それで説明が付きます!」
「え、え、じゃあ、何か知ってないか聞いてみて下さいよ!」
イズミルは急かすように千賀蘭丹に言うが、千賀蘭丹はサッと腕を差し出し、指と指をスリスリと合わせる。マージンを寄越せと言う事だ。
「うむむ…結局、そういう事ですか…」
「こちらも商売のコトです」
「でもさ!もし、そんな力があるなら…探してるお姉さんも簡単に見つかるんじゃないのか?」
リューセイがハッと思い出したように言う。
「そうですよ!」
うんうんと、イズミルも縦に首を振る。
「今ここに居る精霊の声を聞くコトです。語りかけた精霊達が見聞きして無ければ…勿論何も分かるコトは無いコトです」
「そんな上手い話は無いですね…。それって、語りかけた結果何も分からなかったら返金は…」
「無いコトです。探し物が近くに無いと分かる事も…大事な結果の一つのコトです」
イズミルはガクッと肩を落とす。
そんなイズミルを見て、顎に手を当てて少し考える千賀蘭丹。
「……………仕方ないですね……………分かりました。今日は特別に、無償でお試しに力を使ってあげるのコトです…」
「千賀蘭丹さん…!!」
パァッと顔を輝かせるイズミル。
ハァ…と溜息を付く千賀蘭丹。
そのまま、手を合わせゴニョゴニョと呪文のように唱え始める。
千賀蘭丹の周りを護符が舞い始める。
「空…海…大地におわします精霊の御心に…」
「…とは言え…こんな荒野のど真ん中にそう情報が転がってるとも思えないけどな」
ボソボソッとユーリルに耳打ちするリューセイ。
コクリコクリと頷くユーリル。
暫く呪文を唱えた千賀蘭丹の周りを規則正しく整列した護符がグルグルと衛星のように回ったかと思うとそのうちの一枚をパシッ!と指で挟んで取る千賀蘭丹。
何も書いて無かった筈の無地の護符に…文字…
では無い、記号のようなものが羅列し浮かび上がっている。
「答えが返って来たのコトです………。これは………大地の精霊様からのコトです」
「大地の………って事は多分地面に居る微生物の声を…」
「言わなくて良いから!」
ユーリルが言いかける事をリューセイが止める。
「そ、それで!!な、なんて!!」
イズミルが興奮気味に鼻息荒く聞く。
護符に目を通しながら、千賀蘭丹は口を開く。
「……………"もう少し具体的に質問をしろ"とのコトです」
ズゴシャ!
面々はその場でズッコけてしまった。
「ち、千賀蘭丹さん!!それならそうと先に言って下さい!!貴重なお試しを使ってるのに!!」
イズミルは尻もちを付いたまま声を上げる。
「いや…待つのコトです」
先程舞っていた護符の内の一枚だろうか、空からぴら…ぴら…とゆっくり落ちてくる一枚。
それを千賀蘭丹はパシッと受け止め、書かれている記号を読む。
「まだ何か言いたいコトがあるとのコトです………"ただ気になるものはある"………と」
千賀蘭丹は言ってクルリと踵を返して何処かに向かって歩き出す。
「え、ちょ、ちょっと!」
イズミルはその後を困惑しながら追いかける。
リューセイ、ユーリルもその後に続く。
荒野に立ち並ぶ岩柱の間を縫うように…何処かを目指して進む千賀蘭丹。
ある程度進んだ所で立ち止まる。
目の前には大きな岩。
千賀蘭丹は趣ろに後ろを付いて来ていた3人に振り返る。
「大地の精霊達は………この岩の下に何かがあるとのコトです」
「こ、この下に?」
リューセイは目を丸くさせ聞き返す。
千賀蘭丹はコクリと頷いた。
「ま、まるで動かせそうな岩では無いですけど…」
ユーリルが岩を見上げながら言う。
「………つまり…誰も手を付けて無いという事。皆さん!下がって下さい!」
イズミルが呼び掛け、岩に背を向けディアゴを開く。
【からくりハンドの章】を出し、大きなマジックハンドは大岩を下から持ち上げひっくり返そうと力を込める。
土埃が舞う中、徐々に大岩は持ち上がり始める。
「どっせい!!!」
イズミルの掛け声と共に、大岩はポーンとすくい飛ばされ、ゴシャーーーン!!と地面に落ちる。
元々岩があった場所に目を向ける。
パッと見…何も無い様に見えるが………
「いや、待って下さい!」
イズミルが岩が乗り凹んだ穴に入って足踏みして地面を探る。
ギィ…ギィ…
一部を踏むと軋んだ音が響く。
イズミルはリューセイに目を向ける。
察して、リューセイもイズミルに近付き、二人はその場でしゃがんで地面を探る。
取っ掛かりがあり、二人でグッと持ち上げると…
木の板で出来た蓋が持ち上がり…その下には地下に続く石畳で出来た階段があった。
「こ…こ…これは…!!」
イズミルは目を開いて驚きを隠せないといった具合だ。
千賀蘭丹は得意気にフン!と鼻息を出す。
「これが富天龍に300年続く老舗護符屋の力のコトです…!!」
「凄いですよ!!見て下さい、階段に積もった砂埃………見るからに………何年も何十年も…下手した数百年前から一切の手を付かず放置されてたような場所ですよ…!!」
イズミルは興奮気味に階段に足をかける。
そんなイズミルの肩に手を乗せ引き留めるリューセイ。
「おい、気を付けろよ………何があるか分からないからな」
「分かってます!そんな時は…リューセイさん守って下さいね!」
イズミルは言ってコツ…コツ…と、ゆっくり階段を降りていく。
その後をリューセイとユーリルも恐る恐ると付いて行くのだった。
「……………勿体ないコトをしたのコトです………。この大発見なら…相場より高めに料金を設定しても良かったのコトです………」
ハァ…と溜息を一つ吐いて、千賀蘭丹は階段には続かず背を向ける。
「わーは、ソウルベルガに向かわせて貰うのコトです。………ここは………とても嫌な空気が漂っているのコト。風水的に」
そう言って千賀蘭丹は人知れずその場を後にするのだった。
続く…




