第百七十八幕【災難!魔王軍野営地】
魔王軍野営地。
昼頃、魔界より弾薬や食料を補給したトラックがポータルを通って野営地に戻って来ていた。
そんな中、ババロアと戻って来た兵士達の間で一悶着が起こっていた。
「全く!なんて事をしてくれたんじゃ!」
ババロアが戻って来た兵士達を並べ叱咤している。
「これだけの大人が集まって…誰も気付かなかったのか!?」
「し、しかし…」
「えぇい!口答えするんじゃない!全く…ただでさえ問題が山積みなのに…」
ババロアは溜息を付きながら眉間に指を当てて首を振る。
そしてチラリと近くで見様見真似で通り過ぎる兵士達に敬礼をする、魔王軍の腕章を付けた幼気な少女に目を向ける。
「全く………まるで姫様じゃの」
そんなババロアの視線に気付いた少女が駆け寄って来る。
「ねぇババロア様!姫様はどこ?姫様に会いたい!」
「なりません!今、姫様は多忙の身。執務が忙しいから邪魔をするなと…テントに閉じ籠もって居られます」
そう言って、心配そうにドーラの執務用テントに目を向けるババロア。
「さぁ、ババロア様を困らせるな!魔界に戻るぞ!………全く。ポータルを一回使うのに面倒臭い手続きがかなり必要なんだぞ………ぶつぶつ」
兵士に肩を掴まれる腕章の少女。
すぐさまそれを振り払って離れる。
「私は帰らないよーだ!姫様のお役に立ちたいんだから!!」
そう言って少女はタタタ…と走って逃げて行く。
「こ、コラァ!!言う事を聞きなさい!!」
兵士はそれを追い掛けるのだが…中々にすばしっこい。
騒ぎを聞き付けて周りの兵士も追いかけっこに応戦するが、少女はヒョイヒョイと飛び掛かる兵士達を身軽に交わしながら逃げおおせてしまう。
「な、なんて逃げ足の早いガキだ…!!」
ーーーーー
一方その頃。
野営地の中をキョロキョロと見渡しながら…
スコピール姫が何かを探していた。
ハッ…と何かを見つけたスコピールはそこに向かった。
野営地の端っこ、倒れた丸太の上に背を向けて座るバッカルの姿があった。
「お主…何をしておる?」
スコピールはバッカルに後ろから声をかけた。
バッカルはチラリと目を向けるも、直ぐに前を向いた。
スコピールが覗き込むと、バッカルは手元でランドルトブラックの欠けたベルトのバックルをクルクルと回していた。
スコピールは静かにバッカルの横に座った。
「……………見張りも付けずに……………勝手に出歩いて良いの?」
バッカルは手元に目を向けたまま、ボソリと呟いた。
「…見張りはもう必要無いじゃと。妾も…逃げ出すつもりは無いからの…」
「あっそ…」
そして二人の間に沈黙が流れる。
暫くして先に口を開いたのはバッカルだった。
「………ブラックとジャックちゃんがさ………僕に言ったんだ。ヒーローになれって。………笑っちゃうよな。僕は冷酷で冷徹な魔王軍の四天王なんだぞ」
「そうじゃな。………確かにお笑いじゃな」
「無理だよ…僕にはさ………ヒーローなんてガラじゃない。………それを証拠にさ?………物凄くムカついてるんだよ。自分の感情を抑えておくので精一杯。そんな奴がヒーローなんてなれるわけ無い」
「何に腹が立っておるのじゃ?」
聞かなくても分かる気もしたが、スコピールは話を聞く姿勢を見せる為に言った。
「あの古城で…僕達がどうして生き延びられたか…君には分かるかい?」
そう聞かれ、スコピールは少し間を置いて口を開く。
「………ジャック達が逃がしてくれたらからじゃろ。命を張って…」
「違うよ」
スコピールが言い終わる前にバッカルはそう遮った。
「僕達は生き延びさせられたのさ…あの、"宝箱配置人"って奴らにね」
「何故そう思う?」
「覚えてる?…君が閉じ込められてた古城の地下牢にはまず"クルブシ"って奴の案内でジャックちゃんが…その次にフリルの案内で僕が地下牢に向かったんだ」
その時のクルブシの台詞を思い返すバッカル。
〜〜〜〜〜
バッカルが地下牢に着いた時、クルブシはこう言っていた。
【なるほど…クレナイさんにはバッカルさんがこちらに来るまでには決着を付けて置いて欲しかったんですがね…そうですか。まだブラックさんは…】
その後、フラップジャックが疑問を投げかける。
【……………それで話って……………?バッカルが関係あるの……………?】
【いえいえ、バッカルさんにも話を聞いておいて欲しかったんです。なので…良く聞いておいて下さいねバッカルさん?】
〜〜〜〜〜
「アイツは僕が来るのをわざわざ待って…話をちゃんと聞いておけと念押ししてた。………あの時から既に、僕は逃がされる手筈だったのさ。………ドーラちゃんに伝えるメッセンジャーの役目としてね………」
バッカルは言いながら拳を強く握り締めている。
「ムカつくなぁ………ムカつくんだけど………」
バッカルはそう言って一回溜息をついた後、更に続けた。
「………僕らには何も出来ないよ。………イクリプスも…ブラックも…ジャックちゃんでも敵わなかった相手なんだ」
それを聞いて、スコピールは急に立ち上がる。
「何を言っておる!!お主がそれでどうするのじゃ!!死んだ仲間の仇を討ちたいとは思わんのか!!」
「そんなのみんな望んでないよ…。僕らは足手まといにならないように大人しくしておいた方が良いんだよ…」
「妾は嫌じゃ!大人しく指を咥えて待っておるなど…!!妾の事を………ソウルベルガをダシにした事、許してはおけん!」
スコピールはそう言って何処かに向かい始める。
「何処に行くのさ!?」
「魔王がこの後どうするのか聞いてくる。妾も…宝箱配置人に一矢報いたいのじゃ」
「大人しくしてなって!ドーラちゃんは今忙しいから誰とも会わないって…!!」
「子供は待っておれば良い!!」
そう言ってドーラのテントへと向かうスコピール。
「………自分も子供じゃないか…!!」
バッカルはハァ…と溜息を付き、再び手に持つブラックのベルトバックルに目を落とす。
「ブラック………僕に出来る事って………?」
ギュッとバックルを握り締め…バッカルはまた深くその場で考え込むのだった。
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ドーラのテントへ向かうスコピール。
兵士が見張る入り口。それを無視して構わずスコピールはテントの中へ入ろうとする。
「おい!!ちょっと待て!!今ドーラ様は中で忙しく業務を…!!」
兵士に肩を掴まれるスコピール。
キッと兵士を睨みつけ、スコピールは声を上げる。
「ええい離さんかっ!!魔王はこんな時にテントに籠もって何をしておる!!直ぐにでも、奴らの動向を追うべきじゃろうが!!」
兵士の腕を振り払い、スコピールはバサッ!とテントに入る。
「コラッ!!貴様っ!!」
その後を追いかけて兵士も中に入る。
「姫…魔王様!直ぐにこの者を追い出して…!!」
「居らぬではないか」
テントに入ったスコピール。
そこはもぬけの殻で…居るはずのドーラの姿は無かった。
「ん!?あれ!?ひ、姫様!?」
兵士もギョッと目を丸くする。
テント中をキョロキョロ見渡した後、兵士は焦り気味にテントを飛び出した。
ババロアに報告に行ったのだろう。
一人残されたスコピール。
「……………魔王……………お主……………」
何かを察するスコピール
暫く立ち尽くした後、テントを後にする。
ドーラが居なくなった事で大騒ぎになる魔王軍野営地。
直ぐ様ババロアの指揮の元、魔王捜索隊が結成されドーラの捜索が開始される。
「全く………姫様………!!心配ばかりかけて………!!」
ババロアは頭を抱えて溜息をつく。
それから暫くして、スコピールまでもが再び姿を消す事になるとは、この時誰も知る由が無かった。
続く…




