第百七十七幕【No.1 熊猫辣】
「何処行きよったワレェ!!」
ヴァルルルル…
チェーンソーの音を響かせながら夜になった繁華街を瞳孔の開いた目で見渡しながらトコミヤがチェーンソーをふかす。
大通りを行く人達はトコミヤに目を合わせないように避けて通っていく。
それを近くの路地裏の陰からガウラベルとアンカーベルトが覗きながら…ヒソヒソ声で話す。
「全く………なんだよあの女!?KHKにしておくには勿体ないポテンシャルだねぇ…」
「ガウラちゃん…ここは早く街を出た方が良いと思うよ」
「えぇ〜!?………脳汁が足りない………まだアタイは充分にカジノで勝ってないんだよ…!!」
「生粋のギャンブラーだねぇガウラちゃん」
やれやれ…と首を振るアンカーベルトは続ける。
「でも…全部スっちゃったんでしょ?」
「そうだった…」
ガウラベルは顔に手を当て俯いた。
「何かクエストが無いか街を探してみようよ…報酬貰って…滞納金を大人しく支払おう」
「えぇ〜〜〜?折角ゴルドリーグに来てさぁ…。あ!アタイの元カレ脅して肩代わりして貰って…」
ガウラベルが言い終わる前にアンカーベルトは深々と被っていたフードを剥がし、自分の顔をガウラベルに見せつける。
「グッ…ぬ…」
「ガウラちゃん、ここは大人しく…」
「分かった!分かったから顔を見せるな!!」
そんな言い合いの中、後ろから忍び寄ってくる気配に気付いたガウラベルはバッ!と拳を構えた。
「僕ですよ僕!」
それはクサカベだった。
「なんだ…クサカベか…」
「なんだじゃないですよ…置いてっちゃうんだから…それで、これからどうするんですか?」
「クエスト探すんだってさ!!………旅を忘れて遊ぼうって言ってんのに………ぶつぶつ」
ガウラベルは頬を膨らませながらボヤく。
「自分が撒いた種でしょうに………」
クサカベは溜息交じりに首を振る。
「そうと決まればって言いたいところだけど、彼女が見当たらないんだよね」
アンカーベルトがそう言えばと思い出した様に口を開く。
「あぁ…マオラ…。あの子一体どこほっつき歩いてんの!?コッチがこんな大変な時に…!!」
「マオラちゃんは何も悪くないですって…」
「とにかく、クエストにはあの子にも手伝ってもらわなきゃ…」
「それなら任せてよ!」
アンカーベルトは自分の胸を叩く。
「多分マオラちゃんと一緒にヒュードロドも居るはずだ。僕の鼻と勘があれば…ヒュードロドの気配を辿る事が出来る…クンクン」
鼻をヒクつかせながら、アンカーベルトは地面に四つん這いになり犬のように臭いを嗅ぎながら路地を出て行く。
「ゲッ…またあの後を追い掛けなきゃならないの…?」
嫌そうな顔をするガウラベルにまぁまぁとクサカベはあだめながら、アンカーベルトの後をKHKを警戒しながら追いかけるのだった。
ーーーーー
「おいおい…ちょっと待ちなよ…」
ガウラベルが立ち止まる。
アンカーベルトが四つん這いのまま立ち止まったのは風俗街の前だった。
「ここにマオラが居るっての?」
「クンクン…ダメだね…お酒に香水、どんよりと濃い匂いが特に渦巻いて、ここからは匂いが辿れない」
言ってアンカーベルトは立ち上がる。
「た、た、た、大変じゃないですか!?マオラちゃんこんなトコに入っちゃったんですか!?」
「あの子抜けてるところあるからねぇ…分からず入っていっちゃったんだろ…」
「こんなトコ!一人で女の子が入ったら…何されるか分かったもんじゃないですよ!?」
「まぁ、マオラちゃんがトラブルに巻き込まれるような遅れは取らないと思うけどね」
アンカーベルトはハハハ…と笑いながら言った。
危機感の無い大人を見て、ジト目になるクサカベ。
「あんたら大人ってのはホント…」
「取り敢えず、通りに入ろう。何処かにマオラちゃんが居るはずだよ」
そう言ってアンカーベルトは行き交う人達に交じり通りに入っていく。
「ほら行くよ!クサカベ!」
トン!と肩を押され、クサカベも風俗街へと足を踏み入れた。
不安げにキョロキョロ見渡しながらクサカベは通りを進んでいく。
大人の雰囲気漂う…まだ大人ではない自分には場違いな場所。
「さっきから女性の行き来が多いねぇ…」
ガウラベルがふと、そう呟いた。
「それが不思議な事なんですか?」
「あぁ。働いてるホステスなら居てもおかしくは無いけど…さっきからすれ違ってるのお客の女性っぽいんだよね」
「新しいホストクラブでも出来たんじゃないかい?………ん?」
先頭を行くアンカーベルトは何かに気付き立ち止まった。
アンカーベルトが見る方向、そこには、女性達の列がとあるお店に向かい伸びていた。
「こんな時間にこんな所で女性客の列………って………何事!?」
ガウラベルも目を見開いて驚いている。
伸びている列が何処に続いているのか…
クサカベ達は先頭に向かって行く。
その列は、とある店の前へと続いていた。
「ここは………」
ガウラベルには見覚えのある店だったのか、顎に手を当てて考えている。
「あ!!!」
突然アンカーベルトが叫び、その店横の路地に駆け寄った。
路地にはヒュードロドがオロロロと気持ち悪そうに吐いていた。
「ヒュードロドぉぉぉ!!!可哀想にッ!!ココのどんよりとした空気に酔ってしまったんだねぇぇぇ!!!」
ヒュードロドに飛び付いて頬を擦り寄せているアンカーベルト。
「そのお化けがここに居るって事は………マオラは………」
ガウラベルが言うと、アンカーベルトが続ける。
「そこの店に居るハズだよ!」
女性達が並ぶ店。そこをアンカーベルトは指差す。
「ここは…元々あった寂れたホストクラブだったハズだけど………え?ここぉ?」
ガウラベルは訝し気に顔を顰めながらも店の中に入ろうとすると、店の男に引き止められる。
「おっと、ちゃんと列に並んでくれないと………って、ゲッッッ!!!が、ガウラベル………!!!」
「よぉークレソン。アンタまだこの店やってたんだぁ〜!」
「おま、おま、何しに来たんだよッ!!」
「潰れかけてたホストクラブがエラく繁盛してるじゃ〜ん?ちょっと中に通してよ」
「並べって言ってんだろうが!もう俺に関わらないでくれ!お前に蹴られた顎が未だにキシキシと軋むんだぞ!!」
「良いでしょ?アンタとアタイの関係じゃないか。失礼するよ〜」
「ま、待て待て!!おいッ!!」
ガウラベルを引っ張るクレソン。
しかしガウラベルは関係無しにクレソンを振り払って店の中へと入って行く。
クレソンはバタリと地面に転げ、クサカベは何度も申し訳無さそうに頭を下げつつ、ガウラベルの後に続く。
店内にズカズカと入って行き、奥へ奥へと進んでいくと…一際盛り上がっているテーブル席があった。
「あ…」
ガウラベルが気付きの声を上げる。
クサカベもガウラベルの見る方向に目を向けると…
「ぼ、ぼ、ぼ、ボクはお酒は、に、ニガテなんだ…!!」
「えぇ〜?こんな所で働いてて〜?」
「そ、そんなに近付かないでくれ…!」
「ねぇコレって何ー?」
「それは小籠包だ…!あまりベタベタ触ると………アッ!!」
「あっつ"ぁつ"ぁ!!!!!」
女性客に囲まれてもみくちゃにされている"男装をした熊猫辣"が居た。
「あ、アンタ…なにやってんの?」
ガウラベルが苦笑いで声をかけると、その声に気付いた熊猫辣は真っ赤にしていた顔を更に赤く染めて顔を引き攣らせる。
「が、ガウラ姐さん…!!」
「えぇ〜なにこのオバサーン。今は私達の相手して貰う番なんだけどぉ〜?」
そう言われて、一瞬肩を揺らしたガウラベルはニコリと微笑んだ後、テーブルに置いていたグラスを持ち上げる。
「ちょっと!!それ私のグラス…!!」
バリィーーーン!!!
ガウラベルはいとも容易く、グラスを握り割ってしまった。
「どうする?おかわりする?」
ニコリと微笑むガウラベルに恐怖した女性客のグループは顔を青ざめさせて「だ、大丈夫ですッ!!」と上擦った声でその場から逃げるように去って行った。
「マオラ…アンタ、男になったの?」
「ち、違うッ!!この店の男に半ば強引に頼まれて…断れなくて昨日の夜から捕まってたんだぞ!助けに来るのが遅いんじゃないか!?」
そんな中、クレソンがやって来る。
「いやぁマオラちゃん凄いよ。女性人気が尋常じゃなくてね。昨日と今日だけで歴代一位の売り上げを計上したよ!もう店は繁盛しちゃって!!ワッハッハ!!」
「僕は…特に何もしてないけどな…」
「ちょっと待って、マオラ、アンタどれだけ稼いだの!?」
壁にかかっていたボードの売り上げグラフを眺めるガウラベル。熊猫辣の名前があるところのグラフがグイーンと突き抜けて伸びていた。
「そ、そうなのか?…そんなの気にして無かったから…」
熊猫辣が言い終わるや否や、ガウラベルはクレソンの胸ぐらを掴みかかった!
「おいクレソン!!アンタ、マオラにタダ働きさせたんじゃないだろうね!?」
「そんなつもりはねぇよ!ちゃんと売り上げた分、給料は出すさ!」
それを聞いてガウラベルはくるっと踵を返し、ソファに座る熊猫辣のお腹に抱き着いた。
「う"っ"!!」
「マオラ〜〜〜〜〜………いや、熊猫辣様ぁぁぁ………どうか、どうかアタイに救いの手をぉぉぉ〜〜〜………」
「ガウラ姐さん!!!アンタにはプライドってものが無いのか!!」
クサカベは情け無さそうに肩を落とす。
熊猫辣のおかげでその後、KHKに滞納金を支払い事なきを得た勇者一行だった。
続く…




