第百七十六幕【必ずお支払いはして頂かないと!】
朝早くのゴルドリーグ。そのカジノの前でボーッと立ち尽くす少女が一人。
幼稚園帽を被った緑髪のショートボブの少女【トーヤマ】は、カジノの看板を見上げている。
「ダメですよ!」
そんな彼女に後ろから声がかかる。
腰に手を当ててキリッと眉を立てている黒スーツの水色ツインテ【セリザワ】だ。
「遊びに来たんじゃ無いんですから!…ゴルドリーグは言わば、徴収課の書き入れ場所!忙しいんですからね!!」
「でもさぁ〜…折角来たんだし少しぐらい遊んでも"上"も許してくれるってさぁ〜」
「ダーメです!!ただでさえ"後輩"が頑張ってくれてる時に!!それに、トーヤマ先輩はどうせ子供だと思われて追い返されるのがオチですよ!!」
「チェ〜…」
トーヤマは不服そうな顔をして小石を蹴った。
その時、目の前のカジノの中から大きな音が鳴り響き始めた。
ガシャーン!!バリーン!!
ワーキャー!!
「始まった…」
セリザワが呟く。
カジノの入り口からは血相を変えたカジノ客が大騒ぎで飛び出して来る。
その中には、腰を抜かして四つん這いで這い出て来る男も…
ヴィィィィィン!!!!!
凄まじい音を轟かせながら、瞳孔を開いた【トコミヤ】が刃を回転させたチェーンソーを構えながらゆらゆらと出て来る。
目当てはその四つん這いの男らしい。
「さっきギャンブルで勝った分…キッチリ返済してもらおか〜〜〜???」
「ヒィィィ!!!い、い、嫌だ!!!折角の勝ち金をッ!!!誰が渡すかッ…!!」
「ほな、大人しく棺桶になって貰おかぁ!?言っとくが簡単には棺桶状態にはせぇへんで〜。じっくりとゆっくりとワレが後悔する程に………」
「トコちゃん…!!!落ち着いて…!!」
セリザワはそんなトコミヤを後ろから羽交い締めにして止める。
「セリちゃん先輩!ここで甘やかしたらアカン!!こういう、人を舐め腐っとる奴はなぁ〜…」
ヴィンヴィンヴィィィィィ………
チェーンソーをふかしながら男に向かおうとするトコミヤをセリザワはそれ以上行かせないよう引っ張る。
トーヤマが四つん這いで膝をガクガクと震えさせる男の前に屈んで声をかける。
「言う事聞いといた方が良いよ〜?あの子、脅しじゃなく本当にやっちゃうからね」
「こんな事…許されるのか…!!お前ら上司にクレーム入れてやるからな!!」
「それはお任せしますけど…考えるべきは"今"だよ?早くどうするか決めちゃわないと…うちのトコちゃん、ほんと辛抱が無いタイプだから…」
「フーッフーッ!!」
今にも飛び掛かって来そうな猛獣のようなトコミヤにチラッと視線を移し…男は観念したように項垂れる。
「……………分かったよッ!!……………払います……………」
「毎度〜〜〜」
トーヤマはニコリと微笑み立ち上がり、セリザワとトコミヤの元へ向かう。
「払ってくれたよ!」
「ホッ…」
セリザワはトコミヤを離し胸を撫で下ろす。
「なんやぁ。つまらへんなぁ。爪先ぐらい切ってやりたかったのに…」
つまらなそうにトコミヤは呟きながらチェーンソーのエンジンを止める。
「スマートな解決だったね。この調子で次行こう次」
トントンとセリザワの背中を叩きながら言うトーヤマ。
「何処がなんですか!!関係無い人達まで怯えさせて!!」
セリザワはダン!と足踏みして声を上げた。
「まぁまぁ。ほら、次の滞納者は誰だっけ?」
トーヤマに言われ、ハァ…と溜息を一つ付くと、セリザワは胸ポケットから手帳を取り出す。
「え〜っと…次は…あ!ほら、例の…」
「目撃情報によると…最後にゴルドリーグに居る事が確認されたから…まだここに居てくれてると良いんだけど…」
トントン
トーヤマは肩を叩かれ顔を上げる。
叩いたのはトコミヤだった。
「なぁ、アイツらちゃうか?」
トコミヤはそう言って、クイッと顎で方向を指す。
その方向に居たのは…
ーーーーー
「はぁ…さっきまで着てた装備より若干防御力が下がっちゃったじゃないですかぁ〜…」
「しょうがないでしょ!ゴルドリーグで揃えられる装備の中では一番良いヤツなんだから!」
クサカベとガウラベルが言い合いながら大通りを歩いていた。
ギャンブルに負けて失った装備を、アンカーベルトに買って貰ったのだ。
その二人の後ろをニコニコとアンカーベルトも付いて来る。
「アンタ、何ニヤニヤしてるんだ?気持ち悪い」
ガウラベルがアンカーベルトに気付きジト目で睨んだ。
「いやぁ…クサカベ君とガウラちゃんの漫才聴いてると微笑ましくて笑みが溢れちゃうよ」
「漫才じゃないわ!!」
「ねぇ、ガウラ姐さん!そう言えば、マオラちゃんはどうしたんですかね?」
クサカベがふと呟くと、ガウラベルは足を止める。
「そう言えば…昨日の夜にカジノの前で別れてから見てないねぇ…マオラの事だから心配しなくて良いと思うけど…」
「し、心配ですよ!何かトラブルに巻き込まれた可能性が…」
「まさかぁ〜?考え過ぎだよ。あのマオラだよ?トラブルに巻き込まれようものなら、あの子の鉄板が黙ってないでしょ」
「それはそうかもしれないですけど…」
そうこう話していると、クサカベ達の前に3人の女性が近付いてくる。
身なりからして、棺桶保険協会の者だとガウラベルとアンカーベルトは気付いた。
「あの〜、申し訳無いですけど…貴方達はもしや勇者一行の方々ですかね?」
セリザワが声をかけてくる。
「そうですけど…貴方達は…?」
クサカベはきょとんとしている。どうやらクサカベは馴染みが無かったようだ。
「私達は"棺桶保険協会・徴収課"の者です!棺桶保険の保険料滞納金に付いてのお話を聞きたいのですが…」
「えっ!?………今月分は銀行に預けたはずですけど…」
「あー、クサカベさんと………熊猫辣さん…あとアンカーベルトさんの分は問題無く頂いてます」
「えっ………と言う事は………」
クサカベはジト目で後ろをゆっくり振り返る。
その場をこっそりと抜け出そうとするガウラベルの後ろ姿があった。
「ガウラ姐さん!!………払って無いんですか?」
クサカベの声にビクッと肩を震わせ、ガウラベルはゆっくりと振り向く。
「えーーー………何の事?」
ニコッと笑いながらしらを切るガウラベル。
「もう!!頼みますよガウラ姐さん!!」
「しょ、しょうがないでしょ!!ここ最近何かと入り用だったし…!!」
「ほぉ〜?それで…ギャンブルに使う金はあったんやな?」
トコミヤもジト目でガウラベルを見据える。
「ぐ………ぬぬ………」
「ハハッ!ガウラちゃん、意外とお金に無頓着なところがあったんだね!やれやれ…」
アンカーベルトは他人事の様に言って首を横に振る。
「いえ、そちらのアンカーベルトさん。貴方にもお支払い頂いてない滞納金がありますよ」
「え"っ"!!………いや、僕の分は問題無くお支払い出来てるって………」
「アンカーベルトさん本人の分は頂いてます。しかし、貴方の仲間にされた魔物の分の保険料を頂いて無いのですが」
セリザワが手帳を確認しながら言った。
「ハァ!?アンタ、あのお化けを保険に入れてんの!?」
ガウラベルは顔を引き攣らせて声を上げる。
「も、勿論だよ!!冒険の仲間にしたら直ぐ棺桶保険に申請したさ!死んじゃったら可哀想じゃないか!!僕は別に魔物達で"人生縛り"してないからね!」
「アホか!!お化けはもう死んじゃってるだろ!!うわぁ〜勿体ない事を…」
「それに、アンカーベルトさんはお化けの前にドラゴンも保険に加えてまして…その分もお支払いが途中で滞ってますね」
「あ………ドラコの分解約してなかったねそう言えば………」
アンカーベルトはポンと手のひらを叩く。
「おい!!アンタ………アホなの!!?アタイより金額酷いんじゃないか!?」
「ハハ…でもクサカベ君に装備買った分でもうお金無くなっちゃった」
ブルルンブルルン…ヴィィィィィン!!
トコミヤがチェーンソーのエンジンをかける。
「聞き捨てならんのぉ…手持ちが無いなら今直ぐ、持っとる装備でもなんでも売って、金こしらえんかい!!」
「まぁまぁ、トコちゃんまだ早いって…」
どうどう…とトーヤマがトコミヤを落ち着かせる。
「く、クサカベぇ〜!その装備、一旦返品しに…」
ガウラベルは泣きつく様にクサカベにすがる。
「嫌ですよ!!僕はちゃんと払ってるのに!!自分の装備を売って下さいよ!!」
「嫌だッ!!アタイの装備だけは売れないよ…大切な装備なんだもん…」
「滞納するからいけないんですってば!!」
「僕はもう一回闘技場に行ってバレない様にひと稼ぎしてくるかな…」
アンカーベルトは頭を掻きながら言う。
そんな彼らの会話をプルプルと震えながら聞いていたトコミヤが、とうとう辛抱堪らんと地面をダン!と蹴った。
「えぇい!!うだうだじゃかぁしぃ!!とっとと滞納した分返せっちゅーんじゃ!!」
「トコミヤさん落ち着いて!!」
そんなセリザワの静止も間に合わず、トコミヤはチェーンソーを振りかざしガウラベルに飛び掛かった!
ヴィィィィィンガガガガガ!!!
咄嗟に飛び退いたガウラベル。
元々居た地面にチェーンソーは突き立てられ、石畳を削る。
「うわっちょ!?ちょっとそれはアクティブが過ぎるんじゃない!?」
「ここは一旦…逃げた方が良さそうだね…!」
ガウラベルとアンカーベルトは示しを合わせた様に頷き合ってその場から離脱する。
「待たんかいワレェ!!!」
チェーンソーを引き抜き、その二人の後をトコミヤは追い掛ける。
「ちょ…ガウラ姐さん!!?アンカーベルトさん!!?」
クサカベが置いてけぼりをくらう。
「大変だねぇ…勇者ってのも」
トーヤマに同情の目を向けられながら背中をポンポンと擦られるクサカベ。
「大人がこんなんじゃ先が思いやられるよ…」
クサカベは手で顔を覆って嘆くのだった。
続く…




