第百七十三幕【護符屋・千賀蘭丹】
【カタラウワ大陸・ジアルナ地方】
【ルジュアナ海岸】
内界の世界地図の右上に位置する大陸【カタラウワ】。
魔王軍によって陥落したソウルベルガのある大陸だ。
その遥か西沿いに位置する【ルジュアナ海岸】の桟橋に宝箱配置人一行は上陸する。
いつもなら静かな海岸のハズだが、人が多く押し寄せ多くの船が停泊しており【ミリオン高速船】では中々近付けず、小船を出してルジュアナ海岸に上陸する宝箱配置人一行。
「なんだなんだ?何を賑わってるんだ?」
浜の砂を踏み締めながらリューセイが言った。
「賑わってる訳じゃないだろ…あれは…」
ダルクスが顎に手を当てながら呟く。
海岸に集まっている皆の表情は険しく、恐れ慄いているものばかりだ。
「逃げてるみたいですね…この大陸から…」
イズミルが神妙な面持ちで呟いた。
「無理もない。ソウルベルガを陥落させた魔王が居るってんだから急いでここから逃げたいハズだ。だから海岸に集まっているんだな。船で逃げる為に…。何処に逃げたって同じだ。せめてこの内界から出ないとな」
ダルクスがそう言って軽く溜息を付く。
「人間界にこんなに直接攻撃を仕掛けてくる魔王なんて歴史を見ても珍しいですもんね」
リーサは言いながら手を合わせている。
「魔王は直接手を下さない…。自分の部下を人間界に送り報告を待つ…大人しく玉座で不敵に笑いながら待ってれば良い。そうであるべきだし、そうさせてたんだ。だから雑魚は"三強"が排除してくれるので事足りていたし、勇者を強くさせ根城に向かわせ魔王を討伐させる事が出来たんだ。センチュレイドーラは調子に乗り過ぎだ。アイツに魔王である資格は無ぇ」
そんなダルクスの言葉にリューセイが続ける。
「ソウルベルガを…本当にドーラがやったのなら…ですよね」
「リューセイ様!!またそんな甘っちゃんな事を!!」
ユーリルが頬を膨らませて憤る。
「そんな面持ちで、センチュレイドーラと戦えるんですか!?」
「本当にドーラがそんな事をしたなら戦うよ。ただ…真実を知りたい。話は聞く余地はあるハズだ」
「話なんか聞く前に殺されちゃいますよ!!………リューセイ様、忘れないで下さいね?センチュレイドーラを倒さないとリューセイ様は元の世界には………」
「分かってるよ!………分かってる………」
そこで、パン!と手を鳴らすダルクス。
「さぁ、ここからソウルベルガまでは長いぞ。何度か野宿する事になるだろうが気を引き締めて行こう。途中フィールド上に宝箱を配置しながらな…」
ガラガラ
荷車を引き始めるダルクス。
リューセイ達は顔を見合わせ。大人しくその後を付いて行く。
「………そちら方面に行かない方が良いコトです………風水的に」
ボソリとそんな声に引き止められる宝箱配置人一行。
「あ?誰だ今の…?」
ダルクスが見回すと、その声の主はダルクスのすぐ横にいつの間にか立っていた。
「どわっ!?どっから沸いた!?」
異国風の真っ黒な装束を身に纏い、顔色が悪く少し暗めな少女。"キョンシー"を思わせる風貌で頭に被った髑髏を象った帽子には棒が刺さっており、釣竿の様にしなって先端には糸が結ばれ…その先には長方形の紙が一枚吊り下げられている。そこには【護符屋】と書かれている。まるでチョウチンアンコウのようだ。
身体にも呪文のようなものが書かれた長い紙を巻き付いている。
「そっち方面に行くのは…オススメしませんコトです…風水的に…」
ボソボソと呟くその少女はニヤリと不敵に笑う。
「なんだお前は?………護符屋ぁ?護符屋がなんでこんな所に………」
ダルクスが訝しげに口を開く。
しかし、隣に居たハズの少女はいつの間にか隣には居らず…
荷車の後ろ、リューセイ達の側に移動していた。
「皆さんからは………死に足を踏み込もうとする………邪悪な気流を感じるコトです………風水的に」
「その出で立ち、貴女は"富天龍"の方ですね?」
イズミルが問い掛ける。
すると、少女はニヤリと不敵に笑い小さく頷く。
「"わー"の名前は"護符屋の千賀蘭丹"。邪悪な気が満ちる所に誘われ…迷える者に少しの道標を照らすコトです…風水的に」
手を組んでお辞儀する千賀蘭丹と名乗る少女。
「あー、うちは間に合ってるんで他を探すんだな嬢ちゃん。ほら、みんな行くぞ…っと!?」
ダルクスが言って動き出すと、千賀蘭丹はまたダルクスの前にいつの間にか現れヒョコと横から顔を出す。
「わーの風水的なコトはこれ、案外と馬鹿にならないコトですよ。この先は確実に良くない事が怒ります………風水的に………ひひひ…」
そう言ってまた不敵に肩を揺らして笑う千賀蘭丹。話し方といい、少し変わった娘であるのは間違いないだろう。
「護符だの風水だの気流だの…俺はそんなスピリチュアルなモノは信じねぇタチなの!」
「確実にッ!!………この中の誰かが一人………死ぬ事になるコトです………ひひひ…風水的に………そう出てるコトです」
そう千賀蘭丹に言われ、ダルクス以外の一行は息を呑む。
「そんな…!不吉な事言わないで下さいよぉ〜」
リーサがウル目で言う。
「そ、そうですよ!私達…これから魔王と一線を交えようとしているのに…!!」
ユーリルも頬をぷくりと膨らませて言う。
「ひひひ………でも大丈夫………そんな時の為に護符屋の千賀蘭丹が居るコトです………」
「護符屋って…具体的に何が出来るの?」
リューセイが問い掛けるとニヤリと笑うと千賀蘭丹は答える。
「例えば………【熱冷まし】の護符をおデコに貼れば………熱がす〜っと冷めるコトです」
「ほう?」
「【腰直し】の護符を腰に貼れば…たちまち腰痛は改善のコト………」
「へぇ…」
「【坂知らず】の護符を足裏に貼れば…どんな傾斜もなんのそのとのコトです………」
「そんな湿布みたいな効能なの!?」
「凄いですね!それって本当に良くなってるんですか!?」
イズミルが思いのほか食いついた。
ムフッ…とニヤけながら千賀蘭丹は続ける。
「いいえ…護符は貼った者に"思い込ませる"事を目的としているコトです…」
「チッ!なんだぁそりゃ。んじゃあ実際には何も起こってないのと同じじゃないか!」
ダルクスが口を挟み後ろを向いてタバコに火を付ける。
千賀蘭丹はそれを聞いてニヤニヤ顔をそのままに腰に付けたトイレットペーパーの様にホルダーに取り付けられたロール紙を一定の長さまで出してそれを千切る。
カラカラ…ビリッ!
短冊の大きさの一枚の紙を作る。
その紙に袖から取り出した筆でサラサラ…と模様と文字で【落とし穴】と書いてピッとダルクスに放るとその護符はダルクスの背中にピタッと張り付いた。
「……………どげっ!!!」
ドシャッ!
ダルクスは急にその場でお尻からズッコケた。
「何やってんですかダルさん!」
「いや、急に地面に穴が………あれ?」
勿論地面には穴は空いていない。
「す…凄い………!!」
イズミルは口元を抑えて関心している。
「効能は一度きりのコトですけどね………旅のお供に是非………損はさせないコトです………」
ニヤリと笑って護符を差し出す千賀蘭丹。
「あ、ありがとう!」
それを受け取ろうと手を伸ばすリューセイに千賀蘭丹が口を開く。
「一枚5000Gです」
直ぐに手を引っ込めるリューセイ。
「たかっっっ!!!!!金取るのかよっ!?払えるか!!」
「当たり前です…それに見合うだけの効能は保証のコトです…」
「ほらみろ!結局そういう魂胆なんだよ。スピリチュアル系は結局金に走るんだ。アコギな商売だぜ全く!行くぞお前ら…」
ペタッ
「あっつ!!!アッツァイ!!!あっつ熱ッッッ!!!」
【熱鉄板】と書かれた護符を貼られ、ダルクスは足元を飛び跳ねさせながら熱がっている。
「凄いけど………ゴメン、俺達そんなお金に余裕が無いんだよ。へへ…」
リューセイが恥ずかしそうに頭を掻く。
すると千賀蘭丹は顔をニヤニヤ顔からスンッ…と無表情にする。
「………貧乏人には用は無いコトです。この先、どうなっても知らないコトです………では」
用済みだと言わんばかりに千賀蘭丹は踵を返してその場から離れていった。
「なんだったんだ一体………」
その後ろ姿を見送るリューセイ。
「不吉な事を仰られてましたね…『誰かが確実に死ぬ』って………」
「リーサさん、あんなの護符を売る為のデマカセに決まってますって。ほら、もう行くぞみんな…」
ダルクスはヤレヤレと首を振って再度荷車を引いて歩き始める。
イズミルが何か顎を触りながら考え事をしてるのに気付き、リューセイは声をかける。
「どうしたイズミル?」
「いえ、あの千賀蘭丹さん…どこかで見た事あるような………似てる人かな………?」
しかしその場で結論は出ず…。
宝箱配置人一行はソウルベルガに向けて歩みを進めるのだった。
続く…




