第百六十八幕【地下牢決戦】
「……………スコピールを……………解放して……………」
戦闘態勢で構えるフラップジャックの頭のタコ足は今にもクルブシに掴みかからんと激しくうねっている。
「う〜ん…そういう訳にはいかないんですよね」
カチャ
クルブシは懐からシュヴァルツを取り出し、スコピールに向けた。
「……………!!」
「まず、こちらの話を聞いて頂けますか?………スコピールさんを傷付けたくないなら…」
ニコニコと全く悪びれもない様子でシュヴァルツを向けるクルブシ。
「………無駄じゃ。其奴は妾の事を憎んでおるからの…死んでも悲しんだりはせん…」
スコピールはゆっくりと首を起こしながら諦めたような口調で言った。
「いいえ…そんな事は無いハズです。そうですよね?フラップジャックさん?」
激しくうねっていたジャックの頭のタコ足が次第に下に降ろされていく。
その光景にスコピールは目を丸くする。
「………何故じゃ?」
「ドーラちゃんを……………悲しませたくないだけ……………酷く心配……………してたから……………」
「フフフ…そうですよね?貴女は無闇に攻撃出来ない。………スコピール姫を人質にして正解でしたよ。こうでもしないと…予想では貴女は私の話を聞く耳無しに、この古城を破壊尽くすまで大暴れしていたかと思います」
「……………そうだね………………」
「フフ…貴女程のじゃじゃ馬を飼い馴らすとは、魔王様は余程信頼されているのですね」
「妾は…其奴の抑制の為に…?」
スコピールはギリギリ…の歯を鳴らした。
「……………御託は良いから……………話って何……………?」
「まぁ待って下さい。それには"役者"が揃って…いや、今揃いましたね」
そうクルブシが言いフラップジャックの後ろに目を向ける。
「ジャック!!連れて来たで!!!」
「ジャックちゃーーーーーん!!!」
フリルに案内されやって来たバッカルの声だ。
しかし、緊迫した状況にバッカルの顔はすぐに曇り、ジャックの横に付いて頭の口を開いて戦闘態勢を取る。
「どういう状況!?コイツは!?」
「バッカル……………手を出さないで……………スコピールを人質に取られてる……………」
「こっちも大変なんだよ!!ブラックが一人でコイツの仲間と闘ってる!!早く応戦してあげないと…!!」
バッカルが言うとクルブシは目つきを細める。
「なるほど…クレナイさんにはバッカルさんがこちらに来るまでには決着を付けて置いて欲しかったんですがね…そうですか。まだブラックさんは…」
「……………どうやら……………貴方でも……………読みが外れる事はあるみたい……………だね……………」
「いえ、読んでた訳では無いんですよ…クレナイさんの実力に任せたんですが…ダメだったみたいですね…ふふ…まぁ、そんなのは些細な事です」
「……………それで話って……………?バッカルが関係あるの……………?」
「いえいえ、バッカルさんにも話を聞いておいて欲しかったんです。なので…良く聞いておいて下さいねバッカルさん?」
クルブシにそう言って微笑みを返され、バッカルは気分が悪そうにクルブシを睨む。
「貴方達は誰かを探してここにやって来ましたよね?………それは一体誰ですか?」
「……………ジャック達は……………元々勇者一行を追ってた……………魔王軍と勇者一行の間を……………邪魔する第三勢力の存在を知って……………そっちの調査に……………移った……………」
「それがお前達なんだろっ!?」
バッカルが続けた。
クルブシはまた余裕そうに首を振って微笑む。
「第三勢力………ですか。そうですね。貴方達が言う通り、私達は第三勢力【宝箱配置人】という存在です。ご存知ですか?」
フラップジャックとバッカルには聞き馴染みの無い名前。
しかし、それを聞いて驚くのはスコピールだった。
「何ッ!?宝箱箱配置人じゃと!?な、何故その団体が関係があるんじゃ!?」
「簡単な話ですよ。宝箱配置人は何があっても…世の中を乱す存在は許さない。そこに魔王軍が現れ…思い付いた。武力を誇示しいつ戦争を起こしてもおかしくなかったソウルベルガと争わせ玉砕させてしまえば良いと」
「何じゃと!?ソウルベルガは…宝箱配置人によって引き起こされたと言うのか!?」
「ちょっと待ってよ!!話に上手く付いていけてないんだけどさぁ!?…そもそもその宝箱配置人ってなんなんだよ!?」
バッカルが声を上げる。
「貴方達は会っているハズですけどね?…元は勇者一行を追っていたと話していましたが、そちらには会えましたか?」
「……………勇者一行とは……………何度か会った……………けど……………」
「いいえ、貴方達が会って居たのは"宝箱配置人"です。勇者一行ではない。貴方達は宝箱配置人を勇者一行だと思わされている。騙されているんですよ」
「……………なんで……………そんな訳……………」
「本当の勇者一行に出会わせない為にです。そうすれば貴方達は勘違いして宝箱配置人を狙う様になる。まさに、その通りに動いてくれましたよ貴方達は。ずっと宝箱配置人の掌の上で転がされていたとも知らずに…偽の勇者一行を追い、ソウルベルガを破壊しその名を世界中に知らしめ…まぁそれを広めたのも私達宝箱配置人ですが、ホイホイとここにもやってきて…全ては宝箱配置人の筋書き通りです」
「魔王軍がソウルベルガに大量殺戮兵器を使ったと流布したのもお前達なんだなッ…!!このッ…!!」
バッカルが瞳孔を開いて身を乗り出そうとするのをジャックが腕を伸ばして静止させる。
「……………待ってバッカル……………。……………どうしてわざわざそれをバラす必要が……………?」
「…別に?貴方達がホイホイと余りにも思った通りに動いてくれるものですから面白くて…。ハンデを与えたようなものです。これを言ってしまって…貴方達がどう動くのか気になりましてね。運否天賦に身を任せるのが好きなんですよ私は」
「この変態野郎…」
バッカルが今にも飛び掛かりそうな面持ちで呟く。
「……………貴方が言ってる事が……………本当だと言う証拠が……………無い……………」
「確かに。………でも、直ぐに確認出来ますよ。別動隊の宝箱配置人…貴方達が勘違いして追っていた方達もそろそろこの大陸に来られるでしょう。本人達に直接聞いてみれば良い」
「……………リューセイ達が……………」
ガチャン
クルブシが徐ろにスコピールの檻を開ける。
「さぁ、話はおしまいです。約束通り、スコピール姫は解放します」
訝しげにクルブシを見つめ怪しみながらもジャックはスコピールに駆け寄った。
繋がれた鎖をタコ足でバキンッ!と壊してスコピールを自由にする。
「……………さぁ……………立って……………」
ジャックはスコピールに手を差し伸べる。
しかしスコピールは手を借りずふらつきながら立ち上がろうとするが足が言う事を聞かないのか、こけてジャックに身を預けてしまう。
「……………もう……………」
ジャックは一つ溜息を吐き、スコピールを半ば強引におんぶする。
「よ、よせ!降ろせ!!子供扱いするでないっ!!」
「……………言ってる場合じゃない……………早くここから……………出ないと……………」
「………よもや…貴様に助けられるとはな………姫を檻から救う魔族か………どんな物語じゃ。冗談みたいな話じゃな………」
「少しはありがとうとか言えないのかね」
バッカルが呆れた様に言った。
「うるさいぞ小童め…。お主は何かしたのか?たまたまここに赴いた分際で…」
「むっかー。ねぇジャックちゃん!?少しは齧っても罰は当たらないよねぇ!?大体お前より余っ程長く生きて…」
「……………いいからバッカル……………。ブラックの所に案内して……………」
「ハァ………分かったよ。おいフリル!!行くぞ!!いつまで隠れてるんだ!!」
声をかけられ、空いていた檻の隅で閉じた傘の様に小さく壁に立てかかっていたフリルがバッ!と開き動く。
「う、うるさいわい!!別に怖くて隠れとった訳じゃないわ!!ワレらの邪魔にならんようにじゃなぁ…」
来た道を引き返す。
ニコニコと何もせず立ち尽くしているクルブシを警戒しながら階段に続く両扉に向かう。
ふと、クルブシが口を開く。
「さっき話した事…魔王様に伝えて宜しく言っておいて下さいね。……………まぁ、生きて戻れたらですが」
それを聞いてジャックはハッとバッカルの方に目をやる。
バッカルが両扉に手をかけようとしていた。
「バッカル!!」
バシッ!
「ぐえっ!!」
ジャックは咄嗟にバッカルをタコ足で扉の前から払い飛ばす!
檻を破壊して壁に叩き付けられるバッカル。
その直後、扉を何十本もの青白く光る剣が貫いて飛んでくる!!
ザクザクザクッ!!
飛んでいたフリルに何本もの剣が突き刺さる。
ジャックに向かって来た剣はタコ足ではたき落とすも、数本は顔の横を通り過ぎ、3本のタコ足が切り落とされてしまう。
「やっぱりこういう事かよッ!!」
バッカルは頭の口をパックリと開き、鋭い眼光で切り刻まれた扉を警戒する。
バタンッと前に倒れた扉の先の階段の前にはコンペキが立っていた。
「クルブシさん。本当ならここにはクレナイも居て一緒に乗り込む手筈だった。アイツ来ませんでしたよ。僕は約束通り…四天王の一人を始末しましたけど」
「えぇ分かってます。あの方の処遇はのちのち考えるとして…コンペキさん後はお任せします」
そう言ってクルブシは堂々とジャック達を通り過ぎ、コンペキの肩にポンと手を置いて何も言わず階段を登って行ってしまう。
床に転がる剣の突き立ったフリルの亡骸を見やり…ジャックは頭のタコ足を逆立てる。
「……………イクリプスも殺られた……………」
ドガガガガガッ!!!!!
ジャックは残ったタコ足を伸ばし、コンペキに向かい凄まじい攻撃を浴びせる。
「ちょちょ!!ジャックちゃん………!!」
バッカルは急いでジャックの後ろに避難する。
周りの檻を薙ぎ払い、外れた鉄の格子を掴んでそれも投げ飛ばす。
しかし、コンペキがまるで蜃気楼かのように通り抜けてしまう。
飛ばされた鉄の格子はドガガガガガッ!!と壁や床、天井に突き立っていく。
(……………無駄だ……………スコピールも居る……………この状況で戦うのは……………得策じゃない……………)
ピシシ…バゴッ!!
そんな音に、コンペキは思わず上を見上げる。
天井はひび割れ、落ち窪み、ガラガラッと音を立てて崩れ始めた。ジャックの攻撃によるものだ。
ジャックはその隙を見てバッカルをタコ足で抱えて階段を駆け上がる。
直後、背後からドゴゴォオオ!!と轟音を立てて地下牢の部屋は崩れた。
そこを一瞥して…
ジャックは階段を駆け上る。
〜〜〜〜〜
崩れた地下牢の瓦礫からコロコロ…と一つの目玉が転がる。
木製の義眼。
その義眼はフッと浮き上がり、次第にコンペキの姿が浮かび上がり義眼はコンペキの左目に収まる。
「やれやれ…危ないな。咄嗟に目を外して正解だったよ」
余裕そうに笑みを浮かべて、コンペキも階段をゆっくりと登り始めた。
続く…




