第百六十四幕【厚い雲に覆われて…】
ポツ…ポツ…
空から降ってくる雨粒がテントを叩く音がする。
ゴロゴロ…と音を立て、灰色の厚い雲が空を覆いはじめていた。
「嫌な天気…」
空を見上げてドーラが呟いた。
「姫様…!雨に濡れますぞ!テントの中へ!」
ババロアが駆け寄り声をかけてくる。
「えぇ…」
言われてドーラはババロアと共に執務用のテントに入った。
ドーラは服についた雨粒を払う。
「姫様。そう言えばデルフィンガルへの侵攻はいつになさいますので?」
ババロアが手ぬぐいで一緒にドーラを拭きながら言った。
「ソウルベルガでの一件で隊がかなり乱れてしまったからな…隊列を組み直すのにまだ暫く時間がかかるだろう。隊を再編成次第デルフィンガルに向かおうと思っていたが………四天王達が心配でな………皆に任せきりでここを離れて良いものか…」
「余計な心配です。そこは四天王に任せて姫様は軍隊の指揮を取る事だけを気にして下さい」
「それはそうだけど………あ、そう言えば」
ドーラはハッと何かに気付いたようにパチッと指を鳴らす。
「ババロア、四天王達に聞いておいてって頼んでおいたもの…どうだった?」
「え?………あぁ………」
「どうしたの?彼らが一番欲しいもの、やりたい事、そこはかとなく聞いておいてって頼んだだろ?」
「…いや、まぁ、一応聞いておきましたけども…」
「なんだ、だいぶ前に頼んでおいたのに。聞いてたなら直ぐに教えてくれれば良かったものを。いつも私の為に頑張ってくれてる魔王軍四天王達が戻って来た時に"プレゼント"するのに用意しておきたいんだ」
「"プレゼント"って…威厳の為に『褒美』と言って下さいよ…腐っても魔王なんですから…」
「だったらババロア!分かってるなら我の事は魔王様と呼びなさいよッ!!さっきから"姫様"って呼んでたの何回か聞き流し………って、そんな事はどーでも良い!さぁ、聞いた事教えなさいッ!!」
「ハイハイ………」
〜〜〜〜〜
数日前。
イクリプスの控えテントにて。
ババロアが掃除を装いながらテントに入る。
「イクリプス様。少しお邪魔しますよ」
イクリプスは机について優雅にティータイムを過ごしていた。
「ババロア様、お構い無く」
テント内に運び込まれた雑貨をパタパタとハタキで叩きながら…ババロアは世間話でもするように口を開く。
「…そう言えばイクリプス様。最近アテクシの友人が誕生日を迎えましてなぁ。齢1102歳にして恥ずかしながら…何かプレゼントを贈ろうかと思うのです」
「ほぉ…?それは良い心がけだと思いますよ。プレゼントはいくつになっても嬉しいものです」
「…しかし、アテクシと同じく歳老いた友人に一体何をプレゼントすれば喜んでくれるのか…皆目見当がつかんのです…」
「プレゼントは気持ちが大切なんです。祝ってくれたと言う事実が最大のプレゼントなのですよ。モノなどなんでも良いんですよ」
「ほうほう…。流石イクリプス様です。なるほど、それもそうですねぇ〜…」
「お役に立てたなら良かったです」
イクリプスはニコッと優しく微笑む。
「………あ、今ふと思ったんですが…。そう言うイクリプス様は何か、今欲しいものやりたい事など…なにかあるんですか?叶ったら嬉しいものです」
「ん〜?………そうですねぇ………何が嬉しいかな……………」
イクリプスは上を見上げながら顎にて手を当て少し考える。
「んーーー……………そうですね。この世から汚らわしいものが消えてくれれば嬉しいですかね」
「………ん!?」
「不潔な奴!……………家に帰って手を洗わない奴。………歯を磨かない奴。そういう輩が居なくなれば………世界はもっとより良いものになると思うんですよ」
「………あぁ………いや、その、他には何か…」
「他には………おしぼりで顔拭く奴!………あぁ、お風呂で下半身から洗う輩も………それとですねー…」
(そういう事じゃないんですよね〜…)
ババロアは思いながら、仕方なくそれをメモに書き留める。
【イクリプス様・汚いモノが無くなってほしい】
(絶対違う…)
ーーーーー
ランドルトブラック。
「世の子供達の笑顔。私にはそれ以上に大切なものは存在しない。子供達の笑顔が私の大きな力となるのだ!」
【ランドルトブラック様・世の子供達の笑顔】
ーーーーー
バッカル。
「カワイイ女の子!!!そうだなぁ〜、生意気で今まで痛い目を見たことが無い女の子程嬉しいかなぁ〜!その点イズミルちゃんは最高かなぁ〜!あ、スコピールちゃんも最近はメキメキとボクのお気に入りになりつつあるよ!ハァ〜…丸呑みにしてちょっとづつ消化してやりたいよ…クヒヒハ!」
【バッカル様・カワイイ女の子(生意気であれば尚良し)】
ーーーーー
「ドーラちゃんとエッチがしたい……………」
【フラップジャック様・姫様とまぐわいたい】
ーーーーー
メモに目を通したドーラはスッと真顔で顔を上げる。
「まぁ、褒美ってのはようは気持ちよ。魔王から直々に与えられたものならなんでも嬉しいわよね。そうと決まれば何にするか考えましょう」
そう言ってドーラは執務室の席に付いた。
(見なかった事になされた…)
「ほら!ババロアも何か考えてよ!」
「ハイハイ…」
〜〜〜〜〜
雨が激しく降り出した頃。
魔王軍四天王・イクリプス、ランドルトブラック、バッカル (あとフリル)達が調査する古城では特に目新しい発見もなく、暖炉のある応接間の様な一室に集まっていた。
ただでさえ薄暗い森の中の古城は、厚い曇のお陰でより一層暗くなる。
壁にかかった燭台や古びたシャンデリア、暖炉に火を付ける事で明かりを確保している。
「何も手がかりが無い…確実に誰かが出入りした痕跡があるのに…」
イクリプスは窓際で空を眺めながら呟く。
ブラックは腕を組み仁王立ちで部屋の入口近くでジッと立っている。
バッカルは火かき棒で暖炉の灰をかいている。
「バッカル君は何を?」
イクリプスがふと、バッカルに声を掛ける。
「こう何も見つからないって事は隠されてるんだよ。だとしたら、まさに暖炉とか秘密の入口とかありそうじゃん?」
「ふむ…確かに…。秘密の入口ですか…。あってもおかしくないかも…」
「しかしどうする。こう暗くなってしまっては探し物を見つけるのは一苦労だぞ」
ブラックは体勢を変えずに声だけを発する。
「…それもそうですが…。どうしますか?今日はここで寝泊まりしますか?」
イクリプスは冗談混じりにそんな事を言った。
その時、ふわふわと部屋を漂っていたフリルが急に声を上げた。
「………来るッ!!」
「え?何が?」
バッカルが見上げて言った。
「敵ですか!?」
イクリプスも身構える。
「いや、敵じゃない。………ウチのジャックじゃ。アイツがそこまで来とるようじゃ」
「ジャックちゃんが?なんでこの場所が分かるの?」
「ワシがおる所を察知出来るんじゃ。アイツとワシは一心同体じゃからな。"読んで字の如く"」
「へ〜〜〜?」
「ジャックさんが来てくれるなら安心です。彼女の"目"があれば暗闇でも問題ないでしょう」
「ワシ、ジャックを迎えに行って来るわ!」
フリルはそう言ってふわふわと窓から外に出て行った。
「では、ジャックさんが集まるまで私達はのんびりと…」
イクリプスが言いかけるも、ランドルトブラックが咄嗟に口を挟む。
「…そうは言ってられないみたいだぞ…」
ブラックはセンチュレイバーEX (ソード形態)を構える。
イクリプスも察して入口のドアの横の壁に背中を預け張り付く。
「誰か来ましたか…!?」
「あぁ…気配を感じる」
イクリプス、ブラックはお互い目を合わせ示しを合わせ頷き合うと一気に扉を開け廊下に飛び出した。
左右に伸びる廊下を二人は各々が戦闘態勢を取りながら確認する。
その直後、ボッボッボッ!と、廊下の燭台に青い炎が奥に向かって順に灯り暗い廊下を奥まで照らし始める。
「………!!廊下の奥!!!」
イクリプスが声を上げる。
明かりが灯りきった奥の突き当りにサッと人影が隠れるのが見えたのだ。
「コッチにも居たぞ…!」
ブラックが見ている方の廊下にも人影があった様だ。
二人は直ぐ様、別々に伸びる廊下を走って行く。
「ちょ、待ってよ!ボクはどうすんのさ!?」
バッカルも部屋から飛び出し声を上げる。
「バッカルは私と一緒に来るんだ!!」
走るランドルトブラックは振り向きながらバッカルを呼ぶ。
少し戸惑いながらもバッカルはランドルトブラックの方に走って行くのだった。
…続く。




