第百六十一幕【表裏一体。不穏の裏で】
とある森の中に隠れる様にそびえた廃墟の古城。
朽ち果て、植物に侵食されたその建物に怪しげな人影が出入りしていた。
黒いローブに身を包んだ集団。【エクス・ベンゾラム教団】だ。
古城の中の大聖堂。そこに吊るされた大きなエクス・ベンゾラムのシンボルマークのレリーフの前で手を組み祈りを捧げている銀色長髪の一人の男。未だに謎の多い教団の最高幹部【クルブシ】。
その後ろに二人の男が並ぶ。
赤髪の男【クレナイ】と青髪の男【コンペキ】だ。
まずはクレナイが口を開いた。
「クルブシが地図で指した森を言われた通り張ってたら…来たぜ。棺桶保険協会の奴らがな。取っ捕まえたんだが…その仲間が急に現れて邪魔されたよ」
「まぁ…問題はありませんよ。棺桶保険協会は"一応"の事なんで」
クルブシは身体を動かさず、優しい声色で返した。
「お得意の"勘"で仲間が居たのかどうかは分からなかったのか?」
「私の才能は"予言"や"占い"では無いのですよ。直感の二択がたまたま外れないだけ。そうですね"仲間の邪魔が入るか・入らないか"そう考えていれば結果も分かったんでしょうが…生憎そこまでは考えて無かったですね」
「二択ねぇ〜…」
クレナイが腕を組みながらそう口を挿み続ける。
「…その割には、棺桶保険協会が来るところをピンポイントで当てたよな。二択なんてものじゃない気がするが」
「いいえ?それも二択で導き出したんです。何度か地図にピンを落として…そのピンが刺さった場所に"棺桶保険協会が来るか・来ないか"を直感で考え…最後にピンが刺さった場所に"来る"事を賭けてみた…ただそれだけです」
「全く…とんでもない才能だ…ギャンブラーにでもなった方が良いじゃないですか?」
クレナイが半ば呆れた風に言う。
クルブシは静かに振り向き口を開く。
「コンペキさんの方はいかがでしたか?上手くいきましたか?」
「えぇ。魔王軍はソウルベルガ兵に扮した僕にまんまと騙されましたよ。ソウルベルガの姫はクルブシさんが言った通りに地下の秘密の部屋で太陽を造り上げていましたし。それを魔王に破壊させて…その後はすぐに、各国の信者に"魔王がソウルベルガを滅ぼした"と流布させました。…ソウルベルガの姫に禁断の呪術書を預けてからこうも思い通りに事が運ぶとは…」
「それにしても、何の意味があるんだ?そんな事しなくても、世界は充分魔王に怯えてただろ?」
クレナイが腕組みをしながら首を傾げると、クルブシがフフッと笑って続ける。
「いいえ、この噂を流して一番に飛び付いてくるのは"宝箱配置人"ですよ。彼らのシナリオには…魔王が国を崩壊させるなど無かったハズです。………大切なのは、魔王軍と宝箱配置人を対立させお互い潰し合って貰う事なんですから…」
クレナイとコンペキはお互い顔を見合わせる。
「貴女達の働きのお陰で…魔王軍も宝箱配置人も混乱している事でしょう。しかし…まだ足りません。彼らを玉砕させるには…もう一つ"勘違い"を植え付けないと…。それに必要な方がもう来られるハズ…」
「必要な方…?」
クレナイとコンペキが驚く様に目を丸くさせる。
…と、その直後。
その二人の背後に誰かが近付く気配がする。
「それは………妾の事か?」
振り返る二人の前にはスコピール姫が立っていた…
〜〜〜〜〜
【魔王軍・野営地】
【魔王執務用テント】
「姫様、失礼します」
そう言ってババロアが執務用テントの中に入って来る。
中で執務を全うしていたセンチュレイドーラは筆を止め顔を向ける。
「ババロア。姫様じゃなく魔王様と呼べ!」
「も、申し訳ありません…」
「スコピール姫の様子はどうだ?」
「テントで大人しくされてます」
「そうか。…で、何の用だ?勇者一行…もしくは、ソウルベルガを崩壊に導き…我等魔王軍もダシにしてくれた"第三勢力"が見つかったのか?」
「いえ、それに関してはまだ続報はありません」
「…では何だ?」
「その、フラップジャック様の事なのですが…」
「ジャック?」
「ここ数日、ご自身のテントからずっと出て来られず体調が優れないご様子なのです。こんな事フラップジャック様は今まで一度も無かったものですから心配で…」
「そうか…」
ドーラは顎に手を当て少し考えた後続ける。
「分かった。我が様子を見て来よう」
「お願いします。姫…魔王様ならフラップジャック様を元気付けられるかと思いますので…」
ーーーーー
…とは言われたものの、ドーラは少し気まずい面持ちだった。
ジャックがスコピールを襲撃しそれをキツく叱った夜から顔を合わせる事が無かったのを思い出す。
口には出さないがドーラはジャックの事を同性同年齢で気心の知れた唯一の"友人"として接して居た。そんな彼女に少しキツく言ってしまいどう顔を合わせれば良いか悩んで居た。
考えながらドーラはジャックのテントに着き、ソッとテントの中を覗く。
ジャックは簡易ベッドの上で布団に包まっている。
「ジャック…?………入るわよ」
言って、ドーラはゆっくりとジャックに近付く。
「ジャック?大丈夫?気分悪いの?」
言いながら顔を覗き込むドーラ。
ジャックは少し顔を向け、ドーラを認識する。
「……………ドーラちゃん……………」
普段物静かな口調の彼女が更にか細い声で口を開いた。
「大丈夫?………何か欲しいものはある?」
「……………大丈夫……………」
言って、ジャックは壁の方を向いてしまう。
「………そう」
少し無言の時間が続く。
痺れを切らして、ドーラは口を開いた。
「ジャック…悪かったわ…。この前は少しキツく言い過ぎたかもしれない…」
「……………」
ジャックは何も言わない。
ドーラは恥ずかしそうに頬を掻いて改めてピシッと立って深く頭を下げる。
「ごめんなさいジャック!………謝るから怒らないで?」
「……………ドーラちゃん……………」
クルッと再びドーラに向き直るジャック。
「……………なんで謝るの……………?ジャックは……………別に怒って……………無い……………」
「そ、そうなの?」
「……………ジャック……………やり過ぎて……………ドーラちゃんに迷惑……………かけちゃうから……………自粛してる……………」
「自粛って…」
体調が悪くてでもなく、ドーラに怒って…でも無かったので少しホッとするドーラ。
「ジャック。大丈夫よ。貴女を迷惑だなんて思った事無いから」
「……………そうかな」
若干塞ぎ込みなジャックを見て、ドーラはフゥ…と一息吐くと少し頭を掻いてジャックの布団に無理矢理入り、側に並んで横になる。それにジャックは少し驚く。
「……………ど、ドーラちゃん……………?」
「ねぇジャック。ワタシの城の寝室で小さい時何度かこうやって一緒に寝たわよね!覚えてる?」
「……………」
「嬉しかったわ〜…同性で同年齢の子がワタシの周りって居なかったから…本当にジャックが居てくれて凄く救われたの」
「……………そうなの……………?」
「それでもジャックって中々ワタシにも心を開いてくれなかったよね。初めて話してくれた時は本当に嬉しくて…」
「……………名前を……………『フラップジャックだよ』って……………それが初めて……………ドーラちゃんに伝えた言葉……………」
「そうそう!………悩んだ時とか…寂しくなった時とか…そんな時はいつもジャックに甘えてた。貴女ってほんとに…ワタシのかけがえのない唯一の友達で…」
「……………ジャック……………ドーラちゃんの……………役に立ててたの……………?」
「勿論!………どれだけ助けて貰ったか分からないわ………居てくれただけで………とても………」
「……………知らなかった……………逆に……………ジャックがドーラちゃんに……………助けられてばかりだった……………から……………」
「そんな事無いのよ。………今もそう。ジャックが居てくれるから…凄く安心出来る…」
「……………ドーラちゃん……………」
ドーラに顔を向けるジャック。
優しく微笑むドーラに心臓がキュッと締め付けられるジャック。
そんなドーラに、ジャックはゆっくり唇を近づけ…
パチン!
「痛い……………」
ジャックはドーラのデコピンを受ける。
「コラ。何してるの?」
「……………違うか……………」
「違うでしょ?もう!」
ハァ…と溜め息をつくドーラ。
しかし、直ぐにおかしくなって二人は笑い合う。
ーーーーー
「姫様………上手くフラップジャック様を元気付けられましたかな?」
暫くしてババロアがソッとジャックのテントを覗いた。
ドーラとジャックはお互い寝息を立てて一緒に眠っていた。
ババロアはそれを見て少し微笑んだ後、その場を静かに後にするのだった。
続く…




