第百六十幕【水平線に届け!この想い!】
「う〜〜〜…」
ギリギリと歯を食いしばりながら、縄で腕だけグルグルと縛られたトリンコロックは目の前で仁王立ちするベイルランドを睨みつけている。
「全く…懲りない奴だ。何度も何度も俺の邪魔をして…その度に返り討ちにあっている癖に」
フゥ…と息を吐き首を振るベイルランド。
その後ろからヒョコリと顔を出すリューセイ。
「でもね、それも無理ないすよ。ベイルランドさん、貴方トリコちゃんと結婚の約束して逃げたんでしょ?」
リューセイがそう言うと、ユーリル、イズミル、リーサの女性陣がピクリと反応する。
「えぇ~!?ひっどい!!それは聞き捨てならないですっ!!」
「それが本当なら…許せません!」
「男の人って…やっぱり…そういう…」
イズミルはディアゴから10tハンマーを…ユーリルはどこからかフライパンを…リーサは両手杖を構えながらベイルランドににじり寄る。
「ま、ま、待て待て!!トリコから何を聞いたか知らんが…」
ベイルランドはビシッとトリンコロックを指差し続ける。
「コイツは、5〜6歳の時に交わした口約束をずっっっと引き合いに出してくるんだよ!!」
「ご…ごろくさい…?」
ポカン…と目を丸くさせて、リューセイとダルクスが顔を見合わせる。
「だからなんだ!!約束は約束だろ!!アンタは確かに言ったんだ!!ウチが結婚してって言ったら…大人になったら必ずするって!!迎えに行くって!!」
キー!と腹を立てるトリンコロック。
「いや…だからそれは子供の時の…」
頭が痛そうに眉間に手を当てるベイルランド。
「そんなちっせー時の約束をアテにしてたんか小娘船長は。そんな約束はあってないようなもんだろ。なぁ?リューセイ?」
ダルクスはヤレヤレと首を振りリューセイに話をふる。
「そうだよトリコちゃん…そんなの男の社交辞令みたいなもんなんだし…本気にしちゃダメだy」
ドゴッグワンッパコンッ!!
10tハンマーとフライパンと杖が振り下ろされ、リューセイは床にボコボコになって突っ伏してしまう。
「見損ないましたリューセイさん!!女性の約束は一生ものなんですよ!!」
「そうです!!子供の時の約束だからって蔑ろにするのは…許せません!!」
「これだからハーレム異世界出身は…!軽いんですよ考え方が!!」
リューセイに不満を浴びせながらトリンコロックに駆け寄る女性陣。
「トリンコロックさん素敵です!!その一途な思い…私達も応援します!!」
「そ、そう…?」
少し恥ずかしそうに頭を掻くトリンコロック。
「チッ…これだから女ってヤツは…」
ベイルランドは頭を抱えて呟く。
そんなベイルランドにイズミルがキッと向き直りディアゴから10tハンマーをブンブンと振り回しながら近付く。
「ベイルランド様〜〜〜?ここは男として…キッチリ筋を通すべきです!!」
「待て!!待て!!………それはコッチの台詞なんだよ!!」
「…どういう事ですか?」
ジト目でベイルランドを見つめるイズミル。
ベイルランドはハァ…と一溜息付くとトリンコロックを見据える。
「口を開けば結婚結婚だ。………それよりも先に言うべき事があるんじゃないか?トリコ」
「な、何よ!何が不十分だって言うのよ!?」
「不十分だな」
腕組みをしながら意外にもダルクスが口を開き続けた。
「結婚ってのは人生に何かと"制限"をかけちまうものだ。一人だった時より自由でなくなる行為を望んでしまうのは…それだけ守りたいと思えるものがあるからだ。小娘船長、お前にはベイルランドにそう思わせるだけの本気の気持ちってのを一つでもちゃんと伝えたのか?」
「本気の…気持ち…?」
トリンコロックは呟く。
「結婚!結婚!の一点張りじゃ男は冷めちまうし重く感じちまうもんだ。その前にまずは純粋に…自分の気持ちを伝えてみたらどうだ?その筋を通してやっと、結婚するかどうかじゃないか?」
「自分の気持ち…うぅ…」
トリンコロックは頭で思案を巡らせる。
(………た、確かに………子供の時の約束に囚われて…ウチは一番大切な気持ちを伝えて無かったかもしれない………!)
「トリコさん…気持ちを伝えられる方がそばに居るというのは…凄く恵まれた事なのです…いつ、それが伝えられなくなるかもしれません。トリコさんには私の様にはなって欲しくありません」
リーサがトリンコロックの手を握り目を向ける。
「うぅ………」
ガクリと項垂れるトリンコロック。
何かを察し恥ずかしそうに言い淀んでいる。
しかし徐ろに立ち上がり顔を顰めながらも何かを決意した表情を見せる。
「わ、分かったわよ!!海賊の船長として培った度胸ってもんを見せてやろうじゃないさッ!!!」
言って、ベイルランドの目の前にザッと立つ。
ベイルランドはそんなトリコを黙って見据える。
「……………べ、べ、べ、ベイルランド………ウチは………」
ゴクリ…
周りの観衆は生唾を飲み込んで、その様子を黙って見届ける。
トリンコロックは顔を真っ赤にさせ、目をグルグルにしながら頭から白煙を立てている。
「ウチは………ウチは………ベイ……………ベイルランドの事がぁ……………」
モジモジと身体を揺らすトリンコロック。
ユーリル、イズミル、リーサは頑張れ!とトリンコロックにエールを送るような眼差しを向ける。
「す、す、すっっっ……………
好きなのーーーーーーーーーーッッッッッ!!!!!」
思いの丈をぶち撒ける勢いで叫ぶトリンコロック。
水平線にこだまするトリンコロックの想い。
「ハァ………ハァ………ハァ………い、言ったよ………!今度は………アンタの気持ちを聞く番だ………!!」
今にも脳が煮えたぎりそうな程の赤面をしながらトリンコロック。
「フッ………やっと言えたじゃないか」
ベイルランドは優しい笑みを浮かべてトリンコロックの肩に手を乗せる。
「それじゃあ………今度は俺が気持ちを伝えなきゃな………」
トリンコロックが潤んだ瞳をベイルランドに向ける。
「悪いな。俺は海賊稼業に専念したいんだ。だから、そういう色恋にかまけてる暇が無いんだ」
「え………」
瞬時に、トリンコロックの顔から光が失われる。
「い、い、いや、今の流れは………『俺も好きだ』って流れじゃないの………?」
「そういうのは流れで決めるもんじゃないだろう。何言ってんだお前はハハハ…」
ドゴッグワンッパコンッ!!
ベイルランドに10tハンマーとフライパンと両手杖が振り下ろされ、ボコボコになったベイルランドは床に突っ伏してしまう。
「これだから男は!!」
「乙女の心をもて遊ぶなんてサイテーです!!」
「おいたわしや…トリコさん………!」
ユーリル、イズミル、リーサは各々が不満をぶつけ、トリンコロックを慰める。
トリンコロックは肩を落として落ち込んでいる風に見えたが…
「ふ…ふふ…ふふふ…」
肩を震わせ笑っている。
バッと顔を上げたトリンコロックは目に涙を溜めるも、爽快といった顔で高らかに笑う。
「アーハハハ!!!別に!!!ただちょっと言ってみただけだし!!!アンタにその気が無かったってねぇ…!!」
トリンコロックは床に突っ伏したベイルランドを踏みつける。
「絶対にウチは諦めない!!絶対、何がなんでも…!!アンタを振り向かせてやるんだからーーー!!!アーハハハ!!!」
おぉ~…パチパチパチ
周りの群衆から声が漏れ拍手が送られる。
「こうやって痴話喧嘩は続いて行くのね…」
ヤレヤレと首を振り…ダルクスはミリオン船へと戻っていく。
「私達も…行きますか」
イズミルが言うと、ユーリル、リーサもコクリと頷いた。
「世話になったね。今度会う時は………コイツをウチが尻に敷いてる時だ!!」
トリンコロックは言ってニヤリと笑みを見せる。
「またお会いしましょう!」
「トリコちゃん頑張って!!」
手を振ってミリオン船に戻ろうとする女子組3人をトリンコロックは引き止める。
「待って!貴女達って何か使命を持って旅してるんでしょ?…何か、私達に手伝える事は無い?」
トリンコロックにそう言われ、お互いを見回すユーリル、イズミル、リーサ。
「手伝って頂けるなら…ハイ!是非手伝って欲しい事が…!」
イズミルがニコリと笑う。
一体何を頼んだのか。それが分かるのはちょっと先の話。
こうして、宝箱配置人と海賊団との一連のいざこざは一旦幕を閉じる事になった。
続く




