第百五十七幕【覚えてて欲しい】
「姫様〜!姫様〜!」
早朝、召使いが鳥籠の塔を見上げながらリーサを呼び掛ける。
朝食の時間、滑車で料理を上げベルをチリリンと鳴らすも一向にリーサが出て来ない。
「どうした?」
衛兵の一人が召使いに駆け寄って来る。
「姫様が一向に出てらっしゃらないのです…。もしかして、昨日捕まった盗賊に…」
「いや、それは無いぞ。あの後、直ぐに衛兵数名で塔の中を確認しにいったんだ。姫様は怪我こそしていたものの、自分でやってしまっただけだと笑って平気そうにしてた。昨日の疲れでぐっすり眠られておるのだろう」
「…しかし!昨日はお食事を全く取られずご返却されてましたし…お夕食もちゃんと食べられたのか心配なんです!出てこられないなんて、今まで一度も無かったのに…!」
酷く心配する召使いを見て、やれやれと首を振る兵士。
「分かった分かった。では、確認しよう」
衛兵は鳥籠の塔へ近付き、無数に鍵を取り付けられた扉に次々に鍵を挿していく。
ガチャガチャガチャリ
「召使いよ、お前はここで待っておれ」
「いえ、私も行きます!」
「不幸に巻き込まれるやもしれんのだぞ。ここは私に任せておけ」
「大丈夫です!!姫様の事は…いつも配膳をしている私の方が詳しいのです!」
「どうなっても知らんぞ…」
ガチャン
扉が開く。
中は螺旋の階段が永遠に続いている。
衛兵と召使いはカツカツ…とその螺旋を登っていく。
そして、最上階にはリーサの部屋へと続く大きなまたしても鍵が外側から何個も取り付けられた扉。
ガチャガチャガチャリ
「姫様!失礼致します!いつも配膳させて頂いている召使いの者です!少しお邪魔致しますよ!」
ガチャン…
扉が開く。
そこには、綺麗に整理整頓された綺麗な部屋。
「姫様…?」
衛兵と召使いは恐る恐る中に踏み込むが…
「居ない…!!」
中にはリーサの姿は無かった。
「こ、これは…!!直ぐに王に報告を…!!」
バタン!
「「ヒッ!」」
一人でに閉まった扉に肩をビクつかせ驚く二人。
「い、今…勝手に扉閉まったよな?」
「こ、この塔やっぱり………」
顔を見合わせる二人。
「「傾いてるよな (ますね)」」
そんな二人を他所に…
カツカツカツ…と、姿が見えない何かが螺旋階段を降りていく足音が響くのだった…
ーーーーー
その頃…
サラアラウス王は島を囲む防壁の上に立っていた。その横には縄で手足を縛られ酷く暴行されボコボコになった鎌鼬が衛兵二人に囲まれ立たされている。
港には多くの街人達が集まり、街を騒がせた大盗賊に各々がヤジを飛ばしている。
サラアラウス王は魔法を使って国民に声を届ける。
「この者は外から許可なくこの国に入り込んだ挙げ句、多くの者から盗みを働いた!あまつさえコイツは、我が国の象徴である鳥籠の塔にまで盗みに入ったのだ!!このような狼藉が許されようか!?」
王の声に呼応するように、国民達は声を上げる。
「ふてえ野郎だ!!」
「殺せー!!」
「部外者に好き勝手させるな!!」
ヤジで盛り上がる国民達。
その中を掻き分け、ローブを深く被って身を隠した一人が王と鎌鼬を見上げる。
「鎌鼬さん………!!」
それはリーサだった。
カメレオンのミイラの力を使い、見事鳥籠の塔から脱出したのだが…
目の前の光景に絶句してしまう。
酷く暴行を受けたであろう鎌鼬の姿に。
「皆の者!!我が国でこのような行いを行った者がどうなるのか、しかと見届けよ!!」
「なんだ?俺を殺すのか?」
鎌鼬はニヤリと余裕そうに微笑みながら言う。
「いや、殺しては"楽になってしまうだろう"。それではなんとも面白くない」
王は不気味に微笑みながら鎌鼬の髪の毛を掴んだ。強く引っ張られ鎌鼬は顔を歪める。
王は、何か呪文の詠唱を始めた。
(鎌鼬さん…!!!)
リーサは群衆を掻き分け鎌鼬の元に向かおうとする。
しかし、先頭の衛兵に引き止められる。
「コラコラ!これ以上はイカン!海に落ちてしまうぞ!」
(止めないと!!鎌鼬さんを助けないと…!!)
リーサは大きな声を上げようとするが…
「黙れ!!!何も…言うな!!!」
「………ッ!!!」
リーサには気付いてないハズだが、まるで自分に言う様に鎌鼬は叫んだ。
「自由になるんだ!!!俺に構うんじゃねぇ!!!」
「………フハハ………往生際が悪いぞ!自由になぞなれん。お前はこれから一生、自分の過ちを背負い生きていく事になるのだ…!!」
王は高らかに笑い飛ばしながら、再度詠唱を始める。
(違う…!!鎌鼬さんは…私に言ってるんだ…!!)
リーサは後退る。
今、自分が何かすると、鎌鼬の想いが無駄になってしまう。
助けたい気持ちを抑え…リーサはただただ立ち尽くすしかない。
ーーーーー
「良いか。お前にかけたのは魔法ではなく呪術…。サラアラウス王家が代々扱ってきた呪術の力だ!」
サラアラウス王は鎌鼬に向かって自信満々に言う。
「まーだそんなもん使ってんのか…。それを使ったせいでアンタらは呪いを受けてしまったんだろうが…!リーサが…苦しむ羽目になったんだろうが…!!」
王を睨みつける鎌鼬。
「ふん、余計な詮索までしてくれたようだな…。しかし、それももう心配に足らぬ事。貴様の記憶からは少しずつ少しずつ、記憶が抜け落ちていく呪術をかけた。いずれは全て忘れる」
「なんだと………」
「それだけじゃない。お前を今から海に叩き落とす。だが安心しろ死にはしない。ただ海で溺れた者の無念による呪いをお前に注いだ…貴様は海の中にいる間、息が出来ない窒息の苦しみを永遠に味わう事になる」
「へへ…殺さなかった事…後悔するぜ?」
「いーや、お前は直ぐに『死んだ方が良かった』と思う様になる…いや、そうか。お前は記憶を失うのだ。何故自分がそんな苦しい羽目に合っているのか、それすら思い出せず…陸に上がった頃には全ての記憶を失い…お前は廃人となっているだろうよ」
「へっ…上等だ…」
「さぁ、皆の者!とくと見ておけよ!悪が罰せられるサマをな!!」
王は鎌鼬の結ばれた腕を掴み、防壁の縁に立たせる。
「この国に来るべきでは無かったなぁ?盗賊よ」
後は鎌鼬を防壁から突き落とすのみ…となったところで、鎌鼬は王の腕を振り払い…港の方に振り返る。
「俺の本当の名前は"黄鼠狼"!!!世界に轟く大盗賊様だ!!!この名前…覚えててくれよな…!!!」
「貴様ッ、見苦しいぞ!!」
髪を掴まれ、再び防壁の縁に立たされた鎌鼬…もとい、黄鼠狼はそのままサラアラウス王に背中を蹴られ…
ザバーン!!
防壁に激しく打ち付ける荒波の中に消えていった。
「……………ッ!!!」
リーサは口を抑えてその場に座り込む。
そんなリーサとは対照的に…周りは大きく盛り上がり湧いている。
「うぅ………!!鎌鼬さぁぁぁん………」
リーサはその場で泣き崩れる事しか出来なかった。
それから暫くしての事だった。
鳥籠の塔からリーサが居なくなった事が王の耳に届いたのは…
〜〜〜〜〜
現在。
エンドラーズの船。その船長室。
「………そのような事が………」
エンドラーズの船長、ベイルランドは今までの話を大人しく聞いていた。
「私はサラアラウスから…逃げました。鎌鼬さん…いえ、黄鼠狼さんを見つける為に…」
「しかし、どうやって…?」
「カメレオンのミイラを使った術で漁船に乗り込み…海に出た所でタイミングを計って樽に入って海に飛び込みました」
「樽に…!?………いや、なんという…かなりガッツのある方法ですね」
「それしか無かったんです…!1週間くらいですかね…樽の中で波に揺られ…そこを通りかかった商船に助けられたのです…」
「1週間も良く生き延びましたね…」
「その…余りにお腹が空いちゃった時、ちょっとづつその…ミイラを齧ってたので…」
「………ウッ」
ベイルランドは少し顔を顰める。
「だ、誰にも言わないで下さい〜!あの状況じゃ仕方無かったんですよぉ!!」
「いや、すみません。分かってますよ」
「それから私は…自分に秘められた魔力を信じて僧侶となって…様々な冒険者のパーティを転々と…色んな場所を旅して…いつか黄鼠狼さんに出会えたら…その方に…名前を教えてあげたいのです…『貴方の名前は"黄鼠狼"だ』と。そして『ありがとうございます』と一言…感謝の言葉を伝えたい」
「……………しかし、その盗賊はまだ生きているんですかね?」
「旅の途中、噂で聞いたんです。"鎌鼬"という名前の…世間を賑わせる盗賊が居ると…間違いなく彼です…!黄鼠狼さんは生きてるんです…!」
リーサは手を胸の前でギュッと握る。
「…なるほどね…」
静かになったリーサを一瞥し、ベイルランドは座っていた船長椅子から立ち上がる。
「では、そんな使命を持った元故郷の姫様をいつまでも拘束している訳にはいきませんね」
ベイルランドは船長室のドアをリーサが通れる様に開ける。
「今日はもう夜遅い。ゆっくり休まれた後、俺が元の場所に送りますよ」
「ベイルランドさん…ありがとうございます…」
リーサはペコリとお辞儀すると…開けて貰った扉から船長室を後にする。
ベイルランドもその後を追いかける様に船長室を出たのだった。
続く…




