第百五十六幕【鳥籠より自由に羽ばたけ】
次の日の夜。
鎌鼬は再び鳥籠の塔に向かっていた。
下から鎖鎌を投げて窓枠に引っ掛ける。
引っ掛けた鎖鎌を登っていく。
「…なんで俺は…結局…この塔に通い詰めてるんだよ…!姫さんの事が気になるってか?…義賊じゃあるまいし…あ~!!俺のバカ野郎ッ!」
ブツブツ言いながら塔を登り…鉄格子の隙間をくぐって…窓枠に足をかける。…と、いつもの如くその窓は開いており…
「姫さん!!?」
窓の下で壁を背にして体操座りで座るリーサの頭に深々と鎌がぶっ刺さっており、リーサはポロポロと涙と額から血をダラダラと流してスンスンと鼻をすすっていた。
「あ、いや、ごめん!!ってか、なんでいっつも窓際に居るんだ!!」
鎌鼬は鎌をブシュッと抜き取る。
しかしリーサは体操座りのままスンスンと泣いている。
「悪かったよ…泣くほど痛かったよな。そうだよな」
「違うんです………昨日の事を思い出して………やっぱり悲しくて………」
そんなリーサをバツが悪そうに頭を掻きながら部屋を見渡す鎌鼬。
部屋はどんよりと空気が淀みジメジメと…部屋のあちこちにキノコが生えだしている。
朝食?夕食?にも手を付けてないのか、残された食材は何日も放置したかの様に萎びて干からびている。
「そ、そんな悲しまなくて良いじゃないか。もう少しで婚約…子供を産みゃあ晴れて姫さんの呪いは解かれるんだ」
「良くないですよ!」
リーサはキッと鎌鼬を睨む。
「な、なんでよ」
「自分以外に呪いを移して…それで良かったと私には思えません…!それぐらいなら…私は自分が呪われたままで良い…!………それに………出会って間もない方が殿方になるなんて………不健全です…!!」
「言ってる場合かよ…」
ハァ…と溜め息をついて鎌鼬はソファにドカッと座った。すると、キノコの胞子が舞い鎌鼬は思わず咳き込んだ。
「ゴホッゴホッ!…じゃあどうするっての。今までのサラアラウス家のしきたりを覆すか?」
「………そんな事………出来るハズがありません………」
「………そうだろうな………ん?」
鎌鼬の前に徐ろにリーサはやって来て、目の前で正座をする。
「………でも、今まで塔に閉じ込められて来た王子や姫とは…私には決定的に違いがあります」
「あ?」
「それは、鎌鼬さんに出会った事です…!私、考えたんです…。この呪いを私の代でどうにか打ち消せないかって…世間知らずの私なりに…」
リーサは手を組み目を瞑った。
「鎌鼬さん、お願いします………私に………口づけして頂けませんか…?」
「ブーッ!!!」
急な申し出に、鎌鼬は吹き出して顔を引き攣らせた。
「は!?なんでそうなるんだよ!?…いや、てか、それは不健全じゃないのか!?」
「どうしてですか?口づけは…不健全なのですか…?おとぎ話の中では…とても素敵な事の様に書かれてましたけど…」
「そうじゃなくて!!なんで急に…!?今この状況で!!意味が分からん!!」
「………呪いには口づけが効くと…多くのお話にそう書いてます。………私は………鎌鼬さんなら私の呪いを消し去ってくれるハズだと………思って………」
「ハァ…」
鎌鼬は大きく溜息をつく。頭をクシャッと掻くと、ソファから降りてリーサの前にあぐらをかき…目を瞑って正座するリーサの両肩を掴んだ。
リーサはギュッと目を強く瞑り…唇を微かに尖らせた。
ガスッ
「いた」
思わぬ衝撃にリーサは目を開ける。
鎌鼬に頭をチョップされていた。
「え?」
「バカ野郎。そんなもんで呪いが解ける訳ないだろうが。ここは現実。おとぎ話の世界じゃないんだぞ?」
「…それでも…!!試してみる価値は…!!」
「アホ!!そういうのは大切な時の為にちゃんと取っておくもんだ!!」
「鎌鼬さん…!!今がその大切な…!!」
鎌鼬はリーサの両肩を掴んだまま、目を見て話す。
「いいか、口づけってのは一生を添い遂げる相手と…一番愛している相手とだけするものだ。覚えとけ。そう簡単にして良いものじゃ無いんだよ」
「………そう………ですか………」
リーサはシュン…と肩を落とす。
鎌鼬は立ち上がり窓際に向かい…リーサに向き直って指差し話す。
「それにな?口づけをしたら…その相手との子供を授かっちまうんだ。どうだ?おいそれと簡単には口づけなぞ出来ないだろ」
「そ、そうだったのですか!?…し、知らなかったです…」
(姫さんが世間知らず………ていうかそういった事の教養が無くて助かったぜ………ま、こう言っとけばもう簡単にそんな事は言わないだろ)
ガクリと項垂れてしまうリーサを見つめ…
鎌鼬はフッ…と大きく息を吐き…リーサに再び近付いた。
「姫さん…。俺はただの盗賊だ。姫さんをここから連れ出して…助けてやりてぇ気持ちはあるが、俺にそんな大それた事は出来ねぇ。物語の主人公じゃないんだからな」
鎌鼬は言いながらリーサの前に跪き…リーサの手を取り続ける。
「………それに、人の助けに頼ってるようじゃ…その呪われた体質を持って幸せになんかなれねぇ。むしろ、姫さんに関わった者を不幸に巻き込んで…アンタは塞ぎ込んじまうだろ。それじゃダメなんだ。姫さん自身が…自分の力で強くならないと」
鎌鼬はそう言ってリーサに何かを握らせる。
………それは、トカゲのような生き物のミイラだった。
「…ヒッ!!」
リーサは思わずそれを投げ捨てそうになるが、踏ん張って手に納めた。
「それはカメレオンのミイラだ。………俺達の一族は魔法を"忍術"と呼んで使ってきた。そのカメレオンのミイラは強い魔力が込められてる。俺の見立てに狂いがなけりゃ…姫さんは類稀なる魔力をその身体に秘めてるハズだ。腐っても魔力の強さでソウルベルガと競り合った一族の末裔だろ?その力を使えば…カメレオンのミイラが媒介となってそのミイラの力を少しの間使う事が出来るハズだ」
「このミイラの力…?」
「俺達の一族は動物のミイラを媒介にその動物達の力を使う事が出来たんだ。そのカメレオンのミイラを使えば…一時的に誰の目をも欺けるようになる。へへ…俺がどうやってこの国に来たか分かっただろ?………これを姫さんに預ける。どう使うかは…アンタに任せる」
「………で、でも!!私は魔法なんて使った事…!!」
「出来るハズだ姫さんなら。自分を信じるんだ。………俺に言えるのはそれだけだ………」
鎌鼬は立ち上がり、再度窓に向かう。
窓際に足をかけたところで、鎌鼬はリーサに振り向く。
「姫さんはこんなところに閉じ籠もってるには勿体ないと思うぜ!アンタは…外の世界に出て…自由に色んなものを見て周るんだ!きっともっと楽しい人生を送れるハズだ!呪いの解き方だってあるかもしれねぇしな!………俺の話を聞いてる時の姫さんの顔…それは楽しそうだったしな!」
「鎌鼬さん………!!」
リーサが引き留める間もなく、鎌鼬は窓から飛び出して行ってしまった。
リーサは急いで窓に駆け寄り外を見たが…
既に鎌鼬の姿は無かった。
手元のカメレオンのミイラに目を向けるリーサ。
そのリーサの顔は、何処か決心したような顔つきだった。
〜〜〜〜〜
(何やってんのかね俺は…貴重なミイラも渡しちまって…これじゃ俺が隠れ蓑無しじゃないか…。さて、どうやってこの国から脱出するか。………サッサと出ねぇと………また姫さんにちょっかい出しちまうかもしれねぇ)
そう思案を巡らせながら茂みを掻き分け進んでいく鎌鼬。
ヒュッ!!
「グァッ!?」
ドシャ!!
いきなり右足の太ももに何かが貫き、鎌鼬は太ももを抑えその場に倒れてしまった。
自分の太ももを見ると、弓矢が突き刺さっていた。
「なっ!?」
しかも、その傷口が次第に痺れてくる。
どうやら矢じりに痺れ薬が塗られていたようだった。
「だ、誰………だッ………!?」
顔を歪める鎌鼬の周りを衛兵達が囲む。
そして、その中に一際目立つ王冠を被ったふくよかな男…リーサの父でありこの国の王。サラアラウス王だ。
「フハハハ!!取り押さえたぞ!!この、虫けらの薄汚い盗賊め!!よくもこの国で好き勝手してくれたなぁ?」
サラアラウス王がそう言って、衛兵に何か合図を送ると衛兵数名が鎌鼬をうつ伏せに押さえ込み、上半身だけを海老反りに起き上がらせる。
サラアラウス王はその鎌鼬の首元からネックレスを引き千切った。
「フハハハ!!よもや、あの塔に侵入しリーサからこのネックレスを盗むとはな!!唯一、リーサの居場所を知る為の術をかけていたこのネックレスを!!おかげでお前の居る場所は筒抜けだったぞ!!」
「な、なんだって…!?」
「リーサに関わるからそういう事になるのだ…。あの娘に関わった事を…貴様はこれから大いに後悔するだろうな…!!ワハハハ!!…連れて行け!!」
「ハッ!!」
衛兵達に抱えられ連れて行かれる鎌鼬。
サラアラウス王はそれをニヤニヤと不敵な笑みで眺めるのだった。
続く…




