第百五十五幕【呪われた家系】
夜。
鳥籠の塔の窓を開け、檻の隙間から見える星空をリーサは憂いげな表情で見上げていた。
「鎌鼬さん…来て頂けますかね…」
そう呟きながら窓枠に手を乗せた瞬間。
ザクッ!!
「ギャアァァァーーーーー!!!!!」
急に外から窓枠に引っ掛けられた鎌がリーサの手の甲に突き刺さってしまった。
その鎌に繋がった鎖を登って、鎌鼬がヒョコリと顔を出した。
「何を騒いでるんだ?」
「鎌ァ!!抜いて!!抜いて!!刺さってる刺さってる!!!」
鎌鼬はヒョイと窓枠を飛び越え塔の中に入る。
直ぐに鎖鎌を回収した。
リーサはそのままドタン!と尻もちをつき、ドレスのポケットから昨日鎌鼬に渡された手拭いを手に巻き付け応急処置する。
「うわ~ん!折角綺麗にしてお返ししようと思ってたのに〜!また血で汚してしまいましたぁ…!」
「悪い、一応気を付けてたんだけどな…」
手を握って痛みを堪えるリーサ。
しかし、鎌鼬の顔を見ると涙を浮かばせながらもニコリと微笑んだ。
「鎌鼬さん…来て頂けたのですね!」
「あぁ。来る義理なんて無いんだけどな!…なのにわざわざ来ちまったのは…多分姫さんの不幸に巻き込まれてる影響だ…俺にとって、ここに来てる事はかなり不幸な事だからな!」
「ふふ…そうですね」
「ったく…来ちまったもんは仕方ねぇ!………何か聞きたい事あるんだろ?…サッサと終わらせたいんだ。何が聞きたいんだ?」
「はい!それはもう色々聞きたい事が…!」
リーサはキラキラと目を輝かせながら…何を質問するか思案を巡らせる。
「そうですね………それでは…まずは鎌鼬さんの事を…」
「俺の事!?」
「鎌鼬さんの本当の名前を…まだ聞いてません」
「…盗賊はそう簡単に名を明かさないのさ。悪いがそれは教えられないな」
「う〜ん…」
リーサは顎に手を当て首を傾げる。
「俺の事なんかより、もっと聞きたい事があるだろ!世間知らずレベル100のお姫さん」
「もう!馬鹿にして!………そうですね…じゃあ…」
リーサは鎌鼬に外の世界の事を次々に質問していった。
外の世界を見た事がないリーサにとって、知りたい事は山程あった。
世界の情勢、様々な国、料理、流行りのもの、本来知り得なかった事を鎌鼬に次々に聞いていく。
そのどれもがリーサにとっては新鮮で…当たり前な事、大した事じゃない事でも、リーサはオーバーにリアクションをする。
最初こそ鎌鼬は面倒臭そうだったが、そんな楽しそうに話を聞くリーサが面白く…ついつい話込んでしまう。
ーーーーー
「…そう。そうして魔王"べルゼルク"が勇者"チヨダク"に倒されてからもう5年経った訳だ」
「では、次にまた魔王が現れるのが…5年後?」
「そうだろうな。今までの統計上そうなるんだ。10年毎に何かしら世界を脅かす者が現れてるからな」
「外の世界も大変ですね…」
「そうでもないぞ。そんな時の為に勇者と…宝箱配置人が居るんだからな!」
「宝箱配置人…?」
「宝箱配置人ってのは…まぁ、言わば勇者を強くしてくれるお師匠みたいなもんさ」
「お師匠…?」
「良く知らないんだ。一般人にはあんまりハッキリと何やってるのか教えて貰えない。とにかく、なんか勇者の為世界の為、動いてる組織ってなんとなくの事しか…」
鎌鼬はそう言いながら、あぐらをかいて座っていたソファから徐ろに立ち上がった。
「こっちは充分話しただろ。今度は姫さんの話を聞かせてくれよ」
そう言って鎌鼬は向かいの椅子に座っているリーサに目を向ける。
「私の…?そ、そうですね………え〜〜〜と………う〜〜〜〜〜ん………」
リーサは暫く考えた後、ハッと何かを思い出すように答えた。
「卵かけご飯が好きです!」
「意外に庶民的なんだな………って、そーじゃなくて!………自分の事も何も知らないんだな…」
「へへ…」
リーサは恥ずかしそうに頭を掻いた。
「そんな事だろうと思って…色々調べて来たんだ。城の中に潜ってな」
「え…ほ、ほんとですかっ!?」
「俺を誰だと思ってる?世界に名を轟かせる大盗賊様だぞ?こんなのお安い御用さ」
鎌鼬は懐から手帳を取り出した。
それをパラパラと捲りながら…ポツポツと話し始めた。
「アイリア・サラアラウス・アドリーサ。それが姫さんの正式名だ。サラアラウス家は代々呪われた家系で…産まれてくる子供に不幸を寄せ付ける呪いが受け継がれてきた…ここまでは知ってるよな?」
「はい…」
「サラアラウス家は元々強い魔力を持つ家系で、鎖国するずっと前は魔法研究で成り立っていたみたいだな。当時はソウルベルガと肩を並べてたらしい。とは言え、あっちは大国、こっちは小さい島国。どれだけ頑張ってもソウルベルガを追い抜く事が出来なかった。…それに焦った先祖達は次第に"呪術"に手を出し始めたみたいだ」
「呪術…ですか…?」
「魔法と呪術は似てるようで全く違う。魔法は一次的なテンションの高まりや咄嗟な状況で威力が増す事がある。それを"魔力が暴走する"なんて表現するが…呪術は常にその暴走した状態の魔力をキープして力を発揮する事が出来る…と思ってくれれば良い。これを扱えたらどれだけ強いか分かるよな?」
鎌鼬は少し間を開けて更に続ける。
「だが一般的に魔法が残って呪術が繁栄しなかったのには意味がある。呪術はな、生き物の憎しみや怒り、恨みや悲しみや不安といった負のオーラを糧にして呪いを力にする術だ。手に収めれば強い…だが扱い方を間違えれば、使った者に呪いが返ってくる事になる」
「…では…!私に付き纏うこの呪いは…!」
「先祖が下手打って…呪い返しを受けた末路…。末代まで呪われる羽目になったって事だ。…先祖さんは"人間を呪術によって精神不安定にさせて仲間割れをさせる"…そんな呪術を扱ってた。そうすれば敵を内部から破壊出来る…そう考えたんだろ」
「そんな…ご先祖様が…そんな…」
リーサはかなり顔を青ざめさせてショックを受けている。無理もないだろう。
「…姫さん、ショックを受けるのは早いぞ。………この鳥籠の塔は表向きには不幸から姫を守る為、国民を守る為なんて言われてるが………そうじゃない。姫さん、アンタがその呪いによる精神不安定に侵されて暴れ出すのを恐れてるんだ。だからこんな所に閉じ込めてるんだよ」
「私が………暴れ出す………?」
「それがどんな引き金で発症するかは分からない。言わば、姫さんはいつ爆発してもおかしくない爆弾を抱えてるのさ」
「………そんな………そんな………じゃあ………なんで………私は………」
リーサは頭を抱える。
暫く頭を震わせた後…リーサはポソリと呟く。
「……………何故、私を殺さないのでしょうか………?そんな危険な人物を………どうして塔に閉じ込めて………」
「先祖がそれも試してるよ…。産まれ呪いを受け継いだ子供を手にかける…それで呪いは子供の命と引き換えに消え去ると…しかし、呪いは元の親に戻って来ただけだったらしい」
「私は………呪いの受け皿として………生かされてる………?」
「今はな。…だが、呪いを受け継いだ子は17歳になると誰かと婚姻させられる。直ぐに子供を身籠るように催促されるハズだ。そうすれば晴れて、姫さんは呪いから解放され…それはアンタの子供に引き継がれる。そういうサイクルだよ。このサラアラウスが今までやってきたのは…」
「…………………………」
リーサは何も言わず…目を虚ろにただ話を聞いている。
「…あぁ〜…こんな話…するべきじゃなかったか…?」
「………鎌鼬さん………少し………一人にして頂けませんか………ごめんなさい………コッチから………呼び出しておいて………」
俯きながら言うリーサに、鎌鼬は静かに頷くと…
窓に向かった。
再度リーサに目を向けるが、リーサは俯いたままだ。
「…………………………」
鎌鼬はあえて声は掛けず。
ソッと窓から外に出ていくのだった。
リーサ一人になった塔にはその夜、すすり泣く声が響いた。
続く…




