第百五十四幕【優しい盗賊さん】
「あの遠くで光るモノ…あれが何か分かりますか?」
リーサは尚も遠くで打ち上がる光を指差し鎌鼬に聞いた。
「あれは"花火"だよ。火薬を打ち上げて空中で炸裂させる事で綺麗な花を咲かせるんだ。あそこ、アヤシカビーチではたまにあーやって花火を打ち上げてんのさ」
「へ〜…花火…!花火…!アレが花火なんですね…!!」
目をキラキラさせてリーサは窓の外を眺めている。
「よく盗賊の隣でそんな純粋な顔が出来るな…。分かってるのか?俺は盗賊だぞ?普通に話してるが怖くないのか?」
「何故ですか?盗賊さんって怖いものなのですか?」
「アンタ、本当に何にも知らないんだな?お姫様がそんな世間知らずで大丈夫なのか?」
「しょうがないじゃないですか!ずっとこの塔に居るんですから!私の知識は全てそこの本棚にある色んなおとぎ話の本によるものだけですから」
そう言ってリーサは本棚に向かった。
「ここにある本は…もう何百回と読み返して…一語一句全て覚えてしまいました。その内、盗賊さんが登場するお話では…お姫様を救ったり…悪の富豪から盗み、貧民にそれを配ったり…人助けをされていましたが…」
「そりゃ物語の中だけの話だ。実際はそんな綺麗なもんじゃない。泥臭くて、皆に嫌われる存在なんだぞ」
鎌鼬はドレッサーを物色し、豪華な装飾の手鏡を持ってクルクル回しながら言う。
「あの…鎌鼬さん…お願いがあるんです…」
リーサは神妙な面持ちで鎌鼬の目を見つめる。
「無理だぞ。どうせ『私をここから盗んで』とか言うんだろうが…俺は姫さんのおもりが出来る程出来た盗賊じゃないんでね…」
「そんな事言いませんよ!」
リーサはムスッと顔を膨らませた。
「この国が安寧を保つ為に私はここに居なくちゃいけないのです。代々受け継がれてきた…不幸を呼び込むこの呪いがある限り…それに、別に私はここに居る事が嫌いじゃないのです。物心ついた頃には既にここに居たんです!もう慣れっ子ですよ!」
リーサはニコリと笑みを見せる。
「ふ〜ん…」
しかし、鎌鼬にはその笑顔が取り繕った様にしか見えなかった。
「…で?だったら、お願いってなんだよ?」
「……………」
リーサは少し間を置き…窓際に向かうと後ろを向いたまま続けた。
「…鎌鼬さん…。また来て頂けませんか?貴方から…外の世界の話をもっともっと聞きたいのです」
「ハァ〜〜〜?」
「生まれた瞬間に呪いを受け継ぎ、周りに不幸を振り撒き…自分自身も傷付けてしまうそんな私を…誰とも接触してはならないとこの鳥籠の塔に閉じ込め…父と母にすら会う事を許されなかった。でも…今日貴方と話して…人と話すってこんなにも楽しいモノなのかと気付かされました…」
「あんたの話だと、近くに居る俺はその不幸に巻き込まれるんだろ?それを知ってハイ分かりましたと、また来ると思うか?俺に何のメリットがある?」
「………また来て頂ければ………必ず、お礼は致します!貴方のご希望分のお金でもお宝でも…!」
「……………ふん」
鎌鼬は顎を触りながらリーサの目を見る。
リーサの目は真剣だ。どうか断らないでくれと、目で訴えかけてくるように。
「……………さぁ〜て、どうかな…?そのお礼とやらは悪くない話だが…」
鎌鼬は自分が入ってきた窓枠に足をかけ登る。
「もう…行かれるのですか?」
「居過ぎたくらいだ。…盗賊ってのは誰の指図も受けない。その場その場の風の吹き回しで動くもんなのさ。期待はしないでくれお姫さん」
「…来てくれますよ鎌鼬さんは必ず」
「どうしてそう思う?」
「貴方は優しい盗賊さんですもの!」
「あのなぁ〜?」
「本当に悪い盗賊さんなら…手拭いを渡してくれたりしませんもの!これも綺麗にして返したいので…必ずまた来てください!」
「ふん」
鎌鼬は腰に巻いていた鎖鎌を取り出し、鎌を窓枠に掛けると外に飛び出す。
そのままスルスルと鎖を伸ばし下に降りていった。
(また来たらお礼をするって?…嘘だな。生まれてすぐに塔に閉じ込められ、父と母にも会えない娘っ子がどう金目のもんを調達するってんだよ。テキトー言いやがって…)
バキン!
「ハッ!?」
鎖はいきなり音を立てて千切れ、鎌鼬は地面に叩き付けられた。
ドターーーン!!!
「ってぇ!!!チッ…これが姫さんと関わった者に振りかかる不幸ってか…!?」
腰を押さえながら起き上がり、ヤレヤレ…と首を振って鎌鼬は手に握っていた"リーサのネックレス"を懐に入れる。
リーサが身に付けていた綺麗なネックレスをいつの間にか掠め取っていたのだ。
「じゃーな姫さん。達者でな!」
鎌鼬はニヤリと微笑むと闇夜に消えていった。
〜〜〜〜〜
次の日。
サラアラウスでは謎の盗賊の出現の話題で持ち切りだった。
鳥籠の塔に侵入したのがバレたのではない。
城下町の裕福そうな家屋から既に盗みに入っていたのが…今朝になって公になり始めたのだ。
「盗みが入った!!!」
貴族の一人が衛兵のもとに駆け込んだ。
しかし、既に数人の貴族達が衛兵の前に立ち並んでいた。
「あぁ、分かってるよ!クソ、朝から何件目だよ…!」
衛兵はうんざりといった具合に頭を掻いている。
「あれはこの国の人間の手口じゃねぇぞ!信じられない程華麗な手口だ!!」
「どうやってこの国に入ったんだ!?」
「待て、まだこの国の者じゃないと決まった訳じゃ…」
貴族達が口々に言い合っているのを衛兵は遮る。
「良いですか皆さん!!とにかく一人一人事情聴取しますから!!静かに並んで下さい!!」
ーーーーー
サラアラウス城。
「考えられるのは先先日、領海に入った無人の商船だ。中に人が居らずサラアラウス港に着港させただろう。あの中に本当は盗賊が隠れ潜んでいた可能性は?」
城では衛兵隊長が当時、船の調査にあたった衛兵達を並べて取り調べをしていた。
「いえ、ここに居る数名で確実に船内の確認を行いました!誰一人居なかったハズです!」
「では、誰かが手引きしたと考えるのが妥当だ。誰だ?この中の誰かのハズだ!」
「そんな!!私達はその様な事は決して…!!」
「では、盗賊が泳いでこの国に入ってきたとでも言うのか!?ここ最近他所の船が入って来たのはあの商船以外では無かったのだ!この盗難騒ぎもそれ以降に急に発生したとなると…やはりあの商船に盗賊が紛れ込んで居たハズなんだ!」
「そんな訳ないんだけどなぁ〜…俺達で徹底的に調べ上げたハズだぞ?」
「あぁ。隠れられる場所なんて何処にも…」
衛兵達が各々口を開くのを、衛兵隊長は大きな声を上げ遮った。
「えぇい!黙れ!お前ら、とにかく何か隠してないかこってりと事情聴取してやるから覚悟しておけよ!?よそ者をこの国に入れてしまうなど、鎖国始まって以来の大失態だ!!王宮衛兵が聞いて呆れるぞ!!」
ーーーーー
城下町が謎の盗賊の出現に慌てふためくのを鎌鼬は木の上からニヤニヤと余裕そうに眺めていた。
「へへ…全く。鎖国してる国ってのはお宝を貯め込んでるもんだなぁ。…一番金目のものがありそうだった鳥籠の塔も大したもんは無かったし…今夜は城の方にお邪魔してみようかな…」
鎌鼬はそう考えながら…ふと首にかけていた"リーサのネックレス"を手に取る。
(……………なんで姫さんの顔がチラつくのかねぇ…。可哀想とでも思ったか俺様は…?)
鎌鼬は首を振って、木から飛び降りる。
(知ったこっちゃねぇ。なんで盗賊風情が義賊紛いな事をしなきゃならねぇんだ!!義理がねぇだろそんな事する…!!)
そう思案しながら、鎌鼬は森の中に消えていった。
続く…




